聖女庁職員ロジャー
ロジャーは聖女庁の職員だ。叔母のローズが聖女だったのがきっかけで就職した。ロジャーが生まれてまもなくローズは教会に入ったため、ローズ本人というよりは、祖父母や父が聖女庁職員の話をしてくれたから興味を持ったのだ。縁故採用はなくても、自己アピールしやすいため有利かもしれないという打算ももちろんあった。めでたく採用されたロジャーは新人のころからラージエンド子爵家を担当している。
聖女の助成金は国の辺境住まいであっても必ず手渡しで支給され、聖女庁の職員が聖女候補や見習い聖女、その両親と面談する。助成金だけでは不十分なら仕事や住居をあっせんする場合もあったし、母子だけ、あるいは聖女候補だけを保護する場合もあった。
ラージエンド子爵家は、双子が生まれてから聖女庁内でずっと注目されてきた。
そして、双子の一方が聖女、もう一方が聖女じゃなかったことで、さらに要注意の案件となっている。
ロジャーは同僚のソントンと一緒にラージエンド子爵家を訪れていた。
「今期の助成金の支給については、以上です」
受け取りのサインを子爵からもらい、ロジャーたちは背を伸ばす。
ある意味ではここからが本題なのだが、子爵はそそくさと立ち上がる。
「申し訳ないが、忙しくてね」
「子爵も面談に同席いただきたいのですが」
ソントンが子爵を引き留める。
以前から、子爵家を訪問したときは、貴族出身のソントンが話を進めることに決めていた。平民のロジャーは口を出さないほうが面倒がないのだ。
「助成金が半分になったものだから、いろいろとあるのだよ。私はこれで失礼する」
悪いのはそちらだとでも言うように、子爵は助成金減額を持ち出す。ソントンは諦めたようにうなずいた。
「……ありがとうございました」
さっさと応接室を出ていく子爵。残された夫人も早く終わらせたそうにそわそわし始め、見習い聖女のセレナは興味がなさそうにメイドに紅茶を淹れ直させている。
「セレナ様、見習いの訓練はいかがですか?」
「ええ、問題なく進んでいますわ」
そのつんと澄ました返答に、ロジャーは内心苦笑する。双子の妹はずっとこんな感じだった。
一方で、ステラは幼いころから朗らかな少女だった。高慢な態度は見せずにロジャーに対しても丁寧だ。慰問先からの評判もいいし、茶会で交流した王妃も認めていた。――聖女庁の統括責任者は王妃だ。
見習い訓練では、聖女に相応しい態度や心得も学ぶ。セレナもきっとこれから成長していくだろう。
「教会からも、セレナ様は優秀だと伺っております」
「そうなの? あ、いえ、当然よね。だって……」
そこでセレナはぴたりと口をつぐんだけれど、「私たちは史上初めての双子の聖女ですもの」と何度も聞かされた自慢が聞こえる気がした。
セレナにも心の癒しが必要だろう。
見習い訓練に組み入れるように、ロジャーはメモする。
前は少しでも双子を褒めたら身を乗り出してきた夫人だが、今日は特に反応がない。
セレナは母のほうをうかがっているのに、夫人は目を向けないのも気になる。
ロジャーはソントンと目配せをした。
「夫人はご出産されたそうで、おめでとうございます」
「ええ、ありがとう。嫡男ですのよ」
「そうですか、子爵家も安泰ですね」
ソントンの無難な返答に夫人は満足げにうなずく。
夫人の自慢のタネは今は息子らしい。
「それでですね」
ソントンがそう切り出すのに、ロジャーも息を詰める。
「聖女庁では聖女を引退された方にも定期的に面談しております。元聖女候補も元聖女と同様の対応をする、と先日決定しました」
「……ステラのことかしら?」
「はい。ステラ様とお話できませんか?」
「義務ではないのでしょう? ステラの助成金はないものね」
「はい、義務ではありません。しかし、お会いしたいのです。まだ臥せっていらっしゃるのでしょうか」
「人には会いたくないみたいね」
夫人は一気に機嫌を悪くする。
「お見舞いも難しいでしょうか。お話しなくても、遠くから拝見するだけでも」
「心を痛めている娘に無理を言わないでちょうだい!」
突っぱねる夫人にロジャーも口を挟んだ。
「そういった傷ついた心を癒すのを仕事にしている人たちがいるのですが、一度ステラ様と面会をさせていただけませんか。専門家ですから無理やり外に引っ張り出すようなことはしません。十五歳になったら学院に通われるのでしょう? 少しずつでも外との関わりを取り戻せるようにして差し上げたほうがいいのではありませんか?」
「必要ありませんわ」
夫人の反応は芳しくない。娘を気遣う「聖女の母」を取り繕うつもりもないようだ。
