トラヴィス
ステラをマルヒヤシンス聖国から守るため、たくさんの人が動いていた。
アレクシスは全体の責任者だし、ジュリエットも聖女庁の統括になった。ステラ本人もジュリエットの補佐をしている。
何も役割がないのは、トラヴィスだけだ。
父に手伝えることはないか聞いたが、即戦力にならない者を指導している余裕がない、と言われてしまった。
「それでここで不貞腐れてるの?」
「落ち込んでんだよ」
「なにそれ、めんどくさいなぁ」
アレクシスが呆れた顔で、ソファに寝るトラヴィスを見る。
放課後。王城まで来て父に追い払われた末のアレクシスの執務室だ。
「誰か来たら帰る」
そう言うなり、扉が叩かれる。トラヴィスはがばっと飛び起きた。
「失礼いたします。あら、お兄様」
入ってきたのは、ジュリエットだった。彼女の後ろにステラがいないことを確かめて、トラヴィスは息をつく。
「お兄様も殿下に何かご用事ですの?」
「トラヴィスは何もできることがなくて落ち込みにきてるんだってさ」
アレクシスが言うと、ジュリエットは眉を吊り上げる。
「お兄様! 暇なら領地経営でも学んだらいかが? マルヒヤシンス聖国の問題なんて、ほとんど片付いているようなものじゃありませんか? その先の将来に必要なことを勉強なさいませ!」
ジュリエットにアレクシスが拍手を送る。
「ステラのために何かしたいんだ」
「領地経営はステラのためになりますわ。結婚したあと、領が傾いたら困りますでしょ?」
「今できる何か」
ジュリエットはため息をつく。
「お兄様……」
「わかってるさ。少し休んだら帰る。それで、領地経営の勉強をする。ちょっとくらい甘えさせてくれ。勉強は好きでも得意でもないんだ」
トラヴィスが言うと、アレクシスが手を叩いた。
「ああ! それなら、好きで得意なことをしない?」
「ん?」
「近衛騎士」
アレクシスは人差し指を立て、
「見習い騎士になってみなよ。特別に学生でも許可してもらえるようにお願いしておくから」
「でも俺は次期公爵で」
「現公爵だって政府の職があるじゃない? 今、領地はどうしてるのさ」
「代官を立てて、家令が取りまとめて、お父様の担当は最終確認くらいですわね」
トラヴィスより先にジュリエットが答えた。
「じゃあ、君もそれでいいんじゃない? まあ、最終確認できるように勉強は必要だろうけれどね。近衛騎士になれないわけじゃないでしょう?」
「うん、まあ、そうか……」
確かに、自分は騎士のほうが向いている。
「それにさ、君は聖国についてくるつもりでいるかもしれないけれど、今のところ、君の出る幕はないよ?」
「なにっ! ステラの婚約者枠は?」
「ステラの保護者として、パターリアス辺境伯夫人が同行するから、婚約者枠はないねー」
トラヴィスは愕然とした。当然自分も使節団のメンバーに入っていると思っていた。
「近衛見習いなら連れて行けるよ?」
そう言われて、トラヴィスは一も二もなくうなずいたのだ。
使節団の旅は順調に進んだ。
ステラは、聖女じゃない場合の見本として毎回女神像に触れる役をしていた。
一方のトラヴィスはアレクシスの護衛だ。だいたい彼の後ろにいて、ステラからは遠い。――これでは話が違う。
ローズが女神像に触れると彼女の身体は光る。そのあとに試したステラは光らない。
以前に聖女じゃないと指摘されて、真っ青になっていたステラ。しかし、ミモザナ王国の教会で聖女認定をやったときは、「聖女じゃなくてよかった」と言っていた。今はどうなのだろう。
トラヴィスが心配して見つめていると、ステラは女神像から戻ってくる途中でトラヴィスに気づき、ふわっと微笑んだ。
花が綻ぶような笑みだ。
自分に笑いかけてくれたのはうれしい。でも、ここにはトラヴィス以外もいる。隣に立つ騎士がステラに恋してしまったらどうするんだ。
そんなことをアレクシスに愚痴ると――ステラには言えない――、笑われた。
「恋敵は全員ぶちのめすんでしょ? 誰がステラを好きになろうと関係ないんじゃないの?」
「そうか。そうだな。全員ぶちのめす!」
「あ、あのさ、一応言っておくけど、ぶちのめすのは帰ってからにしてね? 旅の途中に護衛が減るのは困るよ」
「考慮する」
大丈夫かな、と眉を寄せるアレクシスをトラヴィスは無視した。
マルヒヤシンス聖国まであと一息というところの街まで来た。
ここまで来ると聖女の話も十分周知されていて、講演会も認定会も大盛況だった。
宿の部屋から出ると、廊下を向こうからステラが歩いてくるのが見えた。侍女のマーサも一緒だ。
「ステラ!」
声をかけると、彼女は手を振ってこちらに走り出す。
移動中は近衛に休みがないため、ステラと話す機会があまりない。食事や、宿についてからの交代時間のときくらいだ。ステラと一緒にいられる時間はわずかも見逃したくない。
トラヴィスもステラに駆け寄った。
その途中、ふと、ステラが窓の方に目を移した。
トラヴィスは、はっとした。
アレクシスが言っていた。ステラはジュリエットを影から見守るアレクシスに気づくのだ、と。ジュリエットも彼女の侍女も今まで誰も気づかなかったのに。
トラヴィスはステラに飛びつき、抱えて転がる。
がしゃんと窓ガラスの割れる音がした。
ステラを後ろにかばい、トラヴィスは剣を抜く。
一撃をなんとか受け止めて、払いのける。
窓を割って侵入してきたのは黒ずくめの男だ。ひとりだけ。顔は目以外を隠している。
男は一歩後ろに飛んで、体勢を立て直した。トラヴィスも剣を構える。
「侵入者あり! であえ!」
後ろからステラの声。
思い切り転がってしまったが、無事なようでよかった。
「お嬢様! お怪我はありませんか?」
「マーサ、大丈夫よ」
マーサが駆け寄ってきた。
ガラスの音か、ステラの声のおかげかわからないが、扉がいくつか開いて騎士が出てきた。
「トラヴィスは令嬢を守っていろ!」
近衛騎士の隊長が言う。
「はっ!」
侵入者は多勢に無勢を見てとったのか、すぐに入ってきた窓から外に逃げた。ここは三階だが、入ってきたのだから降りる手段も持っているのか、身体能力が高いのか。
その瞬間、外で「確保!」と声が聞こえた。
庭で警戒していた騎士だ。
「仲間がいないか確認!」
隊長が窓の外に指示を出している。
トラヴィスは剣を鞘に戻し、ステラを振り返る。
「ステラ! 大丈夫か?」
「ええ。大丈夫。……トラヴィス、ありがとう」
ステラは床に座り込んだままだった。
マーサが場所を譲ってくれたので、トラヴィスは彼女を抱きしめる。身体が震えているのに気づいたけれど、ステラなのか自分なのか、わからない。
トラヴィスをかばってステラが矢を受けたときの悪夢を思い出した。
「俺は、お前を守れたか?」
「ええ、もちろん」
「良かった。守れて、良かった……」
「あのときと逆ね」
「ああ、次も俺が絶対守るからな」
そこでやってきたアレクシスが「次はないのが一番なんだけど」とつっこむ。
しかし、その後の道中もトラヴィスはステラの護衛にはなれなかった。容姿が目立つため、トラヴィスが護衛についているとその対象も目立つのだ。あからさまに重要人物だとわかるアレクシスならともかく、隠したいステラにはつけられないと却下されてしまった。
話が違う。




