15.もう僕には行けない(デリック視点②)
結婚してから三年経ってもジュディは妊娠しなかった。彼女はいわゆる【石女】だったのだろう。子どもができないことを悩んでいたようだった。
彼女を慰めたくて、きみがいればそれでいいんだよとあの頃の僕は言ったけど、今、きみがいれば寂しくなかっただろう。家もきれいなままだった。たぶん。
彼女との仲が少しギクシャクしたとき、子どもがいたら良かったのにと思った。【子は鎹】などと言うし。
子どもができないジュディのために、子どもを身篭ったエイダを連れ帰った。エイダは髪の色も瞳の色も、なんとなくジュディに似ていたから大丈夫だと思っていた。
でもそれが裏目に出たらしい。
エイダを連れ帰ったらジュディは離婚を希望した。
まさか僕の子を可愛がれないような狭量な面があるとは思ってもいなかった。
最初の異動をしてしばらく経ったころ、同僚に愚痴ったことがある。一度目の妻は心が狭い、と。
彼の返答は僕の考えと少し違った。
『平民育ちのお嬢さんに複数の妻を持つ貴族の考え方は受け入れられないだろう』と言われたのだ。
そのせいで奥さんに愛想を尽かされたんだよと。価値観の違いはどうしようもないよと。
そんなものなのだろうか。
僕は彼女との価値観の違いなんて感じたことなかったから、まさに寝耳に水。受け入れられないなら、その場で言ってくれれば良かったのに。
エイダを連れ帰った日、ジュディはやけに日付を気にしていたようだったが……。
彼女がなにを気にしていたのか、いまだに理解できない。
ぼくは良かれと思って行動したのに。
彼女に去られ、バトラーたちに先立たれ、娘にも見捨てられた僕の末路は……きっと孤独死。
稼げなくなったらあっけなく餓死するだろう。あのゴミ屋敷で。
「キャンベルさーん、入国申請書とパスポート。ちゃちゃっと審査してくださーい」
現在の門番である若い哨兵ビルが僕に申請書類を持って来た。
どれどれと書類を見れば、ペルマネンテ帝国からのお客さんだった。商人。ここ最近羽振りがよいと我が国でも有名な商会の会長ラウロ・リグット氏だ。訪問目的は商談のため。ん? 相手は王家? 帝国の皇帝陛下からのお墨付き? こりゃあ最重要なVIPだ。今回の訪問は約二十五年ぶり……。どうやら家族連れで来ているらしい。妻子の分も書類がある……。
妻の欄の名前に、少しだけ動揺した。
よくある名前なのに、いまさらこの名に動揺する自分に苦笑いするしかない。
「ジュディ・リグット四十四歳……か。こどもは男女のふたり、十四歳と八歳。書類に不備はなし……って、随行人の数が多いな……。あぁ、護衛の皆さんってわけか」
僕は申請書類にサインをした。
外国人が入国する場合、本来ならパスポートと申請書類は本人が直接持って僕のいる入国管理室へ来るものだ。
だが今回のお客のように帝国からのお墨付き要人は馬車から降りてきたりしない。
門番のほうが御用聞きの小僧のように行ったり来たりする。
世の中、お金がすべてということだ。
「おーいビル。パスポートをお客さんに返却して」
僕の声が聞こえなかったのか、門番が来ない。仕方がないので僕がパスポートを渡すために部屋を出た。相手は帝国からのVIPだ。万が一にも失礼があったらこっちの首が物理的に飛んでしまう。
外に出れば、見慣れない形の馬車が待機していた。
これがリグット氏の馬車だろう。子どもが窓から顔を出している。
「おかあさま。あっちに見えるのが王さまのお城なの?」
あどけない声がかわいらしくて、つい笑顔になってしまった。
が。
その少女の顔が……きらめく碧眼、まるい頬とこぶりの唇……まるでジュディを幼くしたらこうなるのでは、と思うくらい彼女にそっくりで足が止まった。
「あっち……? いいえ。あれは時計塔。王城はもっと中央部にあるからまだ遠いわ。ここは外周壁でもっとも外側だもの」
娘に語り掛けたのだろう声が、馬車の窓から零れおちた。
穏やかでやわらかい女性の声……昔、よく聞いた……懐かしくも恋しい、声……。
「あ! キャンベルさん。わざわざスイマセンっす」
ビルがそう言うと動きを止めた僕の手からパスポートをもぎ取った。
小走りで馬車に近づくと、伸びあがって馬車の窓へ差しだした。
少女は窓際から去り、代わりに中から顔を覗かせたのは俳優みたいに顔も身なりも整った壮年の男だった。髪の色がさきほどの少女と同じだった。
彼がリグット氏か。髪がフサフサで羨ましい。
「ご苦労さま」
彼はそう言うと馬車の中へ戻ってしまった。
「あの馬車ね、最新式の魔導具で中が普通の居室みたいになってるらしいっすよ!! いやぁ、さすが大金持ちだなぁ。羨まし~。あ、王城へのVIP合図も上げておきましたんで!」
僕の隣に戻ってきたビルがどうでもいい情報をくれつつ、仕事はサクサク熟している。最近の若い子は要領がいい。本来は、僕が指示を出さなければいけないところだけど。
僕はVIP馬車の中を覗いてみたくて懸命に伸びあがった。
けれど、VIP馬車の窓ガラスが微妙に光を反射するせいで、中がどうなっているのか見えなかった。
だから僕には分からない。
あの中にいた母親が僕のジュディだったのかどうかなんて。
いや、違う。
あそこにいたのは僕のジュディじゃない。だって僕のジュディは妊娠できない女性だったのだから。馬車の中の夫人には子どもがいるのだから、ジュディではない。
あの少女が彼女に似て見えたのは、僕の未練のせいだ。そうだ。きっと、そう。
懐かしい声だと思ったのも……幻聴だ。気のせい。そうに違いない。
VIP馬車はなにごともなかったように出発した。騎馬で護衛する者たちがその馬車の前後左右を挟んでいる。
おそらく目指すは王城。
もう僕には行けない場所。
◇
(馬車の中では)
外側から馬車内を覗くことは不可能だが、中から外を見ることは可能である。
「あはは。またあーゆー人がいた」
「あーゆー人って、なに? おにいさま」
「この馬車の中を覗きたがる人。背伸びしたりぴょんぴょん跳ねたりするんだ。面白いよね」
「この新式魔導馬車を買ってくれる人なら、見せても構わないんだがなぁ」
「あなたったら。今見てた小太りのおじいさんは……買いたくて見てたわけじゃなさそうだったわ」
「おとうさまは、あのおじいさんみたいにハゲないでね!」
「うん! 愛娘のお願いはなんでも叶えるからね!」
「ふふっ。あなたが禿げても愛してるわよ」
「おぉジュディ! 我が最愛の女神!」
「まーた始まった」
「おとうさまとおかあさまはどこへ行ってもラブラブだもん」
【おしまい】
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