「破壊と提案(プロローグ)」
「おい、大丈夫か? 城を壊しちゃって、ごめんな」
満月が照らす中、突如現れたのは、荘厳な漆黒の城だった。
どうやら認識阻害魔法と不可触魔法が掛けられていたらしいそれを、問答無用で巨大な蠢く根っ子により上から貫き破壊してしまったのは、俺が固有スキルで生み出した〝世界樹〟。
その枝の上から俺は覗き込み、声を掛ける。
見ると、大破した城内にて、主らしき妙齢で長い金髪碧眼の美しき女性モンスターが、鯉のように口をパクパクさせながらこちらを見上げていた。
「な……!? 馬鹿なっ! き、貴様は一体……!?」
可愛らしいピンクの寝間着姿の彼女が、世界樹の根っ子によって左半分を貫かれたベッドの上で、その豊かな胸と格好良い声を震わせる。
どうやら、就寝中だったらしい。
「起こしちゃって悪かったな、魔王」
「! 何故我が魔王だと分かった!?」
「いや、だって書いてあるし。パジャマに」
「あっ!」
「それとも、名前の方が良かったか? 良い名前だな、デレカ」
「ひゃあああん!」
「え? ひゃあああん?」
女性にしては低いイケボが、一瞬で可憐な悲鳴に変わる。
寝間着の胸部分に書かれていた〝魔王デレカ〟という文言を口に出しただけなのだが、いけなかったのだろうか?
「くっ! 我の真名まで知られてしまうとは、不覚……!」
頬が紅潮、眉根を寄せ唇を噛みながら、涙を浮かべる魔王。
まるで人間の女性のような反応だが、二本の角、牙、その背には腰辺りから生えた一対の漆黒の翼、スペード形の黒尻尾を持っているところを見るに、立派なモンスターだ。
「いや、今はそれよりも! それ以上我を見るな!」
顔を両手で隠し、魔王が俺の視線から逃れようとする。
「え? 何でだ?」
「何でって、見れば分かるだろう! 我のこの癖っ毛と、酷い寝癖を! それに、我は〝名が書いてある寝間着姿〟であり、更に言えば、スッピンなのだぞ! 恥ずかしいに決まっているだろうが!」
手で覆いながら顔を逸らす魔王に、俺は首を傾げた。
「別に見られても良いじゃん。だって、そのパジャマ、可愛いし」
「か、可愛い!?」
「スッピンだって分からないくらい、スゲー美人だし」
「び、美人!?」
「ウェーブ掛かった髪も良く似合ってるし」
「に、似合ってる!?」
「寝癖だって、お前のような美人はどんな状態でも美人だから、大丈夫だ」
「なっ!!??」
魔王が目を見開き、その尖った耳の先まで真っ赤に染まる。
ん?
体調でも悪いのか?
俺が城を壊したせいか。
やっぱりパジャマ姿で夜風に当たるのは、良くないな。
「なぁ、魔王」
「ひゃいっ!」
「え? ひゃい?」
「い、いや、何でもない。話を続けろ」
「悪いが、もう魔王城には住めないと思う。そこで、良かったら、俺と一緒に温泉旅館を経営してくれないか?」
「なっ!? 『俺と一緒に、温泉旅館で結婚してくれないか?』だと!?」
「いや、言ってない」
「……分かっている! 冗談に決まっているだろうが!」
「で、どうだ? この世界樹は俺の固有スキルで出したものだ。この世界樹のやたら太い幹の中に、いくつも部屋を作って、温泉旅館にする。そこで働いてくれないか?
