聖女派の司祭ジョージ
ジョージは、ムスカリラ王国の中央教会に所属する司祭だ。地位はそれほど高くはないが、説法よりは運営向きなため、聖女庁との実務的なやりとりを任されることが多い。
今回は、聖女庁経由で王妃の呼び出しを受けていた。
聖女庁の会議室にいたのは王妃の他には、ソントンとロジャー。このふたりが組んでいたのはラージエンド子爵家の案件だけだったと思うが、とジョージは首をひねる。
双子の認定会はジョージも見学していたのでよく覚えている。聖女の母から生まれた子どもしか認定会をしないので、今まで聖女の証が現れなかった者はいなかったのだ。あのときのステラが最初だ。
双子のうちの聖女に認定されたほうのセレナは、今では立派に聖女の任をこなしている。
聖女じゃなかったステラは隣国に養子に出されたと聞いたが、何かあったのだろうか。それとも他の案件だろうか。
挨拶をしてジョージが席につくと、ソントンが口を開いた。
「ジョージ司祭に来ていただいたのは、ラージエンド子爵家の元聖女候補のステラ様の件です」
ジョージは、やはりという思いで尋ねる。
「何かあったのですか?」
「これは教会に関係あることなのですが、マルヒヤシンス聖国の大司教の世代交代が近くあるとか」
「ええ」
意外な話題に、戸惑いながらうなずく。それで、と促すと、
「司祭のほうがお詳しいかと思いますが、女神派の一派が聖女派を取り込もうと接触してきているそうですね。その一環なのか、聖国の聖女に担ぎ上げようとミモザナ王国にステラ様を要求してきたそうです」
「なんと!」
ジョージらムスカリラ王国の教会は自ら聖女派を名乗ったわけではなく、気づいたらそうなっていた。聖国側が執拗に敵視してくるため、こちらもだんだん不満が溜まり、最近では聖職者同士の交流も減っている。
聖国の世代交代について、聖女派の教会は注視していたが、手を出すつもりはなかった。むしろ、次世代の聖女派に対する態度次第では独立することも想定している。
しかし、次代がなかなか決まらず、その一方の陣営が聖女派に支持を求めてきた。近いうちに第三国で密談を設けることになっていた。その会合にはジョージも参加予定だ。
しかし、ステラを聖女に要求してきたとは初耳だ。こちらに接触してきたのと同じ陣営だろうか。
「聖国のどの陣営でしょうか」
「エコノマーク副司祭だそうです」
「なるほど」
同じ陣営である。
まさか、こちらの誰かがステラ――聖女候補だったのに認定されなかった稀有な存在――の話を漏らしたのでは?
ステラがミモザナ王国に引き取られた経緯を考えると、聖女庁や王妃はステラを気にかけているようだ。
一瞬迷ったが、ジョージは手の内を見せることにした。すでに押さえられている可能性もある。
「副司祭の陣営は確かに私たちに連絡を取ってきました。秘密裏に話をする予定があります。こちらからステラ嬢の情報が渡った可能性を調べてみます」
「そうしてもらえるとありがたいですが、広めないように要請しただけで、絶対に秘匿するよう命令を下したわけではないのですから、罰などは求めていません。今後も軽々しく話のタネにしないでほしいのは変わりませんが、もう隠しておく意味もないようですし。……手を煩わせてしまいましたね」
王妃がそう言ったため、ジョージは「ご配慮痛み入ります」と頭を下げた。
ソントンが説明を続ける。
「ミモザナ王国からの要望ですが……」
いわく、ステラを聖国に取られないように、聖国の人間から聖女が選ばれるようにしたい。そのために、ムスカリラ王国以外にも聖女がいるのか調べたい。もし、いるなら、聖女制度を導入したい。――ということだった。
「聖女庁では、ミモザナ王国に協力したいと考えています。教会の考えをお聞かせいただきたい」
「そうですね。今ここで私が決められることではないので、一度持ち帰って検討させてください」
「ええ、もちろんかまいません」
ロジャーが資料を渡してくれるのを受け取る。
「どうでしょう? 他国にも聖女がいる可能性がありますか?」
「それは……。個人的な意見ですが、いてもおかしくはないかと思います」
ジョージが答えると、王妃が目を瞬かせ、
「理由を聞いても?」
「私たちが崇めているのは大地の女神です。同じ大陸にあるのですから、女神のお力が届かないわけがないのです。国境など人が引いた線ですから。――我が国の初代聖女様は、その中でも初めて女神のお力に気がついた特別な方だと、そう思います」
王妃は「ありがとう」とうなずく。
それに背中を押されて、ジョージも疑問を口にした。
「王妃殿下も聖女庁も、ステラ嬢を気にかけてらっしゃいますが、なぜでしょうか。もう他国に渡った者でしょうに」
「理由はいろいろありますね。まず、聖女庁では聖女に認定されなかった元候補も、引退聖女と同様に、動向を見守ることに決めています。他国に行った者もできる限りそうするつもりです」
「なるほど」
「それから、ステラ嬢は、ミモザナ王国の王太子の婚約者と友人で、彼女の兄の次期公爵と婚約したそうです。また、ステラ嬢の養子先はミモザナ王国で力を持つ辺境伯家。政治的な打算も大きいのは否定できません」
彼女の養母と私たちは個人的に友人でもありますし、と王妃は微笑む。「私たち」というのは、ハミルトン公爵夫人や王妹パトリシアも含めてだろう。
