17.「愛してくれたお返し(※終盤はサクリラ視点)」
「あれはショックだったねぇ……さすがにその日はデートする気分にはなれなくて、すっぽかしちまった」
それはそうだろう。
不老不死になるために、自分を襲ってその肉を食べる。
愛する男がそんな企みを話しているのを聞いてしまって、平常心を保てる者などいない。
「別れようとは思わなかったんですか?」
「そりゃ思ったさ。でもねぇ。海の中で、一人でずっと考えていたのさ。そしたらねぇ……気付いちまった。それでも、あたいはあの人のことが好きなんだって……」
そう言って苦笑するサクリラさんの顔からは、悲しみがにじみ出ていた。
ここまでは、分かる。
ショックだし悲しいことだが、経緯は分かった。
だが。
「だから、あたいを料理して欲しいのさ!」
「いや、それが分からないんですってば」
そこに結び付かない。
話が飛躍し過ぎだ。
「本来あたいは、うじうじ考えるのが苦手なタイプでね。どうせライに対する想いを断ち切れないんだったら、こっちからこの身を差し出そうと思ったってわけさ!
それも、中途半端にちょろっと肉を切るとかじゃなくて、あたいを丸ごと食べてもらおうってね!」
「それで、料理して欲しい、となったわけですか」
「そうさ。あたいの肉をただ切り落として食べさせるだけじゃ、もしかしたら不十分で不老不死の効果が無いかもしれないからねぇ。すごい料理人にちゃんと料理してもらったら、きっと効果があるだろうからさ。
それに、どうせあの人に食べられるなら、出来るだけ美味しく食べて欲しいんだよ。分かるだろ、このいじらしい乙女心?」
「いや全く分かりませんけど? そのために命を捨てるとか、正気とは思えないですよ」
〝いじらしい〟?
〝おぞましい〟の間違いでは?
「だって、それであの人の望みが叶うんだよ? あの人の夢が実現するんだよ? あたいの命で長生き出来るんなら、それで良いじゃないか。
あたいは死なない。好きな人の身体の一部になって、永遠に生きるのさ!」
「何故だろう。明らかに被害者側なのに、サイコパスっぽい雰囲気を感じてしまうんですけど……」
紛れもなく愛情だとは思う。
思うのだが、重過ぎて背筋がぞわっと冷たくなる。
「ただ、一つだけ条件があってね。あたいを食べて良いのはライだけ、ってことにしたいのさ。愛する男以外に食べられるのは、ごめんだからね。あたいを料理した後は、それをライだけに出して欲しいんだ」
うーん。
何ともリアクションに困る会話だ。
「そうなんですね」
「ああ。だから今日、二人で来たのさ」
「え?」
サクリラさんがそう言いながら、俺の背後に目をやると。
「先に来てたんだね、サクリラ。いきなり森の中に突っ走っていっちゃうから、心配したよ」
「ごめんね、あんた。珍しい鳥がいてさ。追っ掛けてたら、はぐれちゃって。森の外には出られたから、入れ違いになるといけないと思って、先に宿に来ていたのさ」
どうやらサクリラさんは、先に来てクークに直談判するために、周囲を森で囲まれたこの世界樹の麓に到着するや否や、一芝居打ったようだ。
サクリラさんに寄り添い、優しく語り掛けるのは、いかにも〝海の男〟という見た目の、日焼けした好青年。爽やかな笑顔が印象的だ。
「いらっしゃいませ。ライさんですね?」
「ああ、そうだよ」
「お話はサクリラさんからうかがっております」
「そっか。二人で旅行に来たんだ。おいらも、受付は済ませたから」
十人中十人が好印象を抱くであろうこの青年を、俺は試してみることにした。
「ライさん。失礼ですが、『人魚の肉を食べれば、不老不死になれる』という伝承を知っていますか?」
「!」
一瞬。
ほんの一瞬だが、ライさんは、目を大きく見開いた。
が、すぐに表情を修正した。
穏やかだが怒りを感じている、という絶妙な表情に。
「いや、聞いたことがないな。でも、冗談でもそんなことは言わないで欲しい。サクリラが嫌な気分になるだろ?」
「あんたったら……! もう! あたいのために! またそんなこと言って!」
サクリラさんがうっとりとしながら、ライさんを見詰める。
いやいやいや。
何「惚れ直したよ」みたいな顔してるの?
