第六楽章:回顧
◆久しぶり
2023年9月15日の夜、寿人と隼人はとあるテレビ局にいた。2人で入った一室の前には、「24様」と書いてあった。隼人がそこで寿人に尋ねた。
「小橋部長がこの番組出るの、何年ぶりなんすかね?」
「何年?えーと。」
「もうろくっすか?」
「違う、違う。あー、34年ぶりだ。最後に出た時は、18だったな。若かったな。」
「18かー、俺の18の頃は、思い出したくねー。」
寿人は苦笑いした。
「そこから、よくここまで来たよ、中山さんは。」
そうしていると、午後7時台も後半に。寿人は時計を見て、こう言った。
「さて、スタジオ入りの時間だ。」
「行きますか。」
52歳と29歳の歌手ユニットが、生放送予定のスタジオに入って行った。
寿人と隼人は、隣同士に座り、更に隼人の隣には、他社の歌手が遅れて座ってきた。その歌手は、先んじて挨拶してくる。
「24さん、よろしくお願いします。」
隼人は軽く会釈する。寿人は言葉を返した。
「久保聖真さん、よろしく。」
すると、司会者たちもスタジオに入って来る。寿人は苦笑いしながら呟く。
「すっかり、司会も変わっちゃって。年下の2人じゃないか。」
8時を迎えた。カメラが出演する歌手たちの前を走るように移動し、最後に司会者の男性1人とアシスタントの女性1人の所で固定される。司会者の男性は、とびっきり元気な声で第一声を上げた。
「皆さん、こんばんは!!今夜も始まりました!『歌の宴』!!今夜は7組の豪華なゲストでお送りします!」
アシスタントの女性はそれに続き、ゲストの名前を順不同で読み上げる。
「今夜のゲストは!久保聖真さん!24さん!」
そして、ゲストの紹介は、こんな言葉で締めくくられる。
「なお、24さんは、それぞれソロで響義浩さん、早川新さんとしても歌ってくれます!!」
そして、2組目が終わった後、アシスタントの女性が次のゲストの名前を紹介する。
「次は!久保聖真さん!!」
女性アシスタントの呼び掛けに司会者の男性が続く。
「王子様の登場ですよ!皆さん、必見!!」
そして、圭が歌い始める。そのステージ袖では寿人と隼人が待機していた。隼人は、こう言う。
「別に、嫌じゃないんすけど、あいつがいると俺、もれなくあの『肩書き』で呼ばれるからなんだか変な気分になるっす。」
「仕方ない、聞かなかった事にしなよ。その煽りを受けたのか、俺まで身に覚えのない『肩書き』で呼ばれるようになっちゃったね。」
「頑張ってください。」
隼人が笑うと、圭の歌が終わる。
「次は!早川新さん!!」
女性アシスタントの呼び掛けに司会者の男性が続く。
「さあ!勇者が来ますよ!皆さん!!」
圭とすれ違った隼人はステージに。そして、隼人は「眠らない希望」を披露。寿人はというと、圭の視線を浴びていた。それに気づいた寿人はこう問う。
「どうしたのかな?」
「いえ。」
圭は、そう言うとそこから立ち去った。寿人は疑問の視線で圭を見送る。やがて、「眠らない希望」が終わる。
「次は!24さん!!」
女性アシスタントの呼び掛けに司会者の男性が続く。
「異色の23歳差強力ユニット!新曲初披露です!!」
その声があるうちにステージに残る隼人の元に寿人は行く。そして、新曲「愛こそ力 / 24」を披露。寿人がメインで隼人がバックアップするその曲は、日だまりを思わせる曲であった。新曲という事で「愛こそ力」は長めの披露となった。
そして、その時間も終わる。
「次は!響義浩さん!!」
女性アシスタントの呼び掛けに司会者の男性が続く。
「34年ぶりの出演!目覚めた王者はステージに残り続けますよ!!」
隼人は、ステージから降り、寿人が1人残る。そして、「もう一度」を寿人は披露していく。先ほどは柔らかかった寿人の歌声は、一転燃えるような物となる。
やがて、披露の時間は終わり、最終出演者の女性歌手とすれ違いながら寿人はステージから降りた。
◆ライバル
午後9時を回る。「歌の宴」の生放送が終わった。寿人と隼人は、楽屋に戻ろうとした。すると、男の声で呼び止められる。
「響義浩、小橋寿人さん。」
「ん?」
呼ばれなかった隼人も立ち止まる。寿人はそれに応対。
「久保聖真?えーと、確か山寺圭さんっていうんだよね?どうしたのかな?」
「そうです。あなたは、ジェントルにいたと聞いてます。」
「そうだね。」
