2.「相手を〝料理したら美味しそうかどうか〟という食材として見るドラゴン娘」
「死ねドル!」
ユドルが世界樹(自分)の巨大な枝を左右から猛スピードで動かし、まるで蚊を仕留めるがごとく、空中に浮かぶ女性を叩き潰さんとする。
しかし。
「この枝も、なかなか食い応えがありそうじゃな」
「!」
二つの枝は、見事に一刀両断されて落下。
どうやら、枝が触れる直前に、女性は両手の包丁を素早く振るっていたらしい。
勇者の纏う聖鎧以上、世界最高硬度を誇る世界樹の枝をやすやすと叩き斬るとは、恐るべき切れ味の包丁と腕だ。
っていうか、最高硬度の癖に、さっきもド変態――もとい、リアの突撃によって、枝にクレーターが出来ていたけどな。
間違いなく異世界最強レベルの人材が立て続けに来てるんだが。
どうなってるんだ?
「私のユドル様の御身体に傷を! 許せませんわ! 殺しますわ!」
「いや、お前もさっき思いっきり傷付けてただろうが」
殺気立ち身体中から膨大な魔力を迸らせ、両手を翳すリアだったが、俺の言葉に、動きを止める。
「はうっ! 私としたことが! そんなことをしていただなんて!」
「気付いてなかったのかよ」
「こうなったら、せめてユドル様に、この首を差し出しますわ! どうぞこれで御勘弁を!」
つくづく面倒臭い女だなおい。
「メグル! コイツは我に任せろ! 貴様はあのドラゴン娘を何とかしろ!」
「ありがとう」
「え、お礼に結婚しよう? そ、そんな……まだ心の準備が……」
「お前も大概面倒臭いな」
右手を〝鋭い木製刃〟に変えて自身の喉元に突き刺そうとするリアの腕を、背後からガシッと掴んで防ぎつつ頬を朱に染める魔王。
そんな彼女に突っ込みつつ、俺は夜空を見上げる。
「『看破』」
空飛ぶ女性のステータスを盗み見ると、魔王が言った通り、彼女はドラゴン娘であり、しかも、とある特技を持っていることが分かった。
「まぁ、見た目通りっちゃ見た目通りだが……」
俺は、空中に静止するドラゴン娘に声を掛ける。
「クーク。俺の話を聞いてくれないか?」
「ほう。余の名を知っておるとはのう」
「俺はメグル。この温泉旅館〝世界樹〟の経営者だ。お前にこの旅館で、住み込みで料理人として働いて欲しい。給料として月に金貨十枚払う。どうだ?」
そこに、先程斬り落とされた二本の枝が何事も無かったかのように元に戻っているユドルから、待ったが掛かる。
「何考えてるドル!? さっきから変態ばっか雇おうとしてるドル!」
「優秀な人材を採ろうしているだけだ」
まぁ、〝変態〟という点は否定しないが。
「絶対嫌ドル! 断固拒否するドル!」
「まぁまぁ。金貨を大量に食わせてやるから」
「もう、それだけじゃ嫌ドル!」
先刻切ったカードは、もう使えないらしい。
仕方が無い。
頑ななユドルに対して、俺はもう一つの奥の手を財布から出す。
「これを食わせてやるよ」
「ま、まさか! こ、これは!? 〝ドル〟ドル!!!」
何ともややこしいが、それは、俺が前世で、死ぬ少し前に、何となく大手銀行で円を交換して入手した一ドル紙幣だった。
「珍味ドル! しかも美味いドル! しょうがないから変態ドラゴン娘を雇うのを許してやるドル! それにしても、この紙幣、美味い珍味ドル! 美味い珍味珍味ドル! 美味い珍珍ドル!」
「完全にアウトな食レポやめろ」
俺が巨大な口に突っ込んだ一ドル札の味にユドルが陥落した直後、クークが俺の目の前に舞い降りてきた。
「メグルとやら。お主はあまり美味くなさそうじゃのう。それに比べて、そちらの二人の女子はなかなか肉付きが良くて食欲をそそられるのう」
「頼むから初対面の相手を食おうとしないでくれ」
クークが持つ二本の包丁が満月の光を反射、俺は思わず身震いする。
「で、どうだ? 働いてくれないか?」
「お断りじゃ。余は、ただ世界樹を料理して食したいと思っておっただけじゃ。お主の旅館で働いたところで、余には何の利益もないからのう」
なかなか手強そうだ。
そこで俺は、クークが欲するものを提示することにした。
「働いてくれたら、世界樹の葉・幹の皮・世界樹の華などを無料で食べさせてやるぞ。どうだ?」
「乗ったのじゃ!」
前言撤回。
ドラゴン娘も、案外チョロかった。
※―※―※
旅館の従業員用の休憩室へと、今度は四人で戻ってきた。
ちなみに、先程自殺寸前だったリアだが、魔王が強引に旅館の中に再び入れると、すぐに元気になった。
「ああ! ユドル様の中! ユドル様に孕んで頂いているかのようなこの快感! ユドル様から産まれたい! そして、死後はまたユドル様の胎内に戻りたい!」
という、身の毛もよだつ程のおぞましいコメントと共に。
テーブルにつくと、クークが身の上話をしてくれた。
「余は元々、他の追随を許さない程に不器用だったのじゃ。食べたはずのステーキが丸ごと残っていて、おかしいなと思って良く見たら、ステーキではなく、自分の左手を全てナイフで切って食べてしまっていたことに気付いた程に」
「それはもう病気だろ」
もしかしたら、ヤバい人物を採用してしまったかもしれない。