第4話:灰都への旅路
村を出た。
あたりには、ただ森と冷たい風が広がっていた。
斎宮は肩を揺らしながら歩く。
昨夜から何も食べていない。喉はカラカラに渇き、内臓が空気を吸うたびに縮こまるような感覚がする。
「……人間の飯って、どこで手に入るんだ?」
当たり前のように食べていた米や肉が、今はどれだけ貴重なものだったのか思い知らされる。
赫鬼になったわけじゃない。だが、このまま何も食えなければ、餓死するしかない。
「———あの村、まだ無事だといいけどな」
向かう先は、村から二日ほど歩いた場所にある「灰都」と呼ばれる街。
交易の拠点であり、赫鬼の脅威に備えた壁が築かれた人間の都市。
斎宮は、幼い頃に一度だけ父に連れられて行ったことがあった。
そこならば食い物もあり、情報も手に入るはず。
「赫鬼を狩るためにも、まずは生き延びなきゃな」
森の中を進むうちに、周囲が急に静かになった。
鳥の囀りが消え、風すらも音を立てない。
———嫌な気配だ。
斎宮は立ち止まり、耳を澄ませた。
「……!」
草の間で、何かが蠢く気配。
ゆっくりと顔を上げると、そこには———赫鬼がいた。
皮膚は爛れ、四つの眼球がぎょろりとこちらを向く。
口元には、まだ生々しい血と肉片がへばりついていた。
そして、その足元には———人間の死体。
「……間に合わなかったか」
死体の腹は食い破られ、骨と内臓が泥の中にぶちまけられている。
まだ新しい。ほんの数分前まで生きていたはずだった。
赫鬼が、こちらを見て嗤った。
「オマエモ……クウ……?」
「……誰が、そんな真似するかよ」
赫鬼の嗤いが低いうなりへと変わる。
次の瞬間———赫鬼が飛びかかってきた。
斎宮は、反射的に赫肢を発現させる。
肉が裂け、血が飛び散る。
赫鬼の爪が肩をかすめ、服を切り裂いた。
「チッ……!」
すぐに態勢を立て直し、赫肢を赫鬼の胴体へと叩きつける。
———ズバァッ!!
赫鬼の体が真っ二つに裂けた。
だが———それだけでは終わらなかった。
赫鬼の断面が蠢き、内側から新たな触手が飛び出す。
「……まだ動くのかよ」
赫鬼の体は、赫肢を持つ者でなければ殺せない。
それはわかっていたが、こいつは異常だ。
「なるほどな……」
斎宮は息を整え、赫鬼を睨みつける。
そして、赫肢をもう一度振りかざした。
「だったら……今度こそ、確実に仕留める!」