「『響義浩』は、ジェントルの中でも伝説です。」
「多分、悪い意味も含めて、だろうけども。」
「確かに。俺がデビューした頃からあなたの名前は社内で聞かされてきました。古株の社員からは、よく比較されてきたんですよ、俺。」
「なるほど、比較か。ある意味辛いものだね。山寺さんは、山寺さんなのにね。」
「あなたは、俺の事、どう思っていますか?」
「デビューの時は、『裏方』だったから、そのスター性に焦ったよ?」
「今の俺は?」
「いい歌手だなって思ってる。」
「当たり障りのない答えですね。俺は、あなたをライバルと思ってますよ。『そっちの人』とよく『ライバル関係』を煽られてますけど。」
圭は、隼人に一瞬視線を向けながら言った。そして、こう続ける。
「いつか、すべての面であなたを越えます。覚悟してください。」
「『その日』を楽しみにしているよ?山寺さん。」
圭は、それを聞くと立ち去った。隼人がこう言った。
「あいつとは、お互いなんも思ってなかったみたいでなんだかよかったっす。でも、小橋部長は、大変すね。」
「いや、越えてもらっていいんだよ。」
「えー、なんか嫌っすよ。あいつに小橋部長が越えられるの。」
寿人は笑い出した。
「中山さん、一時期俺の事『下手くそ歌手』って言ってたのに、そこまで考え変わっちゃった?」
「あ、あの時は、すんませんでした。でも、今はそんな気持ちっす。」
「ありがとう。でも、簡単に山寺さんに越えてもらうつもりもないから。『目覚めた王者』としてとりあえず君臨してやらないといけない気もするからね。」
◆新たにつなげる
翌週の20日、「愛こそ力 / 24」は発売された。それはジェラン週間初登場1位を獲得。その結果の一覧を寿人と将は隼人と共に見ていた。
「『24』は、安定しているな。」
将はそう言った。すると、将の携帯が鳴る。
「マスター、いや、道紀さんか。」
素早く電話に将は出た。
「はい、橋野。」
「しょうちゃん、ひとつ相談があるんだけど、いい?」
「なんだ?道紀さん。」
「いやね?僕さ、音楽を『聴く側の感覚』はあるんだけどさ、『専門的な感覚』ってないのよ。それで、いいのかなー?って最近思い始めてさー。」
「俺も、道紀さんと同じだ。それで俺はここまで来た。心配しなくていい。むしろ、『専門的な感覚』を手に入れたら、制作側の事情やらなにやらに頭がとられて道を見失うと思ってる。」
寿人は少し笑う。そして、小声で言った。
「橋野、何偉そうに?」
将は、更に続けた。
「それでも、ジェントルに『その感覚』が必要なら、それ専門の人材を雇えばいい。何も、道紀さん自身が会得する必要はない。」
「そうかー、ありがとね。そうすればいいんだ。で、心当たり、いる?」
「そこまで、俺はジェントルに介入出来ない。」
「えー、ジェントルの元社員だよねー?しょうちゃん。」
「確かにそうだったが、道紀さんも今の俺の立場、わかってるだろう?まあ、『良質な音楽』の為に、少し考えてみる。」
「ありがと。しょうちゃん。」
電話は切れた。
「愛和音は、一応ジェントルのライバル会社なんだから、道紀さん。」
「道紀さん、どんな?」
寿人は、尋ねた。将は、内容を説明した。すると、寿人はこう返した。
「道紀さん、多分、前はマスターだったから、『酒』の知識のように、『歌』の知識も頭に入れたいんじゃないかな?」
「ああ、そうかもな。」
将は、無言で考えを巡らせた。そして、呟く。
「いや、駄目かな?」
「何か思いついたのか?橋野。」
「ああ、だが、多分80を超えているよな。矢吹さん。頭をよぎったのは、矢吹さんなんだが。」
「先生か。やって欲しいけど、前、電話した時、『体にガタが来てる』って言ってたよ。ジェントルにまた通うとか無理だな。」
「じゃあ、0回答で。」
その話に隼人が加わってきた。
「よくわかんないし、他の会社の事っすからどうでもいいすけど、何で『出勤する』のが前提なんすか?今だったら、オンラインとか、色々あるのに。」
「中山さん、それいい意見だ。先生がそういうの出来れば可能かも。俺、電話してみる。」
将は頷いた。そして、寿人は順に電話をし、説明する。
「また、ジェントルの為にねー。」
順は、少し考えた。そして、こう返答した。
「わかった。『二代目』にも、少し力を貸すことにするよ。」
