タルトン公爵夫人パトリシアと学友たち
タルトン公爵夫人パトリシアは、久しぶりに顔を合わせた姪のシャーロットに笑顔を向けた。
「シャーロット、お久しぶりね。元気だったかしら」
「ええ。パトリシア叔母様もお元気そうでなによりですわ。キッカ国はいかがでしたか?」
パトリシアは外務大臣の夫について、国外に出ていたのだ。
「船旅でしたからねぇ。道中の景色が代わり映えしないのが、一番の難点だったわ」
土産の髪飾りを出して見せると、シャーロットは目を輝かせた。
見習い聖女になって一気に大人になったように思えたけれど、そうやって笑う様子はまだまだ子どもでパトリシアは安心する。
シャーロットはただでさえ、父のハミルトン公爵が王弟で、王子や王女に次ぐ高位の娘だ。そのうえさらに聖女である。幼いころから厳しく育てられてきたのを見兼ねて、公爵――パトリシアの実兄だ――に意見したり、ときどき外に気晴らしに誘ったりしていた。
「キッカ国の竹細工ですわね」
「あら、知ってるの?」
「大陸の国々の名産品くらいは勉強しましたわ」
「まあ」
シャーロットが無邪気に胸を張るのもパトリシアの前くらいなので、微笑ましい。
「竹細工なら聖女の衣装にも合うのではなくって?」
「そうですわね! 叔母様、ありがとうございます」
聖女の衣装は白いローブで、布をたっぷりと使うけれど装飾は裾の刺繍くらいだ。それも銅色一色。髪型や装飾品の規定はないけれど、立場上、華美なものは好まれない。
キッカ国の竹細工は素材のままの色が基本で、一部の着色も抑えた色味なので一見地味だけれど、細い竹を編み込んだ繊細な模様が美しい。金属や宝石を使ったものより軽いのも良いだろう。
シャーロットの侍女に渡し、パトリシアは向き直る。
外交に出ている間にシャーロットから会いたいと手紙が届いていたらしい。何か緊急の用事だろうか。
水を向ける前に話の切れ目を察したシャーロットが口を開く。
「叔母様は、以前にラージエンド子爵家の方とご学友だったとおっしゃっていませんでしたか?」
「ええ。クレアね」
「ステラ様の伯母様にあたるのですよね? 今でもご交流はありますか?」
ステラは確か、子爵家の双子の片割れだっただろうか。双子の聖女候補のうち聖女じゃなかった方の令嬢。
クレアは現子爵の姉だ。パトリシアは学院で同級生で、一緒にミモザナ王国に留学した仲でもある。そして、彼女は留学中にミモザナ王国の貴族令息に恋をして、押しに押して、嫁いでいったのだ。
王女だったパトリシアも立場の割に自由に振舞っていた自覚があるが、彼女は輪をかけて自由だった。
「彼女はミモザナ王国に嫁いだのよ。ミモザナ王国は隣国だけれど、うちとは反対側の辺境伯夫人だから、手紙のやりとりが年一度ってところかしら。私が外交でミモザナ王国に行ったときには何度か会ったわよ」
クレアがどうかしたの、と聞くと、シャーロットは顔を曇らせる。
「遠くにいらっしゃるのですね……。でしたら、クレア様はステラ様にお会いするのも簡単ではないですよね……」
「ステラ嬢に何か問題が?」
「それが……」
そうして聞いたのは、一年前の聖女認定会以降、ステラに会えなくなっているという話だった。
「双子の聖女を期待されていたのにあんなことになって……、聖女認定された私がお会いしてステラ様をなぐさめられるかはわからないのですが……。それに、セレナ様にステラ様の話題を出すと嫌がられるので、子爵家での立場がお悪くなってしまっていないかも心配なのです」
「まあ、そんなことが……。ハリエットには相談したの?」
ハリエットはシャーロットの母だ。
ちなみに、ハリエットもパトリシアと同学年だ。当時ウォーリス公爵令嬢だったジョセフィン王妃も同学年で、王女派と公爵令嬢派の派閥ができていたりしたのだけれど、懐かしい。