もちろん、給料は出す。一ヶ月ごとに金貨十枚払う。それに、一日三食美味い食事が食べられて、温かい寝床も確保出来る。どうだ?」
我ながら、悪くない条件だと思う。
ちなみに、異世界の貨幣価値だが、金貨十枚は日本円で百万円くらいだ。
「乗った!」
「はやっ」
魔王は即決だった。
枝から根っ子を伝って魔王城内へと降り立った俺が、手を差し出す。
「ありがとう。俺はメグルだ。これから宜しくな、魔王」
「こちらこそ宜しく頼む、メグル」
先程と違い、胸を張り、ウェーブの掛かった綺麗な髪を悠然と風になびかせながら、魔王は俺の手を握った。
※―※―※
「実は、我は少々引きこもっていた。千年ほど」
「いや、〝千年〟を〝少々〟て」
さすが魔王。スケールが違う。
今俺たちが喋っているのは、世界樹の枝の上だ。
完全に崩壊した魔王城を眼下に見ながら、魔王がポツリと漏らしたのが、先程の言葉だった。
ちなみに、引きこもったきっかけについては、話したくなさそうだったので、それ以上は聞かなかった。
「だが、案ずるな。引きこもりではあったが、ここで働く以上、必ず貴様の役に立ってみせよう。我は腐っても魔王。様々な魔法を使える。しかも、膨大な魔力量を誇るからな」
「それは頼もしい。頼りにしてるぞ」
あと、先刻までと違って、魔王は漆黒の衣装に身を包んでいる。
魔法で自由に服装を変えられるらしい。便利なもんだ。
俺は、「まずは、幹の中に温泉旅館を作らないとな」と言いながら、世界樹の幹に近付き、手を触れる。
「どうやってやるんだ? 魔法か?」
「いや、俺は魔法は使えない。だから、固有スキルを使うんだ。ちなみに、こことは違う世界で死んだ俺が、転生する際に女神からもらったものなんだが」
「サラッと重要な事を言ったな、貴様」
俺が、「『ウインドウ』」と呟くと、世界樹の幹に、四角い画面のような物が浮かび上がった。まるで血管のように。
少し気持ち悪いが、これがウインドウだ。
ちゃんと光り輝いており、今みたいに夜間でも見ることが出来る。
俺が具体的な旅館作成方法を説明する前に、ウインドウを興味深そうに見ていた魔王が、ふと左に目を向けて、声を上げる。
「おわっ! 敵か!?」
突如ウインドウの横――幹から生えてきた真っ赤な口に対して、魔王が身構える。
「いや、そいつは、この世界樹の〝分身体〟だ。名前はユドル。見た目と性格と口は悪いが、害は無い」
鋭い無数の牙を持ち涎を垂らす口に向かって今にも攻撃魔法を放ちそうな魔王を、俺は手で制した。
「てめぇ、喧嘩売ってるドル!? ユドルは、見た目も性格も口調も最高ドル! 分かったら反省して今すぐ死ねドル!」
「……なるほど」
ロリ声だが、ひどい暴言。
俺の言わんとすることを分かってくれたようで、魔王が神妙に頷く。
「でまぁ、ユドルは一旦放っておいて」
「放っておくなドル! ぶっ殺すドル!」
「よし、<メニュー>、と」
ウインドウの右上にある<メニュー>という文字をタップする。
すると、画面が切り替わった。
<メニュー>
客室(トイレ、洗面所あり):一部屋につき金貨一枚
従業員用の休憩室:金貨一枚
従業員用の宿泊室(四人用。トイレ、洗面所あり):(男性用女性用それぞれ)金貨一枚
玄関・フロント・ロビー・廊下:まとめて金貨一枚
客・従業員共同用トイレ(客室外にある):金貨一枚
厨房:金貨一枚
露天風呂(温泉):(男性用女性用それぞれ)金貨一枚
食堂:金貨一枚
「魔王、悪いが金を持っていないか? ユドルに食わせれば、部屋とかを作れるんだ。俺の財布に入っていた異世界の金も一応使えたんだけど、ユドルを成長させるためにだけ食わせて、ほとんど使っちゃってさ」
ヒモ男ムーブ丸出しだったが。
「何だ、そんな事か。我に任せよ!」
魔王は、ちょろかった。
「とは言ったものの、我もずっと引きこもっていたからな。……これは使えるか?」
魔王が眼下に手を翳すと、魔王城の瓦礫の中から、スーッと光に包まれた何かが浮き上がって来た。
魔王の手中に乗ったそれは、小さな宝箱だった。
開けると、そこには、古びた金貨が一枚入っていた。
「ありがとう。試してみよう」
魔王から受け取った古い金貨を、ユドルに食わせてみる。
「珍味ドル! 珍味ドル珍味ドル!」
どうやら、お気に召したようだ。
「よし、早速部屋を作ろう」
一枚とはいえ、金貨だしな。一部屋くらいは作れるだろう。
改めてメニューを見てみる。
ちなみに、ここに表示されている値段は、あくまで〝ユドルに部屋を作らせるために必要な金額〟であり、〝一般的な建築費用〟とは異なる。