「ありがとうございます、先生。」
電話を切ると、寿人は順から了承を得た事を知らせる。それを受け、将は道紀に電話し、順を紹介した。
「さすが、しょうちゃんとひーちゃん。ありがとね。」
「ただ、相当のご老体だ。労ってやってくれ。」
「わかったよ。」
「これっきりだからな、ジェントルの根幹まで介入するのは。ところで、ジェントルは色々な物のスポンサーをやるようになったんだな。」
「そ、勿論、『一覧』も僕が廃止したよ。親父とはものすごい喧嘩になったけどね。」
「やっぱりな。いつか訊こうと思ってたんだ。」
「そうなの、しょうちゃん。あ、しょうちゃんさ、1個だけいい?」
「なんだ?」
「しょうちゃんが、ジェントルの二代目社長になる手もあったんじゃない?って事いつか言いたかったんだ。」
「いや、その手は当時も今もない。」
「そっか。じゃあ、矢吹さんに連絡取ってみるよ。」
その後、順はジェントルの「技術顧問」になった。
◆復調
12月、理沙は歌唱部の部屋に曲のアイディアを探しに来ていた。
すると、相も変わらず歌唱部公認の歌手カップルが甘い雰囲気を醸し出していた。
音彦と詩音がお互いの新曲の練習に付き合っていたのだ。その新曲とは、寿人が『盗まれる』前提で理沙に提示した曲に理沙が歌詞を付けた曲だった。
「音彦、もうちょっとここ、甘く歌えないかしら?」
「やってみるよ、詩音。」
音彦が再び歌い出す。
「そう!ときめいたわ。」
「ありがとう。今度は、詩音の番。」
詩音の歌が今度は響く。
「惜しいよ、詩音。ここは確実に行こう?」
「慌てちゃ駄目ね。もう一度やるわ。音彦。」
もらったばかりの曲に少し苦戦し、お互いに指摘ばかりしていたが、その目は愛おしさで溢れていた。
理沙はその光景を見ていて16年前の「涙はいらない / 西森音彦 & 泉詩音」を世に出した頃を思い出す。そして、あの時の「気持ちよさ」をまた寿人と感じたいと思うようになった。そして、今回は「響義浩 & 佐崎佑里」で歌えないかと、その制作過程を思い描いた。
「小橋さん、受けてくれるかしら。」
更に、理沙の思いは走り「たくさんの愛に包まれて」の時の逆の曲も出したいという欲求が生まれる。あの時は、寿人が作った曲を自らが歌ったが、今回は、自らが作った曲を寿人に歌ってもらいたいと。
「私ったら、わがまま。」
すると、久しい感覚が理沙に訪れた。理沙は、制作部の部屋へと走った。制作部の部屋には治行。
「どうしたんですか?息切らして。」
「曲が、いい曲が。」
理沙は、夢中でスコアを書く。男性歌唱の曲をひたすら書く。それが終わると、今度はベースのみの曲を書く。
そんな中、寿人と要が制作部の部屋へと戻って来る。2人は、理沙の雰囲気が違う事に気づく。寿人は静かに自らの席に座った。要は小声で治行に尋ねた。
「どうしたんですか?」
「僕と同じ事を。いや、野崎さん『いい曲』が浮かんでるみたいです。」
治行も小声で返した。しばらくすると、理沙の手が止まる。そして、顔を上げた。
「今井さん、小橋さん、戻ってたんですね?」
要は頷いた。寿人は尋ね返す。
「そうだね。もしかして、書けたの?曲。」
「はい。」
そう言うと、理沙はそのスコアを寿人に見せる。
「こちらは、小橋さんに、『響義浩』に歌って欲しい曲です。そして、『涙はいらない』を覚えてますか?あの時の合作の仕方を。」
「それは、もう、覚えてるよ。」
「もう一度、やりたいんです。だから、ベースを書きました。そして、『響義浩 & 佐崎佑里』で歌いませんか?一緒に。」
「お、2曲俺は歌えるってことだね?いいよ?やる。」
そう言いながら、寿人はギターを取り、理沙のスコア通りに演奏する。
「こっちの俺のソロ曲は、すぐに決裁に出す。」
「ありがとうございます。」
「デュエット曲は、野崎さん、どの部分担当する?」
理沙は、もう既に旋律が浮かんでいる部分を指定。
「じゃ、残りを俺が考えるってことだね。そして、野崎さんに負担かけたくないから曲を繋げた後で俺が歌詞を考える。」
寿人は、書き終えてあるベースを今度はピアノで演奏しながら担当する部分の旋律がどういうのがいいのか思いを巡らせ、スコアに書き加えた。
「終わった。野崎さんが浮かんでるの、書いて。」
「はい。」
それを書いている間、要は治行に言った。
「今日中に2曲できますね。」
