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双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々  作者: 神田柊子
第一章 ムスカリラ王国を出るまで

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シャーロットとセレナ、アガサ

 シャーロットが見習い聖女の訓練を終えると、廊下でセレナと聖女リタと行き会った。

「ごきげんよう、セレナ様、リタ様」

「ごきげんよう、シャーロット様」

 貴族の慣例通り、セレナたちがシャーロットに道を譲る。

 教会には教会の階級があり、お互いに見習い聖女なのだから貴族の階級は考慮しなくてもいいのではないかとシャーロットは考えている。しかし、セレナはそうではないようだ。

 シャーロットが通り過ぎたあとセレナはリタに「早くしなさいよ」と、使用人に向けるのもどうかというような態度を見せながら歩いて行った。

 リタは平民出身で年若いが、現役聖女の先輩だ。シャーロットも去年は彼女と一緒に訓練を受けていた。教えを請うことはあっても、粗雑な扱いをして許されることはない。

 貴族出身の聖女の中には平民出身の聖女を下に見る人が少なくない。そうは言っても貴族だ。内心はどうであれ表面を取り繕って丁寧に接するくらいの心得はあるだろう。聖女も聖職者も平民のほうが圧倒的に多いのだから、少し考えればわかる。

 それなのにセレナは……と、シャーロットは周りに誰もいないことを確かめてから小さくため息をつく。

 もしステラが聖女だったなら、と考える。彼女はきっとシャーロットに賛同してくれたはず。そうしたら、シャーロットたちが聖女を担う間に身分を持ち込まないルールに改革できたかもしれない。

 ラージエンド子爵家の双子のうち、聖女はひとりだけだったと聞いたとき、シャーロットは当然ステラが聖女だと思った。

 聖女認定会から帰ってきた母から聞いたときにはひどく驚いた。

「ラージエンド子爵家の聖女候補ですが、ひとりは聖女ではありませんでした」

「え……、そうなのですか。ステラ様おひとりが?」

「いいえ」

 母は憂い顔で首を振ると、

「ステラ嬢は聖女ではないほうなのですよ」

「え? まさか!」

「ええ。セレナ嬢だけが聖女でした。……皆様、驚いてらっしゃいましたわ」

 ステラと一緒に聖女の活動ができるのを楽しみにしていたシャーロットは信じられない思いで母を見る。

「それではステラ様はどうされるのですか」

「聖女ではなかったのですから、普通の貴族令嬢のように学院に通って、卒業後はご結婚されるのではないかしら。確か子爵家のお子様は双子の令嬢だけでしたから、婿を取るのかもしれないですね」

 貴族の子女が通う学院の入学年と聖女の就任の年が同じため、聖女は学院に通う時間がない。代わりに、希望すれば聖女の務めの合間に教会で相当の教育を受けることができる。貴族令嬢なら基礎の教育は家庭教師から受けていることが多いため、専門的に学びたい科目くらいだが。また、平民の聖女は特別に見習い期間に無料で基礎教育を受けることもできた。――助成金をはじめ、さまざまな制度で聖女は手厚く守られている。

「ステラ様とお会いする機会はもうないのでしょうか」

「双子の妹が聖女なのですから、茶会や慈善活動には一緒にいらっしゃるのではないかしら」

「お母様、ラージエンド子爵夫人を招いたりは……」

「いたしません」

 にっこりと笑顔で却下され、シャーロットはおとなしくうなずく。「史上初の双子の聖女の母」と言って張り合ってくる子爵夫人は、シャーロットから見ても招きたい相手ではなかった。

「面識があるのですから、聖女なんて関係なく貴族のお友達として、ステラ様だけをあなたが招待すればいいのではなくて?」

「そうですわね! そうしますわ」

 ステラとふたりでゆっくり話せるならそのほうがいいに決まっている。

 シャーロットは意気揚々と茶会の招待状を送ったけれど、ステラからは断りの返事が届いた。聖女じゃなかったショックで寝込んでいるらしい。

 返事の筆跡が大人のものだったこともあり、それほど悪いのかと心配で、見舞いに行きたいと再度手紙を送った。すると、今度は「心配しないでほしい。元気になったらこちらから連絡する」と子どもの筆跡で返事が届いた。

