29.「辱めと熱狂と深夜の訪問」
「こんな辱め、我はもう耐え切れんわああああああああ!!!」
「あ、魔王さま! 待って下さいです!」
顔を真っ赤にした魔王は、ククスさんの制止を振り切り、漆黒の翼をはためかせて、聴衆で埋め尽くされた円形闘技場から飛び去ってしまった。
「もしかして、兎獣人のコスプレの方が良かったですか?」
「いや、そういう問題じゃない」
小首を傾げるククスさんに、俺は思わず舞台袖――中央の円形の舞台よりも数メートル高い客席の下にある出入口から、突っ込む。
ちなみに、本日の俺は、彼女たちアイドルグループ〝フェニーチェ〟のマネージャーみたいな位置づけだ。
さすが二千年間の間、次々と異世界から転生して来るアイドルたちからトレーニングを受けただけあって、四天王たちが持つ〝コスプレ〟などの現代日本の知識は完璧なのだが……
「魔王にはコスプレを強制しておいて、自分たちはやらないって……意外と鬼畜だなおい」
ボソッと俺はつぶやく。
そう。
リーダーのククスさんを始めとする四天王たちは、可愛らしいフリフリのアイドル衣装に身を包むも、魔王と違い猫耳・尻尾などのコスプレ衣装の類は一切身に付けていない。
あくまで、〝どうしたら魔王の魅力を最も引き出せるか〟という〝魔王をプロデュースする〟という視点で思考を重ねて、魔王のみにコスプレをさせたのだ。
そして彼女に、この世界に普通に存在する獣人の一つ――猫獣人のような喋り方を強いた。
初めは、「猫獣人が普通にいる異世界の住人が、猫のコスプレで喜ぶのか?」と、俺は懐疑的だった。
が、すぐにそれが効果的であることを思い知らされた。
「魔王さまが、猫獣人のコスプレを!?」
「きゃあああ! 可愛いいい!」
「魔王さまあああああ! あたしにも「ニャン」って言って下さいいいいい!」
人間・モンスターの女性の聴衆からの黄色い歓声と共に。
「ぐへへ。ま、魔王さまが、あんな格好をして……」
「ま、凛々しくて格好良い魔王さまが、あ、あんな可愛い格好で、可愛い喋り方をしてるだなんて……ぐふふ……」
人間・モンスター問わず、男連中からは、ねっちょりとした欲望まみれの視線が向けられていた。
本当なら、彼らを、ゲス・キモいと、蔑みたいところだが……
「残念ながら、分かっちゃうんだよなぁ……」
悲しいかな、男である俺は、「気の強い女性」や、「普段格好良い女性」が、可愛らしい格好で可愛らしい言動をすることによるギャップ萌えが、普通に理解出来た。
まぁ、普段の喋り方はともかく、中身は、そんなに気が強かったりしっかりしていたりする訳ではないのは、一緒に働いている俺は知っているのだが。
それでも、喋り方を始めとして、〝印象〟ってのはあるからな。
ちなみに、魔王に会った事がない者たちも、温泉旅館〝世界樹〟で働いている魔王の噂は聞いたことがあるらしい。
〝気が強く美しく格好良い魔王〟が、〝気高い喋り方〟で接客してくれる、という噂を
……なんか、そう言うと、イメージクラブみたいな、ちょっといかがわしいお店みたいに聞こえるな……
いや、決してそういう店じゃないからな、うちは!
うん、すごく健全な旅館だから!
ただ、たまたまちょっと従業員が〝美人揃い〟っていうだけで!