「間違いないですね。」
やがて、スコアは「歌詞待ち」の状態になる。寿人は、それを何度も見返し、適切な歌詞を書き加えていく。
「ふう、出来た。」
端から見れば突貫工事のような作詞作曲だったが、愛和音の目指す『良質な音楽』が新たに誕生した。
「あ、2曲一緒に決裁回す事になっちゃったな。まあ、いいか。今回、アレンジは、林さんにお願いしようかな?」
「はい、わかりました。」
寿人は録音機械を取り出し、こう言った。
「さあ、野崎さん、決裁用のデモ作るよ。」
そして、2曲分のデモが出来上がった。勿論、そこには寿人の「棒読みの歌」はなかった。
◆見えない圧力
寿人は、2曲の資料を将に夕方提出した。
「出来たてほやほやの曲たちだ。よろしくな。」
「急だな。」
「急だよ?野崎さんの『曲』、戻ってきたよ。何卒、検討を。」
寿人は、将にとびっきりの笑顔を向ける。
「わかった。発売時期はこちらでコントロールするが、『廃案』にはしない。」
「よろしく。」
その寿人は、そう言うと、社長室から退出していった。
「小橋、俺が拒否出来ないってわかって圧力かけに来たな。」
◆検討の結果と
2曲が決裁になったのは、翌年1月の事だった。寿人は、制作部部長として社長室に呼ばれていた。
「2曲、これで行け。想定より『上』の曲だった。」
「ありがとう。これでお前を『許す時』が来たな。」
「晴れて無罪放免か。」
「早速、レコーディングの準備にかからないとな。」
「ああ、その前にな。」
将は、全く別の資料を寿人に渡した。
「タイアップの話が来た。今回は、なぜか指定がある物でな、お前作、中山君が歌唱の曲を提供して欲しいとの事だ。しかも、『全体会議』なるものにお前と中山君の出席を求めている。」
寿人は困惑した。
「『全体会議』か。そんなの、はじめてだな。資料だけでいいのに。何?ドラマ?」
そして、寿人は資料に目を落とすと、動きを止めた。その様子を見て将も困った顔をし、こう言った。
「困るだろう?こんなタイアップ。」
「なん、なん、だ。これ、は。」
「断りたかったら言ってくれ。」
寿人は、少し気持ちを整理した。そして、将にこう言った。
「『良質な音楽』の提供機会を逃すわけにはいかないし、『室井徹彦』が俺個人の感情で逃げるわけにはいかない。受ける。気まずいのは、『全体会議』の時だけだろうしさ。後はベストを尽くすよ。」
◆まずは目先の事
とりあえず、「タイアップの全体会議」は2月に行われる事から理沙関連の曲のレコーディングをすることに。
寿人は、気を取り直し理沙の元へと行った。
「これ、決裁になった。あさってレコーディングしよう。」
「はい。」
理沙は、寿人が上の空のような雰囲気を感じた。
「社長に、私の事とかで何か言われましたか?」
「え?」
「なんだか、心ここにあらずって感じを受けます。」
「ああ、ごめん。『これ』のせいかもな。」
寿人はそう言うと「タイアップの資料」を理沙に見せた。
「こんな事ってあるんですね。」
理沙は、資料の中の1行を指差してこう続ける。
「この方、確か。」
「野崎さんも、知ってるよね?」
「ええ、あなたとの関係も。」
「来月、会いに行ってくる。その前に、野崎さんとのレコーディングで気分転換したい。」
「じゃあ、あさってそう言う意味でも頑張ります。」
「ありがたいよ、よろしくね。」
その「あさって」になり、寿人は2曲、理沙は1曲歌い、アレンジの方に曲は回された。
「小橋さん、やっぱりこういうのとっても気持ちいいです。ありがとうございました。」
「本当の『佐崎佑里』が戻ってきたね。おかえり、野崎さん。」
その言葉で、理沙は涙を流す。寿人はまたいつかのように理沙の両肩を撫でながら慰めた。
「よく、頑張ったよ野崎さん。」
◆再会
2月13日、タイアップの「全体会議」の日が来た。会場に行く途中、寿人は隼人の隣でため息をつく。
「なんすか?やっぱ嫌っすか?」
「ああ、すまない。ため息なんて。大丈夫、気合い入れる。」
そして、会場に着く。100名以上は入れる会場はまだ人はまばらだった。指定された席に寿人は隼人と隣同士で座る。ドラマの演出担当の人物やプロデューサー等が続々と入室する中、主演の女性が会場に入ってきた。その女性を寿人は目で追うのを止められなかった。そして、その女性もその視線に気づき、寿人の元へと近づいて来る。寿人も立ち上がり、その女性の元へと歩を進めた。そして、挨拶を交わす。
