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最終楽章:約束

◆還暦

2031年を迎えた。寿人は、相変わらずの一人暮らしの自宅でひっそり新年を祝いながら呟いた。

「今年、俺も還暦か。」

だが、何も変わらない日常を送るのだろう。4年後に迫った「愛和音解散」までの間、また制作部の仲間と曲を書き、それが終わったら自分向けの曲を歌い、そして、気が向いたらその曲や他の歌手の曲をアレンジして聴衆に聴いてもらう。時にはライブ等にも臨んだり、歌番組に出演したり、そんな日常を4年間過ごすのだろう。

「なんだろう。なんか、つまらない。」

漠然とした気持ち。それも、わがままな考えが新年早々浮かんだ。昨年まで「室井徹彦」がいなかった事に対して愛和音の皆に迷惑をかけた身だと言うのに。

「これ以上、引っ掻き回すのもなぁ。」

独り言が止まらない寿人。さすがにまずいと思い、外出する事に。

外は元旦特有の雰囲気が漂う。寿人は、初詣客の流れに逆らわずに近くの神社へと足を運んだ。そして、お参りをすると、初詣客の1人の女性が話しかけてきた。

「響義浩?響義浩じゃないですか!」

寿人と同じ年頃と思われる女性は明らかに顔が上気していた。

「えっと、そうですけど?」

「私、若い頃からあなたのファンなんです!私の母も、そして、娘もあなたのファンで。」

「そうでしたか。ありがとうございます。」

「あ、娘は、早川新にも『浮気』してますけども。」

「それは、大歓迎です。愛和音の歌手を好きになってくださって、本当にありがとうございます。」

「もうすぐ孫が産まれるんですけど、孫にもあなたか、早川新のファンになって欲しいなって思ってます。」

「あー、それじゃ、楽しみですね?是非、『響義浩』でも、『早川新』でも好きになっていただけたら幸せですよ。」

「はい!ああ、あなたに会えて、今年はいい年になりそうです!」

寿人は、笑顔でファンと別れた。神社は活気に満ちていた。そんな風景を見て心がほっこりするのを感じた。そうしていると、多数の初詣客が自分に気づき、集まって来てしまった。

「ああ、この辺で失礼しよう。」

そんな呟きと共に、最大限の笑顔を見せつつ、集団から逃げるように帰宅した。

「騒ぎにならなくてよかった。」

寿人は、ほっとした後、自画自賛的な考えではあったが、こんなに人気な自分や隼人他の歌手を擁する愛和音があと4年でなくなってしまう。その前に何か大きな物を残したいと思うようになった。


◆始まる仕事

1月6日、いつもの通り、将の訓示から愛和音の1年の仕事が始まった。

「愛和音の解散日を決定した。2035年5月31日とする。解散を知らせてから6年になるが、1人も『早期退職』を選ばずにここまでついてきてくれていることに感謝する。」

そんな将の言葉が紡がれた訓示であった。寿人は、制作部や歌唱部の面々と並びつつそれを聞いていた。

「遂に、決まったか。」

おそらく、将はこれからが忙しい。解散に向けて内外への対応に追われるだろう。そんな推測を込めて呟いた。年始に思いついた『大きな物』の『腹案』は、5日程度で決まってしまったが、将にそれを提案するのは気がひけた。

そして、寿人は近くにいる制作部や歌唱部の人々を見渡した。その視線に陽太が気づき、「仕事始めの式」が終わった後に話しかけてきた。

「どうしたんですか?さっき、きょろきょろしてましたよね?」

「あ、すまない、じろじろ見てしまって。実現出来るかどうかわからないから、詳しい話は言えないけど、ちょっと楽しそうな事、考えてて。」

「そうですか。実現するといいですね。」

「勿論、その時は神谷さんの協力が必要なんだ。その時はよろしく。」

寿人より3つ年上の「部長職仲間」は、穏やかに頷いた。


◆やっぱり

歌唱部の面々と別れ、寿人は制作部の面々と通常の仕事をし始める。そんな中、寿人は心の中で呟く。「神谷さんに言っちゃったし、基礎的な物だけは作ってしまおうかな?あと、具体的な計画。」と。

寿人は、「計画」や、「基礎的な物」を書き始める。それが楽しくて楽しくて仕方なかった。そして、さらに心の中で呟いた。「ああ、やっぱりやりたい。」と。手は止まらない。あっという間に書き終わってしまった。そして、制作部の部屋を一旦見回し、自分を含め5人が揃っていた事から意を決してこう言った。