「何はともあれ、まずはトイレだな……って、え?」
俺はあることに気付いた。
「全部タップ出来るようになっているじゃないか。しかも、一枚だったはずなのに、金貨十枚分?」
「ハッ! レア金貨だったから、オマケしてやったドル! 勇者に比べれば、てめぇは大分マシだからドル! あと、残念ながらてめぇには借りがあるからドル! でも、取り敢えずはこのユドル様に感謝して、その何も入って無さそうな頭を地面に擦り付けるドル!」
相変わらず口が悪いが、どうやらユドルは、余程古の金貨が気に入ったらしい。
俺は、ウインドウに表示されているメニューの〝全選択〟をタップし、更に従業員用の宿泊室と露天風呂を男女別で一つずつ指定して、〝購入〟を押した。
「おおっ」
「幹の中に旅館が!」
恐ろしく太い幹の内部が蠢いて、瞬く間に温泉旅館が形作られた。
〝ザ・旅館〟といった風情の、どこか懐かしい温もりを感じさせる木造の日本家屋だ。
入口には〝温泉旅館 世界樹〟という看板もある。
「階段と瓦礫撤去はサービスドル! 感謝して五体投地するドル!」
ユドルの声に反応して後ろを振り返ると、地上に向けて長い階段が出来上がっていた。
更に、左斜め下を見ると、魔王城の瓦礫が全て消えている。
「早速、中に入ろう」
温泉旅館の中に入ると、落ち着いて格調高い雰囲気のフロントが迎える。
「ここで靴を脱いでくれ。この温泉旅館内は、土足厳禁なんだ」
「ふ、服を脱ぐだと!?」
「靴は、靴箱に入れるか、靴箱に備え付けてある革袋を一枚取って、その中に入れて自分の部屋まで持って行くんだ。まぁ、俺を含めて従業員は、基本的に全員、従業員用の宿泊室へと持って行くことになる。この靴箱は客用だからな」
魔王のボケを華麗にかわしながら、説明をする。
革袋に靴を入れた俺と魔王は、用意してあるスリッパに履き替えて、旅館の奥へと入っていく。
「うん、思い描いた通りだ」
趣味の温泉旅館巡りが好き過ぎて、持病が悪化した後も続け、収入が無くなると趣味を続けられなくなるからと、仕事もやり続けて、無理が祟って二十八歳で倒れて死んだ俺。
そんな俺が、常日頃、脳内で思い描いていた通りの、最高の温泉旅館がそこにはあった。
間取りも、大樹の中だからこそ味わえる究極の〝木〟の温もりと優しい匂いも、正に理想そのもの。
一旦、男女それぞれの従業員用の宿泊室に靴を置く。
「従業員用の宿泊室も客室も、部屋の中に入る時は、スリッパを脱いでくれ」
そして、まだ一部屋のみしかない客室に入ってみる。
旅館全体がそうなのだが、所々光るキノコが生えていて発光しているため、明るい。
客室には大きな光るキノコが天井から生えており、「オン」「オフ」と呟くだけで、その声に反応して、光がついたり消えたりする。
畳特有の〝い草〟の良い香りを楽しみつつ、テーブルと座椅子、奥のスペースにある小さなテーブルと椅子、更には窓を確認する。
「なかなかの景色ではないか!」
魔王が歓声を上げる。
どうやらここは、世界樹の幹の外皮に当たる部分らしく、窓の外には、月に照らされた外の景色が見える。
元々毒に汚染されていたこの辺り一帯は、俺が固有スキルでこの〝聖なる世界樹〟を生み出したことで、浄化された。
そんな訳で、毒のせいで大陸のどの国の領土にもなっていなかったこの土地を、各国の王に事前に許可を得た上で、俺が貰っておいたのだ。
ちなみに、この大陸は、大昔は超巨大大陸だったようだが、過去に何かがあって、大部分は海と化し、残った一割ほどが現在の大陸となったらしい。
話を戻すと、毒の代わりに今では、一瞬で出現した森がその緑を静かに主張している。
と同時に、ここは北向きの部屋であるため、世界樹が大陸最北部に位置することから、窓の外に海が見える。
※―※―※
「よし、じゃあ、集客の前に、まずは従業員を募集しよう」
従業員用の休憩室へと移動した俺は、テーブルの向かいに座る魔王に話し掛けた。
「従業員募集の方法だが――」
そこまで俺が話した所で。
ドーン
外から轟音が響いた。
「ん?」
「な、何だ!?」
※―※―※
急いで靴を持って来て、外に出ると。
「……はい?」
玄関の目の前――世界樹の枝に〝クレーター〟が出来ており、長い緑髪で緑色の服を身に纏った、うら若き女性が、まるで一本の槍のような形で、クレーターの中心にその頭が埋まっていた。
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