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6.「初めての温泉と刺身」

「露天風呂というのは、おつなものじゃのう。目でも楽しめる温泉とは。それに、単純に気持ち良いしのう」


「ええ。本当にいいお湯だこと。疲労が全て溶けていきますわ。それに、ユドル様の体液に浸かっているかと思うと……ああ! 堪りませんわ!」


 満月が照らす夜空の下。

 少し熱めの虹色をした温泉にかるクークがうっとりと、リアが恍惚とした表情で声を上げる。


 っていうか、ユドルの体液ではないけどな。


 まぁ、〝地下の温泉が、世界樹の中を通って吸い上げられた結果、特別な効能を持った虹色の温泉となっている〟訳で、少なからずユドルの体内は関係してるっちゃしてるが。


 なお、クークは裸体にコック帽のみを被り包丁二本を持っており、はたから見たら変態そのもの。


 そんな彼女は、女体化した俺を見てポツリと呟いた。


「今のお主は、普段よりも脂肪が多く柔らかくて美味そうじゃのう……おっと。ではなく、柔軟体操が上手そうじゃのう」


「それで誤魔化せると思うなよ? 前半で全部言ってるんだよ」


 〝お客さんのみならず従業員仲間に対しても食材として見るな〟と釘を刺してはあるが、本音を吐いた後で何とかフォローしようとするのが、このドラゴン娘の精一杯なのかもしれない。


 今俺たちがいるのは、世界樹の幹から出てすぐの場所。

 つまり、幹から直接生えている巨大な〝葉〟の上に出来た露天風呂だ。


 女湯の脱衣所が世界樹の外皮ギリギリに位置しており、すりガラスの扉を開けると、ここに辿り着くのだ。


 ちなみに、端が反り上がった〝巨大葉〟が壁となり、男女の湯舟は仕切られており、なおかつ透明な結界(魔法障壁)も展開されているため、上空・壁のどちらからも、他方の湯舟へと侵入することは不可能だ。


