第1話:赤い月の夜
赫焉の残響と読みます。
地面に滴る血が、赤い月の光を浴びてどす黒く輝く。
村の広場は、まるで肉の墓場だった。ちぎれた腕が泥にまみれ、骨が砕けた音が響く。肉の裂ける生々しい音が闇夜に木霊し、湿った内臓が地面を這うように広がっていた。空気は鉄の匂いで満たされ、足元には血溜まり。そこに映る月が、不吉に歪んで見えた。
「———斎宮! 逃げろ!!」
村の男が叫ぶ。振り返ると、彼の背後には巨体の赫鬼がいた。
赫鬼———それは、人を喰らう異形の怪物。真っ黒な皮膚に、鋭利な爪。異常な回復力を持ち、通常の武器では倒せない。
男は腰に下げた鉈を振りかざしたが、赫鬼の爪が彼の腹を深々と貫いた。
「——が……ッ!」
赫鬼が爪を引き抜くと、男の内臓がずるりと滑り落ちた。泥の上に転がる腸。それを赫鬼はゆっくりと拾い上げると、まるで酒の肴のように口へと運んだ。
くちゃ……びちゃ……
赫鬼の牙が内臓を咀嚼する音が、斎宮の耳にこびりついた。男の体は痙攣し、口から血泡を吹きながら、地面に崩れ落ちた。
「……っ、母さんは……?」
斎宮は震える手で自宅の扉を開けた。そして、そこに広がっていたのは———
「あ……ぁ……?」
母の腹部はぱっくりと裂かれ、血と臓物がこぼれ落ちていた。掌ほどの大きさの赫鬼が、彼女の腸を器用に巻き取って、ちゅるちゅると啜っている。
母の顔は、恐怖に引き攣ったまま。目は見開かれ、口は何かを訴えるように微かに動いていた。
「……はは、嘘だろ」
足が竦む。吐き気が込み上げる。しかし、その時———
「ククク……オマエモ……喰ウ……」
背後から、獣のような低い声が響いた。
振り返ると、赫鬼がそこにいた。裂けた口の奥で無数の牙が蠢き、赤黒い舌が涎を垂らしている。
「う……うああああ!!!」
背中が裂けるような激痛が走る。血が沸騰するような熱さに襲われ、視界が赤く染まった。皮膚が裂け、骨がきしむ音がする。そして———
斎宮の腕から、赫鬼と同じ「赫肢」が生えた。
「な……んだ、これ……?」
赫鬼が驚き、後ずさる。その瞬間、斎宮の赫肢が唸りを上げ、一閃した。
ズバァッ!!!
赫鬼の首が、宙を舞う。
首なしの肉塊が痙攣しながら倒れる。ドブのような匂いのする血が、あたりに撒き散らされた。
斎宮は息を切らし、血まみれの腕を見下ろした。その赫肢は、赫鬼のものと全く同じだった。
「俺……赫鬼になったのか……?」
静寂が戻った村には、血と肉の残骸が広がるばかりだった———
(続く)