第三章:決断、そして選択
「魔族のほうが魔法に適性があるなら……人間より強いんじゃないのか?」
透の問いに、リリスは一瞬だけ目を伏せた。
「確かに、かつての魔族は強かった。魔力の流れを読み、自然と契約し、神に匹敵する力を持っていた。でも――それはもう、過去の話よ」
「……どういうことだ?」
「神に見放されてから、魔族は呪われたの。魔力を使えば使うほど、魂が蝕まれる。力を振るえば振るほど、理性を失い、やがて“魔獣”へと堕ちていく。
魔獣となったものは、人の形を保てなくなり、無差別に人を襲うようになった。
それから魔族は人間の攻撃から最低限の防衛しかできなくなったわ。」
リリスの声は静かだったが、その奥には深い痛みがあった。
「私たちは、もう“力”を自由に使えない。だからこそ、あなたが必要なの。異界の魂を持つあなたは、この世界の呪いに縛られない。あなたの魂はは、純粋で、汚れていない」
透は黙って彼女の言葉を聞いていた。
「それに……あなたが私の手を取れば、契約によって“魔王の権能”を共有できる。あなたはこの世界の理を超え、魔族でも人間でもない“第三の存在”になれる」
「第三の存在……?」
「ええ。あなたは、どちらの側にも属さない。だからこそ、どちらの運命にも抗える。――それが、あなたにしかできないこと」
リリスは、もう一度手を差し出した。
「あなたが得られるのは、力だけじゃない。私のすべて、記憶も、私の想いも、すべてを――あなたに預ける。だから、私達に力をかしてくれないかしら」
沈黙の中、透はゆっくりと手を伸ばした。
だが、その指先がリリスの手に触れる寸前、彼は静かに言葉を紡いだ。
「……わかった。君の手を取る。だけど、ひとつだけ約束してほしい」
リリスの瞳が揺れる。
「俺は、君の力になる。でも、俺は俺の目で見て、耳で聞いて、心で判断して行動する。誰かの正義を鵜呑みにするつもりはない。たとえ君の言葉でも」
その言葉に、リリスはわずかに目を見開いた。だが、すぐに微笑む。
「……それでいい。むしろ、そうでなければ意味がないわ。あなたは“運命を壊す者”。誰かの操り人形であってはならない」
透は頷き、そしてもう一つ、問いを投げかけた。
「それと……君と契約すれば、君の力を使えると言っていたが、使うことによって、君自身は魔獣に堕ちたりしないのか?」
その問いに、リリスは少しだけ表情を微笑ました。
「……ええ。契約によって、あなたの中に魔王の魔力が注がれる“魔力の器”になる。私の力を直接使うわけではなく、
あなたが魔力を行使することになるから、私自身が呪いに蝕まれることはないの」
「そうか、それなら安心だ。」
「心配してくれるのね」
「契約相手だからな」
透は、そういいながらその手を取った。
瞬間、空気が震え、黒い光が二人を包む。契約の証として、透の右手に黒い紋章が刻まれた。
それは、世界の理に抗う者の証。
そして、ひとつの恋が始まる音だった。