「ご無沙汰しています、大川さん。」
「そうですね。お久しぶりです、小橋さん。」
「活躍は、常々。相変わらず、お美しいですね。」
「ありがとうございます。」
「精一杯頑張ります。よろしくお願いします。」
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
寿人が挨拶した相手は、梅村晴香として活動する元妻の和子。和子は、早々に寿人の元から立ち去った。寿人についてきた隼人が横からこう言う。
「実物、綺麗っすね?梅村晴香。」
「だろう?あの『美』は、『プロ意識』の塊なんだ。」
寿人の表情が軽いものになる。そして、こう続けた。
「ああ、この挨拶だけが気が重かったんだよ。どう話していいかわかんなくてさ。」
「なんとなく気持ちわかるっす。けど、元奥さんなんだから話し方わかるっしょ?」
寿人は、笑って誤魔化す。そして、こう言った。
「でも、うまくいってよかった。もう、一生話すことはないだろうから、大川さんとは。」
実に32年ぶりだった和子との会話を寿人は反芻しながら、自らに宛がわれた座席に隼人と共に戻った。
◆しっちゃかめっちゃか
やがて、関係者全員が会場に集まり、会議は始まった。そして、ドラマの男性プロデューサーが話し始めた。
「えー、皆さんお集まりいただき、ありがとうございます。」
一同、軽く会釈をした。
「私自身の話からお話ししますが、このドラマをもってプロデューサーを引退するので、やりたい放題をさせてもらえることになりました。それで、思いついたのが、『訳あり』の皆さんを集め、そしてドラマを作ろうと。本来なら、『全体会議』はないんですが、私が集めた方々が一堂に会した光景を見させていただきたかったので、この会議を『企画』しました。皆さん、よろしくお願いします。」
そして、集まった人々の「訳あり」を一言ずつ紹介していく。
「主演の梅村さんは、復帰してから目覚ましい活躍をしてますが、活動休止されてた方なのでね。俳優にも挑戦する姿勢を応援したいですね。そして、主題歌を担当する室井さんと早川さんは過去、引退をかけた歌合戦をした2人ですから。しかも、室井さんは、梅村さんの元旦那さん。いい味出してくれそうで楽しみにしてます。」
寿人の顔に困惑の色が浮かぶ。それを意に介せず、プロデューサーの「訳あり」紹介は続く。
「脚本の塚本さんは、『投げ出し脚本家』として有名になった方ですよね。」
更に続いた「訳あり」紹介は、こんな言葉で締めくくられた。
「そんな皆さんが、どんな化学反応を魅せるのか、楽しみです。」
そして、ドラマの内容が紹介される。表向き冷静沈着で内心は弱気な外科医の女性が、20歳年下の彼氏の存在を糧に難しい手術を乗り越えていくと言うものだった。それを説明した後、プロデューサーは、こう付け加えた。
「当初の話をさせていただくと、主題歌は響義浩さんにお願いしたかったんですが、劇中の『彼氏』の存在が若い男ですから、若い早川新さんにお願いすることになりました。という事で、響義浩さんでもある室井徹彦さんに曲作りをお願いした経緯があります。愛和音のお二人に引き受けていただいて本当に感謝してます。」
寿人と隼人は軽く頭を下げた。
◆帰社
寿人は色々な話を聞きながら曲の構想を練っていく。折角関係者が揃っているのだから、この場で出来る事はしておこうと思ったからだ。
そうしていると、会議は終了した。以前寿人が話したいと思っていた脚本家の塚本海は、早々にいなくなってしまい、話が出来なかった。少し悔しい思いをしつつ、自らも隼人と共に愛和音に帰ろうとしたその瞬間、寿人は動きを止めた。
「え、原、さん。」
和子の元に原康太が来て、全体会議の会場から立ち去る光景が寿人の目に飛び込んでくる。その原は、寿人の方を一切見ずに和子と共に姿を消した。
「どうしたんすか?」
隼人に声をかけられ、我に返る寿人。
「あ、ああ、何でもない。帰るか。」
頷いた隼人と共に会場を後にした。そして、帰社した事を寿人と隼人は将に報告。
「お疲れ様。ところで、嫌な顔を見なかったか?小橋。」
将はそう尋ねた。寿人は、頷きながら返す。
「原さん、あれは間違いなく原さんだった。」
