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双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々  作者: 神田柊子
第一章 ムスカリラ王国を出るまで

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見習い聖女の身代わり

 屋敷のどこかから赤子の泣き声が聞こえた。

「今の声って、もしかして赤ちゃんがいるの?」

 ステラが聞くと、一緒にベッドを整えていたミリーが「あっ!」と顔をこわばらせた。

「申し訳ございません。ステラお嬢様のご負担になるかもしれないと思い、お伝えできておりませんでした」

「それはいいの」

 頭を下げるミリーの手を取り、ステラは「大丈夫だから教えて」と微笑んだ。

「昨夜遅く、奥様がご出産されたのです」

「えっ! お母様が?」

 母の妊娠をステラは全く知らなかった。認定会のあとに「修道女のように暮らしなさい」と言い渡されて以来、母に会っていない。たまに部屋にやってくるセレナには会うけれど、父もずっと会っていない。

 ステラは家族と食事をとるのも、居間や前庭に行くのも禁止されている。ステラの行動範囲は、自分の部屋と洗濯場のある裏庭、あとは図書室くらいだ。

 アガサは、清貧を心がければ聖女になれると言った。

 それは嘘だとステラは知っている。聖女認定会のやり直しはない。

 それなのにステラがアガサの言葉に従うのは、家族のためにステラができることが他にないからだ。

 ステラが聖女じゃなかったせいで、アガサとセレナの念願が叶わなかった。ステラの分の助成金がなくなったため、チャーリーも困っている。

 ステラが食事を減らしたり、自分で掃除や洗濯をするなら、助成金が減った分の穴埋めにならないだろうか。

 そして、ほんの少しだけ、期待もあった。

 聖女の母から双子が生まれたのが初めてだから、特例で、もう一度認定会をやってもらえる可能性はないだろうか。

 そうしたら、アガサの言うように、清貧な暮らしの方が女神の目に止まりやすいのではないだろうか。

 聖女候補だったころのように、茶会や慰問の予定もなく、暇というのもある。

 ミリーはステラに掃除や洗濯をさせたくないようだけれど、ステラは「貴重な運動の機会」だとか「読書ばかりだと飽きる」とか言い訳して、やり方を教えてもらっていた。

 ――そういえば、ときどき会うセレナも母の妊娠を何も言ってなかったのはなぜかしら。私には教えたくないってこと?

 そんなことを思っていたステラだけれど、ミリーが逆に握り返したため、意識を戻す。

「お子様はおぼっちゃまでした」

「弟? 名前は何て言うの?」

「いえ、それはまだ……。お決まりかもしれませんが、私どもには知らされておりません」

「もしわかったら私にも教えてね」

「もちろんです」

 ステラが頼むとミリーは請け負ってくれた。

「お父様とお母様のどちらに似ているのかしら」

 ステラは慰問先の施設で赤子に触れたことがある。

「私は会いに行ってはいけないわよね……」

「奥様にうかがって参りましょうか?」

「だめ! 絶対に怒られるわ」

 認定会の夜の母の形相を思い出す。

「こっそり会いに行かれますか?」

 ミリーのその言葉には心が揺れた。

 でも、ステラは思い直して、首を振る。

「やっぱりいいの。大丈夫」

 こういうとき、ステラはどうしても考えてしまう。

 母の言いつけを守れない娘は、女神も認めてくれないのではないか、と。


 それから二か月ほど経った。

 最近は、メイドの仕事を覚えたら将来の役に立つかもしれないと考えている。

 セレナは聖女だ。十五歳になったら教会に入る。早期引退して結婚するのかどうかはわからないけれど、将来は決まっている。

 子爵家には嫡男が誕生した。家を継ぐのは弟だ。

 ステラはどうなるだろう。

 普通の貴族なら、十五歳で学院に入学して、二年後に卒業して社交界デビュー、そして職についたり結婚したりとなる。

 入学やデビューといった金がかかることを、母がステラに許すとは思えない。外聞を気にする両親だからわからないけれど、ステラは入学前に本当に修道院に入れられるかもしれない。