「ええ。お母様が王妃様にお伝えしたところ、聖女庁から働きかけてみるそうです。子爵夫人は最近ご出産されたのですけれど、しばらく前から社交を控えてらしたんですって」
「わかったわ。私もジョセフィン様に状況をうかがってみますわね」
クレアに連絡するにしても、それからだ。
パトリシアが請け負うと、シャーロットはほっとした様子で紅茶を飲んだ。
今まで個人的な付き合いはなかったステラをシャーロットがここまで気にするのを不思議に思い、パトリシアは尋ねる。
「どうしてあなたはステラ嬢を気にかけるの?」
「そうですね……。以前、王妃様のお茶会でステラ様のお話を聞いて、もっと話してみたくなったのです。この方と一緒なら聖女の務めも楽しくなるかもしれないと……」
「まあ、どんなお話?」
パトリシアが促すと、シャーロットは少し思い出すように首を傾げ、
「ステラ様は聖女になったら、皆の幸せを祈りたい、良くしてくれた人に恩返しがしたい、そうおっしゃいました」
「まあ、素敵ね」
「ええ。私はお父様から、国を守る力を与えられたのだからしっかりと務めを果たすように言われてきたので……」
シャーロットの言葉にパトリシアは「リック兄様は相変わらず堅苦しいんだから」とため息をつく。
次兄は第二王子だったころから、王族の責務に厳しかった。王族に生まれながら臣下に降ることが決まっていたから、余計に拗らせたのかもしれないが、気楽に過ごしていたパトリシアはしょっちゅう小言をもらったものだ。
――国を守る力が欲しかったのはリック兄様の方かもしれないわね。
そう同情はしつつ、それを幼い娘に押し付けるのはどうかと思う。
「シャーロット、あなたがそこまで気負う必要なんてないのよ」
「はい。ステラ様のお話ではっとしました」
シャーロットはうなずく。
「国を守ると言われてきましたが、国は国土だと漠然と思っていた気がします。魔の森と隔てている結界を維持するのが聖女の務めですし、間違いではないのでしょうけど……。そこに住む国民には今まで意識が向いていませんでした。土地だけあっても人がいなければ意味がないのに」
と、シャーロットは首を振って、続ける。
「そうはいっても、身近な人の幸せを祈るだけでは国を守る聖女の務めには足りないと思います。でも、ステラ様のような考え方もあるのだと知って、もっとお話してみたくなりました」
「そう。いろいろな考え方に触れるのは良いことよ。聖女候補や見習いと、現役や引退した聖女だけの交流会があってもいいわね」
「はい! お母様にもお願いしてみますわ」
それからシャーロットは頬に手を当てて、
「双子の一方が聖女なら、絶対にステラ様だと思いましたのに……残念ですわ」
それを聞き、パトリシアは眉を寄せた。
「あなた、それをセレナ嬢に言ったの?」
「いいえ」
「それならいいけれど」
ステラは当然難しい立場だけれど、セレナもそうだ。
パトリシアは双子と面識はないが、ステラの方が皆が期待する聖女らしい性格だったのだろう。
ふたりで聖女になっても比較されたと思うけれど、聖女ステラの幻影と比較されるのはもっと理不尽だ。
見習いになりたての少女なのだから、まだまだこれからだ。周囲が彼女の成長を妨げることがあってはならない。
パトリシアはシャーロットの両手をとる。
「ステラ嬢と仲良くしたい気持ちはいいのだけれど、聖女はセレナ嬢です。もしステラ嬢だったら、という考えは捨てなさい。セレナ嬢に失礼でしょう?」
「はい。申し訳ございません」
表情を改めて謝るシャーロットにパトリシアは繰り返す。
「あなたなら、誰が同僚でも上手く付き合えると思うわ。大丈夫よ」
うなずくシャーロットを見て、パトリシアは見習い聖女のふたりを少し気にかけておこうと決めた。
シャーロットが帰ってから王妃に連絡をとると、すぐに返事がきた。翌日の面会が通るなど、滅多にないことだ。
すでに子爵家で何かあったのかもしれない。
パトリシアはさっそく登城した。
