44.「打撃音と悲鳴の中での告白」
「大魔王じゃない? それって――あ! 記憶が戻った! ありがとう、魔王!」
先程魔王がダイーマをぶっとばしてくれたおかげか、俺の記憶が元に戻った。
リア、クーク、スゥスゥ、木娘たち全員の触手も消えた。
掛けられていた魔法もその内全て解けるだろう。
「いや、全然……というか、むしろうちの者がすまない……」
「?」
何故か魔王は、俺に頭を下げた。
「千年前、我が魔王になった直後に、空間転移魔法で挨拶に来たのが、コイツ――ダイーマだったのだ」
「! ってことは――」
「そうだ。最古参モンスターであるコイツは、魔王直属の部下とも呼べる男だ。四天王とはまた別の、な」
「魔王直属の部下、か……」
そんな奴が、何でこんな大掛かりなことをしでかしたんだ?
しかも、見方によっては魔王への反逆と取られてもおかしくないような、危ない橋をわざわざ渡ってまで。
「ゲホッ……ゲホゲホッ……」
壁際に倒れていたダイーマが、フラフラと立ち上がる。
「戯れが過ぎるぞ、ダイーマ」
さぁ、どうするんだ、ダイーマ?
土下座して謝罪でもするのか?
「ま、魔王さまが僕を殴るだなんて! 成長されましたね! 嬉しいです!」
「謝らないんかーい」
俺の予想に反して、ダイーマは目をキラキラ輝かせながら、魔王を褒めたたえた。
「何故こんなことをした? 理由によっては、我は貴様を断罪せねばならん」
いつになく威厳のある物言いの魔王に、ダイーマは、表情を引き締めると、「実は……」と、説明を始めた。
※―※―※
最古参モンスターであるダイーマは、肉弾戦はてんで駄目だが、魔法は文字通り最強。
そんな彼は。
「あらゆる魔法を駆使して、魔王さまのことをずっと見守っていたんだ」
そして、最近魔王が恋していることに気付いた。
そんな彼女の恋路もいつも通り温かく見守っていたのだが。
「告白する予定って仰っているけど、どうせ日和ってしまうに決まってる!
何たって、幼馴染みが発した言葉を勘違いして、それで千年引きこもってしまうくらい、繊細な心の持ち主だからだ。
魔王さまは、このままじゃ永遠に好きな人と恋仲になれない。
せっかく魔王さまが幸せになれるチャンスなのに……一体どうすれば……
あ! そうだ! 良いことを思い付いたぞ!
ただ見守るのではなく、今回は動くんだ!
魔王さまの幸せのためだ!
魔王さまのために、少しでも貢献しよう!」
※―※―※
「それが、〝魔王さまが、記憶を失った想い人から逆告白されちゃう!? ドキッ! 恋の仲人大作戦!〟だったのです!」
「余計な御世話だ。それと、そのネーミングセンスはどうにかした方が良いぞ、貴様」
いや、正直俺は、長いとは思うが、悪くないと思ってしまった。
特に、〝記憶を失った想い人からの逆告白〟というのは、悔しいが、結構ロマンティックだと思う。
もちろん、俺の記憶を奪ったのも、魔王を傷付けたのも、一生許す気はないけどな。
ちなみに、さすが最古参モンスターとでも言うべきか。天使に対する印象が最悪なせいで、何が何でも〝キューピッド〟とは言いたくないらしい。
まぁ、仲人と言えば伝わるから、それで十分っちゃ十分だが。
それにしても、俺が女神からもらった固有スキル(看破)さえ弾ける程の実力の持ち主であるダイーマの魔法が通じないとか、魔王が千年前に発動した認識阻害魔法と不可触魔法は、どんだけ強力だったんだよって話だ。
「……いや、待てよ」
もしかして、破壊しようと思えば出来たのか?
先程、ダイーマは『魔王のことをずっと見守っていた』と言った。
文字通り、どんな状況でも、ただひたすら見守り続けていただけだとしたら?