「みんな、無駄な作業をさせる覚悟で、頼みたいことがある。」

集まる制作部の面々。

「色々、こっちからの指定で申し訳ないが、時間を見てやってくれないか?林さんと今井さんの『出番』は、だいぶ後か、ないかも知れないけども。」

治行と要が戸惑いながら頷く横で、理沙と隼人は寿人が提示した「資料」を見る。理沙はこう言った。

「『これ』は、やったことないですね。」

寿人はそれに頷く。隼人がそんな寿人を見つつ言った。

「ノリノリっすね?小橋部長。」

寿人はそれを受け、苦笑いに近い微笑みを隼人に返した。

理沙と隼人はお互いに視線を合わせ、軽く頷く。隼人は、その資料を無言でコピーし、制作部の全員に渡した。それを見て、寿人は言った。

「『これ』が決裁にならなかったらごめんな。」

「構いませんよ。」

理沙は柔らかく言った。

「いや、やるからには絶対に決裁下りて欲しいっすね。」

隼人は熱意を込めた声を上げた。


◆多忙の中

寿人の懸念通り、将は「解散」に向けての助走期間に入り、多種多様の「打合せ」を様々な人々とする日々を過ごすようになった。意図的ではあったが、後継者を育ててこなかった事以外何ら問題のない「株式会社愛和音」という会社をたたむのだから、外部の関係者には、それなりの説明と誠意を尽くさねばならない。隙のない「それ」を準備する、それが将の当面の「課題」であった。

それ故、今まで随時受け付けてきた曲の決裁資料は、木曜日にまとめて提出するという体制に変更された。

そんな中、「寿人のやりたい事」は、資料を含めて制作部内で1月末には完成した。

「今の橋野は、これを提出されたら困ると思うんだ。だから、タイミングを見て決裁に回す。しばらく制作部の中であっためておくことを許してくれ。」

理沙は苦笑いし、こう言った。

「今回の小橋さん、『守り』に入りすぎじゃないですか?」

「うーん、そうなんだけどね。いや、『これ』がネックでさ。どう考えても、橋野の『仕事』を一瞬増やすものだからさ。」

寿人は資料の中のとある文字列を指差し言った。隼人はそれに対してこう言う。

「意外と、『あっためておいた事の方』に社長怒るかもしれないっすけどね?」

「まぁ、『そっち』もあるか。ありがとう、野崎さん、中山さん、踏ん切りついた。やっぱり、出来上がったから『次の決裁の時』に回すよ。」


◆呼び出し

2月1回目の「決裁の時」である2月6日が来た。朝一に「寿人のやりたい事」の資料やデモは、他の曲と共に寿人の手で将に提出された。以前ならそこから寿人と将の話が始まったが、今はそうはいかず、寿人は資料を社長室に置いてくるだけでそこから退出する。

「よろしく。」

の一言を残して。

夕方、制作部の部屋の内線電話が鳴る。帰宅準備をしてる最中ではあったが、寿人はそれを取る。

「はい、制作部。」

「小橋か?社長室に今すぐ来い。」

「ああ。」

内線電話を切ると、寿人は言った。

「橋野からの『呼び出し』だ。みんなは帰っていいから。お疲れ様。」

寿人は、それに対する返答を聞かずに社長室へと急いだ。そして、程なくして将と対面する。

「何だ?これは。『この企画』は、早すぎる。」

「やっぱりな。色々時期尚早だと思ってたんだ。悪い。保留にして、お前のタイミングで『決裁』を下ろしてくれ。その代わり、絶対に『お蔵入り』は避けて欲しい。忙しい時にすまない。」

「違う。俺に配慮しろと言うことではない。こんな中途半端な時期に出せるか、と言うことだ。」

「ああ、そう言われれば。」

「『そう言われれば』?まったく、お前という奴は。俺の『やりたい気持ち』に火をつけて。」

将は、資料に目を落としながらこう続けた。

「『この企画』は、2、3年後がふさわしいが、なんとしても今年中に出すぞ。」

将は、決裁が終わった事を示す判付きの資料を寿人に返却した。寿人は目を丸くする。

「ありがとう、橋野。その、『早すぎた』事に対しては、俺の還暦記念という事で、見逃してくれないか?」

「甘え過ぎだ、小橋。まあ、許す。」


◆もうひとつの呼び出しと

翌日昼前、今度は別の部長が社長室に呼ばれていた。

「神谷君、昨日『この企画』が制作部から提出された。歌唱部の調整を頼む。」

陽太は、その資料を見た。

「これは!年明け早々、小橋さんが言ってた事は、『これ』だったんですね。」

「その時点で小橋はもう動いてたのか。まったく、あいつは。それでだ、神谷君、これは大かがりな物になる。制作部との掛け持ち社員はわかっていることだからそれを除く社員に周知してくれ。」

