4.「透明感がすごい少女」
「良いか。今後は、一緒に働いている仲間も、もちろんお客さんも、食材として見るのは禁止だ。破ったらクビだからな。世界樹の葉とかもやらんからな」
「分かったのじゃ。肝に銘じておくのじゃ」
魔王とリアを食材として料理しようとしていたクークに釘を刺すと、彼女は神妙に頷いた。
っていうか、相手が人型の知的生物であろうが、容赦なく料理して食おうとするあたり、ヤバいなコイツは。
※―※―※
初めての〝賄い〟となった夕食後は、温泉を見せて、入り方を教えて、実際に入ってもらうことにした。
「温泉っていうのは、簡単に言うと、〝特別な効能がある風呂〟だ。異世界には無いのか?」
「聞いたことがないな。まぁ、我は千年間引きこもっていたしな」
「右に同じじゃ。まぁ、余は二千年間の間、料理の修業しかしておらんかったからのう」
「恐らくないと思いますわ。ただ、まぁ、私は基本的に、ユドル様以外には興味がありませんので」
「聞く相手をミスったな」
うん、異世界の〝標準〟から著しく離れたメンツしかいないな。
まずは、男女に分かれている入口まで行く。
女湯は入り辛いので、男湯で説明しようとしたのだが。
「な、何だこれは!?」
「入れませんわ!」
「小癪な真似をするのう。たたっ斬るかのう」
俺以外の三人が、透明な壁に阻まれているかのように、暖簾より先に進むことが出来なかった。
っていうか、クークよ、温泉施設すらも料理しようというのか。
あと、どう考えても温泉に包丁は要らないから、厨房に置いてきなさい。
「もしかして……」
嫌な予感がしつつ、今度は俺が女湯に入ろうとするが。
「がはっ」
ゴン、と、見えない壁のようなものに頭がぶつかって、尻餅をついてしまった。
「大丈夫か、メグル!? よし、人工呼吸だな! 人工呼吸が必要なんだな!! んちゅ~」
「要らん。あと、『んちゅ~』はおかしいだろ」
どさくさに紛れて唇を近付けてくる魔王の顔を手で押し返しながら、俺は立ち上がる。
どうやら、予感は的中してしまったようだ。
「旅館〝世界樹〟は、身体的性別とは違う方の露天風呂エリアに入ることを固く禁じているようだ」
「なっ!? それでは、メグルと一緒に温泉に入れないではないか!」
「いや、入らなくて良いから」
相変わらず良く分からないことを言う魔王を、軽くあしらう。
「じゃあ、こうしよう」
仕方が無いので、一旦俺が男湯エリアに入って、中の設備や様子を確認した上で、女性陣に入り方を説明して、自分たちで入ってもらう、というやり方に変更することにした。
「じゃあ、ちょっと待っててくれ」
「分かった! 待ってるからな、メグル! 貴様の帰りを、いつまでも!」
「何で今生の別れみたいになってるんだよ」
男湯エリアに入って、まずは脱衣所を確認する。
全体的に、木の温かみを感じられる空間だ。
盗難防止用に無料ロッカーを使い、ロックした後は、リストバンドタイプの鍵を手首につけて温泉に入る、という形にしてある。
個人的には、棚があってカゴが置いてあるタイプの脱衣所の方が、風情があって良いなと思うのだが、善良な客を守ることと、経営者としてトラブルを出来るだけ避けるためには、個人的な好みがどうだ等とは言っていられないからな。
「早速、見てみるか」
お待ちかねの、温泉を見てみるとしよう。
すりガラスの扉をガラガラと開けると。
「あっ」
「……へ?」
真っ白なワンピースに身を包んだ、青色セミロングヘアで透明感がすごい少女がいた。
「何で男湯に女が? っていうか、誰だお前? どこから入――」
「きゃあああああああああ!」
少女は、悲鳴を上げると。
「はわわわわ! ごめんなさいいいいいい! ちょっと入らせて下さいいいいいい!」
ワタワタと動揺した。
「いやまぁ、温泉に入りたいだけっていうなら、宿泊に比べて格安で提供しているぞ」
相手が少女だろうが、商売は商売だ。
ちゃんと正規料金を貰わないとな。
「はわわわわ! じゃあ、〝入っても良い〟っていうことですよね?」
「ああ」
俺は頷いた後、大事なことを伝え忘れていたことに気付いた。
「でも、ここは男湯だから、女湯に入ってくれ。あと、うちは先払い制だから、まずは金貨一枚を払って――」
「では、失礼しまあああああああああああす! とうっ!」
少女は俺の言葉を遮ると、俺の身体の中に入って来た。
「そういう〝入る〟かよっ」
と同時に、俺の全身が変化。
背が低くなると同時に、胸が大きくなり、腰がくびれて、たちまち女性化していく。
そう。
彼女は、〝透明感がすごい〟少女じゃなかった。
〝透明な少女(物理)〟だったのだ。