39.「宝箱」
相も変わらず木の精霊とは思えないほどの悍ましい言動だが、リアの言葉は無視出来るようなものではなかった。
「宝箱だと? そんなものが、この世界樹の中に……?」
半信半疑と言った様子の俺に、「百聞は一見に如かずですわ!」と、リアが俺の手を引っ張って、温泉旅館内をズンズンと、奥に向かって歩き始めた。
その途中で。
「き、貴様! 何メグルの手を握っているのだ! 離せ!」
突発的な来訪者に備えるための入口での待機を終えて、先に女性従業員用の宿泊室へと戻って休んでいたはずの魔王が姿を現して。
「宝箱じゃと? そう言えば、余の知り合いにも、金銀財宝を集めるのが趣味のドラゴンがいたのう」
「宝箱ですかぁ! きっと中には金貨がたっぷりですよぉ!」
「ロッカは、旦那さっまが財宝で喜ぶ顔が見たいでっす」
「ニコは、旦那様に、幸運が訪れるという事実に、喜ばしく感じています」
「ネーモは、旦那さ~まが、喜んでくれ~ると、嬉しいで~す」
ドラゴン娘、幽霊少女、ロッカ、ニコ、ネーモの木娘たちも合流した。
期せずして大所帯になった俺たちは、旅館の最奥――袋小路部分までやって来た。
すると、左側の壁の下部にて、凹んだ小さな空間内に。
「! 本当にあった……」
ピカピカと光り輝く小さな宝箱があった。
「私、せっかくの休業日だし、ユドル様の胎内を余すところなく舐め回そうと思いましたの!」
リアが、経緯を説明し始めた。
初っ端から不安しかない内容だが、そのまま話を続けてもらう。
「ユドル様の旅館内をくまなくペロペロと舐め回していた際に、この場所を一舐めした際に、僅かな違和感を感じましたの。
ま、まさか性感帯ですの!? 私の舌で感じて下さるんですの!? ああ、ユドル様! ユドル様あああああああ!」
「「「「「………………」」」」」
俺たちは一体何を見せられているんだ?
当時の快感を思い出して恍惚とした表情を浮かべ涎を垂らすリアは、半眼になった俺たちには気付かず、涎を拭いつつ話を続ける。
「そうやって夢中になって舐め回していると、少しずつ壁が崩れていったのですわ! そして現れたのが、この小さな空間であり、この宝箱だったのですわ!」
そこまで聞いた俺は、ふと、疑問を抱いた。
「意外だな。世界樹のことが大好きな癖に、俺に知らせて一緒に中身を見ようだなんて、お前にしてはえらく殊勝じゃないか」
「もちろん、本当は独り占めしたかったですわ! だって、私の舌技で昇天したユドル様が産み落とされたこの子は、私たちの赤ん坊も同然ですもの。
でも、奥ゆかしいユドル様は、自分がはしたなくも絶頂したことを恥ずかしがっていらっしゃるのか、見えない魔法障壁のようなものを展開されていて、触れられないんですの」
リアいわく、ありとあらゆる魔法を試したが、取れなかったらしい。
う~ん。
予想通り経緯すらも虫唾が走るものだったが、それは置いておいて。
罠……という可能性は、無いか?
まぁ、本来、世界樹は俺の固有スキルだからな。
さすがにその中に罠を張るなんて芸当が出来る奴なんて、いないか。
……いや、異世界転生者なら、その滅茶苦茶をやってのけるかも。
そのための固有スキルだからな。
「みんな、気を付けろ。もしかしたら罠かも――」
「嘘ではないようだな、我にも触れられん」
「余の力でも無理じゃのう。もしかしたら美味かもしれんのう、コレ。まぁ、宝箱自体を料理した事は流石の余でもないがのう」
「もう触ってるー」
いや、正確には触ってはいなかったんだけどな。
触れなかったから。
「あたしも触りたいですぅ! とうっ!」
「『とうっ!』じゃねぇよ」
乗っ取ろうとして俺の身体に飛び込んで来ようとしたスゥスゥを華麗にかわした後。
「俺がやる。だから、みんなは手を出さないでくれ。その代わり、何か異変があったら、対処を頼む」
最初からこうすれば良かったのだ。
近付き、ドキドキしながら屈み、手を伸ばす。
ずば抜けた戦闘能力を誇るうちの従業員たちが誰も触れられなかった宝箱は。
「……あれ?」
次の瞬間、呆気なく、俺の手中に収まっていた。
丁度片手に乗るサイズだ。
「おお! さすがメグル! やる時はやる男だな!」
「何であれ、手に取った者が所有するのが筋じゃ。仕方が無いから、料理するのは諦めてやるのじゃ」
そのような仲間たちの声の中で、一つだけ異質なものが交じっていた。
「ズルいですわ! 見付けたのは私なのに! しかも、ユドル様と私の赤ん坊なのに! 返して下さいまし! 私たちの赤ちゃん!」
「誰が誰の赤ちゃんだおい。まず赤ん坊じゃないしお前と世界樹の愛の結晶でもないし、そもそも世界樹自体が俺の固有スキルなんだってば。
分かってるのか? 俺が固有スキルで生み出さなきゃ、三千年どころか、永遠に世界樹と再会出来なかったかもしれないんだぞ?」
「うっ……それはそうですけど……」
下唇を噛み、悔しそうにしながら、リアはしぶしぶ諦めた。
「分かりましたわ……私たちの赤ちゃんは、貴方に託しますわ。パッとしないおじさんの所にいっちゃいましたが、元気に育つのですわよ、私たちの可愛い赤ちゃん……」
「まだ赤ちゃん呼ばわりするのか……」
しかも、誰がおじさんだ誰が!
こちとらまだ二十八歳だ!
三千年生きてる奴にだけは言われたくないんだよ!
……と反論しようとしたが、千年生きている魔王のことが何となく気になって、止めてしまった。
「さて、開けるぞ」
みんなが固唾を呑んで見守る中。
満を持して俺が開けると。
「……紙?」
綺麗に折り畳まれた古い紙が二枚入っていた。
何かが書かれたものだろうか、宝箱から取り出して、それぞれ広げてみると。
「!」
あまりにも予想外過ぎて――俺は言葉を失くす。
「ププッ! 何ですの、その絵? 下手くそにも程がありますわ!」
「そうじゃろうか? これはこれで味があるように、余には見えるがのう」
と、そこに、しばらく黙っていた魔王が口を挟んだ。
「それって……子どもが描いた絵じゃないのか? しかも、メグル。貴様自身が幼少時代に」
「「「「「!?」」」」」