ここは、「しらばっくれるんじゃないよ!」って怒るところだから。
『人魚の肉を食えば、不老不死になれる』って言った張本人に聞いたんだからさ。
本当、〝恋は盲目〟とはよく言ったもんだな。
「大変失礼いたしました」と頭を下げた俺を一瞥したライさんは、サクリラさんに促した。
「それじゃあ、行こうか」
「あいよ」
サクリラさんは、一旦俺とクークに近寄ると、「さっきの話、考えといておくれよ」と、ささやいた。
「どうかした?」
「夕食楽しみにしてるよって、シェフに伝えただけさ」
「あ、なるほど。確かに、楽しみだね!」
そんなやり取りをして、ピチピチと跳ねながら、彼女はライさんと共に客室へと向かっていった。
※―※―※
後に残された俺たちは、厨房の中に入って話し合った。
「こうなったらもう、人魚を解体するしかないのう」
「何が『こうなったら』だよ? 簡単に殺そうとするな」
〝至高の食材が手に入った〟とばかりに包丁を持った両手を掲げ、うずうずしているクークに、俺は突っ込む。
「究極の愛の形だな! ただ、我ならば、その選択はしないがな。……何? メグル。貴様、我を食べたいだと? しかも、性的に……? 何てことを言うんだ! だが……どうしてもと言うなら、我もやぶさかではないがな!」
「いや、俺何も言ってないし。大丈夫かお前?」
恋愛脳の魔王が頬を紅潮、腰をくねくねさせてまた暴走しているのを、俺は半眼で見る。
すると、クークが珍しく真剣な表情で告げた。
「あの者の心は既に定まっておる。幸不幸は本人次第。他者がどうこう言う問題ではないと思うがのう」
その言葉に、俺は考え込んでしまった。
一理ある、と思ってしまったのだ。
「確かに、覚悟ガンギマリなんだよな……本人がそれで幸せって言うなら、止めるのも違う……のか……」
心が、揺れた。
※―※―※
しばらくの間、サクリラさんとライさんの様子を見た後。
「よし……」
俺も、ようやく覚悟を決めた。
※―※―※
人魚、サクリラ。
種族名と名前。
それが、彼女の全てだった。
しかし、ある日そこに。
〝ライの恋人〟という項目が増えた。
たった一つ増えただけ。
なのに、こんなにも毎日が彩られるものなのかと思った。
見慣れていたはずの海の景色さえ、輝いて見えた。
会いたい。
彼のことを思うだけで、胸が締め付けられて。
会えた。
その瞬間に、寂しさも一人ぼっちの時間も、全てが満たされ報われた。
楽しさをくれた。
喜びをくれた。
幸せをくれた。
愛してくれた。
いっぱい、いっぱいくれた。
あふれる程に。
お返しなんて出来ないくらいに。
だから。
良いかなって思ったんだ。
食べられても。
もう、あの人は寝てしまった。
美味しい夕食を食べて、珍しい世界樹のお酒に歓声を上げ酔っぱらって。
暖かい布団で、ぐっすりと。
その寝顔は、つい微笑んでしまう程に幸せそうだった。
「ありがとう、ライ。あたいを愛してくれて」
そっと呟いて、愛しい相手の頬に口付ける。
夜も更け、皆が寝静まっている。
通路に出たあたいを照らすキノコは、今は足下のやつしか光っていない。
世界樹の中ということもあって、どことなく幻想的な雰囲気を感じる。
あたいは、夕食後に皿を片付けに来た男の従業員から密かに渡された紙を握り締めながら、出来るだけピチピチと音がしないように気を付けつつ、厨房へ向かう。
約束通り辿り着いた場所には、シェフが待っていた。
両手に、鈍く光る包丁を持って。
「願いを聞き入れてくれて、感謝するよ。さぁ、一思いにやっておくれ」
シェフがうなずき。
右手に持った包丁を、振り上げる。
ライ。
今までありがとう。
愛してるよ……
さようなら……
包丁が振り下ろされて。
あたいが、目を閉じた。
直後。
「がはっ!」
胸を貫かれて、吐血――
「……大丈……夫……か……? ……サク……リ……ラ……」
「いやああああああああああああああああああああああああ!!!」
――したライが。
あたいの目の前で。
両手を広げたまま、倒れた。




