36.「勇者襲来」
「お客さん、残念ながら、今日は魔王は休みなんですよ」
「何!? そうか……」
ヤバい奴が来たなと思った俺は、とっさに嘘をつく。
こういう輩は、相手にしないのが一番だ。
「ちくしょう! 何で俺様はいつもこうなんだ!」
地団太を踏む男を観察する。
恐らくは銀髪だと思うのだが、色がくすんでおり、銀色には見えない男。
二十代後半であろう彼は、年齢の割に、やたらとくたびれた印象だ。
ボロボロの布の服を着て、剣――看破を使うに、どうやら銅の剣――を腰に差している
更に、看破で盗み見たステータスによると、残念ながら、どうやら本物の勇者らしい。
「……くそう! ……ちくしょう!」
悪態をつきながら、トボトボと歩き去ろうとする勇者だったが。
「我が魔王だ。それがどうかしたのか、勇者とやら?」
「!」
俺の後ろに控えていた魔王が、ポツリとつぶやいた。
バッと振り返った勇者が、目を血走らせる!
「いるじぇねぇか! このクソ野郎! 嘘つきやがって!」
あーあ。
せっかくウザい危険人物を排除できると思ったのに、魔王の奴め……
いや、でも、明日以降、他のお客さんがいる時にまた来られたら、そっちの方が百倍マズいしな。これはこれで良かった、ということにしておこう。
「すいません。どうやら私の勘違いだったみたいです」
頭を下げる俺だったが、勇者の怒りは静まらない。
「ふざけやがって! てめぇもぶっ殺してやる!」
勇者が、腰の剣に手を掛ける。
が、俺は焦らない。
何故なら。
「くそっ! 抜けろ! 抜けろよ!」
勇者のステータスには、〝クソザコ。アリにも負ける〟と書かれていたからだ。
案の定、目の前の男は、力が無さすぎて、鞘から剣を抜くことさえ出来ない。
そして。
「貴様。今、メグルに対して、〝殺す〟と言ったか?」
「ヒッ!」
蟀谷に血管を浮き立たせた魔王が、全身からどす黒い魔力を滲ませ、上に向けられた手の平からは、漆黒の炎が膨れ上がる。
少しでも触れれば塵と化すであろうことを本能で察知した勇者が、青ざめた。
「我に対する暴言ならば、愚者の戯言と笑って許そうかとも思った。だが、メグルに対しても同様の態度を取ると言うならば、話は別だ。その罪、万死に値する」
魔王が発動する漆黒の炎が、世界樹旅館すらも燃やし尽くさんとする勢いで、更に膨張した。
うん、このままじゃヤバいな。
「まぁ待て。魔王」
「何故だ! コイツにあんなこと言われて、平気なのか貴様は!」
「平気じゃない」
「だったら――」
「でも、お前が俺の代わりに怒ってくれた。嬉しかった。そのお陰で、冷静になれた。ありがとうな」
「! ……だから、そういうところだぞ!」
魔王が頬を朱に染め、どす黒い魔力も、漆黒の炎も霧散する。
まぁ、このままだと勇者どころか、温泉旅館そのものが灰燼に帰す、なんてことになりかねんからな。
「こ、怖くなんかねぇぞ! 俺様は勇者だからな!」
魔王が戦闘モードを解除したと言うのに、先程の光景がトラウマになったのか、まだ勇者は、生まれたての小鹿のように、恐怖でプルプルと震えている。
「魔王に復讐するって、俺様はずっと決めてたんだ! それだけを心の拠り所にして、転生してから十年間ずっと、この異世界で生きてきたんだ!」
ヤバい奴ではある……んだろうけど、一応、何か事情がありそうだな。
「勇者さん。うちの魔王は、人類の敵なんかじゃないです。それどころか、誰かを傷付けたことすらない、優しい奴です。それに、俺にとってすごく大切な仲間なんです」
「わ、我が、貴様にとってすごく大切な存在だから、結婚したいだと!?」
「うん、言ってない。あと、話の途中だから、ちょっと黙っててな」
「コホン」と咳払いして、俺は仕切り直す。
「と言っても、あなたはきっと、納得しないでしょう。もしよかったら、何があったか、聞かせてもらえませんか?」