王妃の執務室にはハミルトン公爵夫人ハリエットもいた。
ジョセフィン王妃とハリエットとパトリシアの三人は学院の同期だが、それ以前からの幼馴染だ。公爵令嬢だったジョセフィンとハリエットが、王女だったパトリシアの話し相手としてよく登城していたのだ。
「こうして揃うと懐かしいわね」
特にジョセフィンとは身分が逆転したため公式の場ではパトリシアも敬語を使うが、私的な場では学生時代のままだ。
「パトリシア様に振り回された幼い日々が思い出されますわ」
「まあ、ハリエット。いい思い出でしょう」
パトリシアが笑うとハリエットは「ある意味で」とため息をつく。そんなふたりを前にジョセフィンがのほほんと微笑んでいるのがいつもだ。
学院時代はここにクレアがいて、さらに賑やかだった。
パトリシアたちの仲は悪くない。派閥というのは周りが勝手にやっていたことで、クレアいわく「どちらにより魅力を感じるかで二手に分かれただけ」らしい。
本人たちは害がないならかまわないと考えていて、不要に相手をライバル視する過激な令嬢は学院にはいなかったから、卒業までそのままだった。
「クレア様はどうしていらっしゃるかしら」
同じように学院時代を思い出したのか、ジョセフィンが言う。
「そうね。私もしばらく会っていないわ。……ステラ嬢のことで、近々連絡を取ろうと思っているのだけれど。……今日のお話は彼女のことでしょう?」
パトリシアが本題に入ると、ハリエットが、
「シャーロットがあなたに相談に行ったと聞きました。面倒をおかけしてごめんなさい」
「面倒なんて思っていないわ。かわいい姪っ子じゃない」
「シャーロット嬢から聞いたのなら、ステラ嬢と連絡が取れないのはご存じですのね?」
「ええ」
ジョセフィンが聖女庁職員から報告されたことを話してくれる。
「ステラ嬢がセレナ嬢の身代わりで慰問に?」
「それは、まあ、いいのですよ。慣習なだけで義務ではないし、聖女本人が出向かないといけないわけでもないのですから」
「身代わりはよろしくありませんわ」
「ハリエットは厳しいですわね……。確かに詐称は問題ですので、聖女庁はそれを口実にするつもりです」
「本当に問題視しているのは、ステラ嬢が目に見えて痩せていること?」
「ええ、早急に解決させたいのですけれど、できるだけ穏便に進めたいのです」
ジョセフィンの言葉にハリエットも憂い顔をみせる。
「ラージエンド子爵家は双子の聖女候補で注目されて、夫人の言動もあって悪目立ちしてしまっていますから。どうやっても醜聞になりかねないので」
「クレアがステラ嬢を引き取る形で保護できたら一番なのね?」
「ええ。その場合は身代わりの件は不問となります」
ジョセフィンがうなずく。パトリシアは頬に手を当てて首を傾げた。
「クレアの婚家はミモザナ王国の北東の辺境伯家なのよ。今から手紙を送って彼女が来れるまで何日かかるか……」
「せめてクレア様の意向がわかれば、代理人を立てられますけれど。それもまた時間がかかりますわね」
「ステラ嬢本人に会って緊急度の確認だけでもできたらと思うのですが、中途半端に介入すると一気に状況が悪くなる可能性もあると、担当者が言っていましたわ」
三人が三様にため息をついたとき、執務室の扉が叩かれた。
取り次ぎに出た侍女が、ジョセフィンのもとに寄って何か報告する。
「まあ! 本当に? ええっ、ご本人なの?」
ジョセフィンは驚きの声を上げて、こちらを見る。
「クレア様がいらしたそうですわ!」
「え? クレアが?」
「どうやって?」
常識的に考えれば、偶然か、別のところから連絡がいったか、そんなところだと思うが、ハリエットの「今の今で、どうやって一瞬で隣国から来たのか」という含みのある疑問は、その場の皆が思ったことだ。
「皆様、ごきげんよう!」
と、明るく笑って入ってきたクレアは、呼んだらどこにでも現れそうな安心感があった。




