41.「サキュバス」
時は少し遡って。
王都に到着した俺たちは、アクセサリー店と服屋を中心に、色んな店を見て回った。
楽し気にはしゃぐ魔王のウェーブ掛かっている長い金髪が、フワフワと揺れる。
「おお! これ、お洒落じゃないか!? どう思う、メグル?」
「良いと思うぞ。アイジェさんに似合いそうだ」
「そうか……うーん、でも、こっちも捨てがたいな……」
そんな風に、「良いものが見付かった!」「……と思ったけど、他にもっと良いのがあるかも」という繰り返しで、なかなかプレゼントは決まらなかった。
※―※―※
「腹が減ったな。ちょっと休憩しないか、魔王?」
「あ、ああ。そうだな」
適当に入ったレストランで、俺たちは小休憩を取ることにした。
まずはパンをかじりながら、疑問に思っていたことを聞いてみる。
「それにしても、今更だが、プレゼント選びの同行者が俺で良かったのか? 女性用の贈り物を選ぶなら、同じ女性の方が良いんじゃないか? うちには他にも女性従業員が何人もいるんだし」
「良いんだ。というか、女性は女性でも、世界樹狂いの木の精霊に料理狂いのドラゴン娘に幽霊少女、それに生まれて間もない木娘たちだぞ?
まぁ、スゥスゥなら良いアドバイスをくれる可能性も無くはないが、街中で身体を乗っ取られるという事態だけは避けたいしな……」
「なるほど。確かにな」
うなずきつつ、運ばれて来た熱々のポトフのジャガイモにフォークを突き刺して、口許に運ぼうとすると。
「……じゃなくて!」
「え?」
思わず俺は手を止めた。
「わ、我が、貴様が良いと思ったから、貴様に頼んだんだ!」
顔を赤らめた魔王が、バッと立ち上がる。
「……お、おう。そうか。なんか、めっちゃ信頼してくれてありがとうな。頑張るよ」
冷静になったのか、魔王は椅子に座り直した。
どことなく恥ずかしそうだ。
それにしても熱量がすごいな……
俺は、アクセサリーや服飾の専門家でも何でもないんだが、期待に応えられるだろうか?
語気を強める魔王に戸惑いながら、俺は宙ぶらりん状態だったジャガイモを、美味しく頂いたのだった。
※―※―※
その後も、食事を続けている最中に。
「そう言えば、メグル。我も貴様に聞きたいことがあったんだ」
「何だ?」
ふと魔王が、あの言葉を俺に放ったんだ。
「あの夜のことだが……貴様は……その……我にドキドキしたか?」
「!?」
〝どの夜〟などとは聞かない。
あの晩しか、ありえないからだ。
夜中に、パジャマ姿の魔王が、俺が寝ている男性従業員用の宿泊室に一人でやって来た時のことだ。
「えっと……それは……」
誤魔化そうとも思った――が、正直に答えることにした。
「……したよ、ドキドキ」
「! そうか……」
何故か肩を落とす魔王。
理由が分からない。
もしかして、あれか?
以前、魔王の口から『サキュバスはハレンチな種族』という言葉が出てきた事があった。
そういう風に言われたことがあるため、その当時もまだ心の傷が癒えておらず、それ故の発言だった。
だが、あれは勘違いだったことが後から判明したのだ。
それに、俺もあの場で『サキュバスはハレンチなんかじゃない、立派なモンスターだ』って言って、魔王も納得してくれたはずだ。
だから、それが原因じゃないと思う。
「………………」
……まぁ、そうなると、結局理由は分からないまま、となる訳なんだが。
その時。
ふと、魔王が、口の中だけでボソボソと何かをつぶやいた。
「近い内に必ず! 〝昼間〟に、〝我自身の意思〟で、〝我自身の力〟で! 振り向かせてみせる!」
「え?」
「な、何でもない!」
が、あまりにもか細過ぎて、俺の耳には届かなかった。
※―※―※
「よし! これに決めた! すごく可愛いからな!」
最終的に魔王が買ったのは、鮮やかな赤いリボンだった。
確かに、髪がピンク色のアイジェさんに良く似合うだろう。
「メグル。今日は付き合ってくれて感謝する」
再び手と手を取り、北東の世界樹(我が家)へと飛行中、魔王が改めて礼を言う。
「どういたしまして。これくらいで良ければ、いつでも言ってくれ」
「い、いつでも!? 本当にいつ言っても良いんだな!?」
「……いや、もちろん良いけど、お前、四天王たちとのアイドル活動もあるだろ?」
「あ」
余程悔しいのか、「くっ!」と、魔王は唇を噛んで顔を歪ませる。
「まぁ、お互い無理せずにな。また時間がある時に遊びに行こうぜ」
「そ、そうだな!」
それから帰宅するまで、魔王は機嫌よく、鼻歌交じりで飛翔し続けたのだった。
※―※―※
その後。
無事サプライズは成功したらしく、魔王が一生懸命吟味して買った赤いリボンは、アイジェさんに喜んでもらえたらしい。
良かった良かった。
まぁ、当のアイジェさんと俺が話した時は、「そんなことより、どうだった、デレカちゃんと二人きりでの王都へのお出掛けは? 楽しかった? 楽しかったよね♪」と、俺たちの買い物のことばかり聞いて来るのが、謎だったが。
※―※―※
それから一ヶ月後のある日。
温泉旅館の経営は順調だった。
今日も、仲間たちは皆、慌ただしく動き回ってくれている。
素晴らしい仲間たちがいて、お客さんもちゃんと来てくれる。
本当にありがたい限りだ。
……まぁ、今でもたまに変なお客さんが来てしまったりはするが。
「おお! 君、美人だね! おおお! 君も美人だね!」
ほら、あんな風に。
俺の視線の先――通路を徘徊しているのは、男性にしては少し長い、左右それぞれ青と赤のツートンカラーの美髪イケメンモンスターだ。
風もないのに何故か棚引くサラサラの髪がまず目を目を引く。
少しゆったりとした私服を身にまとっているが、髪の毛とは非対称で、右側が青で左側が赤となっている
髪と服のみならず、耳の尖り具合、口から覗く牙すらも美しい。
「そんな奴が、何であんな愚行を?」
ただ、普通にしていればそれだけで十分モテそうな彼は、うちの従業員一人一人に声を掛けながら、肩にそっと触れていくのだ。
「セクハラだよな……でも、ここは異世界……いや、でもセクハラだ。っていうか、異世界だろうが何だろうが、ここは俺の温泉旅館だ。この館内でセクハラを見逃して良い訳がない!」
あのスゥスゥですら、目を丸くしていたのだから。
触れることは出来ずとも、自分の身体の一部を、異性が故意に触れようとしてくるのは、きっと女性にとっては嫌なことなんだろう。
よし、次こそは絶対に止めよう。
そう思っていたら、そこに丁度魔王が通り掛かった。
「待って下さい! 従業員の身体に触るのは止めて下さい!」
「メグル?」
魔王が反応して、俺の方を見る。
「お止め下さい、ダイーマさん!」
「!?」
その名前に、魔王がピクッと反応する。
俺の説得に全く応じる気配を見せず、ダイーマさんは、背後から近づいて、魔王の肩に触れてしまった。
「貴様は――!」
振り返った魔王が、驚愕に目を見開いた。
直後。
「「「「「!?」」」」」
俺たちは、漆黒の城内――玉座の間へと、魔法で強制的に空間転移させられていた。