俺の言葉に、「良いだろう」と、腕組みをした勇者は、説明を始めた。
※―※―※
勇者は、現代日本で事故死した。
しかも、「トラックの前に飛び出した子どもを助けようとしたが、間に合わず、ただトラック運転手がハンドルを切ったおかげで、奇跡的に子どもは助かり、自分だけ轢かれた」という状況で。
その後、彼は異世界転生した。
異世界転生させた女神が言うには、「魔王が人類を滅亡させんと、毎日モンスター軍団によって世界各国に攻撃を仕掛けている」という、一刻を争うような、酷い状況の異世界だった。
そのため、「特別な固有スキルを与える」と女神が言った。
勇者は、やる気に満ち溢れていた。
「今までの人生では、一回も上手く行ったことが無かった〝人助け〟だけど、今度こそ、俺様の手で、ピンチの人々を救ってみせる!」
だが、異世界転生直前、女神の放つ光に包まれた、丁度その時。
「あれ? あ……異世界転生先、間違えちゃった」
「……へ?」
「ごめんね、てへぺろ。あと、今から行く所、めっちゃ平和な世界みたいだから、戦闘系の固有スキルはもう要らないよね? じゃあ、平和な世界でも使えるような固有スキルに変えとくね! じゃ、頑張って♪」
「いや、ちょっと待――」
そして、勇者は異世界転生させられた。
※―※―※
異世界転生後の人生は、彼いわく、それはそれは酷いものだったらしい。
チートスキルもなく、レベル1の彼は、十年前から今まで、ずっとアリ以下の戦闘能力のままとのことだ。
魔王はおらず、モンスターと人間は敵対しておらず、冒険者ギルドに登録したものの、野生の獣にすら負けるので、薬草採取すら出来ず。
十年間ずっと、失踪した猫の捜索や家の掃除など、雑用と言って差し支えないような依頼をこなして何とか食いつないできた。
「これも全部、てめぇのせいだ、魔王!」
……は?
「いや……我ではなく、女神のせいではないのか?」
これには、さすがの魔王も困惑気味だった。
「うるさい! てめぇが人類の敵だったら、話は早かったんだ! それなのに、行方不明になって千年経ってるとか、最近やっと姿を現したと思ったら、全然人間に敵意を向けないとか! 舐めてんのかてめぇ! 〝魔王〟たるもの、もっと悪逆非道を尽くせよ!」
滅茶苦茶だなおい……
「さっき、〝人助け〟したいって言っていましたが、猫の捜索や家の掃除じゃ駄目なんですか? それも立派な〝人助け〟だと思うんですが」
「駄目に決まってるだろ! 男たるもの、剣一本で世界を救ってなんぼよ!」
うーん、その剣すら筋力不足で抜けないんだけどね……
でも、同じ男として、その気持ちは少し分かる。
ロマンがあるんだよな。勇者として悪を打ち倒し、世界を救うって。
まぁ、俺の場合は、温泉旅館の方がより大きなロマンを感じるってだけで。
「誰がなんと言おうと、俺様は世界を救うんだ! 救うんだったら、救うんだ!」
再び地団太を踏む勇者。
子どもか。
そんな彼を、俺は冷静に観察する。
多分、この男は、今まで現代日本と異世界で生きて来て、〝成功体験〟が皆無なんだろうな。
猫の捜索や家の掃除でも立派な成功体験になると思うんだが、彼にとってはそうじゃない。
何か、世間から見て一目で分かるような、分かりやすい成功体験が必要なんだ。
と言っても、うーん、どうすれば。
そこまで俺が思考した直後。
「弱過ぎて気付かなかったけど、勇者ドル! ここで会ったが三千年目ドル!」
「! ……がぁ……ぁッ……!」
世界樹が、旅館の壁から真っ赤な口を生やしつつ、壁・天井・床から無数のつるを伸ばして、勇者を捕縛。首を絞めて、呼吸を封じる。
「今すぐ死ねドル!」
「……ヒッ……!」
最後に伸ばしたつるの先端を巨大な木製刃へと変化させると、勇者に向かって勢い良く振り下ろした。