「原康太は、今、梅村晴香が所属している目白芸能のチーフマネージャーを務めているらしい。会議中に少し梅村晴香のその後を調べたら、原の名前を見て『もしや?』と思ったが、やはりいたか。大丈夫か?」
「あ、いや、大丈夫だ。」
「少し、どこかで気分転換してこい。」
「いや、その、いや、ありがとう。少し外出する。」
将は、そんな寿人を隼人と共に見送った。隼人は首を傾げながら将に尋ねた。
「原って?」
「昔、小橋が曲作りの修行中に小橋の作った曲を盗んだ男だ。」
「ああ!小橋部長、前そんなこと言ってた!それで2つの曲聴いてみたんすけど、あれ、エグかったっすね。」
「最初に調べておくべきだったな。小橋にとってあれは悪い思い出だろう。しかし、この状況で、小橋がどんな曲を生み出すのか、逆に興味が出てきたな。」
「あんまいい曲作らなくてもいいと思いますよ。なんだか変なプロデューサーだったっす。」
「どんな?」
隼人は、将に「全体会議」で聞かされたことを説明した。
「そんな『世直し』みたいな企画だったのか。そんな事に小橋と中山君が使われるのか?俺の段階でつっぱねておけばよかったな。」
「でも、ここまできたんすから、俺は頑張るっす。」
「そうか、すまないな。だが、小橋は、どうだろうな。」
◆決意
一方、寿人は気が変わり「外出」はしなかった。寒空の下ではあったが、社屋の屋上で何度も何度も深呼吸をしていた。
思い出すあの瞬間。「闇夜の影 / 水島良典」がラジオから流れた瞬間。寿人の心を苦しみで支配しそうになる。
「あああ。」
声を上げる寿人。しかし、「未だ見ぬ道 / 響義浩」の存在も思い出す。それで過去を乗り越えられないか自問自答した。
そして、寿人は歌い出す。「闇夜の影」を。その歌声は、水島良典を越える物であった。その歌声に屋上に来ていた他の部署の社員は驚き集まってくる。そんな社員を前にフルコーラスを歌い上げた後、間髪入れずに「未だ見ぬ道」を歌い出す。そして、それもフルコーラスを歌いきった。
「驚かせちゃったね。すまない。」
そう言った寿人は、社員の拍手を受けた。それと同時に、「原康太」との苦しい思い出を乗り越えられたような気がした。
寿人は、屋上を後にし、制作部の部屋へと戻ることにした。その途中、呟く。
「『大川さん』は、間違いだったかもしれないな。」
そして、制作部の部屋に入るなり、要に話しかけた。
「今回のタイアップ曲、俺のアレンジにするんだけど、少し、助言が欲しい。」
「何ですか?」
「冷たいイメージの音色を提案してくれ。今じゃなくていい。」
「わかりました。『冷たいイメージ』ですね?」
要は、珍しい部長からの言葉に少し驚きながらもどの音色が適当か考えを巡らせ始めた。
寿人は、自らの席につくと、スコアを書き始める。しかし、途中で何かを思いついたようで、手を止めた。
「中山さんに、話してこよう。」
歌唱部の部屋へと行き、隼人に声をかける。
「ちょっと、話、いい?」
「いいっすけど、小橋部長、大丈夫すか?」
「大丈夫。」
寿人はそのまま歌唱部の部屋にて隼人と話しをし始める。
「今度のタイアップ曲は、中山さんに難しい事を要求するつもりだ。」
「ええ?小橋部長、『本気の曲作り』するんすか?俺は、全力で歌うつもりだったっすから、いいんすけど、部長は無理しなくていいんじゃ?」
「俺が、いつ手抜きするって言った?」
「言ってないっすけど、なんかあのプロデューサー、変だったし、ヤな人に会ったんでしょ?今回の小橋部長は、手抜きしても俺、いいと思ってるっすよ。」
「そうか、俺の事心配してくれたのか。ありがとう。でも、手抜きはしない。『良質な音楽』の提供機会だって言うことで引き受けた仕事だしね。それに、この件で『やるべき事』が出来た。」
「そうなんすか。」
◆支え
隼人は、寿人への心配を振り切り、話の続きを聞くことにした。
「で、俺はどんな『難しい事』することになるんすか?」
「伴奏と歌の雰囲気を相反する物にする。それでも、調和を図って欲しい。」
「うわー、なんすか?それ。」
「伴奏は、主役の『冷静沈着』に合わせて、ひたすら『冷たい』物にするつもりだ。けれど、中山さんの歌は、『熱い』物にする予定なんだ。支える彼氏の『励まし』をイメージしてね。」
「俺、出来るかな?」