「あとは、そうですわね。ステラ嬢は、私たちの幸せを祈ってくれました」
「祈り、ですか?」
「そうやって感謝されると、報われた気持ちになりますね。国民全員に目をかけるのはなかなか難しいですが、手の届く範囲の対応から学んで、もっと広い範囲に活かせるように、と日々努力しております」
聖女の母の判定をしている窓口で、判定の結果に関わらずに出産や子育ての相談ができることになったのはジョージも知っている。聖女庁の新たな活動だ。
「私も、ステラ嬢の幸せを祈っているのですよ」
そう言って王妃は微笑んだ。
教会では、聖女庁の提案をのむことに決めた。
ミモザナ王国にはジョージが派遣されることになった。聖女庁のソントンとロジャー、元聖女のローズと共に向かう。
結果は上々だった。
ミモザナ王国でも聖女が見つかり、他の同盟国でも見つかった。
聖女庁の要求も通ったらしく、制度は滞りなく整えられていく。
女神派の教会があるフルピナス王国とネモフィラーゼ共和国は、政府経由で働きかけて、聖女制度を教会に認めさせた。
聖国のとばっちりであるが、教会に注目が集まり、今後は護符の収入も期待できるとあって、両国の教会も納得したようである。
ローズには、行く先々で女神と繋がりを持てる素晴らしさを語ってもらった。彼女は皆が持つ聖女のイメージに近い穏やかな女性で、布教にはぴったりだった。聖女を引退してから、養護施設の職員を務めており、教会の収入が施設運営に影響する点から、布教活動に理解を示してくれた。また、聖女制度が広まり不幸な子どもが減ることも期待しているようだった。
ステラも、なんとなく雰囲気がローズに似ている。なんでも受け入れてくれそうな、大らかさがあった。彼女の婚約者もそんなところに惹かれたのかもしれない。
婚約者が白髪赤目だったのには、ジョージも驚いた。できるだけ表に出さないようにしていたが、魔獣の目が赤いと知っているため、目が合うと緊張してしまう。
彼もわかっているようで、親しくない人に対しては一線を引いた態度だった。まだ若いのに、苦労してきたのだろう。そう思うと自分の態度は情けない。
聖国までの旅に合流してから、彼にも積極的に話しかけるようにした。当たり前だが、ごく普通の青年だった。
それで少し仲良くなって彼から聞き出したステラとの馴れ初めは、暗殺未遂から助けられたときに恋に気づいた、というもので、ジョージはステラを二度見してしまった。
マルヒヤシンス聖国の隣にあるネモフィラーゼ共和国の教会。その会議室で、ジョージはエコノマーク副司祭の陣営と会合を持った。
今、教会の礼拝堂では聖女認定会が開催中で、とても賑わっている。
「聖国でも聖女制度を受け入れていただけるのであれば、聖女派の教会はエコノマーク副司祭を支持いたします」
聖女派を認めろ、を超えて、聖女派になれ、と言っているようなものだ。
案の定、副司祭陣営の代表でやってきたカンバス司祭は苦い顔をする。
「聖女制度ですか……」
「周辺国ではもう始まっています。聖国が拒否した場合は聖国だけ聖女がいない、ということになりますね」
すでにフルピナス王国やネモフィラーゼ共和国以外の国にも使者が立っている。向こうから接触してきた国もあるくらいだ。
「ちなみに、ステラ嬢は聖女ではありません。どの国の教会で試してみても聖女じゃないと確認されています」
保険をかけて、聖女の見本でローズが、聖女じゃない見本でステラが、毎回認定会の最初に女神像に触れている。
ここで聖国がステラは聖女だと主張しても、疑念を抱かれるだけだ。
カンバス司祭は「むぅ……」と唸る。
追い詰めるだけでは反感ばかりを買ってしまうため、布教や護符など、聖女制度の利点も述べておく。
考え込んでしまったカンバス司祭に、同席していたミモザナ王国の王太子アレクシスが、
「ネモフィラーゼ共和国で見つかった聖女の中に、教会の本拠地で聖女の役目を務められるなら本望だという、野心的、もとい熱心な信者がいたんだ。あとで紹介するよ」
聖国で聖女が見つからなくても安心だね、とアレクシスは微笑む。
「ステラからは手を引いてくれるよね? 彼女は聖女じゃないのだから」
カンバス司祭はその場では回答せずに持ち帰ったが、後日、承諾の返事が届いた。
エコノマーク副司祭が聖国の大司教になった暁には、聖国でも聖女制度が開始される。
周辺国では聖女の話題で持ちきりなので、ここで聖女を退けるよりは、聖国に取り入れた功労者になったほうが良いと判断したのだろう。
いよいよ、ミモザナ王国の使節団がマルヒヤシンス聖国に入ることになった。
エコノマーク副司祭の招待で、聖女認定会の見本を見せるという名目だ。
マルヒヤシンス聖国に思うところがあったらしいネモフィラーゼ共和国が、国境の街から大々的に送り出してくれたため、聖国の教会までの道のりはパレードのようだった。聖国の国土は狭いため、午後には教会に到着した。
聖国の市民――ほとんどが敬虔な信者だ――の間には、すでに聖女の素晴らしさを流してある。周辺国で聖女が見つかっていることも。
いずれ聖国でも認定会が開かれ、自分が聖女に認定されるかもしれない。集まった市民の顔には期待が浮かんでいた。
感慨深く、ジョージは大きな聖堂を見上げた。
ジョージはなんだかんだ言っても司祭だ。
本拠地の女神に会えることに心が震えないわけがない。
いざ、とばかりに一歩を踏み出したのだった。




