8.あっても鬱陶しい繋がりだからいらない
だって、わたしの家には今もよく義姉(兄の愛妻)が訪ねてくる。火の魔石とか水の魔石とか氷の魔石を差し入れに。
それらを使わないと、最新式の家庭用魔導具は動かない。特に高価な氷の魔石なんて、今の夫のお給料では常備させるのは至難のわざ。
そんな高価な魔石をいつもほいほいと気軽に差し入れしてくれる義姉には、感謝してもし足りない。
その感謝を、わたしは手紙にしたためて兄へも送る。
そうすると、妹大好きな兄は感激するのだ。
「あぁ僕の奥さんは僕の妹にまでやさしいなんて! なんてできた女性なんだ!」と。
義姉は義姉で「愛するあなたの妹はわたしの妹と同じ。大切にするのは当然のことでしょう?」とかなんとかやりとりをしてラブラブがさらにラブラブに。
みんなが幸せ、みんなが助かる。互助の精神よ。
こういう図式にキャンベル男爵家もなればいいのに……と思ったのだけれど。
どうやら男爵さまご本人は、そういう事実を実弟には話していないみたい。
あれから四年は経っているのに、仕方のない人たちだとため息をつく。
夫自身は、成人した直後(十六歳)に家を出て自立の道を選んだ。
実家に頼るような情けないことはしたくないと以前言っていたこともあるから、没交渉なのだろうなと察していた。結婚したときも挨拶をしただけだったし。
そんな男爵家にわたしという新しい要素が加わったのだから……と思ったけど彼らは変わらなかった、ということ。
貴族は身内でも足の引っ張り合いをするものだって聞いていたし、独立した三男坊の嫁なんて家族だと認定していなかったのかもしれない。
そんな人にお金の無心だけはしたのだから、男爵さまもなかなか面の皮がお厚いようで。
とはいえ、わたしも商人の娘なのでね。
そのままお金を渡したりしませんよ?
あとになって『そんな事実はない』なんて言われたくないから、キャンベル男爵と金銭貸借の契約書をちゃんと作成しましたとも。毎月、微々たる額ですが返済してくださってます。本当に、微々たる額なのですがね!
その契約書は実家の兄にいずれ買い取って貰おうと思っていたけど、もういらない。
そんな繋がり、あっても鬱陶しいだけだもの。
「ジュディさんが……自分の妻が、自分の実家に金銭援助をしていたなんて重要なことを……デリック・キャンベル。おまえは知らなかったのか」
団長閣下がギロリとした目で彼を睨んだ。
「ぼ、ぼくは……いえ、自分は家の事情など、まったくかかわっておりませんでしたので……」
いやいや。
知っているのかどうか聞かれているのだから、はいかいいえか簡潔に答えなさいよ。
とは思うけれど、わたしは口を挟まず静観。
「ジュディ、本当のことなのか?」
顔色を失くして問いかける夫に、わたしは手元にある書類ケースから契約書を取り出し、机の上に提示した。
「こちらに。そのとき交わした契約書がございます。ご確認ください」
すぐさま団長閣下がそれを取り上げ目をとおし――。
すぐにわなわなと震え出した。
「こんな……形式は金銭貸借契約だが、金利も返済期日も決められていないなんて……しかもこの金額……ジュディさん、あなたという人は……」
なんということ。閣下の同情をさらに買い上げてしまったようだわ。らっきー。
とはいえ、表向きは弱々しく笑ってみせた。
「これをきっかけに、夫と男爵家の人たちとが仲良くなればと思ったのですが……。わたしの浅知恵ではどうすることもできませんでした」
清廉と評判の副団長さままで、わたしを気の毒そうに見ている。
そして夫を忌々しそうに睨む。
ここまでしてくれる嫁に、おまえは感謝ひとつせず労わらず、あげく愛人を囲って妊娠させたのか。
そう思っていそう。
「デリック・キャンベルさま。わたしのことなど、いないほうがようございましょう?
ぜひ、離婚してくださいませ。
わたしとは縁が薄かったのですよ。だから子もできなかった。
今はわたしよりもずっと縁の深いエイダ嬢がいらっしゃるじゃあありませんか!
縁が深いからこそ、彼女はあなたの子を身籠ったのでしょう?
彼女とふたりで新たな家庭を築いてくださいませ。わたしという邪魔者など、いないに越したことはありませんわ」
「ジュディ……、だが僕はきみのことを幸せにすると誓った」
なぁにを寝言をほざいているのかしら。あんたのせいで幸せとは縁遠いところにいますよ!
「なら、なおさら。離婚してください」
「ジュディ……」
どうしてそう泣きそうな顔になるのかしら。
本当に本気で不可解だわ。
「離婚。してください」
わたしは左手を突き出すと、指先を下に向けた。
軽く揺すっただけで結婚指輪が抜け落ちる。ほんと、ここ二年で痩せちゃったのよ。心労ってコワイ。
指輪は乾いた音を立ててテーブルに落ちた。しばらく円を描いて回ったあげく、離婚届の用紙の上で止まった。
これも、もう要らないしね。
「……僕は……」
あれかしら。きみも好きだけどあっちの子も好きってやつ。
寝言は寝てから言ってほしいものだわ。そーゆー価値観が受け入れられないのよわたし。
ため息つきたくなるのを最大限に我慢していたら、わたしよりさきに騎士団長閣下がキレた。
「デリック・キャンベル。いますぐその目の前にある離婚届にサインしろ」
重厚でハリのあるお声が夫へ命じた。
わたしたちが意味のない問答をしているあいだに、机上にあった離婚届の証人の欄には団長と副団長のサインが記名済になっている。
もちろん、妻だった人の欄にわたしの名前も記名済。
あとは夫だった人のサインが必要な状態。