今まではステラが自分から引きこもっている可能性もあると思っていたけれど、こうなるとその可能性は各段に低くなる。
「もうよろしいかしら。息子が泣いていないか心配だわ」
「しかしですね」
ソントンが食い下がると、セレナがぽつりと言う。
「ステラは聖女じゃないんだから、どうでもいいじゃない」
そうだ。それが一番の障害だった。
聖女候補との面談は義務だから、ステラが聖女候補のままだったら押し入ってでも会うことができた。聖女じゃないとはっきりしてしまったため、聖女庁は強制できない。
夫人に促されるとロジャーたちは退出するしかない。
夫人もセレナも見送りに出るつもりはないらしく、控えていた若いメイドだけがロジャーたちを玄関まで案内した。
使用人から内情を探れないだろうか、と考えたけれど、玄関ホールに控えた執事から鋭い視線を感じる。以前の老齢の執事は引退したのか、いつの間にか代わっていた新しい執事は見張るようにこちらを注視していた。
メイドにコートを着せかけてもらい、ロジャーとソントンは肩を落として子爵邸を出る。
そして、辻馬車を拾える大通りまで歩き、子爵邸から十分離れてから、ロジャーは握りしめていた拳を開いた。
中には小さく畳まれた紙片。
立ち止まったロジャーの手元を見て、ソントンが尋ねる。
「それは?」
「コートを着せてくれたときに子爵邸のメイドが渡してきたんだが……」
「ああ、あの執事は俺たちじゃなくてメイドを見張ってたのか?」
そっと紙片を開くと、『養護施設 セレナ 慰問』と小さい文字で書かれていた。
ロジャーはソントンと顔を見合わせる。
セレナにも何かあったのだろうか。
「叔母が施設に就職したんだ。私的な訪問ってことにしてこれから寄ってみる」
「わかった。俺は先に庁に戻って報告しておく」
ソントンと別れるとロジャーはさっそく、見習い聖女が慰問にいく養護施設に向かった。
「ローズ叔母さん、お久しぶりです」
「まあ、ロジャー」
ソントンに言った通り、ロジャーは叔母に面会を申し込んだ。
ふたりで庭に出ると、子どもたちが走り回っていた。
「新しい仕事はどうですか?」
「教会には子どもなんていなかったでしょう。私は上の兄姉しかいないし、甥っ子のあなたも赤ちゃんの一時しか一緒に暮らしていなかったし、小さい子の面倒を見るのって初めてなのよ。毎日新鮮だわ」
きゃーきゃー騒ぐ子どもたちに目をやって、「にぎやかでいいけれど大変ね。体力が持つかしら」と微笑む。
ロジャーの一家は教会で暮らすローズに定期的に会いに行っていたため、ロジャーの中の聖女のイメージはローズだ。
ステラもローズに似た雰囲気があった。
「先ほどラージエンド子爵家にうかがってきたところなんですよ。セレナ様は最近こちらに慰問にいらっしゃったとか」
「ええ、そうね。お会いしたわ……でも……」
ローズは顔を曇らせる。
「何かありましたか?」
「ステラ様と間違えてしまったのよ。すぐに帰ってしまって、気を悪くされたかもしれないわ」
「叔母さんはどうしてステラ様だと思ったんですか?」
「うーん、そうねぇ。なんとなくとしか言いようがないわね。おふたりには王妃様のお茶会で一度お会いしただけだけれど、お顔はともかく、雰囲気は似てらっしゃらないでしょ。所作がね、ステラ様だと思ったのよね」
ローズは首をかしげて続ける。
「ああ、でも、少しお痩せになったみたいね。首元なんかほっそりされて……。見習い聖女の訓練が大変なのかしら」
「痩せて……?」
先ほど会ったセレナは太ってもいないが、激務を心配されるほど痩せてもいない。
「ローズ先生ー! あ、ロジャー!」
顔なじみの子どもが駆け寄ってきて、ロジャーの腰に抱きつく。腹に頭が当たる衝撃をぐっと耐えていると、「何の話ー?」と無邪気に聞かれた。
「ステラ様の……」
表向きセレナの話だったのに、ロジャーは思わずそう答えてしまった。
すると、その子は、
「ステラ様! こないだ来てたねー。久しぶりだった」
「あのお菓子、ステラ様が来たときしかもらえないもんね」
「すぐ帰っちゃったから、お話できなくて残念」
集まってきた他の子どもも口々に言う。ローズがしゃがみ込んで、
「皆もステラ様とセレナ様を間違えちゃったの?」
「間違えないよー。ローズ先生、何言ってるの」
「ステラ様しか来ていないもん」
「あれね、たぶん、セレナ様と取り替えっこしてたんだよ」
「まねっこ遊びー」
ローズは困惑した顔でロジャーを見上げた。
ステラは聖女ではないから聖女庁はなかなか手出しができないでいたけれど、これは介入の糸口になる。
ロジャーは拳を握った。