「わかりました。」

陽太は、歌唱部の部屋へと戻る。すると、寿人、理沙、隼人がそこにいた。

「小橋さん。」

「俺たちは、この場に不要だと思うけど、立ち会いたくて。すまない、お邪魔する。」

「わかりました。」

陽太は、そう返すと、その部屋に寿人ら制作部との掛け持ち社員を含めた歌唱部の社員が揃っている事を確認する。

「この度、『愛和音オールスターズ』が結成される。ここにいる25人の社員全員で1曲歌うことになった。」

ざわめく歌唱部の面々。陽太はそれを聞きながら続ける。

「ああ、すまない、25人じゃない、26人だ。『安野雲』、社長もここに加わる。みんな、レコーディングは別々になるが、社長と歌えるまたとない機会だ。気合いを入れてレコーディングには臨むように。」

「お兄ちゃんも?」

京子の驚く声が上がる。それに寿人は微笑みながら返す。

「俺の指名だ。」

そして、寿人は立ち上がり、今度は歌唱部全員に対し話をし始める。

「歌唱部のみんな、これは、俺の『わがまま』な企画ではあるけれど、是非とも力を貸して欲しい。曲のタイトルは『永遠の家族』。ある時から俺は愛和音の社員全員を『家族』と思っていた。愛和音が解散しても、ここにいる歌唱部のみんなも含めて愛和音の全員をずっと家族と思いたい。そんな思いから制作部の野崎さん、中山さんに協力してもらって作った曲なんだ。アレンジも俺や林さん、今井さんの全力を注ぐつもりだから、そんな曲をどうかよろしくお願いします!」

寿人は頭を下げた。陽太がそれに対して代表して答える。

「みんな、制作部部長の思い、聞いたね?それに負けない思いで、心をひとつにして歌い上げよう!」


◆オールスターズ

「永遠の家族」は、斉唱形式の歌。パート分けはなく、すべての歌手が最初から最後まで歌う曲として作られた。

ベースは寿人が作り、メインの旋律を寿人、理沙、隼人が手分けして作った曲である。

詞は、1番を寿人、2番を理沙、3番を隼人が担当した。

そして、アレンジは、イントロから1番を要、2番を治行、3番から曲の終わりまでを寿人が担当することが予定されている。

3月に入り、順次レコーディングが始まる。26人の歌声を個別に録り、それを重ねて行く作業が同時進行で行われる。

そんな作業も、4月中旬には終わった。 後は、アレンジをして市場に出す流れを作るのみとなった。

そんなある日、京子がこんな事を陽太に言った。

「『永遠の家族』、個別にレコーディングしたけど、今になってお兄ちゃんと歌いたくなってきたわ。2人で録り直ししたいわね。」

「そうかい?」

その会話を近くで聞いていた音彦と詩音が話に加わる。

「僕、あの時詩音が立ち会ってくれたけど、欲を言えば、詩音と2人で歌いたかったです。」

「私の時も、音彦は立ち会ってくれましたけど、一緒にレコーディングブースに入りたかったです。」

陽太がそれに返した。

「確かに、みんなの気持ち、わからないでもないよ。『オールスターズ』なのに、いつものレコーディング風景と変わらなかったから。」

そして、陽太は、京子、音彦、詩音以外の歌手にも気持ちを訊く。すると、その意志の強弱はあるものの、おおむね3人と同じ返答だった。

「わかった。この意見が通ったら録り直しが出るけれども、いいかい?」

陽太は、それに頷く歌唱部の歌手たちの姿を確認する。

「ちょっと制作部に相談してくるよ。」

陽太は。寿人の元へと行く。

「もう、『永遠の家族』は、アレンジ作業入ってるところだと思いますけど、ちょっと僕も含めて歌唱部で、その、『不満』が出ましてね。」

「え?」

陽太は、先ほどの歌唱部であったやり取りを寿人に伝えた。寿人は、少し考えて陽太に返した。

「レコーディングブースが、狭いからな。ああいう手法を取るしかなかったんだけど、確かに、『オールスターズ』って感じじゃなかったな。すまない。出来ることを探してみる。協力してくれたのに、不完全燃焼だったんだね。」

