第7話:灰都の剣士
崖下の森を駆ける。
斎宮は、赫鬼の群れから逃れたばかりの身でありながら、目の前の「人間」の姿に足を止めることなく向かっていた。
———生存者。
それがどれほど貴重なものか、この数日で嫌というほど思い知らされた。
「おい! お前、生きてんのか!?」
声をかけると、その人影がゆっくりと振り向いた。
———若い男だった。
二十代前半、鋭い目つきに引き締まった体躯。
深い灰色の外套を羽織り、背には一本の長剣を携えている。
「……赫鬼か?」
男の手が剣の柄に触れる。
「違う! 俺は———」
言いかけた瞬間———
シュバッ!!
銀光が閃き、斎宮の首元をかすめた。
「っぶねぇ!」
間一髪で身を引く。
男はすでに剣を抜き、殺気を宿した視線を向けていた。
「赫鬼じゃない? ……なら、その赫肢は何だ?」
斎宮はハッとして、自身の腕を見た。
赫鬼の力を宿した赫肢が、いまだに脈打っている。
「お前……赫鬼の血を引いているのか?」
男の剣先が、斎宮を正確に狙っている。
斎宮は舌打ちしながら両手を上げた。
「誤解だ! 俺は人間だ、赫鬼なんかじゃねぇ!」
「なら、その腕を見せろ」
斎宮はしぶしぶ赫肢を解除し、元の腕を晒す。
男は鋭い視線でそれを見つめ———やがて剣を下ろした。
「……信じていいのか」
「勝手に斬りかかってきた奴に言われる筋合いねぇよ」
「そうだな」
男は僅かに表情を和らげ、剣を鞘に収めた。
「俺の名は冬馬。灰都の剣士だ」
「……灰都? 本当にあんのか、そんな場所」
「ある。お前も行くつもりだったんだろう?」
斎宮は息を整えながら頷く。
「ならついてこい。無事に辿り着けるかどうかは、保証しないがな」
冬馬は背を向け、歩き出した。
斎宮は一瞬迷ったが———すぐに彼の後を追った。
赫鬼を狩るために、強くなる必要がある。
そのために、灰都へ行くしかない。