12.「特別な味」
「え……? 一番苦手な料理ですか?」
敢えて苦手な料理を作って欲しいと言われたリーマさんが、戸惑って瞳を揺らす。
「はい」
「良いですが……大体どの料理もそこそこの味になりますよ? 先程も言いましたが、この十年間、毎日作っていますから」
「でも、最初に何度か作ったきり、この十年間ほとんど作っていない料理が、一つだけありますよね?」
「! 何でそれを……!」
驚愕に目を見開くリーマさん。
「……分かりました。作ってみます」
当惑しつつもうなずく彼女に対して俺は、「ありがとうございます。材料はこちらにありますので」と伝えた。
食材に関して言うと、米と同様に世界樹周辺の森の中には、〝一日で実がなり、収穫後、翌日にはまた刈った切断面から再び伸びて実をつける〟という特殊な野生の小麦が群生している。
木娘たちが収穫してくれるそれを用いて、小麦粉を作っているのだ。
また、森には開けた場所があり、牛や豚、鶏、更には羊も棲息、川には鰻もおり、食材の宝庫となっている。
ちなみに、意外にもお客さんが厨房を使うことに寛大な態度を見せたクークに対して、「もしかしたら色々とフォローしたくなるかもしれないけど、口出しも手助けも禁止だからな」と、俺は釘を刺す。
「分かっておるのじゃ」と、クークは興味深そうな様子で見守っていた。
※―※―※
その後、客室にて。
リーマさんが一時間以上掛けて作った料理は、オーブンで焼いたキッシュだった。
それも、パイ生地やタルト生地ではなく、中世ヨーロッパで発明された当初のように、パン生地で作られたものだ。
ホウレン草、ベーコン、玉ねぎ、チーズを使ったそれは、本来ならば、見た目も香りも味も最高の一品であるはずだったが。
「……これで気が済みましたか?」
リーマさんが、顔を真っ赤にして、消え入りそうな声でそう呟く。
皿の上に乗っていたのは、真っ黒な物体だった。
焦げている――というレベルを遥かに超えている。
もはや、料理と呼んで良いのかどうかも怪しい。
「羞恥プレイとは頂けないぞ、貴様!」
「淑女を辱めるだなんて、見損ないましたわ!
「二千年以上生きてきたが、お主のような稀有な性癖を持った者は、初めて出会うのう」
「はわわわわ! 鬼畜の所業ですぅ!」
「ロッカは、旦那さっまはドSだと思いまっす」
「ニコは、ドSな旦那様に、恐れおののくに、至りました」
「ネーモは、ドSな旦那さ~まが、恐怖で~す」
「お前ら言いたい放題だなおい」
魔王たち一同の罵詈雑言に、俺は何とか耐える。
「とにかく、マジェクさんに食べてもらいましょう」
俺の声に、リーマさんが、諦めたかのように溜息をつきながら、皿を載せた盆をテーブルに置き、皿をマジェクさんの目の前に置く。
「えっと……あなた。久し振りにキッシュを焼いてみたの。でも、見ての通り、また焦がしちゃったの。あれからもう何年も経ってるのに。だから、無理して食べなくて良いからね?」
気まずそうに目を逸らすリーマさん。
マジェクさんは、焦点の定まらない目で眼前の黒きキッシュを見つめると、ナイフとフォークを使って切り分けて、口許に運んだ。
すると。
「!」
その瞳が見開かれ。
涙が溢れ出てくる。
リーマさんは、恥ずかしさと気まずさが限界を迎えたのか、それまでのおしとやかなイメージとは違い、早口でまくし立てる。
「ほら、やっぱりマズいんですよ! こんなの料理ですらないですよ! 昔主人が食べた時も、こうやって泣かれたんですから! 今も昔も、それくらいマズいんですよ! だって……おえっ! こんなに苦いんですから!」
自分自身でもさっと食べて、感想を述べるリーマさん。
しかし。
「だから、こんな茶番は早く終わりにして下さ――」
その言葉は。
「リーマ。やはり君の料理は美味しいね」
「!!!」
数年振りに発せられた愛しい者の声によって、遮られた。
見ると、マジェクさんの両目に光が宿り、それまで感じられなかった知性のきらめきと確かな意志がにじみ出ていて。
真っ直ぐに見詰めてくる彼に、今度はリーマさんが驚き、目を丸くして。
「あなた……私が分かるのね……? 分かるのよね……?」