 話を戻すと、女体化したために、今の俺は女湯しか入れない。


 それはまぁ仕方が無いのだが、温泉には入らず、口頭で説明して後は自分で入ってもらおうとしたら、クークとリアに押し切られた。


「どうせならみなで一斉に入れば良かろう」


「良いですわね! 入り方も分かって、実際にみんなで入ることも出来て、一石二鳥ですわ!」


 と言われて。


 マナーとして教えた〝掛け湯〟を、二人は素直に木製の風呂おけを使ってした上で、湯船に浸かった。


 本当は身体も洗ってから、と言いたい所だが、二人とも早く温泉に入りたくてうずうずしていたし、まぁ良いだろう。


 あと、最低限の礼儀として、タオルは湯船につけない、ということは教えたしな。


 それにしても、女体化しているとはいえ、中身である俺の心は男のままなのだが、二人は全く気にした様子が無い。


 魔王の胸が大きいのは分かっていたが、クークもかなりでかい。


 それに比べて、リアは、その……つつましい感じだ。


 二人を見ていて思うのは、何と言うか、恥じらいって大事なんだなということ。


 どこからどう見ても美人な二人だが、見せ付けているのかと思わせるくらい、全く隠さずに堂々としているので、あまりエロく感じない。


 ただ、最後の一人は、どうやら様子が違っているようだ。


「メグル! 絶対にこっちを向くなよ! 絶対だぞ!」


 湯船の端っこで、大切な部分を両腕で必死に隠す魔王。


 〝タオルは湯船につけないこと〟と俺が言った際には、裸体を隠すアイテムの使用を禁じられたことで、泣きそうな表情を浮かべたものだ。


 魔王よ。

 あんまり恥じらいを見せないでくれ。

 グッと来てしまうから。


「そんなに嫌なら、一緒に入らなきゃ良かったのに」


 当然の感想を俺は述べたのだが、魔王は羞恥に顔を真っ赤にしながら、答えた。


「貴様と他の女が一緒に温泉に入っているのを、ただ悶々と想像しながら外で待っているような地獄よりかは、我も一緒に入る方が百倍マシだと思っただけだ!」


 そんな魔王だが、俺がそちらを向く度に、抗議の声を上げる。


「こっちを向くなと言っているだろうが!」


「いや、無茶言うなよ。今の俺の身体の主導権は、スゥスゥにあるんだぞ?」


 そう。

 相変わらず、〝意識はあり喋ることは出来るが、身体は動かせない〟状態は続行中なのだ。


 俺の身体を乗っ取っている当人であるスゥスゥは、先程からずっと、歓声を上げ続けている。


『わぁ~! すご~いぃ! 生まれて初めて入ったけど、これがお風呂なんですねぇ~! しかも、それが温泉だなんてぇ~! しかも露天風呂だしぃ~! 気持ち良いぃ~!』


 確かに気持ち良い。

 身体を共有している俺もしみじみとそう感じる。


 しかし、湯船の中で身体を激しく動かしたり、ましてや泳いだりすることは厳禁だ。


 事前にそう伝えてあったからか、興奮して身体の動きが大きくなりがちなスゥスゥは、ハッと気付いて、わちゃわちゃ動いていた手足をピタッと止める。


 のだが、生まれて初めての温泉体験による興奮は押し止めることが難しいようで、またすぐにわちゃわちゃ動き出してしまう。


 まぁ、ずっと病気がちで寝たきり生活だったみたいだし、そりゃそうなるか。


 そんな、興奮を隠し切れない少女の言動を、俺は微笑ましく見守っていた。


※―※―※


 温泉に入った後は、食堂でスゥスゥに料理を食べさせることにした。


「悪いな、クーク」


「なぁに、御安い御用じゃ」


 余っていた魚を水槽の中から取り出して、再び調理してくれたクークが、笑みを浮かべる。


 中トロをフォークで刺して、しょう油をつけて食べたスゥスゥは、俺の予想と違い、全くはしゃがなかった。


 代わりに、彼女は肩を震わせる。


『……こんなに美味しい食べ物が、この世にあったんですねぇ……。……美味しいですぅ。すごく……すごく……美味しいですぅ……』


 涙を拭いながら、一口、また一口と食べていくスゥスゥ。

 うん、美味しいよな。確かに美味しい。


「何だか、我もまた腹が減って来たぞ!」


わたくしもですわ!」


「では、皆で食べるとするかのう」


「だな、みんなで食おう」


 そうして、身体を共有する俺とスゥスゥ、魔王、リア、そしてクークで、食卓を囲んだのだった。


※―※―※


 食事を終えた後。


「あっ」


 スゥスゥの霊体が、俺の身体から出ていった。

 思わず立ち上がる俺。


 と同時に、ふわふわと宙に浮かぶ白ワンピースの少女を目の前で見る俺の身体が、男性化。


「おおっ」


 元に戻った。


 そして。


「……そろそろ、時間みたいですぅ……」


 スゥスゥの身体が光り輝き出した。


「色々と、ありがとうございましたぁ。未練が無くなったので、これで成仏出来そうですぅ」


 深々とお辞儀をするスゥスゥに、皆が声を掛ける。


「心残りが無くなったならば、良かったのじゃ」


「ほんの少しの間でしたが、貴方と共に過ごした時間、忘れませんわ」


 クークは、穏やかな表情で。

 リアは、目に涙を浮かべて。


「消えるのか、貴様!? もう少しここにいれば良いだろうが! ぐすっ」


 魔王は、流れる涙を止められず、拭っても拭っても溢れ出してくるようだ。


「皆さん……。そんな風に言ってくれて、本当にありがとうございますぅ」


 スゥスゥもまた、涙を浮かべる。


「メグルさん……。こんなこと言うの変ですが、あたしが入ったのが、貴方で良かったですぅ」


「そうか。俺もまぁ、最初は驚いたが、お前との身体の共有は、そんなに嫌じゃなかった」


 スゥスゥは、泣き笑いの表情で言葉を続けた。


「お会いできて良かったですぅ」


「俺もだ」


 目を閉じ、満足そうな表情で微笑んだスゥスゥは、別れを告げる。


「では、皆さん。お元気でぇ」


 一際眩く光り輝くスゥスゥ。


 思わず、俺は目を閉じた。


 良かった……のか?

 いや、これで良かったんだ。


 成仏出来たってことは、それだけ幸せな経験が出来たってことだ。

 なら、良いじゃないか。


 一瞬、切ない思いが込み上げたが、俺は何とか自分を納得させた。


 光が消えて、俺が目を開けると。


「いや、何でまだいるんだよ」


 スゥスゥは、何故か消えていなかった。


「あ、なんか、あまりにも温泉が気持ち良くて、あまりにもご飯が美味しかったから、それをもっと何度も味わいたいぃ! という気持ちがふつふつと湧き上がって来てぇ。それが新たな未練になったみたいですぅ」


「んなアホな」


 突っ込む俺に、彼女は、あっけらかんと言ってのけた。

 

「ということで、あたしもここで働かせてくださいぃ! 直接は触れないけど、〝念力〟を使って扉を開けて、お客さんを案内したりも出来ますのでぇ!」


 ぴょこんと空中で頭を下げる幽霊少女の青色セミロングヘアが、サラリと揺れる。


 ということでて。

 まぁ、良いか。


「分かった。良いぞ」


「わぁ~いぃ! やったぁ~! ありがとうございますぅ! 定期的にメグルさんの身体に乗り移らせもらえるだなんて、嬉しいですぅ!」


「いや、そんなことは言ってない」


「やったやったぁ~!」


「人の話聞けよ」


 こうして、新たな仲間が、この異世界温泉旅館〝世界樹〟に加わった。


※―※―※


「いえ~いぃ!」


「遺影て。幽霊ジョークか?」


 魔王たちと同じ条件で従業員仲間となったスゥスゥが、喜びのあまり空中で踊り狂っている中。


「メグルよ。結構増えたな、従業員」


「ああ。でも、あと三~四人くらいいても良いけどな。旅館の仕事なんて、山ほどあるからな。今度こそ、従業員を募集しなきゃだな」


 魔王と俺がそんな会話をしていると。


 突然、リアが俺に向けて、両手をかざした。


 すると、虚空こくうに魔法陣が出現。


 リアが不敵な笑みを浮かべると。


「リア! 貴様何をして――」


 魔王が止める間もなく、魔法陣から、俺に向けて光が放たれた。

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