「だから、中山さんが、どうしても無理だったら、前は駄目って言った『響義浩を真似した早川新』をやってもらおうと思ってる。出来れば中山さんのオリジナルで行ってもらいたいけどね。」
「助かります。けど、なるべく俺がやれるようにするっす。『全力宣言』したし。」
「ありがとう。じゃ、曲作りに戻る。」
「なんだか、今回の小橋部長、気合い入ってますね。」
◆女
そんな隼人の声に引き止められる寿人。
「『気合い』か。そうだね、気合いがないと『これ』は出来ないからね。」
「やっぱ、元奥さんに未練でもあるんすか?」
「ないよ、全く。でも、夫婦だった頃にやってやれなかった事を今やってやれそうな気がしてね。」
隼人は首を傾げる。
「梅村晴香、本名は和子って言うんだけど、和子、俺を『梅村晴香の支え』として『夫』に選んだんだ。けど、俺はそんな事知らなくてさ、出来ないって思って、それで別れたんだ。」
「えー、そんな事が。俺も似たような事あったなぁ。」
「どんな?」
「あ、いや、俺の元カノ、『人気歌手の早川新の彼女』を目指してたらしくって、売れない時にフラレたんす。そんで、それがきっかけだったのか歌えるようになって、今に至るんすよ。」
「ああ、何とも言えない話だね。なるほど、俺は中山さんの元カノさんに助けられたのかもね。中山さんにとっては変な話だと思うけど。」
「でも、俺は元カノ、英梨っていうんすけど、英梨に今『何かやってやりたい』なんて思わないっす。石名先輩が言ってたんすけど、俺は、英梨にとって『アクセサリー』だったから。いや、小橋部長、大人っすね?」
「そうか?」
「ああ、話反らしてすんません。」
「いや、いいんだ。中山さんの話も聞けてよかったよ。それでな、中山さんが言うとおりに、変なプロデューサーだったから、成功は二の次って思ってるんだろうけど、俺は、今度の和子主演のドラマは、成功して欲しい。それを俺が作ってアレンジした曲で全力で、いや、強力に支えてやりたい。それで、若い頃に出来なかった『梅村晴香の支え』の役目を果たしたって事にしたいんだ。あくまで俺の中でっていう範囲を越えない話だけど。」
「いやー、熱いっすね。俺、頑張るっす。」
「中山さんには、負担かけるけどよろしくね。」
◆具現化する支え
それから、半月後。タイアップ曲の決裁が出され、即日下りた。将は、独り言を呟く。
「こうきたのか、小橋。中山君の力に左右されるが、これは売上的にも期待できる曲だぞ?それにしても、勿体ない。こんないい曲を『世直しプロデューサー』のドラマに使うなんて。タイアップなしで売りたいところだ。」
そして、隼人はレコーディングに向け、練習をし始める。そこで呟く。
「マジで、ムズい。けど、やる。」
更に半月が過ぎた頃、隼人はレコーディングに臨んだ。隼人は、寿人にこう言った。
「俺の今の『全力』は、これっす。気に入らなかったら、『お手本』お願いしますよ。」
「わかった、よろしく。」
そして、レコーディングが始まる。隼人の持ち味である「精悍さ」を駆使し優しく守るような歌声が紡がれた。寿人は呟く。
「ありがとう、中山さん。そういうのを求めてたんだ。」
やがて隼人は歌い終わる。
「思った通りの歌声をありがとう。中山さん。」
「あれでよかったっすか?はー、ここ半月の努力が報われた気がするっす。」
「お疲れ様。」
「でも、小橋部長がこれ、どう歌うか気になるっすね。『炎の想い』の時のように俺より上手いんだろうけど。」
「いや、どうだろうな?」
「小橋部長のも、レコーディングしてみないっすか?ついでに、レコーディング機器の操作とか『研修』してくださいよ。一応、制作部の端くれっすから、俺。」
「そうだね。そう言えば、曲作りの『研修』、おろそかになってたな。すまない。」
「いやー、お互い忙しいっすから、いつでもいいっす。」
そして、寿人は隼人に機器の使い方の「研修」をし始める。
寿人は、その流れでレコーディングブースへと入って行った。そして、タイアップ曲をレコーディングしていく。隼人は呟く。
「やっぱ、俺より上じゃん。」
寿人は、熱い旋律を柔らかく包み込むように歌い上げた。
レコーディングが終わった寿人は、隼人と再び言葉を交わす。
「さすがっすね!小橋部長!」
「ありがとう。」
「この音源は、制作部だけの秘密の音源っつーことで。」
「ああ、そうだな。」