つまり、我が子のように大切に想っていたがために、敢えて何も手出しせずに見守っていたって可能性もあるってことか。それも成長の一環だ、みたいに考えて。
……どんな教育方針だよ。『千年間の引きこもり生活のおかげで、とても健やかに成長出来ました!』とは、普通ならんだろ……
まぁ、その割には、今回は『主君の幸せのため』とかいう耳触りの良い言葉で、簡単に方針を変えている訳だが。
何はともあれ。
魔王は、ダイーマに対してきちんと罰を与えるようだ。
「本当ならば、あと千発くらい殴りたい所だが――」
「はい! 魔王さまの拳ながら、僕はいくらでも受け入れます!」
忠犬宜しく、殴りやすいようにと少し屈んで顔を差し出すダイーマの胸倉をつかんだ魔王は。
「いや、我はもう殴ったからな。あとは、彼女たちに任せるとしよう。しっかり殴られて来い」
「え? うわっ!」
放り投げた。
「ぐえっ!」
行き先は、当然、今回の残りの被害者である彼女たちの輪の中、だ。
「なんてことしてくれましたの! 最低ですわ! もし美しいユドル様の胎内であの汚らしい触手を出現させていたら、タコ殴りどころじゃ済まなかったですわよ!」
「どう料理すべきかのう? まずは散々殴って蹴って肉を柔らかくしてからじゃのう。下ごしらえは大事じゃからのう」
「幽霊を触るとか、非常識ですぅ! 一回死んで幽霊になってみてくださいぃ! そしたら、あたしの気持ちが少しは分かると思いますぅ! あ、触られるって、逆にこっちから触れることも出来るんですねぇ! じゃあ遠慮なく殴りますねぇ!」
「ロッカは、旦那さっま以外の男性にタッチされるのは嫌でっす」
「ニコは、旦那様以外に、触手の使用に、許可を出しません」
「ネーモは、旦那さ~まだけが、この身体を自由にして良~いと思うで~す」
「ぐはっ! ま、魔王さま以外の拳を食らうなどばべっ! でも『しっかり殴られて来い』とのご命令ぼがぶっ! ぼ、僕は、魔法は得意だけど、肉体は強くないから、本当に死んじゃがべばっ!」
リア、クーク、スゥスゥ、ロッカ、ニコ、ネーモに取り囲まれ殴る蹴るの暴行を受け、ダイーマが悲鳴を上げる。
※―※―※
鈍い打撃音と悲鳴が響く中。
「メグル。改めて告白させてくれ」
真剣な表情で、魔王が俺に告げた。
「我は、貴様が好きだ」
真っ直ぐ見つめてくる美しい碧眼は、だが今も現在進行形で、涙で濡れている。
無理もない。
他者によって勝手に自分の想いを打ち明けられてしまったのだ。
大切に、ずっと大切に育てていた想いを。
どれだけその心は傷付いたことだろう。
それでも、必死に自分の想いを伝えようとしてくれているんだ。
「ありがとう。俺も好きだ、魔王」
「!!! 本当か?」
「ああ、本当だ。言っただろ? 一目惚れだったんだって。まぁ、実は前世じゃ恋なんてしたことなかったから、自分でも戸惑ってたんだ。この気持ちは一体何なんだろうって」
「……嬉しい……」
思わず涙をこぼす魔王を、俺は抱き締める。
魔王の身体は小刻みに震えていた。
それは喜びだけじゃなくて、心の傷による部分も結構あると思う。
「アイツに言って、今回の件に関しての、俺とお前の記憶を全部失くさせるか?」
少し身体を離して、俺が問うと。
「いや、いい。悔しいが、恐らくダイーマの言う通りだっただろう。きっと我だけだったら、いつまで経っても勇気が出ずに、ズルズルと日にちばかりが過ぎていたと思うからな」
魔王は首を横に振った。
「そうか、お前がそう言うなら良いけどな。それと、俺がお前の気持ちに気付くのがもっと早ければ、こんなことにはならなかった。ごめんな」
「何を言う! それこそ貴様が謝ることじゃないぞ!」
「……そうか……」
俺は、少し思案した。
やっと自分の気持ちに気付けた。
魔王の気持ちも知ることが出来た。
その上で。
俺は、どうしたいんだろう?
俺は――
俺は、魔王に語り掛けた。
「あのさ。色々準備も要るし、あと、今は温泉旅館の経営でまだ手一杯な感じだし、少なくとも数ヶ月は先の話になると思うんだけど」
「ああ」
「俺と結婚してくれ、デレカ」
「!!!!!!」
目を大きく見開いたデレカが。
「はい!」
満面の笑みを浮かべると、その頬を涙が伝い。
自然とお互いの顔が近付き。
俺たちは、唇を重ねた。
気付くと。
「いよっ! 熱いね、御両人!」
「見せ付けてくれちゃって!」
「良いぞ! もっとやれー!」
俺たちは、温泉旅館〝世界樹〟の食堂へと空間転移されていた。
今日に限って、客室ではなく食堂での夕食を希望する人たちばかりだったのだ。
大盛り上がりとなっている中、慌てて身体を離した俺たちは、恐縮しきりだった。
あ。
あと、ついでに。
「……い、言い付け……通り……な、殴られ……い、言い付け……通り……な、殴られ……」
あとから見に行くと、ダイーマは、通路の最奥――目立たない場所に、ボロ雑巾のように捨てられていた。うわ言のように、同じ言葉を繰り返しながら。
※―※―※
温泉旅館の経営を始めてから、一年が経った。
この日。
「いよいよだな」
「ああ。わわわわわわ我は、ぜ、ぜぜぜぜぜぜ全然緊張していないぞ!」
「めっちゃしてるじゃん。大丈夫、俺も緊張してるからさ。それが普通だって」
「そ、そうか……うん、そうだな!」
俺とデレカの結婚パーティーを、俺たちの住まいであり職場でもある、温泉旅館〝世界樹〟で行うこととなっていた。




