6.応接室にて
団長閣下との面会場所として、立派な応接室に通された。
待つこと数分。すぐに団長閣下は応接室へ来てくれた。
もしかしたら、出仕後すぐに来てくださったのかと思えば、少しだけ心苦しくなった。
閣下と直接会うのは、二年まえのあの慰労会の日いらいのこと。
お変わりなくご健勝なようすの閣下は、驚いた顔をなさっていた。彼といっしょに副団長閣下まで同席したことには、すこしびっくりしたけれど、わたしの計画としては第三者が増えれば増えるほど嬉しい。
わたしは挨拶もそこそこに、離婚をしたいのでご協力お願いしますと申し上げた。
閣下の目はこぼれ落ちんばかりに見開かれた。
「キャンベル夫人……あなたのような聡明で貞淑な方が、いきなりそんな……突拍子もないことを言うものではない」
言外になにがあったのかと聞かれたので、わたしはあらましをご説明申し上げた。
二年まえの慰労会で夫の浮気発覚事件のとき、閣下と奥さまからの説得によりわたしは夫の浮気を水に流しました。
けれど、それ以来この結婚生活に疑惑と不和が生じました。わたしたちはお互いの信頼と愛情を取り戻すことができませんでした。
昨日の夜遅く、夫は妊娠した愛人連れで帰宅したのでとうとう愛想が尽きました。
あのときは閣下が仲違いの修繕をしてくれました。
今回はわたしの離婚の意思を後押ししてください、と。
わたしとしては、『あなたがあのときにわたしを宥めなかったら、今、こんな目にあっていなかったのに』という気持ちを込めて閣下を睨みつけた。
団長閣下は、さすかに騎士たちをまとめあげるお方だけのことはある。ことばにしないわたしの意思を汲んでくれたようで。
部屋の隅に控えていた部下へ「至急、第三部隊隊長を呼べ」と命じてくださった。
夫も同席させ事情聴取したい……といったところだろうと推測したわたしは、閣下がわたし寄りになってくれるよう事実をもう少し詳しく説明することにした。
勝算はある。
閣下の中の正義感と、愛妻家というお姿。なんせ閣下は五人のお子たちの父親なのだ。
さて、どれだけそれらを刺激することができるかしら。
「閣下は以前、わたしにお願いしましたよね。
“一度の浮気なのだから許してくれないか”と。とても丁寧なおことばで。やさしいお声で。
“あいつが本当に愛しているのは妻であるあなただけなのだ”、とも。
閣下がやさしく諭してくださったからこそ、一度はやり直そうと思ったのですが……。
あの人、閣下と奥さまの前でわたしに土下座までして謝ってましたけど、帰宅してから謝ったことはありません。たぶんですけど、反省なんてしてないのです。
閣下のお見立ては勘違いだったようです。本当に愛しているのなら、妻を悲しませるようなことはしないでしょう、閣下。
デリック・キャンベルは毎月のお給料すら満足に渡してはくれませんでした。一度の浮気だなんて嘘。きっと愛人につぎ込んでいたのでしょう。毎月カツカツの生活で……。はぁ……」
深いため息をついて、伏し目がちに。
わたしの視線は膝の上に置いた自分の指。
指まで痩せてしまった。結婚指輪がくるくると軽く回る。
ローテーブルの前にあるソファに腰を下ろしているわたしの全身は、とうぜん閣下たちの視線に晒される。
団長たちの視線も膝上にあるわたしの指へ向いたようだ。
「じつは昨日は……わたしたちの結婚記念日だったのです。
そのたいせつな記念日に……あの人は妊娠した愛人を連れ帰ったのです。これが愛するものにする仕打ちでしょうか。
閣下なら、同じ仕打ちをご自分の奥さまになさいますか? なさいませんでしょう?」
奥さま一筋で愛妻家だと評判の閣下。
奥さまご自身も旦那さまと相思相愛。とても羨ましい。
「わたし、もう彼に尽くすのが馬鹿らしくなりました。わたしから彼への愛は尽きたのです。どこを探しても出てきません。
もう彼の顔も見たくないのです。あの人との生活は無理です。彼のために苦しむ時間なんて要りません。
閣下。どうか一分でも……いいえ、一秒でも早くあの男と離婚したいというわたしの望み、後押ししてくださいませ。わたしの胃に穴が開くまえに」
そう言って閣下の顔を窺えば、厳めしいお顔がみるみるうちに憤怒の表情になって。
団長が座ったソファの背後に控えていた副団長のお顔も嫌悪全開になってしまって。
「あのバカ野郎が……」
閣下の口から品の無い罵倒がポツリと零れおちたのは、わたしへの同情を買えた証。
当然よね。
二年まえの閣下が、部下のために頭を下げてまで部下夫婦の諍いを仲裁したというのに、肝心の夫はそんな上司の顔をものの見事に潰したのだから。
わたしとしては、閣下の同情を買えたという確信を得たので内心で喜んでいました。表情はあくまでも“苦悩し思い詰め一大決心をした妻”のままね。
筋骨隆々で大柄な騎士のトップふたりが醸し出す険悪な雰囲気が応接室に充満したとき、夫は入室した。
「失礼します」と言いながら部屋に足を踏み入れたとたん、わたしの存在に気がつき「え?」という意外そうな顔をした。
団長に呼ばれたから来てみれば妻がいた。なんで? ってところかしら。
そのまま機嫌の悪そうな団長と副団長の表情を見た彼は、一歩後ずさった。
うん。このおふたり、とってもコワイものね。
ただでさえ厳めしいお顔なのに、それが不機嫌全開で睨まれたら……じつは小心者の夫には負担よね。
「デリック。いつまでそこにいるつもりだ。入れ」
「し、失礼します……」
部屋のドアを閉めた彼は、わたしが座っている方のソファに足を運び、話しかけようと口を開いたとき。
「だれがキサマに着席の許可を出した!」
という閣下の厳しい一喝がビリビリと部屋に響いた。
わたしもそのお声にびっくりしたけど、夫はその場で直立不動となった。




