20.「翼の疲れたエンジェル」
「待ってろ。今すぐ助けてやる」
俺は倒れていた天使をお姫様抱っこすると、来た道を走って戻っていく。
と同時に、心の中で「『看破』」とつぶやいた。
天使の名はファティル。
現在の状態は〝血液中酸素不足〟。
確かに、紫水晶色の綺麗な瞳をした彼女は、窒息しかけているせいで、その肌までも紫色になっている。
先程の発言から察するに、どうやら天使は地上では呼吸が出来ないらしい。
「……触ら……ない……で……! ……エッチ……なの……!」
「じゃあどうしろと?」
助けを求めて来たのは、彼女の方だ。
触れずに救助とか、ただの人間にはハードルが高過ぎる。
あ、まぁ、世界樹に頼めば、つるでも巻き付けて運んでくれたかもしれないが、そんなことをやってる時間は無い。
それに、もし「ただ働きはゴメンドル! 金寄越せドル!」なんて言われたら、面倒くさすぎるしな。
※―※―※
……よし、取り敢えず旅館には辿り着いた。
「どうしたんですの、メグルさん?」
「話は後だ」
受付のリアが目を丸くしているが、俺はその横を素通りしていく。
「貴様! いたいけな少女の柔肌を堪能しながら旅館に連れ込むだなんて! な、なんてハレンチなことを!」
「取り敢えずお前はその口を閉じろ」
獲った魚を厨房の巨大水槽に入れた後らしい魔王と、素早く通路で擦れ違う。
※―※―※
「よしっ」
息を切らしながら、温泉入口に到着。
一度入ったとはいえ、やはり女湯はマズい――というか、俺は入れないので男湯に入る。
「ぐっ」
――つもりが、入口で弾き飛ばされる。
たたらを踏みつつバランスを取り、何とかファティルを落とさずに済んだ。
そうか。
こっちだと逆に、ファティルが入れないのか。
彼女を抱えている俺ごと、弾かれてしまうみたいだ。
「スゥスゥ。今すぐ来てくれ」
声を張り上げる。
が、反応は無い。
仕方が無いので、とても言いたくはない台詞ではあるが、ボソッとつぶやいてみる。
「俺の身体を乗っ取っても良いぞ」
「お呼びですかぁ?」
目の前の床からスーッと現れたのは、我が旅館が誇る、〝身体の乗っ取り〟に生きがいを感じる青色セミロングヘア幽霊少女だ。
本当、どこまでも現金なやつだ。
「非常事態だ。今すぐ俺の身体を乗っ取って、この子を温泉に入れてくれ」
「分かりましたぁ!」
スゥスゥが俺の身体に入って来て。
「うっ」
俺の身体が一気に女体化、一時的にスゥスゥの支配下に置かれる。
『もう大丈夫ですよぉ、お嬢さん~。あんな悪い男には、もう指一本触れさせませんからねぇ』
「人聞きの悪いことを言ってないで、さっさと運べ」
『幽霊遣いが荒いですよぉ』と女体化した俺の口を尖らせながら、スゥスゥはファティルを女湯の方へと連れて行く。
入り口と脱衣所、そして。
「一分一秒が惜しい。このまま入れてくれ」
『分かりましたぁ!』
すりガラスの扉の向こうへ。
着替える間も無く、俺の身体を操るスゥスゥは。
『はわわわわ!』
ザブーン
ツルっと滑って、ファティルと共に露天風呂に頭からダイブした。
『「ぷはぁっ」』
スゥスゥ(と俺)が水面から顔を出すと。
「っぷはぁっ! ふっかーつ! 危なかったの! 死ぬかと思ったの!」
ファティルが立ち上がった。
見ると、顔色が良くなっている。
良かった。
血液中酸素不足は治ったようだ。
……しかし。
「うっ! ……また……なの……!?」
治りはしたものの、未だに呼吸は出来ないようで、苦し気に顔を歪める。
「……がぁ……あ……ぁ……ッ!」
限界を迎えて、倒れるファティル。
そして。
「っぷはぁっ! 再びふっかーつ! 今度こそ終わったかと思ったの!」
再度立ち上がったファティルだが。
「うっ! ぐぁ……! ……もう……やめ……て……なの……ッ!」
三度うめき声を上げて。
「……これ……何の……罰ゲーム……なの……!?」
〝生かさず殺さず〟という地獄絵図が、その後しばらく繰り返された。