「代替案がないのに、文句言ってすみません。」

「広い、録音出来るスペースがあればいいんだけど。」

寿人は、必死に考えた。

「あ。」

「何か?」

「レンタルスタジオ。」

「ああ!」

それは、愛和音の社屋が出来るまで陽太と京子が歌っていた所だった。

「あれ、まだあるかな?」

そんな寿人の一言に、陽太がこう返す。

「僕、調べて来ます!」

「ああ、『ある』事だけ調べてくれないか?色々、橋野の計画を崩す物になりそうだから。」

「わかりました。」

陽太が調査に行くのを見送った寿人は、制作部にいた歌唱部掛け持ちの2人の意見は反映されてないと、はたと気づき、その事で理沙と隼人に訪ねた。

「全然、問題ないです。構いませんよ。」

理沙は答えた。隼人もそれに続ける。

「やれることは、やっちゃいましょ?」

そして、そのレンタルスタジオは、まだ存在していた。それを受け、寿人は社長室に内線電話をかける。

「橋野、急だけど、今そっちに相談しに行っていいか?」

「10分程度だ。」

「急いで行く。」

寿人は社屋を走った。息を切らしつつ社長室に入室する。

「すまない、忙しいのに。」

「単刀直入に言え。」

「『永遠の家族』を録り直したい。全員分。それも、費用のかかる話で申し訳ないが。」

遅れて陽太も許可がない形ではあったが、社長室に入って来る。

「すみません。色々と。」

「理由は?簡潔に話せ。」

「僕ら歌唱部は、みんなで歌いたい。個別ではなく、揃って歌いたい。そんな『欲』が出てしまって。」

「言ってみれば、『不完全燃焼』なんだ。」

「そして、『費用がかかる』とは?」

「レンタルスタジオだ。昔使ってた所なら、お前を含めて26人入れる。そこで納得いくまで『全員』で歌わせてもらいたい。」

「わかってるとは思うが、2つ、大きなネックがある。それを解決出来るかは俺側の問題だ。少し時間をくれ。いいか?」

「わかりました。」

「ああ。」


◆新たな指令

将の返答は、それから一週間後だった。

「例の件は、レンタルスタジオの借用も、俺の歌い直しも可能とした。だが、条件がある。俺が6月の株主総会まで余裕がない。だから、7月頭以降のレコーディングとなる。」

陽太はこう答えた。

「歌唱部のわがままを聞いてくださってありがとうございます。」

それに寿人が続いた。

「大丈夫か?費用は。色々計算してたんだろ?」

「それに関しては、『永遠の家族』の売上に賭けることにした。『歌い直し』の時は、『それ』も意識しよう。そして、それまで時間が空くからな、制作部にひとつ、大きな指示を出す。『愛和音オールスターズ』のアルバムも作るぞ。『チャリティーアルバム』、覚えてるな?あれと同じ事をする。俺や『24』を含めた愛和音の歌手が1曲ずつ歌う2枚組のアルバムとして『永遠の家族』のシングルと共に出す。発売時期は、多少遅れてもいい。」

寿人と陽太は、それに対して了承の意を伝えた。そして、社長室から退出した。寿人はその直後、こう言った。

「これは、橋野からの『お仕置き』かな?『俺に忙しい思いをさせて。』ってな。」

「そうかもしれません。でも、『安野雲』の歌をアルバムに入れる、ということは、社長も楽しくなってきたんじゃないかな?と、希望的観測を言っておきますけど。」

「まぁ、そうだな。ああ、でも、そこは一番難しいかもな。橋野には悪いけど、『安野雲』の曲は、俺の心が荒れてる時に書いちゃった曲を歌ってもらったからさ、何もない今、『安野雲』向けの『問題曲』を書くのは、逆に至難の技、かもな。凄い『お仕置き』だ。橋野。」

寿人は、制作部に、陽太は歌唱部にその事を伝えに行く。

歌唱部の面々は、要望が通った事に安堵しつつも、新たな「アルバム」に向けて気を引き締めた様子だった。

一方、制作部の面々の前で「指示」の内容を伝えた上で寿人はこう言った。

「色々、話が大きくなってしまった。大部分の曲は、俺が書くから許してくれないか?」

「何言ってるんすか?俺、やるっすよ?何曲でも。」

「駄目ですよ、小橋さん、中山さん。『24』があるってことは、歌手としての負担が大きいです。だから、私も力を尽くしますよ。」

「ありがとう。じゃあ、等分で。1人9曲って感じだな。合作も何でもありっていう具合で仕上げていこう。」


◆株主総会

制作部は、「愛和音オールスターズ」の「アルバム」向けの曲をすべて「決裁」に回した。6月26日の出来事だった。

その翌週、6月30日、株式会社愛和音の株主総会が開かれた。通常より長い時間を取った総会にて、愛和音の「計画廃業」が将の口から発表された。株主たちの一部からは動揺の声が上がるが、古参の株主からは「『その日』が来たか。」という主旨の言葉が出る。

