10.「魔王の種族が分かった理由」
時間は少し遡って。
今朝、俺が食堂で会ったロスレフさんは、初めて笑顔を見せてくれた。
「おはようございます、ロスレフさん。って、その腕……」
「はい、温泉に入らせてもらいました」
「……そうですか、いかがでしたか?」
「とても気持ちが良かったです!」
「それは良かったです」
失った腕を取り戻せたこともめでたいが、まるで憑き物でも落ちたかのようにすっきりとした表情をしているのが、何よりも素晴らしい。
つられて笑みを浮かべる俺に、ロスレフさんは、「実は……」と、今までの経緯を話してくれた。
とある港町で生まれ育ったこと。
地震、そして津波のこと。
両親が亡くなったこと。
左腕を失ったこと。
死の間際に両親がどんな想いだったかを、勝手に想像して、頑なに思い込んでいたこと。
それが、夕べ夢を見たことがきっかけで、単なる自分の思い込みであり、決め付けていただけだということに気付けたこと。
両親はいつも自分に元気でいて欲しい、幸せでいて欲しいと願っていたと思い出せたこと。
「〝世界樹〟という非日常を経験できるこの旅館に泊まったことが、良いきっかけになって、あのような夢を見ることが出来たのかもしれません。ありがとうございました」
「そんな風に言って頂けると、嬉しいです。こちらこそありがとうございます」
※―※―※
厨房にいるクークにロスレフさんのことを伝えると、彼女は、「ああ、あやつか」と言った後、ポツリと言葉を続けた。
「まぁ、色々あったようじゃし、仕方が無いから、夕べの無礼は許してやるのじゃ。全く、仕方が無い男じゃ」
いつものコック帽を被ったクークは、両手の包丁をクルクルと回し、尻尾もブンブンと振り回している。
クークよ。
身体の動きから本音がダダ洩れだぞ。
どうやら、ロスレフさんが身体のみならず心も元気になったことを、喜んでいるようだった。
※―※―※
「お客様の分ですが、今作っておりまして。大変申し訳ございませんが、少々お待ち頂けますでしょうか?」
「あ、そうなんですね。分かりました」
食堂にて、ロスレフさんとそんなやり取りをした後。
「「あっ」」
俺は、通路で魔王とばったり会った。
「お疲れさん」
「……ああ」
どこか疲れた様子の魔王が、スッと目を逸らす。
実は、今朝最初に顔を合わせた時から魔王はずっと疲労の色が濃いのだが、何故か俺と目を合わせてくれない。
何度も考えたのだが、理由は分からない。
仕方ない。
それは一旦おいておこう。
代わりに、もう一つの気になること――というか、ほぼ確信していることを確認しよう。
先程、ロスレフさんは、俺にこう言った。
『夢を見た』と。
そして、その夢のおかげで、悩みが解決したのだと。
夕べ偶然〝夢〟を見て、その夢が偶然〝良い夢〟であり、その内容が偶然〝悩みを解決するようなもの〟だった。
そんなことが有り得るだろうか?
もしも、だが。
もしそれが、人為的に為されたことだとしたら?
そこから導き出される結論は一つだった。
「魔王。お前は、サキュバスだな?」
「!」
彼女は、モンスターたちの頂点に立つ魔王ではあるが、種族としてはサキュバス。
恐らく、そういうことなのだろう。
確信をもって発せられた俺の言葉に、魔王が目を見開く。
「……何故そう思う?」
問い掛ける彼女に対して、俺は順に指を立てていく。
「理由は四つある。一つ目は、ロスレフさんが夕べ、〝悩みを解決するような都合の良い夢を見た〟こと。
二つ目は、お前の容姿だ。背中の上の方ではなく、腰辺りから漆黒の翼が生えていて、スペード形――つまり、上下逆さまにして見ると、〝ハート形〟の黒尻尾を持っていること。
三つめは、どう対応すれば分からないほどに複雑な事情をロスレフさんが抱えていることと、それに対して俺が思い悩んでいることを知っていたのは、お前だけだ、ということだ。
最後の四つ目だが、今日のお前は、ずっと疲れている。何か特別な魔法でも使ったのかとも思ったが、膨大な魔力を誇るお前が疲れるなんて、異常事態だ。とすると、夕べ、〝普段しない特別なこと〟をした、と考えるのが自然だ」
俺が説明をし終わると、魔王は、観念したかのように、小さく息を吐いた。
「貴様の言う通りだ。だが、何故我に対して『看破』を使わなかったんだ? 推測なんていうまどろっこしいことをしなくても、我の記憶を読み取れば、一瞬で分かっただろうに」
「そう言われてみると、そうだな。何でだろう?」
顎に手をやり、うつむいて思考した後。
俺は、顔を上げた。
「お前に対してだけは、何故か『看破』を使いたくないんだ」
「なっ!? 貴様はまたそういうことを!」
「ん? そういうこと?」
何故だか、魔王が頬を紅潮させている。
うーん、謎だ。
魔王は、「コホン」と仕切り直した。
「確かに我は、夢魔としての力を使った。だが、言っておくが、あの客の夢の中に入りはしたが、精気は吸わなかったからな! 絶対に吸ってないからな!」
「ああ、分かっている。だからそんなに疲れているんだろうしな」
「それと、今まで一度も吸ったことないからな! だから、男に、エ……エッチな夢を見せたことなんて、一度もないんだからな!」
「ああ、分かった」
顔を真っ赤にして訴える魔王。
何でそんなに必死なんだろうか?
