第2話:赫鬼狩り
空が白み始める頃、村はすでに死の静寂に包まれていた。
斎宮は、まだ震える指で血まみれの腕を見つめていた。赫鬼と同じ「赫肢」———異形の刃が、彼の肉体から生えている。
「……これは、本当に俺の体なのか?」
剥き出しの筋繊維がうねり、赤黒い血が滴る。先ほどの赫鬼を一撃で斬り裂いたのは間違いなくこの力だ。しかし、それは赫鬼だけが持つ能力のはずだった。
「俺も……赫鬼になっちまったのか?」
足元には、斬り裂かれた赫鬼の死骸が転がっていた。断面からはドロリとした黒い血が溢れ、内臓が泥にまみれている。腐臭が鼻を突き、胃の奥がひっくり返りそうになった。
「……っ!」
斎宮は口を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。村を見渡すと、辺りには肉塊と化した村人の残骸が転がっていた。引き裂かれた胴体、千切れた腕、眼球の潰れた顔。どれも元は見知った人たちのものだった。
「俺は……ひとりになっちまったのか……?」
答えはない。ただ、風に乗って血の匂いが流れていくだけだった。
———その時、微かに何かの音が聞こえた。
「……生存者か!?」
斎宮は音のする方へ駆け出した。赫肢はまだ腕に残っているが、違和感が薄れてきている。異形の力を持つ自分に、まだ生きた人間が会ってくれるのか———それでも確かめずにはいられなかった。
村の外れ、小さな納屋の前で足を止める。扉の隙間から、何かが蠢く気配がする。
「……誰かいるのか?」
そっと扉を開けた瞬間———
「グギャァァァ!!!」
血走った目の赫鬼が飛びかかってきた。
「くそっ……!!」
反射的に赫肢を振るう。刃は赫鬼の腕を斬り落とし、断面から黒い血が噴き出した。赫鬼はのたうち回りながらも、斎宮を睨みつける。
「……さっきのとは、違うな」
赫鬼は異常な回復力を持つ。しかし、この赫鬼は傷が塞がらない。斎宮は直感する———赫鬼を殺せるのは、赫鬼の力を持つ者だけなのかもしれない。
「だったら……俺がやるしかねぇ」
赫肢が蠢く。刃が赫鬼の喉元に突き刺さり、一瞬のうちに首を切り飛ばす。
どさり、と赫鬼の体が倒れた。
荒い息を吐きながら、斎宮は立ち尽くす。この力を使わなければ、自分も喰われていた。
「……俺は、赫鬼狩りになる」
復讐でもなく、義務でもない。生きるために———
赫鬼を狩る者になると、彼は決意した。