それに対し、将はここ半年をかけて準備した株主への「誠意」を懇切丁寧に説明する。それは、最終的には受け入れられ、株主の理解も得た。

「株主の皆様のご理解に感謝申し上げます。誠にありがとうございました。愛和音は、この先、廃業までの4年間、皆様の会社であり続けます。最後の日まで、ご指導、ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。」

深々と頭を下げる将。そんな言葉で締めくくられた株主総会は、予定より1時間長く行われたが、無事散会と相成った。


◆ひとつの報道

将は、その後社長室に戻り、一息ついた。

「はあ、さすがに疲れたな。」

とは言ったが、その手は「愛和音オールスターズ」のアルバムのためのデモを再生し始めていた。資料を見ながら次々に決裁の判を押していく。

そんな中、ドアがノックされる。

「小橋だ。いいか?」

「入れ。」

入室してきた寿人は、開口一番にこう言った。

「総会、お疲れ様。今回は一番大変だったろう?」

「『準備期間』を含めてな。廃業の件は承認を得た。ここからの後戻りはない。」

「『準備期間』。その節は、悪かった。」

「まあ、還暦おめでとう。」

「急に?」

将は笑う。そんな様子を見ながら寿人は言った。

「アルバムの決裁は、明日以降でいいのに。」

「いや、無性に聴きたくなった。駄目か?」

「いいけども。」

そんなやり取りをした後、寿人も将もそれぞれのタイミングで帰宅した。

そして、それぞれの自宅で、こんなニュースを耳にする。

「訃報です。往年の音楽界を牽引してきた総合音楽会社ジェントルの初代社長を務めた南山源太さんが老衰の為、亡くなりました。94歳でした。」

寿人は、驚き立ち上がった。将は呟いた。

「そうか。100を超えても生きていそうだと思ったが。」

翌日、将は繋がらない事を覚悟で道紀に電話をかける。道紀は、すぐに電話をとってくれた。その中で将はこう言った。

「こう言うのもなんだとは思うが、『挨拶』として言わせてくれ、道紀さん。お父様の件、お悔やみ申し上げます。」

「ありがとね、しょうちゃん。『挨拶』、受け取ったよ。いやー、74になるまで親父に付き合わされるとは思わなかったよ。正直、さびしい気持ちもあるけど、せいせいしてるよ。ここから僕の方が何年生きるかわからないけども、親父なしの生活を謳歌するつもりだよ。」

「ああ、そうしたらいい。」

「『愛和音の音楽』と一緒にね。また、沢山の新曲、聴かせてね。」

「それも、後4年ってところだな。」

「えー?そうなの?」

「その頃には、俺も70だ。その辺で愛和音は解散だ。昨日、株主の承認は得た。」

「そっか。僕もその歳の頃に、ジェントルの社長、辞めたしね。後は老後をエンジョイって感じかな?しょうちゃんは。イメージにないけども。」

「実のところ、俺も『その後』は、ビジョンがない。まぁ、ある程度、『予定』を立てた人生だったからな。ガラッと変えて行き当たりばったりの生き方もいいかもなと思い始めている。」