 半年以上経つけれど、ステラからの連絡はない。教会でセレナに会ったときに尋ねたけれど、ステラは部屋に引きこもっている、誰にも会いたくないと言って自分も会えない、と嫌そうに言うだけだ。心配しているようには見えなかった。ステラの話をするだけで不機嫌を隠そうともしないセレナに、シャーロットはこれ以上触れないほうがいいと感じた。

 何か連絡する手段があればいいのだけれど。

 茶会で何度か顔を合わせたくらいで、子爵家に訪問したこともないし、共通の友人もいない。

 シャーロットは学院に通わないし、社交界デビューする予定もない。

 聖女の任期は決まってないため、貴族出身の聖女は結婚を理由に早期引退する者が多かった。しかし、シャーロットは結婚せずにずっと聖女を続けるつもりだった。

 そうなると、ますますステラに会える機会がなくなる。

 なにか伝手がなかっただろうか、とシャーロットは必死で考える。

 そして行き着いたのは父方の叔母だった。


::::::::::


 セレナはシャーロットが通り過ぎてから、リタを促して足早に歩く。

「さすが公爵令嬢。いつお会いしても素敵ですねー」

 リタが後ろから感激したように言った。彼女の気の抜けた話し方は双子の姉ステラを彷彿とさせ、いらいらする。

「私だって貴族令嬢よ!」

 そう言うとリタは黙った。

 見習い聖女になってから、頻繁にシャーロットと比べられる。現職に貴族出身の聖女がひとりいる他は、見習いのセレナとシャーロットだけが貴族だ。加えて、ふたりの歳は近い。

 シャーロットは上位貴族の公爵家。一方のセレナは下位貴族の子爵家。身分から負けている。

 ――ステラがいたら、史上初の双子聖女として優位に立てたのに。

 シャーロットの方が一年先に見習いになったのだから、訓練が進んでいて当然だ。それなのにセレナが何をやっても「こんなものか」というような顔をされるのだ。セレナはそつなく見習いをこなしている。リタが見せる手本と比べて劣っているとは思えない。期待はずれだと評価される謂れはないはずだ。

 最近、比較の相手は本当にシャーロットなのかと疑問に思うようになった。シャーロットじゃなくてステラと比べられているのでは?

 セレナは聖女の認定会を思い出す。

 自分は聖女に認定されるとセレナは疑いなく考えていた。もちろんステラだって認定されると思っていた。史上初めての双子の聖女になって、皆の賞賛を浴びるのだ。そう信じていた。

 それなのに、まさかの事態が起こった。

 女神像の足に触れたのに、ステラの身体は光らなかった。

 近くに控えていた司祭が息をのみ、大司教も低く唸った。

 辺りがざわつき、セレナも不安に駆られる。

 大司教から指示された司祭がステラを立ち上がらせたとき、セレナの手から「双子の聖女」という栄光は失われた。

 いや、それはあとから思ったことで、その瞬間は何も考えられなかった。

 一緒に生まれて一緒に育ち、確かに少し性格が合わないところはあったけれど、双子の聖女としてずっと同じ道を歩んでいくと思っていた。そのステラが聖女じゃなかった。

 初めて自分と明確な差ができたことに、セレナは衝撃を受けていた。

「聖女セレナ、おめでとう」

 大司教がセレナを寿ぐ。

 その言葉にはっとした。

 セレナだけが聖女だった。つまり、同じだと思っていた双子の姉よりも、自分の方が特別なのだ。

 それなのに、案内係の司祭も、聖女庁の担当者も、「ステラ様が聖女じゃなかったのは残念ですが」とセレナへの祝福の前置きにする。

 ――聖女じゃなかったステラは気遣ってあげないかわいそうだけれど、もっと聖女の私に目を向けるべきじゃない?

 両親もそうだ。

 母は「双子の聖女の母」になれなかったと憤慨し、助成金も減らされるとステラをなじる。あそこまで怒りをあらわにした母は初めてだった。

 父も母を宥めるのに終始して、セレナを無視した。

 結局、セレナの聖女認定を祝ってくれる家族は誰もいなかった。

 ――私は聖女なのに、なぜ?

