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5.離婚に向けて

 

「貴族ならね、第二夫人や第三夫人がいても普通かもしれない。詳しくは聞かなかったけど、男爵家で生まれ育った夫は、そんな生活をあたりまえだと思っていたのかもね。

 でももともとは平民で、相思相愛の両親を見て育った、商家の娘にすぎないわたしには、そんな常識は持ち合わせていないの。そんな価値観を押し付けられても大迷惑としか言えない。

 前提条件が違うもの。

 ふたりの間にしっかりとした愛があるとか、よくよく話し合って妥協点を見い出した……とかならいざ知らず、いきなり愛人と同居なんてまっぴらごめんよ」


「それで、離婚を決意したと」


「もう即決。愛が冷めるときって突然訪れるものよ」


「旦那もすぐに応じたの?」


「その場では……わたしもいろいろ思うところがあったから、それについてはなにも言わなかったけど……ちゃんとした場を設けさせてもらったわ。勝手に」


「勝手に?」


「夫には“寝耳に水”状態にしたの。油断させて……奇襲。姑息だったけど、わたしには武力がないのだもの。知力くらいは使わないと」




 ◇




「あなた。お話があります」


 愛人をエスコートして背を向けた夫に、わたしは声をかけた。

 ふたりは足を止めわたしのほうを向く。

 夫は怪訝な、愛人はちょっとわたしを小馬鹿にするような笑顔で。


「エイダ嬢は客室へどうぞ。話があるのはデリック卿だけですので」


「僕に話? 長くかかる?」


「あなた次第で短くもなります」


「……なんだい?」


「あなたは今日がなんの日だったのか、覚えてますか?」


「今日? ……なんの日? 特別な日だったかい?」


 首を捻るデリックに、内心わたしは呆れた。

 あなたはお忘れのようですが、特別だったわ。結婚記念日だもの。

 明日から八年目を迎える、わたしたちの。


「今日を狙って、エイダ嬢を連れ帰った……という意識があなたになかった。そういう認識で構いませんか?」


「なんだ? なぜ今日にこだわる?」


 怪訝そうな表情の夫。

 この人、本当に記憶していないのね。ドン引きだわ。


「覚えがないのなら結構。足止めしてごめんなさい。お部屋にお帰りください」


 わたしが作り笑いでそう言うと、夫は肩をすくめ愛人とともに背を向けた。


 わたしの中でも、彼のすべてに背を向けた……つまり、情と呼ばれるものが全部きれいに無くなった。

 とてもとても愛したことも。

 彼の裏切りを知り苦しんだことも。

 いっしょに暮し、楽しかったことも嬉しかったことも辛かったことも怒ったことも哀しかったことも。


 すぐに記憶は消えないだろうけれど、はやくさっぱりしたいと思った。

 離婚してしまえば赤の他人になる。 







 翌日のわたしは早朝から忙しかった。

 思い立ったら吉日とばかりに、行動開始したからである。

 身の回りの荷造りを簡単に終え、朝から来る通いの家政婦にお手紙を二通託す。一通は騎士団長の奥さま宛て。もう一通は実家の兄へ。


 家政婦が乗ってきた馬車を使い王宮の一角にある一般市民向けの役所で降ろしてもらった。そこで離婚届の用紙をもらう。念のため複数枚。複数枚要求したわたしに、職員が気の毒そうな顔をしたのがやけに記憶に残っている。そしてその足で騎士団詰め所へ出向いた。


 騎士団詰め所の受付で、わたしは面会要請をした。

 朝イチから押しかけた第三部隊隊長の妻の存在に、受け付けの職員は意外そうな顔で対応してくれた。

 いつも差し入れを持って訪れたから顔見知りになっていた彼は、隊長はまだ出仕していませんよ、でもそんなことは奥さま自身がご存じですよね? とでも言いたそうな顔でわたしを見る。


「騎士団長閣下にお会いしたいの。とてもたいせつな用事で」


「え? 面会希望は……団長ですか?」


 わたしが笑顔で頷くと詰め所は騒然となった。でもそんなこと、わたしの与り知らぬこと。

 澄まし顔で待合室に居続けること一時間ほどで、応接室へ通された。予約なしに一時間程度で団長閣下との面会が叶うなんて、わたしは運がいいとひとりごちる。


 なぜ、わたしが朝早くから夫の職場に押しかけたのか。

 会いたい人物は夫ではなく騎士団長閣下なのか。


 それはひとえに、わたしが一刻も早く離婚したいから。

 離婚するにあたり、夫婦両者のサインが必要なのは子どもでも分かる理屈。


 そのサインをもらうための場所に、自宅ではなく夫の職場を選んだ。

 自宅という他者の介在しない場ではなく、第三者がうようよいる場所の方がきっとわたしの希望がとおりやすいだろうと推測したから。

 さらに団長閣下に同席してもらい、なんなら証人としてサインをいただく腹積もりで。


 デリック・キャンベルという男の性格をわたしはよく理解していた。

 万が一、夫にごねられたらメンドクサイことこのうえない。彼に可及的速やかにサインを書いてもらうための場を勝手に設定させてもらったわけだ。



 騎士団長閣下にわたしの後ろ盾になってもらい、最速で離婚届にサインをさせるための作戦である。




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