5.「幽霊少女スゥスゥ」
「お前は一体何者なんだ!?」
透明な少女に身体の中に入られて肉体が完全に女性化するという、未曽有の事件直後。
俺は、甲高い声で自身の中の少女に問い掛ける。
「って、身体が動かない!?」
何と、自分の身体を一ミリも動かせなかった。
意識があるのが不幸中の幸いではあるが。
『はわわわわ! 身体を乗っ取ってごめんなさいぃ!』
「コイツ、今〝乗っ取った〟って言ったぞ。下手に出て謝罪してるように見せ掛けて、完全に確信犯じゃないか」
何て恐ろしい奴だ。
俺の身体を通して、同じ声で、しかし明らかに違う口調でいけしゃあしゃあと自白する少女に、俺は戦慄を覚える。
『あたしは見た通り、幽霊の〝スゥスゥ〟ですぅ』
「いや、幽霊って言うなら、もっと分かりやすい見た目をしておけよ。足が無いとかさ」
『ちゃんと足は無いですよぉ!』
「いや、ちゃんとて」
どうやら、いきなり至近距離に現れたのと、真っ白なワンピース姿が印象的だったことから、俺は見落としていたようだ。
「で、何のためにこんなことしたんだ? これから一生俺の身体を乗っ取り続けるってんなら、俺にも考えがあるが」
『えっとぉ、それはぁ――』
と、その時。
突如女性化した俺に戸惑ったのか、一つの身体に二つの魂が入ったことで多少エラーを起こしていたのか分からないが、ようやく〝男湯エリアに女の身体〟が存在することを感知した〝システム〟が、俺(とスゥスゥ)を排除し始めた。
「うわっ!」
『きゃあああああああああ!』
抗うことなど許されない、圧倒的な〝暴風〟。
局地的かつ指向性を持ったそれにより、周囲を一切破壊せずに、俺の身体のみが、速やかに男湯エリアの外まで排除された。
「ぶべっ」
『きゃあっ!』
床をゴロンゴロンゴロンと三回転してやっと止まった俺に対して、俺の帰りを待っていた女性陣が驚愕の眼差しを向ける。
「な、何ですの貴方は!? ユドル様の胎内――つまりユドル様と私の愛の巣だと知っての狼藉ですの!?」
「曲者じゃ! たたっ斬って喰らってくれるわ!」
ただ変態なだけであるリアはともかく、両手に持った包丁をここぞとばかりに交差させて構えるクークに、俺は慌てて声を上げる。
「待て、クーク! 俺だよ! 俺!」
『そうですぅ! あたしですぅ! スゥスゥですぅ!』
「頼むからちょっと黙っててくれるかお前!」
女体化だけでも厄介なのに、同じ身体に二つの魂となると、ややこしいことこの上ない。
服は同じでも、明らかに性別変わってるし、これは誰も信じてくれないかもしれない……
絶望的な状況だったが、ただ一人、真実を見抜いた者がいた。
「違うぞ、みんな。彼女――いや、彼は、メグルだ!」
リアとクークが警戒心を露わにしている最中、ずっと俯いて思考していた魔王は、そう断言した。
「なっ!? 何を言っていますの!? あの野獣とこんな美女を、どうしたら見間違えられますの!?」
「こやつがメグルじゃと? あやつがこんな整った顔立ちをしておる訳がなかろう」
「お前ら言いたい放題だな。後で覚えておけよ」
悪かったな、顔が整っていない野獣で。
いや、元は俺であって、女体化しただけだから、俺も色々頑張れば、ワンチャン〝イケメン〟になれるのか?
それはともかく。
今は、一人でも味方がいることに感謝しよう。
「魔王、分かってくれたのか。お前だけだ、そう言ってくれるのは」
鋭い洞察力故か、はたまた魔王には、何か特別な力があるのかは分からない。
いずれにしても、ようやく一筋の光が見えたと、素直に感動する俺だったが。
「ど、どうするんだ、貴様! これでは、結婚出来ないじゃないか! ……いや、別に式を挙げずとも、事実婚で良いのか……!? それに、一緒に女物の服を買いにショッピングにも行けるし、これはこれでアリかも……!」
「何の話をしてるんだお前は? 俺の感動を返せ」
すぐまた、いつもの意味が分からない会話に移行してしまった。
※―※―※
リアとクークが少し落ち着いたので、俺は事情を説明した。
「そんなことがありましたのね……まさか、身体を乗っ取る幽霊と遭遇していただなんて……」
「奇妙奇天烈な輩もいたもんじゃのう」
〝コック帽を被り両手に包丁を持ったドラゴン娘〟には、言われたくは無いと思うが。
「余に任せるのじゃ。幽霊など、瞬きする間に成仏させてやるのじゃ」
「待て待て。それ、俺も一緒に真っ二つになるよな?」
包丁をギラリと光らせるクークに、俺は待ったを掛ける。
「安心して下さいまし。痛みは一瞬ですわ!」
「だからお前も、俺ごと殺そうとしてるよな?」
両手を巨大な〝食虫植物〟ならぬ〝食人植物〟へと変化させたリアを、俺は必死に止める。
「メグル。我なら、貴様は生かしたまま、中の幽霊だけを消滅させることも可能だぞ?」
珍しくまともな提案をする魔王に、俺は、「いや、ありがたいけど、それもちょっと待ってくれ」と答えた。
「なぁ、スゥスゥ。何か理由があるんだろ? 何でこんなことをしたんだ?」
すると彼女は、俺の唇を動かして答えた。
『実はあたし、生まれてからずっと、病気で寝たきりだったんですぅ。食事も麦を水で煮込んだだけのお粥のような消化に良い物ばかり食べていて、そのまま死んじゃったから、豪華な料理を食べてみたいなって思っていてぇ。
あと、両親に身体を拭いてもらうことはあっても、お風呂に入ったことなんて無かったから、特別な効能がある温泉っていうのに、すごく興味があってぇ。
でも、霊体の状態のままだと、全て擦り抜けてしまって、手で触れることも感じることも出来ないから、あなたの身体をお借りしたんですぅ。
お願いですぅ! どうか、この状態で温泉に入らせて下さいぃ! あたしにも、お湯の温もりを感じさせて下さいぃ!』
そんなことがあったのか。
それはさぞかし辛かっただろう。
「分かった。お前の望みを叶えてやる」
俺がそう言うと、スゥスゥは顔を輝かせた。
『ありがとうございますぅ! 恩に着ますぅ!』
「まぁ、良いってことよ」
身体を動かせたならば、鼻の下をこすっていたところだ。
しかし。
『あ! あと、美味しい料理も食べたいですぅ! 出来れば最高級の料理が良いですぅ! それも、見たこともない料理がたらふく食べたいですぅ!』
「お前図々しいな、少しは遠慮しろよ」
大人しいと見せ掛けて、意外といい性格をしているなコイツ。
※―※―※
そんな経緯を経て。
数分後。俺は。
「いやいやいや。何でだよ?」
仲間たち全員と、女湯に入っていた。