10.ラウロ・リグットの初恋(ラウロ視点)
◇
俺は十七歳のとき、運命の出会いをした。
俺の作ったレースのショールを、汚れないようにとわざわざ白手袋までして大事そうに扱ってくれた商家のお嬢さん。
彼女は大きくて丸い碧色の瞳をキラキラさせて、俺を見上げ俺の作ったものを大絶賛してくれた。
それだけじゃなく、他の色味の商品はないのかとか、貴族令嬢のドレスに応用したら人気がでるはずだとか、さまざまな提案も投げかけてくれた。
俺が目の前でレースのコースターを作ってみせたら大興奮して喜んだ。
見ている俺まで嬉しくなった。
一目惚れだ。
もっといい商品を作って持ってきますねと約束して国に帰り、試行錯誤して新商品を携えてあの国へ着いたのは一年後。
彼女は結婚していた。
無理もない。
女性は十七歳くらいから二十歳までの間に結婚してしまうものだ。
それに彼女は周辺諸国に支店を持つローズロイズ商会のお嬢さまだ。結婚相手の候補など星の数ほどいただろう。
俺は彼女に気持ちを打ち明けたりしなかった。
俺と彼女の関係は、商品を作成する職人と、それを取り扱ってくれる商家のお嬢さんにすぎない。
友だちですらない、赤の他人だったのに、彼女の結婚という事実に地の底までめり込む勢いで気落ちした。なにを夢見ていたのだろう。
せめて。
せめて、自分の気持ちを彼女に打ち明けていれば、違う未来があったのだろうか。
彼女の実家であるローズロイズ商会の次期会長は、彼女を溺愛する兄。彼にそれとなく、彼女の夫となった人物のことを尋ねた。
王都守備隊の新人だけど、信用できる人柄だと都民からの評判がいいのだとか。
騎士団へ入団するため鍛錬を怠らない、まじめな青年なんだとか。
それになにより、彼は妻をとても愛しているのだとか。
騎士の妻だなんて心配だ。妹が泣くような事態にならなければいいのだが。
それでも、遠い外国に嫁がれるよりマシだ……と次期会長は言った。
彼女の夫に関していい評判しか聞かなくて、彼女のためには良かったなと思う反面、畜生と毒づいた。
羨ましかった。
彼女と同じ国に生まれ育った奴が。
物理的な距離のある自分を恨んだ。
しばらくは真っ暗な絶望しか感じなかったが、ふと思い出した。
俺の作ったショールを大事そうに扱いながら、彼女がひっそりと夢を語ってくれたことを。
おとうさまたちは許してくれないでしょうけど、と前置きをしたあとで十六歳の彼女は言ったのだ。
『わたしね、商人として世界中を旅して回りたいの。いろんな国があって、いろんな物があるのでしょう? あなたが作るこのレースのショールみたいな素晴らしいものがまだまだあるはずだわ。それらを見つけていろんな人に紹介したいのよ!』
だってわたし人が喜ぶ顔が好きだから。
そう言って笑った彼女の愛らしい顔が忘れられなかった。
結婚して騎士の妻となった彼女には、その夢はもう叶えられない。
ならば、俺が。
烏滸がましいことだけど、俺が彼女の夢を叶えよう。
そう、思った。
商人ラウロ・リグットの出発点だ。
とある商会に就職し、広い帝国中を駆け回って商売をした。
もしかしたら、俺には職人よりも商人としての才能のほうがあったのかもしれない。もちろん運も味方してくれたけど、メキメキと頭角を現すこととなった。
やがてその商会から独立し自分の商会を持った。さて。今後は支店を作ろうか、それとも違う事業を興そうか。そんなことを思っていた矢先、帝国のローズロイズ商会(大切な取引先だ)にひとりの女性が入社した。
一日たりとも忘れたことのない、初恋の女性。
ジュディ・ガーディナー、その人がいたから驚いた。
彼女は騎士の妻になったはず。
それが、母国を出て、他国で生活をしているなんて!
しかも結婚指輪をしていない。
なにがあったのか探りを入れるのと同時に、興そうと思っていた事業の提携をローズロイズ商会に持ちかけた。
俺の知っているジュディ・ガーディナーがあの日のままならば、この業務に興味を持ってくれるのではないかと考えたからだ。
もちろん、世界的に有名なローズロイズ商会が名を連ねてくれるなら、これほど心強いことはない、という打算もあってのこと。
果たして。
ジュディ・ガーディナーは興味を持ってくれた。
「詳しいお話を伺わせてください」
そう言って俺を見上げた彼女の瞳は、十年前と変わらずキラキラと輝いていた。
◇ ◆ ◇
「あれから一年経って、いまこんな恥ずかしい話をしているわけでね」
ラウロはそう言うと、グラスに残っていた赤ワインをグッと飲み干した。
恥ずかしいのはわたしのほうなんじゃないの?!
さっきからなんだか顔が熱くて、部屋が暑いせい? なんか、へんな汗かいているんだけど?!
「あのとき辛かったのは、会議の場で“はじめまして”って言われちゃったことかなー。ぜんぜん初めてじゃないのにーって言いたかったのに言えなくてさー」