 聖女にも普通の貴族にもなれないなら、家で働いたほうがいいのではないだろうか。

 そんなふうに思いながらステラはミリーに仕事を教わっている。

 ある日、ステラがひとりで部屋にいると、ノックもなく扉が開けられた。そんなことをするのはセレナくらいだ。

 読んでいた本から顔を上げると、案の定セレナが仁王立ちしていた。

「ステラ! 私の代わりにあなたが慈善活動に行きなさいよ!」

「え? 私が出かけてもいいの?」

 ステラが期待を込めて聞くと、セレナは唇を歪めて笑った。

「慰問に行くのはステラじゃなくて、聖女セレナよ! 当然でしょ?」

「どういうこと?」

「ステラが私のふりをするの!」

「セレナのふり?」

 認定会のころはそっくりだったけれど、食事の内容が変わってだいぶ経った今はステラの方が痩せている。

 セレナは気づいていないのか、気にしていないのか、身代わりができる前提で話す。

「私は見習いの訓練で忙しいのよ。お母様はあの子にかかりきりでついてきてくれないし……。本当なら双子聖女だったんだから、ステラの分の聖女仕事も私がやってるってことでしょ。慰問なんて聖女じゃなくてもできるんだから、ステラがやればいいのよ!」

 セレナは言うだけ言うと、布の束を投げつけた。

「バザーに出す刺繍もステラがやりなさいよね!」

 ステラが何か言う隙もなく、セレナは自分の言いたいことだけ言って出て行ってしまった。

 床に落ちた布の束はハンカチらしい。

 アガサもセレナも嫌々やっていたようだが、ステラは慈善活動が苦ではない。刺繍もいい暇つぶしになる。

「刺繍糸はまだあったかしら」

 ステラはいそいそと裁縫箱を開いた。


 セレナの要求はどんどん増えていき、自宅で取り組むように出された見習い聖女の課題まで押し付けられるようになった。

 護符の用紙に古語で聖句を書いたり、祭りの飾りの造花を作ったり。

 ミリーは「ステラお嬢様がやらなくてもいいのではないですか」と口を尖らせるけれど、ステラは見習い聖女を体験しているようで楽しかった。護符の課題にかこつけてセレナから教科書も借りることができた。

 今日はついに慰問の日だ。

 認定会以来の外出だった。

 ステラが身代わりをするのはセレナの独断らしく、彼女は「誰にも見つからないようにしてよね」と何度も言っていた。

 セレナのワンピースを着たステラは馬車に乗る。ミリーが胸元や腰のサイズを調整してくれたため、なんとか違和感なく着れたけれど、一年前はそのまま着れたセレナの服が合わなくなっていることがせつない。そのうちステラは双子の姉ではなく年齢の違う妹に見えるようになってしまうのではないだろうか。考え方も見た目も、ステラとセレナはずいぶん離れてしまった。

 母が弟にかかりきりというのは、セレナが大げさに言っていたわけじゃなくて本当らしい。娘が出かけるのに母は顔も見せない。母が見送りに来ないせいか、執事も侍女長も現れなかった。

 祖父の代から勤めてくれていた使用人が皆辞めたのはミリーから聞いている。高齢の人が多かったから仕方ないと思うけれど寂しい。

 一緒に馬車に乗っているのも話したことがない二十代半ばのメイドだ。

 ――ミリーが一緒だったら良かったのに。

 セレナはステラがきちんと身代わりをこなすか、このメイドに監視させると言っていた。

「キャシー、あなたは慰問によく付き添うの?」

 つまらなそうに窓の外を見ていたメイドに話しかけると、彼女は驚いた顔でこちらを見た。

「私の名前を知ってるんですか?」

「ええ、あなたは四年ほど勤めてくれているでしょう? 最近入った人はわからないけれど」

 ステラがまだ食堂で家族と一緒に食事をとっていたころ、キャシーは配膳係を務めていたこともあって覚えている。

「セレナの専属になったの?」

「いいえ、たまたま手が空いていたからです。慰問も初めてで……」

 名前を呼んだおかげか、ステラを無視するような態度だったキャシーがまともに向き合う姿勢を見せた。

「そうなの。前回慰問に行ったときの話題を出されたらどうしたらいいかしら。セレナは何も教えてくれなかったの」

 セレナが聖女の仕事をさぼっていいとは思わない。ステラがそれに加担して嘘をつくのも、聖女から遠ざかる要因になるのではないか。でも外に出られる機会はうれしい。ステラ自身はミリーが言うほど自分がひどい状況にあると思っていないけれど、彼女は窮状を訴える好機だから逃すな、と言う。それに、セレナが忙しいのは、ステラが聖女じゃなかったせいだという負い目がある。

