22.「モンスターと人間が一度絶滅した訳」
「どういうことだ?」
戸惑う俺を、手を繋ぎ空中に静止したままの魔王が、チラリと一瞥する。
「そのままの意味だ。奴ら天界の者たちは、かつて、モンスターと人間を皆殺しにした」
同じく高空に浮かぶファティルと対峙しながら、魔王は、太古の昔に何があったかを説明した。
※―※―※
二千五百年前。
この異世界には、今とは比べ物にならないほどの、超巨大大陸があった。
そして、その超巨大大陸に、国家が点在していた。
モンスターと人間たちは皆、穏やかな気質の者ばかりだった。
だが、もし国境を接したりすれば、さすがに国家間に緊張が走るだろうと思い、お互いに気を遣って、どれだけ領土を広げようと、国境だけは接しないようにと、極力注意していた。
そのお陰で、モンスターも人間も、平和に暮らしていた。
しかし。
ある日のこと。
「パパー! お空が落ちてくるー!」
「はっはっは~。それは大変だな……って、え?」
突如、空と同じ大きさの水の塊が、天から落下した。
「きゃあああああああああああああ!」
「うわあああああああああああああ!」
「逃げろおおおおおおおおおおおお!」
逃げ惑うモンスターと人間たちだったが。
大陸全てを覆う程の超巨大水塊から逃れる術などなく。
「「「「「!!!」」」」」
超巨大水塊が、大陸を破壊し。
運よく即死しなかった者たちも、大洪水によって溺れ、水底へと沈み。
たった一日で、モンスターと人間たちは絶滅した。
実は、彼ら彼女らは、天災が起こる直前に、天から降り注ぐこんな声を聞いていた。
<はっくしょん! ちくしょう! って、あ。ヤベー。俺のくしゃみのせいで。……ごめんちゃい♪>
巨大な音声なのに、何故か脳内に直接響く声。
声の主は、天に住む者。
くしゃみ一つで――飛び散った鼻水でモンスターと人間を滅ぼし得る存在。
それらから、モンスターと人間たちは、死の間際に、犯人はモンスターとも人間とも違う、完全なる超越者――つまり、〝神〟であると断定した。
※―※―※
<ま、これで許してちょんまげ♪>
神はそう言いながら、モンスターと人間たちを全員生き返らせた。
が、大陸を元に戻すことを忘れてしまった。
その結果、辛うじて鼻水の海に沈まなかった現在の小さな大陸に、六カ国全てが集中する事態となった。
つまり、あれだけ皆が注意深く回避していた〝国境が接する〟形になってしまったのだ。
幸い、争いを好まないこの世界の住人たちの外交努力によって、長い歴史の中で、戦争は一度も起きていない。
だが、何度も危機は訪れた。
その度に、彼ら彼女らは、込み上げる激情を必死に抑え。
声を揃えて〝ある言葉〟を呟いた。
「これも全て、天界のせいだ」
と。
全て天界が悪いのだ。
地上に生きる自分たちのせいじゃない。
私は何も悪くない。
勿論貴方も、何も悪くない。
だから、私たちが争うことほど、不毛なことは無い。
兄弟よ、グッと我慢して、この狭い大陸で共に暮らそうではないか。
怒りは、全てアイツらに向けよう。
そう。我慢するのだ。
いつか、天界に復讐が出来るその日まで――
※―※―※
「その復讐の対象が、今、目の前にいるんだ!」
魔王がその瞳に宿す暗い光が、鋭さを増す。
しかし。
「あんた、何言ってんの?」
「なっ!?」
呆れたように、ファティルは溜息をついた。
「今あんたが言った通りなの。悪いのは全部、あのゴミ……じゃなくて、神様なの。ファティルたち天使には関係ないの」
やれやれと肩をすくめるファティルに、魔王が噛み付く。
「貴様ら天使も〝天界の者〟であることに変わりは無いだろうが!」
「そうだけど、でも、ファティルたちは、あのボケ……じゃなくて、神様じゃないの」
「貴様らの上司が犯した愚行だろうが! 連帯責任だ!」
「そんなの横暴なの! ファティルたちには、一切罪は無いの!」
魔王……のみならず、ファティルまでも、ヒートアップしていき。
「もう我慢ならん! 戦争だ!」
「望むところなの! 見た目と違ってえげつない攻撃力を持つ天使の恐ろしさ、とくと味わうの!」
