34.「ご褒美」
「何するんだ貴様あああああああああ!」
「ぼぐへっ!」
左腕で胸を隠しながら魔王が放った右のアッパーカットにより、首から上が天井にめり込むリア。
「殴るぞ!」
「……もう……殴って……いますわ……」
めり込んだまま、くぐもったうめき声を上げる木の精霊だったが。
「あ! でも、私は今! ユドル様の身体にめり込んでいるのですわ! これはもう、ユドル様と一つになったと言っても過言ではありませんわ! 合体ですわ! 合体ですわああああああ!」
「スゲーなお前。変態もそこまで行くと、ちょっと尊敬するわ」
思わず俺は、半眼でそうつぶやいた。
※―※―※
「死ぬかと思いましたわ……幸せ過ぎて」
天井から抜けて着地したリアが、ポツンとつぶやく。
さすがは木の精霊、人間なら確実に死んでいるであろうダメージを受けても、ピンピンしている――どころか、笑みを浮かべたその顔は、ツヤツヤになっている。
「コホン」
咳払いをして仕切り直したリアが、薄い胸を張った。
「ということですわ!」
「どういうことだよ?」
「もう! 鈍いですわね!」
人差し指を立てて、リアはドヤ顔をする。
「〝酒池肉林で骨抜き大作戦〟ですわ!」
彼女いわく、「美味い飯と酒、それに色仕掛けで、あの男どもを籠絡するのですわ!」とのことだった。
「それで、何故我の服を脱がす必要があったんだ!」
「え、分かりやすかなと思ったのですわ」
「それなら貴様が脱げば良かっただろうが!」
「なっ!? 貴方がそれを言いますの!? 持たざる者の気持ちなんて、貴方には分かりませんわ!」
リアの視線が、魔王の胸に突き刺さる。
「大丈夫だぞ、リア。俺が元々いた世界では、小さいのが好きな男たちが大勢いたんだから」
「何の慰めにもなりませんわ!」
口を尖らせるリアを放置して、俺はうつむき、思考する。
「でも、確かに良いかもな……」
「メグル!? 貴様、本気か!?」
「ああ。もちろん、無理強いはしない。が、少なくとも、提案者であり、魔王に不要な恥をかかせたリアには、やってもらう」
「胸なんてなくても、人間の男をたぶらかすなんて、造作もないですわ!」
世界樹狂いという欠点に目をつぶれば、間違いなく美人だからな。
問題ないだろう。
※―※―※
その後、食事や酒を運ぶ木娘たちと、厨房にて料理を作っているクークにも、作戦を伝えた。
その上で、〝酒池肉林で骨抜き大作戦〟という〝無料での接待〟の注意事項五点も告げた。
1.もし出来れば頼みたいが、無理にやる必要は無いこと。
2.胸(武器)を見せる(使う)際は、多少はだける程度で止めておき、本当に大事な部分を見せたりはしないこと。
3.お触りは厳禁であること(上手くあしらうこと)。
4.上手くあしらえない時は、俺に助けを求めること。
5.この旅館の営業を続けたいとは思っているが、仲間を犠牲にしてまでやろうとは思っていないので、もし嫌がってるのにセクハラを続けて来るようなことがあれば、我慢せずにブチ切れて良いこと。
ただ、こんな作戦をやって欲しいって、男の俺が頼んでるんだよな。
ふざけるなと、俺に対して怒る仲間がいてもおかしくはない。
そう思っていたのだが。
「ロッカは、旦那さっまのためなら、一肌脱ぎまっす」
「ニコは、旦那様に、恩を売るために、やることに、決めました」
「ネーモは、旦那さ~まのためなら、全然やるで~す」
「なかなか面白いことを思い付くのう。途中までは手が離せんが、ある程度料理を作ったら、余も顔を出しにいくのじゃ」
木娘たちとクークは、快諾してくれた。
俺が魔王を見ると、彼女はピクッと肩を震わせる。
「メグル……すまんが、我はちょっと――」
「魔王はやらなくて良いからな。給仕に専念してくれ」
「え?」
何故か驚いた様子で魔王が目を丸くするが、俺は気にせず続ける。
「お前は、リアによって服を半分脱がされて、十分辱めを受けたからな」
そこまで説明した後で、俺は、「いや、違うな」と、自身の発言に違和感を感じて、訂正した。
「何かお前にだけは、他の男の接待なんてやって欲しくないんだ」
「! そういうところだぞ、貴様!」
「え?」
よく分からないが、魔王が顔を赤らめている。
うーん、謎だ。
っていうか、本当は、はだけた胸元すら他の男に見せたくない。
が、そこは我慢する。
魔王の豊満な胸は、男性客に対する接客において、ものすごく有効な武器であることが分かっているからな。
それに、あの慎ましい胸を持つリアですら、頑張ろうとしているのだから。
あの大きさじゃ、見えちゃいけないものが見えそうになるにもかかわらず、な。
まぁ、彼女のことだ、その辺は上手く立ち回るんだろうけど。
あと、もしかしたら、さっきの言葉通り、全く胸元をはだけずに男たちを落とすつもりなのかもしれないしな。
ちなみに、幽霊少女スゥスゥはというと。
「また面白そうなことをしていますねぇ! あたしもやってみたいですぅ! とうっ!」
面白がって俺の身体を乗っ取って来て女体化させたので、丁度良いとばかりに、彼女にも、ショプチーさんたち大司教の接待をやらせることにした。
まぁ、女体化しているとはいえ、これは俺の身体であり、俺は動かせないが、感覚は共有してしまっている。
そのため、野郎に対するちょっといかがわしい接待、という一部始終を目撃することになってしまうが、魔王にやるなと言った手前、誰かがその穴は埋めなければならないからな。これも魔王を守るためだ。仕方ない。
そんな打ち合わせをしたて臨んだ〝酒池肉林で骨抜き大作戦〟だったが。
初めは、ショプチーさんたちは、不敵な態度だった。
「大方酔い潰れさせて、許可証に強引に署名をさせようって魂胆なんでしょうが、そうはいきませんよ?
実は我々は皆、酒場界隈では名の知れた酒豪でして。今まで一度も酔ったことがないほどの、ね。ですから、一晩中でも飲み続けられますよ?」
聖職者とは思えぬ物言いで口角を上げるショプチーさんたちだったが。
※―※―※
数時間後。
「ああ! リアさま! その美しいつるで、ワタシをもっとキツく縛って下さい!」
「ああ! クークさま! そのたくましい尻尾で、もっとぶって下さい! 包丁で捌いて下さい!」
「ああ! スゥスゥさま! もう一度ワタシの身体を乗っ取って、息を止めて強制的に陸で溺れさせて下さい!」
「ああ! ロッカさま!」
「ニコさま!」
「ネーモさま!」
「是非とももう一回、世界樹の幹の中を移動している最中に、中に置き去りにして、生き埋めにして下さい!」
ショプチーさんたち六人が、恍惚とした表情で、涎を垂らしながら、我が旅館が誇る美女たちにご褒美を欲しがるという地獄絵図が繰り広げられていた。