魔王いわく、本来サキュバスは、淫らな夢を見せて精気を吸い取るモンスターであり、普通は精気を吸わないと生きていけない。
しかし、並のサキュバスと違い、魔王は魔力量が桁違いに多いので、精気を吸わずとも何の問題も無く生きていけるらしい。
あと、並のサキュバスなら寿命はもっと短いのだが、魔王はかなり稀な体質らしく、滅茶苦茶寿命が長いとのことだった。
「それにしても、魔王がサキュバスだったなんてな。今回みたいな出来事が無ければ、多分気付かなかった」
何気無くそう言った俺に対して、魔王は顔を曇らせた。
「……やはり貴様も、サキュバスはハレンチな種族だと思うか……?」
予想外の言葉に、俺は目をパチクリさせた。
「ハレンチ? 何言ってるんだ。サキュバスだって立派なモンスターだろうが」
「!」
「人間の種族に上も下も無いのと同じように、モンスターだって、種族に上も下も無いだろう」
「……そうか。うん、そうだな! その通りだ!」
魔王は、噛み締めるように何度もうなずくと、満面の笑みを浮かべた。
※―※―※
食堂にて。
「お客様。大変長らくお待たせいたしました」
そう言って、俺が運んで来た料理を見たロスレフさんは、目を見開き、一瞬言葉を失った。
「え……何で……?」
そう。
それは、ロスレフさんの生まれ故郷である港町〝ファーベネット〟の郷土料理の数々だった。
焼き魚、煮魚、魚介スープ、魚の燻製、などなど。
素朴だが、ボリュームたっぷりな食べ応えのあるメニューだ。
「何で俺っちの故郷が、ファーベネットって知ってるんですか?」
「お客様。ここは、温泉旅館〝世界樹〟ですよ?」
「! ……なるほど、さすが世界樹ですね。俺っちの出身地なんて、お見通しなんですね」
そして。
「では、いただきます」
魚介スープを、一口飲んだロスレフさんは。
「懐かしい……この味……。……ありがとうございます……!」
涙を浮かべながら、笑みを浮かべた。
喜んでもらえて良かった。
クークは、二千年の料理修行の間に、異世界の料理は全て作れるようになっているのだ。
なので、俺がロスレフさんの情報を伝えただけで、郷土料理を作ってくれた。
まぁ、お客さんの個人情報を勝手に伝えてしまった訳だが……
喜んでもらうためだ。今回は良しとしよう。
※―※―※
「とても良かったわ」
「また来るわね」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
貴婦人二人が帰った後。
「本当にありがとうございました!」
ロスレフさんが、俺たち一同に対して、深々と頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
俺も頭を下げる。
すると、顔を上げたロスレフさんは、魔王に視線を向けた。
そして。
「ありがとうございました」
改めて、魔王に対して頭を下げる。
「ああ。こちらこそ礼を言う」
魔王は笑みを浮かべ、うなずいた。
この反応……もしかしたら……
魔王が夢魔の力を使ったこと、気付いたのかもしれないな……
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
こうして、営業日初日は無事に終わった。
ちなみに、うちの旅館では、接客中の敬語を強要していない。
〝世界樹の華の香り〟を飛ばして集客する際に、〝魔王たちが接客するので、敬語は使えない〟ということは、〝香り〟に情報を載せた上で伝えてあるため、クレームもない。
まぁ、魔王に敬語を期待するような人もいないだろうしな。
それも、この異世界温泉旅館〝世界樹〟の特色の一つだ。
※―※―※
チェックアウトの十一時からチェックインの十五時までは、営業二日目の準備となる。
色々と仕事はあるが、まず大切なのは、料理の仕込みだ。
これは、クークが相変わらず凄まじいスピードで行ってくれている。
そして、もう一つ大きな仕事が、客室の掃除だ。
が、実は。
「『清掃』」
〝様々な魔法〟が使える魔王は、一瞬で客室を綺麗にしてしまうのだ。
シーツもその下の布団も全て完璧に綺麗にしてしまうので、シーツ交換の必要も無く、とても助かる。
「まぁ、我は魔王だからな」
ドヤ顔で豊満な胸を張る魔王。
いや、冗談抜きで、本当にすごいと思うぞ。
※―※―※
この日の夕方――つまり、営業二日目。
営業日初日は、世界樹温泉の力によって、お客さんの左腕を元に戻すことに成功したが。
客室を三つに増やして受け入れた営業二日目。
その中で、三組目の夫婦のお客さんは、予想外だった。
世界樹温泉は、肉体的な傷であれば、完全に回復させる力を持っているのだが。
「せっかくの温泉でしたが……残念ながら、主人の記憶は戻りませんでした」
記憶喪失の男性を、元に戻すことは出来なかった。