「その頃はー、僕は78かぁ。まだ、いけるかな?1回だけでも遊んでね。しょうちゃん。」

「『遊び』か。わかった、約束しよう。」


◆懐かしの

7月8日、愛和音の制作部と歌唱部の全員と社長は、レンタルスタジオの内部にいた。寿人は、録音準備をしつつ、こんな事を言った。

「凄く古ぼけたな、ここ。でも、懐かしいな。」

「そうね。ああ、そうそう、下手な歌、ここで歌ったわよね?あなた。」

「京子さん。」

寿人は笑いだした。「あの日」を思い出して笑いが止まらない。

「もう一度、ここで『嘘はつかないで』を歌ってみるかい?俺。」

「いいわよ。遠慮しておくわ。」

一方、理沙は広いスタジオを見回し、こう言った。

「ここで、愛和音の初期の歌は生まれてたんですね?」

「ああ、そうか。野崎さんはここ、知らないで愛和音入ったんだよね。」

そんな会話をした後、寿人は治行と要に録音機器の使い方を説明する。

「じゃあ、頼んだよ。」

2本のマイクをスタジオの真ん中に設置し、26人の歌手がそのマイクに向かって円を描くように立つ。

音彦、詩音、陽太、京子、将、隼人、寿人、理沙、他の歌手の順で並んだ円は豪華な花のようだった。

きちんと並んだ事を確認すると、将が一言。

「1人でも多くの人の心を動かせる歌をここで歌うように。準備はいいか?」

一同「はい!」と答えた。寿人がそれを受け、こう言った。

「じゃあ、始めるよ。」

寿人は右手を挙げた。治行と要が録音を開始する。完成形の伴奏がスタジオ内に流れる中、26人が一斉に歌い出す。治行と要は、生まれる音楽を無言の中、受け止める。

約5分間の「演奏」が終了。歌手の中には感極まる者もいた。寿人は、手慣れた様子で音声チェックを行う。先ほどの「演奏」が流された。

「よし、一発オーケーだ。」

寿人は言った。治行は安心したようにこう言った。

「失敗していたら、どうしようかと思いました。」

「お疲れ様。林さん、今井さん。」

要はそれに返した。

「歌手の皆さんこそ。こんな豪華な場面に、立ち会えてよかったです。」

寿人は微笑んだ。そんな寿人の元に隼人が。

「なんとなくあの場所で歌ったけど、社長と小橋部長に挟まれて歌うの、すげぇ疲れたっす。」

「気を遣ったか?」

「いやー、『響義浩』の歌声は覚悟してたけど、『安野雲』の歌声を隣で聴いたら、すげぇビビったっす。そんな中で、いつもの『早川新』を出すの、至難の技だったっすよ。」

「橋野、本気モードだったな。でも、それに負けない中山さんの歌声、俺には届いたよ。」

「ならよかったっすけど。」

そんな会話中、後片付けが終了する。撤退前に陽太が歌唱部部長として話し始めた。

「『愛和音オールスターズ』は、これで終わりじゃない。今度は、アルバムに向けて気を引き締めるように。」


◆遂に

後日、アルバムのレコーディングも行われた。「全員で作る」を目標にしたため、レコーディングには他の歌手全員の立ち会いが求められた。単独での歌も歌手全員が手を抜く事なく歌い上げ、 「愛和音オールスターズ」の活動は終了した。

そして、10月8日に「永遠の家族」のシングルと「愛和音オールスターズ」のアルバムが同時に発売される。

その帯などには、こう書いてあった。

「愛和音は、伝説へ。2035年愛和音解散!感謝の歌!!」

豪華絢爛という言葉しか当てはまらない「永遠の家族」や多種多様の歌が詰まったアルバムは、ジェランでシングル部門とアルバム部門の年間1位を獲得する。

その結果を受けて将は言った。

「レンタルスタジオの利用料金が全く痛くない売上になったな。」

2032年が幕を開けていた。


◆3年の動き

そこから、愛和音は新曲の発売を徐々に制限していく。

そんな中の2033年、寿人は順の七回忌に合わせ、順を偲ぶ曲を自身が歌う曲として作った。ようやく順を追悼出来ると万感の思いでその曲を歌い上げた。7月にそれは市場に送り出され、人々の心を揺さぶる。

一方、社員たちはよき時を見計らい、「移籍」や、「転職」の動きを活発化させていった。特に愛和音は歌手たちに「愛和音での名前」を「持たせて」送り出した。将は送り出す際、決まってこう言った。