とうとう、物騒な言葉まで飛び出してきた。
出来れば、仲間である魔王に肩入れしてやりたいところだが。
正直、〝上司が悪いことしたから、部下も同罪だ〟というのは、いささか乱暴過ぎだ。
しかもこれ、〝神が悪巧みをしているのを知っていて、でも見て見ぬ振りをした〟とか、〝神が虐殺を繰り返しているのを、見過ごした〟とかじゃないんだよな。
〝神がうっかりくしゃみして、大量の鼻水を下界に落としてしまった〟だけなんだから、イレギュラーもイレギュラー。
天使たちにはどうしようも無かったことは、容易に想像できる。
「やめろ、二人とも。まずは一旦落ち着け」
「いかに伴侶の頼みでも、こればっかりは譲れないぞ、メグル!」
「誰が伴侶だ誰が」
発言内容はともかく、殺気立ったままの魔王に、出来るだけ穏やかに語り掛ける。
「長年、モンスターと人間たちは平和に暮らしてきた。そうだな?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「想像してみてくれ。もしこれから天界を相手に戦争を始めたら、モンスターと人間たちは、どうなる?」
「……大勢死ぬだろうな。でも、天界への復讐は、この大陸に住まう者たち全員の悲願なんだ! 犠牲はやむを得ない!」
果たして、全員がそう思っているのか……?
特に、長い間引きこもっていた魔王は、千年前からこの時代へとタイムスリップしたも同然。
千年前と今とでは、価値観が違っていてもおかしくはない。
……が、それは言わないでおく。
その代わり。
ちょっとズルいが、切り札を使うか。
「俺は、誰にも傷付いて欲しくない。特にお前にはな、魔王」
「! メグル……」
険悪な表情が、一気に和らぐ。
「だ、だが! それでも――ッ!」
惜しい。
もう少しだな。
「じゃあ、こういうのはどうだ? 俺が提案する勝負を、〝人間とモンスター〟の代表者である魔王と、〝天使たち〟の代表者であるファティルにしてもらう」
「勝負だと?」
「何の勝負なの?」
怪訝な表情を浮かべる魔王とは対照的に、ファティルが食いつく。
可愛らしい顔に似合わず、負けず嫌いで、勝負事が好きなのかもしれない。
「〝温泉耐久〟だ!」
「「温泉耐久?」」
「ああ。どちらが、より長く温泉に入っていられるか、という勝負だ」
「くだらん! ふざけてるのか、メグル!? 我は、天使たちを叩きのめしたいんだ!」
「温泉に長く入ったからって、何になるの? 笑えない冗談なの!」
「あれ? 二人とも、もしかして、自信無いのか?」
「「!」」
我ながら、安い挑発だが。
「何言ってるんだ、そんな訳ないだろう!」
「温泉なんて、永遠に入っていられるの!」
二人はチョロかった。
最後に、これでチェックメイトだ。
「なら、勝負してみろ。勿論、ただの勝負じゃない。勝った方には、負けた方に対して、一つだけ何でも命令を出来る権利を与える」
「「!!!」」
魔王と天使が、同時に目を見開く。
「何でも……だな?」
「どんな命令でも良いの?」
「ああ、どんな命令でも問題ない」
俺がうなずくと、二人は不敵な笑みを浮かべた。
「だったら、やってやろうじゃないか!」
「今から吼え面欠かせるのが楽しみなの!」
「決まりだな」
こうして、両陣営による勝負が、今夜行われることとなった。
※―※―※
そして、決戦の時が来た。
新たに作った、高空に臨む露天風呂にて。
普通に考えれば、〝どれだけのぼせないか〟の勝負となるところだが、両者が入ったのは、ただの温泉ではなく世界樹温泉。
あらゆる怪我・病気を一瞬で治すこの温泉では、〝のぼせた状態〟に陥っても、瞬時に治ってしまう。
また、眠くなって寝てしまい、溺れて重体になっても、即座に復活してしまう。
従って、彼女たちが直面した問題は、〝のぼせる〟という状態異常ではなく、〝溺れることによる瀕死の状態〟でもなく。
「ああッ! くうッ! もう限界だッ!」
「で、出ちゃうのッ! いやあああああッ!」
〝おしっこ我慢〟と〝うんち我慢〟という地獄の勝負だった。