 いろいろ考えが行き交い、セレナの頼みを引き受けていいのかステラは何度も迷った。

 しかし結局、ステラは拒否できなかった。そして、こうなってしまった以上、身代わりがバレるのはセレナのために良くない。監視なんてつけなくてもステラは身代わりを人に言うつもりはなかった。

「覚えていないでいいんじゃないですか? セレナ様ってそんな感じですよね」

 キャシーは唇を歪めて笑う。

 ステラをないがしろにするアガサやセレナについてミリーが意見するのとも違う態度だ。セレナを軽視されているようであまり気分がいいものではなかった。

「キャシー、セレナをそんな風に笑うのはやめて」

 ステラが注意すると、キャシーは鼻白んだように口をつぐんだ。謝罪もせず、彼女はまた窓の外に目を移す。

「聖女じゃないくせに」

 キャシーの小声が聞こえた。

 はっと息が止まる。

 羞恥か怒りかはわからないけれど、顔が熱くなった。

 ――メイドにまで言われないとならないの?

 前の侍女長がいたころはこんな失礼なことを言う使用人はいなかった。

 ふと、ステラの助成金がなくなったせいで使用人を減らさざるをえなかった可能性が頭に浮かんだ。

 喉元まで出かかった言葉がすうっと消えていく。

 ステラは膝の上にそろえた両手に目を落とした。


 聖女庁が運営している養護施設は、ステラも小さいころから母に連れられて何度も慰問に訪れていた。認定会の直前に来たのが最後で一年ほど期間が空いている。

 受付でセレナ・ラージエンドだと名乗ったけれど、特に不審には思われなかったようだ。

 ほっとしたけれど、それはそれで悲しい。

 いつも通りの焼き菓子を差し入れると、老齢の女性院長はバスケットの中を見て顔をほころばせる。

「あら、このマドレーヌ。久しぶりに子どもたちが喜びますわ」

「久しぶりでしたか?」

 手配もステラが行うようにセレナに言われたため、前と同じように料理人に頼んだつもりだったけれど、最近の差し入れとは違っていたらしい。

「近頃は市販のクッキーが多かったでしょうか。あっ! いいえ、差し入れをいただくのに不満なんてございません! ただ、ラージエンド子爵家の料理人さんのお手製のお菓子は、子どもたちにも人気なので」

 院長は慌てて言い訳をした。

 セレナのふりをするために、ステラは「ラージエンド子爵家の料理人は優秀ですから」と胸を張る。キャシーはステラの斜め後ろに立っていて、ステラを観察している。

 ぼろが出る前にステラは強引に話を切り上げて、一通り施設内を見学させてもらった。

 アガサもセレナも子どもたちと触れ合うことなんてしなかった。ステラが子どもたちに日常の様子を尋ねたりするとき、セレナはステラの横に立っているだけ、アガサは見守るだけだった。

 そんなセレナがひとりで慰問に来たとしたら、どうするだろう?

「見習い聖女の訓練で私も忙しいの。今日はこの辺でお暇させていただきますわ」

 ステラは早々に宣言した。

 院長は納得の様子で見送ってくれる。

 馬車に乗るとき、

「あら? ステラ様ではございませんか?」

 そう声をかけられて、ステラは振り返った。

 元聖女のローズだった。

「ローズ様」

 王妃のお茶会で一度会っただけのステラを覚えていてくれたようで、ローズは笑顔で駆け寄ってくる。

「私、半年ほど前からこちらで働いているのです。ステラ様は出かけられるほどお元気になられたのですね」

 良かったと笑うローズに、ステラは思わず返事をしそうになり、「セレナ様」というキャシーの声で我に返った。

「セレナ様、お時間がございません」

 ステラは笑顔をひっこめると、顎をあげてローズを見る。

「姉のステラはまだ引きこもっております。私は聖女のセレナです。間違えないでいただきたいですわ」

「え、セレナ様……? あの、申し訳ございません」

 ローズは戸惑いながら頭を下げる。

 ステラは踵を返すとさっさと馬車に乗り込んだ。

 馬車が走りだすと、キャシーが「ステラ様、勝手なことをしないでください」と文句を言いだす。

「勝手なことですって? 誰に向かって言っているの?」

 そう強く言うとキャシーは驚いた顔で黙った。窓の外を見ながらときどきこちらをちらちらと見る。

 ――セレナのふりってこういうことでしょう。

 ステラは内心で大きくため息をついた。

 心配してくれたローズを無下にしたことも、キャシーを上から黙らせたことも、気が重かった。

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