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双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々  作者: 神田柊子
第一章 ムスカリラ王国を出るまで

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伯母クレアの来訪

 部屋で刺繍をしていたステラは、家の中がなんとなく騒がしいことに気づき顔を上げた。

 弟――名前はキースだそうだ――が生まれたときでさえ、ステラの周囲は静かだったのに。

 様子を見に行こうかしらと思っていると、部屋の扉が叩かれた。ステラの返事を待って入ってきたのはミリーと見知らぬ女性だった。

「私は、ミモザナ王国パターリアス辺境伯夫人クレア様の侍女マーサと申します」

 地味だけれど上品な服装の二十代半ばくらいの女性は、丁寧にステラに挨拶をした。

 ステラは慌てて針や刺繍枠を置いて立ち上がり、「ムスカリラ王国ラージエンド子爵家の長女ステラと申します」と挨拶を返す。

 だが、なぜ隣国の辺境伯夫人の侍女がやってきたのかがわからない。謹慎中のステラに客が来る――しかも応接室ではなく私室に直接来る――のもおかしい。

「ミモザナ王国の方が私にどういう御用でしょうか?」

 使用人の見本のような微笑みを絶やさなかったマーサが、ぴくりと片眉を上げた。

「クレア様はラージエンド子爵の姉君で、ステラ様の伯母君でいらっしゃいます。ご存じありませんか?」

「え、伯母様?! 隣国に嫁いだ方がいらっしゃるのは聞いていましたが、お名前までは……」

「まあ……」

 マーサは「クレア様はお里帰りもされていらっしゃいませんから、仕方ございませんわね」と首を振ると、

「クレア様がステラ様にお会いになりたいそうです。私はお支度の手伝いに参りました」

「私は母から謹慎を言い渡されているのですが……」

「子爵夫人も同意されておりますので、問題ございません」

「そうなのですか。……それなら、わかりました」

 アガサの許可があるのなら、ステラが言うことはない。

 ただ、支度といわれても困る。客の前に出られる服がない。

 ステラが何か言うより先に、ミリーが「お嬢様はそのままお待ちください」とクローゼットを開けた。マーサとふたりで何か話して、ミリーが持ってきたのは慰問に着て行ったセレナのワンピースだ。

