1.「世界樹への愛が重い変態(木の精霊ドリアード)」
「さすがは世界樹だな! こんな葉が生えて来るだなんて、魔王たる我ですら予想出来なかったぞ!」
「な訳あるか」
魔王に突っ込みつつ、世界樹の枝に頭から突き刺さった女性を俺が見守っていると。
「ッぷはぁ!」
ズボッと女性の頭が抜けた。
緑の長髪が良く似合う、顔立ちの整った美人だ。
だが。
ズボッ
「何でだよ」
四肢を地面につけた女性は、何故か再び、穴の中に頭を突っ込んだ。
そして。
「ああ! ユドル様! 三千年振りのユドル様! ユドル様の匂い! 感触! 体温! 舌触り! 堪らないですわあああああ! ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ!」
「「………………」」
どうやら彼女は、ユドルに対して異常な程の愛情を持つ、これ以上ない残念美人――変態であるようだった。
「ヒィッ! キモいドル! 死ねドル!」
幹から巨大な口を生やしたユドルが、悲鳴を上げつつ別の枝を猛スピードで動かして、女性を攻撃する。
「魔王、動くな」
「え?」
巻き添えになってはいけないので、俺は魔王の前に立って、両手で庇った。
俺たちの眼前で、這いつくばったままの女性の身体に、巨大な枝が直撃する。
が。
「ドル!?」
女性は、ビクともしなかった。
「ああ! ユドル様が自ら私に触れて下さいましたわ! 何たる幸せ! ありがた過ぎて涎が出ますわああああ! ペロペロペロペロペロペロペロペロ!」
「ヒィッ!」
自分を攻撃した枝に抱き着いて大量の涎を撒き散らしながら舐め回す女性に、ユドルは悲鳴を上げ、枝を引き離した。
「あん! いけず、ですわ!」
人差し指を口許に当てる女性。
先程巨大な枝が高速で女性に直撃した瞬間、実は俺たちの方にも衝撃波が襲い掛かったのだが、俺に触れた瞬間に〝フッ〟と消えた。
俺に庇われた魔王が、頬を赤らめながら、ポツリと呟く。
「……トゥンク。好きだ」
「ん? すき? まぁ、隙はあったかもな」
そもそも、ここは温泉旅館だ。
戦闘のための施設じゃないし、隙だらけなのはしょうがない。
「ちがあああう! そうじゃなくて、好き好き好きいいいいいい!」
何故か身体をくねらせながら叫び狂っている魔王は、放置するとして。
「『看破』」
俺は、世界樹の攻撃を受けて平然としている女性に対して、スキルを発動した。
固有スキル〝世界樹〟は、俺が転生する際に女神から貰った物だが、もう一つ貰ったスキルがあった。
それが〝相手のステータスや記憶を見抜く〟この〝看破〟だ。
それによると。
「木の精霊……だからか」
目の前に佇むただの変態――もとい、ただの若い女性にしか見えない相手は、リアという名前で、〝木の精霊ドリアード〟であるようだ。
だから、〝持ち主であるが故に世界樹の攻撃が効かない〟俺と同じように、世界樹の力が通用しないんだろう。
どれだけ巨大だろうが、木は木だからな。
〝木の精霊〟とは、相性が悪過ぎる。
逆に、〝三千年前にユドルに告白して振られたが諦め切れず、三千年振りに復活したのを感じ取って、大急ぎでやって来た〟らしいリアは、目の前のクレーターのように、ユドルにダメージを負わせることが可能なようだ。
圧倒的な戦闘能力を誇る世界樹にとって、唯一の天敵と言えるだろう。
俺は、少し後ろに下がって、リアに対してドン引きして震えているユドルの〝口〟に、密かに話し掛けた。
「リアを、うちの従業員として雇おうと思う」
「本気ドル!? 絶対に嫌ドル! アイツを雇うくらいなら、アオムシに葉を齧られたり、アブラムシのせいで病気になったり、カミキリムシに身体中を食べられた方がまだマシドル!」
「世界最強の樹木にしちゃ、妄想する被害がショボ過ぎるだろ」
俺は、ユドルを何とかなだめようとした。
「まぁまぁ、良いじゃないか。金貨を滅茶苦茶たくさん食わせてやるからさ」
「金貨を〝滅茶苦茶たくさん〟ドル!? 本当ドル?」
「ああ、本当だ。たらふく食わせてやる」
「だったら、我慢するドル!」
ユドルは単純だった。
恐ろしく巨大で年齢もかなりいっていそうだが、そのロリ声と同じく、精神年齢は幼女そのものだな。
あとは、リアを勧誘するだけだ。
精霊である彼女は色んな魔法を使えるだろうし、あの美貌はフロントにピッタリだし、暴走さえしなければ、ちゃんと接客出来そうだし、真面目に働いてくれそうだからな。うん、暴走さえしなければ。
この〝真面目に働いてくれそう〟って、全然当たり前じゃないからな。
真面目に働いてくれる従業員が、どれだけ貴重なことか。
「リア。話がある」
「あら、こんな所に人間がいたんですの。貴方は?」
「俺はメグル。この温泉旅館のオーナーであり、代表だ。単刀直入に言うが、うちの旅館で、住み込みで従業員として働いてくれないか? 給料は、月に金貨十枚だ」
「私は精霊でしてよ? お金では靡きませんわ。それに、たかが人間のために働くだなんて、精霊としてのプライドが許しませんわ」
リアが、ファサッと緑色の綺麗な長髪をかき上げ、顔を背ける。
いやいやいや。
先刻まで涎まみれでユドルを舐め回していた奴に、プライドとか言われてもな。
「お前の目は節穴か? この温泉旅館は、一体どこにある?」
「一体どこにって、それは……」
怪訝な表情を浮かべたリアは、目を凝らした後。
「オホオオオオオオオオオオオオ!!!」
奇声を上げた。
「ま、ま、ま、まさか! ユドル様の〝中〟で働けるなんて!! 働きますわ! いいえ、是が非でも、ここで働かせてくださいまし!」
こうしてまた一人、新たな仲間がこの旅館に加わった。
「吐き気がするくらいキモいドル……でも、たらふく金貨を食べるためドル! 我慢するドル!」
ユドルの尊い犠牲のもとに、ではあったが。
※―※―※
「ぐへへ……ここがユドル様の〝中〟……じゅるり」
「言っておくが、接客中に涎垂らしたら、即刻クビにするからな」
「わ、分かっていますわ!」
リアを伴って従業員用の休憩室へと戻ってきた俺たちが、テーブルを挟んで座った直後。
ドーン
「またか」
またもや、外から轟音が聞こえた。
※―※―※
外に出てみると。
「余は、ただお主を料理して食べたいだけじゃ」
「そんなこと言われて、大人しく喰われる奴なんていないドル!」
白いコック帽を被り、両手に包丁を持った、ショートヘアも翼も爬虫類のような太い尻尾も服も全て燃えるような赤色の若い美女が、夜空を飛びながらユドルと戦っていた。