◆タイアップ
寿人は早速制作部の部屋へと戻り、アレンジ作業に移る。
「今井さん、『冷たい音色』、ピックアップは終わってる?」
「はい。えーと何種類かありまして、まずは、これですかね。」
要は、数多くの音色を寿人に紹介した。寿人はそれを受け、アレンジ作業をした。
そうして、「生まれた訳 / 早川新」は、「納品」された。隼人の努力が実った調和の取れたその曲は、ドラマの番組宣伝で繰り返し流され、CD等の発売前だったが話題を呼んだ。
その「生まれた訳」は、和子らの元へも届く。和子は、自宅のテレビでその曲を耳にした。
「泣いているのか?和子。」
「なんでもないわ、康太。」
和子は、涙を自らで拭った。
「ドラマの残りの撮影、頑張らなきゃね。」
原は、頷いた。
ドラマはと言うと、突飛なストーリーではあったが、「生まれた訳」を聴きたい視聴者がそれを毎週のように視聴したため、徐々に評価を得た。視聴率も良好で、続編が決まる。
一方、「生まれた訳 / 早川新」は、ドラマ放映中の2024年終盤に満を持して発売。ジェランでは、月間1位を獲得した。
◆越えられない壁として
愛和音に注目が集まっている最中、続々と新曲を市場に出していく将。そんな中、ゆらぎのある曲の「渡したいこの気持ち / 響義浩 & 佐崎佑里」やスカッとする曲の「空の向こう側 / 響義浩」もようやく発売。ジェランの順位は、3位以内をしばらく行ったり来たりする。寿人と復活を遂げた理沙の力の合わさった曲は確実に聴衆の心を掴んでいった。
そんな2024年の大晦日、毎年恒例の「年末歌の総選挙」が放送されていた。
この年の寿人は、「響義浩」として、「24」として、そして、「室井徹彦」としても出演する多忙な時間を過ごしていた。
会場の客や視聴者が一番印象に残った歌手を生放送の中で投票するこの番組中、寿人はステージ袖で次の出番を待ちながら隣の理沙に言った。
「いやー、出番多いなぁ。」
理沙は微笑みながらこう返した。
「出てる歌唱部の歌手、多いですからね。私のバックでのギターもよろしくお願いします。『室井』さん。」
「勿論、任せて。」
その後ろには、圭の姿もあった。圭は、寿人を凝視する。寿人はそれに気づかずに理沙と共にステージに上がって行った。そして、理沙は51歳になってもなお衰え知らずの透き通る歌声を会場やテレビ等を視聴している人々に届けた。
「ふぅ、お疲れ様、野崎さん。」
「お疲れ様です。小橋さんは大トリまで気が抜けませんね。」
「そうだねー、今年はなんでまた俺が大トリなんだか。」
「『響』さんの実力ですよ。今年の優勝、狙えるんじゃないですか?」
「優勝ねー。一応、狙った歌声、やってみようかな?なんて、野崎さんが優勝して欲しいよ。」
理沙は笑った。
「無理ですよ。」
すると、陽太のバックで寿人がピアノを演奏する時間が迫ってくる。
「ああ、神谷さんとこに行かないと。ごめん、本当にお疲れ様!」
寿人は陽太の元へと駆け寄る。
「少し遅れた。ごめん。」
「いいえ、ギリギリセーフって感じですから。よろしくお願いします、ピアノ。」
「お互い、頑張ろう!」
陽太の力強い頷きを寿人は見つつ、ピアノの前に歩を進める。そして、寿人はピアノを演奏しつつ陽太の56歳ならではのぬくもり溢れる歌声に聴き惚れた。
「いやー、神谷さん、お疲れ様。」
「お疲れ様です。次の次、大トリですね。頑張ってください。」
「ありがとう。」
そして、「響義浩」の出番が来た。寿人は、「優勝」を狙った歌声を披露した。寿人ののどから生まれ出る歌声の色の数、無限大。といった具合のパフォーマンスだった。
そして、番組の最後に、投票結果が発表された。4人の司会者陣が交代交代で結果をカウントダウン方式で発表していく。
「第3位!久保聖真さん!!」
「準優勝!早川新さん!!」
「そして、第70回年末歌の総選挙、栄えある優勝者は!響義浩さんでした!!おめでとうございます!!」
寿人は、ステージの真ん中へ歩みを進めて行く。
「総勢53組の歌手の皆さんの頂点に立たれました響義浩さんには、トロフィーが授与されます。」
そんな説明が流れる中、寿人はトロフィーを受け取った。ふっと見ると、圭が寿人を悔しそうな目で見ていた。寿人が微笑みを返すと、圭は目を背けた。
そうやって、2024年は終わりを告げた。