 ああ、それがあったわ、と思っているうちに、ふたりがかりでささっと着せ替えられ、軽く髪を整えられる。

「では、参りましょう」

 客のはずのマーサが当たり前のように仕切り、ステラは応接室に向かう。

 応接室や玄関ホールのある側に行くのは久しぶりだ。

 聖女認定会からもうすぐ一年が経とうとしていた。


 応接室には思ったよりたくさんの人がいた。

 右手にある三人掛けソファに座る両親とセレナ。その向かいに聖女庁の職員ソントンとロジャー。

 そして、奥のひとり掛けソファに座る見たことがない女性が伯母クレアだろう。彼女の後ろには侍従が控えていた。

 クレアはステラと目が合うとにっこりと笑った。

 髪と瞳の色が父やステラたち双子と同じで血縁を感じさせる。亡くなった祖父や父には似ていないけれど、肖像画でしか見たことがない祖母に目元が似ている気がした。

「初めまして。ラージエンド子爵家の長女ステラと申します」

 認定会の前まで家庭教師に習っていたことを思い出しながら、礼をした。

「初めまして。ミモザナ王国パターリアス辺境伯の妻クレアよ。あなたの伯母にあたります」

 クレアはステラを向かいのひとり掛けに座らせると、おもむろに切り出した。

「ステラ、あなたを私のところで引き取りたいと思っているの」

「え?」

「うちの子にならない?」

 ステラはばっと両親に顔を向けた。

 母アガサはステラを見ていなかったけれど、父チャーリーとは目が合った。

「悪い話ではない」

「聖女じゃないステラには助成金は出ないものね」

「アガサ、やめなさい」

 ふてくされたように言うアガサをチャーリーはたしなめてから、

「認定会のあとからずっと部屋に閉じこもりきりだそうだな。新しい場所なら気分も良くなるんじゃないか」

 チャーリーはステラが気鬱で自ら引きこもっていたと思っているのだろうか。

 アガサの命令にはチャーリーも賛同しているのだとステラは思っていた。

 それとも、クレアや聖女庁職員の手前、ごまかしているのだろうか。

 戸惑うステラに、セレナが口を開く。

「お父様は知らないのよ。お母様がステラに、部屋から出るな、食事も減らせって言ったのよ」

「なんだと? 本当か?」

 ステラはぎこちなくうなずく。

「どういうことだ、アガサ」

「あなたは当然ご存じだと思っておりましたわ。ステラはどうしたと一度も聞かれませんでしたもの」

「家庭のことはお前の仕事だろう。助成金が減らされたから、私は領地のことで忙しいんだ」

「ええ。ですから、私がステラに謹慎を命じました。そのほうが余計なお金がかからないではありませんか」

 言い争うチャーリーとアガサ。

 ――私が聖女じゃないから、こうなったんだ。

 視線を感じて顔を上げるとクレアと目が合った。

 伯母はまっすぐにステラを見ていた。

「ステラ、厳しいことを言いますが、両親のことはあきらめなさい」

「あきらめる……?」

「この世の全員と仲良くできるなんてことはないわ。わかりあえない人だっている。それがあなたの場合、両親だったってだけ」

 クレアは、まだ言い争いを続けているチャーリーとアガサに目を向けると、「やめなさい」と静かに一喝した。

「チャーリー、あなたはお父様に似ているわね。家庭を顧みないで仕事仕事って」

「助成金も減らされて、そうでもしないと領地が立ちいかないんだ」

「助成金はあてにするものじゃないわ。ステラのせいみたいな言い方はやめなさい」

 チャーリーはぐっと一度言葉を詰まらせたものの、小声で「家を出て行った人間に何がわかる」と悪態をつく。

 クレアはため息をついて、ステラに向き直る。

「ステラ、もう一度聞くわ。うちの子にならない?」

「あの、お父様とお母様の話を聞いてからでもいいですか」

 クレアがうなずくのを確認してから、ステラは両親を見つめた。

「お父様もお母様も、私が養子に行くことに賛成なの?」

「ああ、そのほうがいいと思う」

「もちろんよ」

 父も母もうなずく。

「私が聖女じゃないから?」

「……子ども三人を育てる余裕がないからだ。ステラにはすまなく思う」

「私は息子がいれば十分よ」

 チャーリーはつらそうな顔を見せたけれど、アガサはせいせいしたという表情を隠さない。

 自分はこの家にいないほうが家族の役に立てるのだろう。

 本当にここには自分の居場所はないのだとステラは思った。

 その瞬間に心が決まった。

 家族三人のうち一番近くに座るセレナがぎゅっと手を握りしめたのが見え、ステラはその手を取った。

「セレナも一緒に伯母様のところに行こう」

 アガサの言い方だと、セレナですらいらないことになる。

 ステラがこの家から出て行ったらセレナはひとりになってしまうのではないだろうか。

 顔をあげてステラを見たセレナは、涙目だった。

「ステラ……」

「セレナ、一緒に行こう?」

「私……私は……」

 考えるようにつぶやいていたセレナは、ステラの手を逆に握り返す。ふたりで練習したとっておきの笑顔で、セレナは首を振った。

「私は聖女なんだから、ステラと一緒には行かないわ。何言ってるのよ」

「セレナ……でも」

 セレナはぐっと顔を上げると、聖女庁職員の方を見た。

「地方出身の見習い聖女は、聖女と同じように教会に部屋をもらえると聞きました。私もそちらに入れますか」

「ええ、できますよ」

 ソントンが力強くうなずく。

「それなら、私は今日から教会で暮らしますわ」

 助成金はどうなるのかと懲りずに言い出す父をソントンに任せて、セレナはステラのソファに無理やり割り込んできた。

 狭いソファでぎゅっと抱き合う。

「セレナ……いいの?」

「私は大丈夫よ。だって聖女だもの」

 セレナも両親をあきらめたのだろう。

 ステラはセレナの耳に手をあてて内緒話をする。

「キースってどんな子? かわいい?」

「知らないわ。会ったことないもの」

「え、ないの?」

 驚くステラにセレナは呆れたような顔を返す。「わかってないわね」という表情は、認定会の前に戻ったようで懐かしい。

 セレナは皆に聞こえる声で、

「ねえ、お母様。ステラは伯母様のところに行くし、私も教会に行くから、その前に一度弟に会いたいわ」

「何言っているの? この家から出ていく者に大事な息子を見せられるわけがないじゃない!」

 ソントンとロジャーがぎょっとしたようにアガサを見て、クレアがこめかみを押さえた。

「チャーリー……家庭内にもきちんと気を配りなさい」

「……わかっています」

 そこで保留のままだったことを思い出し、ステラはクレアに向き直ると、

「私は伯母様の養子になりたいと思います。よろしくお願いいたします」

「ええ、よろしくね。嫌な思いをさせてしまってごめんなさい。あなたのことはこれからは私たちが守りますからね」

 クレアの笑顔を頼もしく思った。


 必要な荷物だけまとめてラージエンド子爵家を出たステラとセレナは、中央教会に連れていかれた。

 クレアに最初に連絡をとってステラの不遇を伝えてくれたのは元執事らしい。

 それから、見習い聖女のシャーロットや養護施設で会ったローズもステラを気にしてくれており、メイドのミリーは聖女庁職員に身代わりを示唆してくれたようだ。

 聖女庁職員のふたりからは、ステラもセレナも叱られた。身代わりも護符の代筆もバレていたらしい。

 ミリーは教会で暮らすセレナのメイドに志願したらしい。「こういうの、ほっておけないんです」と笑って、宿舎の部屋を整えに向かった。

 シャーロットはいなかったけれど、彼女の母のハミルトン公爵夫人は教会にいた。聖女庁の統括をしている王妃と、ステラは初めて会うタルトン公爵夫人もいて、三人はクレアの学友だそうだ。養子縁組の手続きが円滑に進むように手助けしてくれたらしく、ステラは礼を言った。

「シャーロットがあなたのことを心配していましたの。落ち着いたら手紙を書いてあげてくださる?」

「はい、もちろんです。ありがとうございますとシャーロット様にお伝えください」

 ハミルトン公爵夫人は微笑んで請け負ってくれた。

 特別に許可を得て、ステラは礼拝室に入った。

 もう一度だけ認定会をやらせてもらえることになったのだ。

 今日は大司教が案内してくれる。

 見学者の人数は十人にも満たないし、灯りも必要最低限。

 大司教の持つ香炉からくゆる煙が道のようにステラを導く。

 ステラは女神像の足元にひざまずいた。

 足の甲に触れる。

 ――女神様、私は聖女にはなれませんか?

 ひんやりと冷たい石の感触は、しばらく待っても変わらない。

 ステラの身体が光ることはなかった。

 やはり自分は聖女ではないのだ。

 聖女か否かは生まれたときから決まっている。努力ではどうにもならない。

 そういうことなのだろう。

 そう思うのに、養子になるのを決めたときのようにあきらめがつかないのが不思議だ。

 軽い虚脱感を覚えながら、ステラは女神像から手を放す。

 代わりに、両手を組んで祈りの姿勢をとった。

 ――女神様。私に親切にしてくださった皆が幸せでありますように。


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