何にせよ、魔王の似顔絵までが大量に出回っているらしく、その人気ぶりが窺える。
「えっと、ちょっとハプニングがあって、ごめんなさいです!」
頭を下げたククスさんは、観客の反応を待たず、間髪入れずに続ける。
「でも、みんな! 魔王さまが恥ずかしがる姿を見て、どう思いましたですか?」
「「「「「可愛かった~!」」」」」
「ですよね! ククスも、すごく可愛かったと思ったです!」
上手いな……
思わず、俺は感嘆の溜息をつく。
今日のライブの〝目玉〟とも言える、魔王の突然の失踪。
普通に考えれば、一気に盛り下がりそうなところだが、ククスさんはきちんと謝罪した上で、それを〝魔王のレアな姿を見ることが出来た〟という、〝希少体験〟に変えてしまった。
二千年間のアイドルトレーニングと、小さな村からコツコツと積み上げてきたライブ経験。
このくらいのイレギュラーな事態では、彼女たちのパフォーマンスは、決して揺るがないのだ。
「ここからは、いつも通り四人でライブさせて頂きますです! では、聞いて下さい! 『ラブで世界征服』!」
「「「「「きゃあああああああああ!」」」」」
「「「「「うおおおおおおおおおお!」」」」」
そして、いつもならラストに持って来る、一番盛り上がる曲をここで投入。
文句のつけどころのない、惚れ惚れするほどの完璧なリカバリーだ。
むしろ、予想外の曲順に、いつもよりも盛り上がっているくらいだ。
ちなみに、俺は本日、一応マネージャーとしてここに参加する手前、彼女たちのライブのことを知っておかなければと思い、ビデオカメラのような魔導具で録画されたものを、事前に見せてもらっていた。
そのため、四天王たちの王道曲順も、大体は把握していた。
印象的なギターのリフから始まる、この『ラブで世界征服』のことも。
それにしても。
「可愛いアイドルの~♪ ラブがあれば~♪ 人間なんて~♪ イチコロ~♪ 精神操作して~♪ 世界征服~♪」
「「「「「世界征服~♪」」」」」
……相変わらずヒドい――じゃなくて、すごい歌詞だな……
だが、聴衆はめっちゃ盛り上がっている。
〝スピーカー形〟魔導具から放たれる大音量と聴衆の歓声が一つとなって、会場を揺らす。
男も女も。
老いも若きも。
人間もモンスターも獣人たちも。
性別も年齢も種族さえも超えて。
全員が声を揃えて。
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
大袈裟ではなく、これは世界征服に近付いていると言えるのではないだろうか?
「世界征服~♪ ……あ」
何だかんだ言いながら、俺も気付いたら、身体を揺らしながら口ずさんでしまっているのだから。
恐るべし、『ラブで世界征服』。
恐るべし、四天王たち。
そして、恐るべし、彼女たちを支え続けている〝モンスターミュージシャン〟たち。
なお、彼女たちの背後で、ギター、ベース、ドラムにそっくりな魔導具を演奏しているのは、それぞれ、キマイラ(ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つモンスター)、ゴブリン、そしてオーク(豚の半獣人のモンスター)だ(しかも可愛い少女たち)。
「いや、ゴブリンとオークはともかく、キマイラはどうやってあの超絶技巧演奏をしてるんだ?」
山羊の足で普通にギターソロとか弾いてるんだが。
しかも、速弾きとか、色々バグってるだろ。
ちなみに、モンスターミュージシャンたちは、二千年前からずっと、代々四天王たちのバックバンドを務めて来ているらしい。
もちろん、彼女たちに対する給料はしっかりと払われている。
ただ、金のため、というよりも、モンスターの中でも魔王直属の部下であり幹部である四天王に対する尊敬の念によるもの、という側面が強いだろう。
二千年前、まだアイドルトレーニングを始めたばかりの頃の四天王たちが、満足に給料を払えたとは到底思えないからだ。
「『ラブで世界征服』でしたです! じゃあ、みんな、次の曲に行くですよ! 『ラブで奴隷にしてやんよ(ビー・マイ・スレイブ・ウィズ・ラブ)』!」
「「「「「きゃあああああああああ!」」」」」
「「「「「うおおおおおおおおおお!」」」」」
俺が思考する間にも、ライブは進んでいく。
こうして、今日も四天王たちのライブは、大盛況に終わった。
※―※―※
「大丈夫かな、魔王?」
温泉旅館〝世界樹〟に戻った後も、俺は魔王を案じていた。
よほど恥ずかしかったのだろう。
クークが作ってくれた夕食を、木娘たちに頼んで女性従業員用の宿泊室に持って来てもらって食べたらしく、魔王は食堂には来なかった。
ちなみに、「休みの日くらいは俺が作るよ」と言ったのだが、クークが、「余が好きでやってることじゃからのう。気にしなくて良いのじゃ」と、申し出てくれたのだ。
魔王とは別々に夕食を食べた結果、一度も顔を合わせることもなく、こうして俺は、男性従業員用の宿泊室にて、一人布団に横になっている。
「……傷付いていなければ良いが……明日は、ちゃんと話せると良いな……」
そんな風につぶやいた後、「オフ」と言葉を続けてキノコの光を消して、目を閉じた俺だったが。
魔王と話す機会は、予想よりも早く訪れることになった。
何故なら。
「……メグル。我だ。……起きてるか?」
「!」
パジャマ姿の魔王が、俺の部屋にやってきたからだ。