 全部ステラのせいだ。

 見習い聖女になってから、初めてシャーロットと顔を合わせたときもそうだった。

「セレナ様が聖女でしたわね。これからよろしくお願いいたしますね」

 模範的な笑顔で内心が読めないシャーロットが、セレナに挨拶する際、ほんの少し視線を右にずらした。そこはいつもステラがいた位置だった。

 それくらいならセレナも気にしなかった。

 しかし、シャーロットは二言目に「ステラ様はどうされていますか?」と口にし、そのあとも会うたびにステラの様子を訪ねた。

 茶会の招待状もステラだけに届いた。母が断ると見舞いの伺いが届いた。セレナは断りの返事を代筆させられたから知っている。

 ステラは聖女じゃない。聖女なのはセレナの方だ。それなのに。

 慈善活動で行く養護施設の院長も、助成金支給のためにやってくる聖女庁職員も、毎回必ずステラのことを聞いてくる。

 認定会の少し後、母が妊娠しているとわかった。

 弟か妹かはわからないが、「聖女の母」判定の結果から、腹の子どもは聖女ではないとわかっている。

 母はセレナにあまり構わなくなった。母が今までと同じに外出できないことは理解しているけれど、セレナは教会にも慈善活動にもひとりで行かなくてはならない。

 本当ならステラも一緒だったはずなのにと思うと、ステラに会いに行くのも業腹だった。

 聖女になったのに、何も楽しくない。

 それもこれも、全部、ステラが聖女じゃないせいだ。


::::::::::


「奥様、おめでとうございます。ご令息でらっしゃいます」

 助産師が生まれたばかりの我が子の顔を見せてくれた。

 くしゃくしゃの顔で泣く息子を見て、アガサは「ああ……!」と思わず声を上げた。

 娘たちの聖女認定会の直後に「聖女の母」判定で聖女庁に行ったとき、口さがない者たちから「双子の聖女じゃなかったからってすぐに次の子を望むなんて」と陰口を叩かれたけれど、認定会の準備で気づかなかっただけで、授かったのはそれ以前だ。

 双子の聖女の母にはなれなかったが、嫡男を得たことで溜飲が下がった。貴族夫人の義務を果たした自分は、これでもう出来損ないではない。

 アガサは伯爵家の長女として生まれた。結婚当時、ラージエンド子爵家は実家よりも格下だったが羽ぶりは良かった。それで決まった結婚だった。――子爵家の発展は先代子爵の力が大きかったとわかったのは結婚してしばらくしてからだ。

 最初の判定会から帰宅し「聖女の母」だと告げたとき、先代子爵は喜んでくれた。しかし、その夜ひとりで「聖女ということは娘か……」とため息をついていたのをアガサは偶然聞いてしまった。

 実際は、先代は駆け落ち同然で隣国に嫁いだ自分の娘を思い出して、いつか孫娘も嫁ぐのかと先回りの心配をしていただけなのだが、アガサはそれを知らない。アガサは、弟が生まれるまで実家の母が祖父母から嫌味を言われていたのを見てきたし、母から繰り返し「あなたが男だったら」と呪いのように聞かされてきたから、自分も当然嫡男を望まれていると考えた。舅も夫も面と向かってアガサに言わないだけだ、と。

 ところが、生まれたのは双子だった。史上初の「双子の聖女の母」なら、嫡男を得られなかったことも払拭できると思っていた。

 それなのに、ステラは聖女ではなかった。

 あのときの絶望は思い出したくもない。

 それももう終わったことだ。

 こうして息子を授かったのだから、誰にも文句は言わせない。

 夫は現状維持はできても、家をさらに盛り上げる才覚はなかった。先代が亡くなって停滞し始めたところに不作が起こり、今でも持ち直したとは言い難い。近頃は領地を飛び回っていて王都の屋敷にいないことが多い。

 母は「格下の子爵家だったけれど財力だけはあると思っていたのに、失敗したわね」と、アガサを痛ましげに見る。

 アガサは愛おしい息子の頬をそっと撫でた。

「ふふっ、かわいいわね」

 アガサの顔に久しぶりに笑みが浮かぶ。

 これでもう誰にも――母にも――、馬鹿にされることはないのだ。


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