「愛和音の精神を、新天地でより良い物に昇華し、その活躍を私に見せてくれ。今までお疲れ様。そして、世話になった。ありがとう。」


◆2035年

遂に、愛和音解散の年が始まった。社屋は既に売却が完了し、次の所有者の物となっていた。契約により5月末の間無償で借り受け、後処理等を有志の者がしていた。

そんな中の出来事。

加藤音彦49歳と石名詩音53歳はアメージングサウンドに仲良く移籍していった。

「よかった。音彦とまた一緒の所で歌えて。」

「詩音、僕も嬉しいよ。」

林治行69歳は、音楽界から身を引く事にした。

「愛和音でアレンジしてきた曲を聴きながら、老後を過ごそうかな、と、思ってます。楽しかったです。皆さんのご活動を祈ります。」

今井要63歳は、ジェントルに移籍していった。

「社長と部長の古巣に行くとは思いませんでした。なんだか、少し、悪いなぁと思ってますが、背中を押してくれたからには、ベストを尽くします。」

神谷陽太67歳は、歌手を引退。歌手養成を目的とした「城野博ミュージックスクール」を自宅にて開設した。

「いやー、娘とスクールを運営していけるとは思いませんでした。これも、皆さんのおかげです。今までお世話になりました。お元気で。」

橋野京子67歳は、中途半端な道を選んだ。

「これからも、私はお兄ちゃんの近くにいるわ。まぁ、誰かが『滝野宮子のライブ、してください!』って頼み込んできた人がいたら、やってやってもいいけどー。」


◆野崎理沙

ある日、62歳の理沙はこう言った。

「何年ぶりになるんでしょうかね?フリーに戻るのは。自分でもわからなくなってしまいました。」

それに寿人は返した。

「えーっと、30年?いや、40年手前かな?俺もわからないなぁ。」

理沙は笑う。

「小橋さん、その長い時間、色々ありましたけど、あなたと音楽を作れて、たくさんの夢を見れてよかったです。」

「俺も、色々迷惑かけたけど、野崎さんがいてくれて、本当に助かったよ。」

「とんでもない。その、小橋さん『新天地』でもお元気で。また、会える時が来たら会いたいですね。」

「それは、絶対に会おう!それまで元気でね。野崎さん。」


◆中山隼人

4月も終わりに差し掛かった頃、41歳の隼人に寿人は言った。

「中山さん、『移籍先の件』、考え直したら?」

「いいじゃないっすか。もう決まった事なんだし。」

「いやいや、やっぱりさ、中山さん程の『音楽人』が『バイト』って、おかしいと思ってさ。」

「俺、一生愛和音の正社員って思ってますから。それに、5社の正社員掛け持ちなんて、そっちの方がおかしいっしょ?バイト掛け持ちの方が俺的にはしっくり来るっす。もー、ここからは俺の人生なんすから文句は受け付けないっすよ!」

「わ、わかったよ。中山さんを欲しいって言ってくれた会社だから大事にしてくれるとは思うけど、無理しないでね。」

「小橋部長こそ、あっち行ったりこっち来たり忙しい道選んで、俺、そっちの方が心配っすけど、俺の方に文句言って欲しくないんで、こっちも文句言わないっす。」

「ありがとう。お互い頑張ろう、中山さん。」


◆橋野将

5月30日、愛和音の廃業まであと1日に迫った。70歳の将は、64歳の寿人に声をかけた。

「明日、退職済みの社員たちも時間が合う者は集まってくれるそうだ。何か挨拶考えておいてくれ。」

「わかった。って、前日に言わないでくれよ。」

「いいだろう?」

「まぁ、お前らしいよ。」


◆最後の日

5月31日、朝早くに愛和音の社員と元社員の有志が集まった。さながら新年の「仕事始めの式」のようだったが、今回は言ってみれば「解散式」である。

将は先に寿人の挨拶を促した。

「思い返してみれば、皆さんに迷惑ばかりかけていた制作部部長兼歌唱部部員だったかもしれません。その節は、すみませんでした。でも、皆さんのおかげで、1,000を超える曲たちを愛和音で世に送り出す事が出来ました。皆さん、お世話になりました。」

拍手が起こる。そして、将の挨拶が始まる。

「こうして1人1人顔を見ると、月並みな言葉ですが、愛和音は、いい方々に支えられていたと実感します。愛和音は、今日をもって解散です。皆さん、最長で38年間、私についてきてくださってありがとうございました。」