信じられないように、声を震わせながらそう繰り返す彼女に。
「もちろんだよ。世界で一番美しくて聡明な、僕の自慢の奥さんだ」
「!!! ああ! マジェク!! マジェクうううううううう!!!」
マジェクさんは穏やかな笑みを向け、リーマさんは泣きながら抱き着いた。
※―※―※
しばらくして。
「……嬉しいけど……でも、何で〝この料理〟だったの?」
少し落ち着いたリーマさんは、マジェクさんから身体を離し、目元を拭いながら首を傾げる。
「そりゃあ、美味しかったからさ」
即座に返された答えに、リーマさんは眉根を寄せる。
「冗談はやめて! 怒るわよ!」
だが、マジェクさんは穏やかな表情のままだった。
「本気だよ。本当に……。本当に、美味しかったんだ」
「……? それって、どういう……?」
混乱した様子のリーマさんに、マジェクさんは語り始めた。
※―※―※
幼少時代。
マジェクさんは、両親に捨てられた孤児だった。
住む場所も無く、帝都内をさまよいながら、毎日、レストランのゴミ箱を漁り、路上に落ちている食べ物を拾って食べ、野草を口にし、何とか飢えをしのいでいた。
そんな彼は、十代後半になって、一念発起して、冒険者になる。
冒険者ギルドで見た〝依頼〟を請け負った彼は、そこで初めて、魔石が高値で売れることを知った。
彼はすぐに、魔石を採掘する商会を立ち上げた。
そして、大成功して、今に至る。
そんな彼が、冒険者になったばかりの頃に出会ったのが。
「君だったんだよ、リーマ」
「!」
中流階級の家に生まれ育った彼女は、まだ駆け出しの冒険者だったマジェクさんが、「商会を立ち上げて成功してみせる!」と目を輝かせるのを見て、「良いじゃない! 私、応援するわ」と言ってくれた。
そして、両親がいない時に家に呼んで、キッシュを振る舞った。
が、まだ料理が得意では無かった彼女は、焦がしてしまった。
そして、そんな彼女の料理を食べた彼は、涙を流した。
嗚咽を漏らす彼は、何か呟いていたが、言葉にならなかった。
「どうやら君は誤解していたみたいだけど、あの時の僕は、マズいだなんて少しも思っていなかった。むしろ、美味しいって、感動していたんだ」
「!!」
両親に捨てられた孤児だったマジェクさんは、生まれて初めて、誰かが自分のために作ってくれた食べ物を食べて、感動した。
そして、自分に優しくしてくれて、料理まで振る舞ってくれた彼女に惚れた。
間違いなく思い出の一品であるその料理が、世界樹ですら取り戻せなかった彼の記憶を、深い闇の中から救い出したのだ。
「何よそれ……! よりによって、なんでキッシュなのよ! どうせなら、もっと私が得意な料理で感動してよ……!」
「ごめんな」
思わず口許を両手で覆ったリーマさんの頬を、再び涙が伝った。
※―※―※
翌日の朝。
「皆さん、本当にありがとうございました。お手数をおかけしましました」
「主人が記憶を取り戻せたのは、皆さんのおかげです! 本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げるマジェクさんとリーマさんに、俺もまた頭を下げる。
「嬉しいお言葉を頂きましてありがとうございます。いえ、微力ながらお力になれたならば幸いです」
二人が寄り添いながら笑顔で去って行く、仲睦まじい後ろ姿を見送りながら。
「てっきり淑女に、しかも人妻に羞恥プレイを強いるドS男かと思ったが、違ったのだな」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
魔王の言葉に、心底心外だと俺は半眼で突っ込んだ。
とにもかくにも、こうして営業日二日目は終了した。
※―※―※
そして、その日の夕方、営業日三日目。
客室を更に一つ増やして、四つにしたこの日。
二組目に来た客は。
「きゃぴるーん♪ ここが温泉旅館〝世界樹〟ちゃん?」
「!」
人間の身長くらいの大きさの〝巨大な目玉〟で、上下左右更には斜めへと無数の手足が生えているというパンチの効いた見た目と裏腹に、可愛い声で喋る不思議なモンスターだった。