将は頭を下げた。再び拍手が起こり、短い「解散式」は終了。社員や、元社員たちは続々と帰宅したり、あるべき所へ戻って行った。

夕方、明日から正式に「愛和音の社屋だった建物」となる社屋に寿人と将2人だけが残った。お互い無言で、しかし、足並みは揃えて社屋の隅々まで見て回った。

少しくすんだ大きめの窓、取りきれなかった小さな汚れや傷、そして、全く物が無くなった空間を寿人と将は目に焼き付けた。

そして、通常の退勤時間を目安に社屋から出た。そして、将は施錠を完了。

「終わったな、橋野。」

「ああ、終わった。小橋。」

寿人と将がしんみりしていると、後ろから元気な声がかかる。

「しょうちゃん、ひーちゃん、お疲れ様ー。」

寿人も将も「道紀さん!」と、声を揃えた。

「やっと、大手を振ってしょうちゃんとひーちゃんと話せるね。2人とも、僕んち来ない?『慰労会』やってやりたいなーって思ってたのよ。」

「ありがとう。行くか?小橋。」

「勿論。道紀さん、ありがとう。」


◆慰労会

道紀78歳の自宅には、多種多様の酒が並んでいた。将はこう言った。

「部屋は明るいが、まるであの時のバーだな。」

「んー、業務用の物は揃えられなかったんだけどね。市販の物をかき集めたよ。」

「懐かしい。橋野とよく行ったなぁ。」

「あ、しょうちゃん、ひーちゃん、酒、ドクターストップとかかけられてない?大丈夫?」

「俺は、大丈夫だ。」

「俺も、大丈夫だよ。」

「健康でいいねぇ。一番若いひーちゃんも今や64だからさー、直前に『あれ?どうしよう。』とか思っちゃったよ。どれにする?それとも、僕に任せてくれる?」

寿人も将も「おまかせ」を選んだ。そして、酒が運ばれてくる。道紀も「形」として自分にも酒を用意した。

「はいはい、しょうちゃん、ひーちゃん、愛和音、お疲れ様。乾杯!」

寿人と将は声を合わせ「乾杯」と言った。

「道紀さん、ありがとう。橋野、お疲れ様。」

「ありがとう、道紀さん。お疲れ様、小橋。」

ここから、これまでの事を振り返り始め、その後、これからの話に移った。

「ねぇ、しょうちゃん、それで、『行き当たりばったりの人生』は出来そうなの?」

「ああ、あえて明日以降の予定は一部を除いて白紙にしている。非常に落ち着かないが。」

道紀は、笑った。

「しょうちゃん、明日から大丈夫?まぁ、どうしても落ち着かなかったら、僕でよければ遊んであげるから、いつでも連絡ちょうだいね。って言うか、ひーちゃんが遊んでやればいいのに。ひーちゃんったらさー、年の半分は日本にいないなんて、僕はさびしいよ。いつ発つの?」

「すぐじゃないよ。8月末。」

「せいぜい、アメリカで失敗してこい。」

「しょうちゃん、素直じゃないねぇ。」

「まぁ、そうするよ、橋野。渡米は、成功が目的じゃない。ただ、前に会った時に片言だった『あの人』が日本語を猛勉強してくれた熱意に応えてやりたいだけだから。」

将は、少し間を空けこう返す。

「だからと言って、アメリカの超ローカルアイドル的な扱いをお前が受けるのは、気に入らない。」

「そういうの、わかってるから。だから、あっちでの名前は、ローマ字でやるんだ。漢字の『響義浩』とか、『室井徹彦』は使わない。名字と名前もひっくり返して使う。」

「わかった。『Yoshihiro Hibiki』や、『Tetsuhiko Muroi』は、絶対に聴かないからな。」

「お、言ったな?わかった。そのつもりでアメリカ行くよ。」

「しょうちゃん、拗ねてるねー。」

道紀は笑った。それにつられて苦笑いする将。

「拗ねてない。」

寿人もひととおり笑った後、こう言った。

「どっちでもいいけれど、約束だからな?『Yoshihiro Hibiki』と『Tetsuhiko Muroi』は、絶対に聴くなよ?でも、今までの『響義浩』と『室井徹彦』は、聴いてくれよな?お前のおかげで活躍出来たんだから。」

「ああ、それは約束する。」

寿人は一旦天井を仰ぎ、将に向き合った。

「今までありがとう、橋野。元気でな。」

「小橋。こちらこそ、ありがとう。」


◆小橋寿人

2037年、橋野将72歳は、日本で「愛あるダメ出し」が売りの「辛口音楽評論家」となっていた。寿人は時々音楽雑誌を購入してはその活躍をチェックしていた。この日、購入した音楽雑誌がアメリカの寿人の元に届き、寿人は早速将の評論を読み始めた。様々な曲への評価が書いてあったが、その中に、こんな評論があった。

「Tetsuhiko Muroi作のYoshihiro Hibikiの歌は、聴くに耐えない。アメリカかぶれの雰囲気が鼻につく。」

と。それに寿人は、苦笑いしながら独り言でそれに返す。

「約束、破ったな?あいつ。それにしても、『アメリカかぶれ』って、アメリカ向けに作ってるんだからいいだろう?まったく、橋野は。よーし、その『アメリカかぶれの雰囲気』とやらの曲で、お前が褒めざるを得ない曲、絶対に作ってやる。覚えてろ?橋野。」

小橋寿人66歳は、今日も音楽と共に元気いっぱいだ。

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