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双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々  作者: 神田柊子
第一章 ムスカリラ王国を出るまで

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メイドのミリー

 ミリーはラージエンド子爵家のメイドだ。十五歳で養護施設を出て子爵家で働き始めてから、もうすぐ二年だ。

 養護施設の出身で貴族家のメイドになるのは難しく、商家など裕福な平民の家の下働きがせいぜいだ。だから、雇ってくれたラージエンド子爵夫人には感激したものだ。

 けれど、それは「双子の聖女の母」の慈愛を示す格好だけだとすぐに気づいた。

 使用人界隈でラージエンド子爵家の評判はあまり良くない。伝手があって内情を知ることができる人は勤めようとは思わない。うっかり就職してしまった場合はさっさと辞めていく者が多い。ミリーも紹介状を出してもらえる三年が経ったら辞めようと思っていた。

 ミリーはそっとステラの部屋の扉を叩いた。返事を待って扉を開けると、ステラはシーツをまとめているところだった。

「ステラお嬢様! そんなこと私がやりますから!」

 ミリーは持ってきた木の皿をテーブルに置いてから、慌ててシーツをステラから取り上げる。

 半年ほど前に聖女の認定会があり、ステラは聖女ではないと判断された。

 それからだ。

 修道女のように清貧な暮らしをすれば聖女になれるだろう、とアガサが言い出し、ステラは今までとは全く違う生活をさせられていた。

 いくつもあった服や装飾品は取り上げられ、何枚かの部屋着だけが残された。食事も一日一食。使用人と同じメニューだ。成長期にこれはない。ミリーのいた施設でも量や質はともかく一日三食だった。

 自分のことは自分でやれと、アガサはステラの侍女を解雇した。部屋の掃除や洗濯もステラ自身でやることになっているが、ミリーはこっそりとステラの世話をしていた。余り物を見繕ってになるが、食事もできる限り三食運んでいる。

 今日も、セレナとアガサの茶会で余ったからと使用人に下げ渡されたお菓子を持ってきたのだ。

「じゃあ、一緒に洗濯しましょう。私がやらないとミリーが怒られてしまうわ」

「洗濯は私の仕事ですから、怒られませんよ」

「私の仕事も洗濯だもの」

「違います。お嬢様は貴族のご令嬢ではないですか!」

 ミリーがそう言うと、ステラは力なく笑った。

「私、聖女じゃないから」

「そんなこと関係ありませんよ」

 ステラは首を振る。

 この押し問答は何度も繰り返された。そしてステラはかたくなに受け入れない。

 まだ十二歳の少女が打ちのめされている姿に心が痛む。相手が施設の後輩だったら迷わず抱きしめるのに。

 聖女じゃないからなんなんだ、とミリーは思う。

 ミリーだって聖女ではない。

 あんなに高圧的なアガサだって聖女ではない。娘が聖女だから「聖女の母」なだけで、彼女自身に力があるわけでもない。

 聖女認定されたセレナに比べたらステラの方がよほど聖女らしい性格だ。

 セレナが聖女でステラが聖女じゃないと聞いたときは心底驚いた。間違いではないのか、逆ではないか、と使用人皆で顔を見合わせたほどだ。

 沈んだ雰囲気を変えるように、ステラは笑う。

「洗濯のときくらいしか部屋から出る用事がないのだから、いいでしょう?」

 ステラが明るく言うからミリーも話を合わせた。

「お嬢様は見てるだけにしてくださいね」

 認定会のあと十日ほど、ステラは本当にずっと部屋に閉じこもっていた。アガサが出るなと言いつけたのもあるけれど、ミリーが食事を持って行ってもベッドに潜っていることが多かった。そのころに比べたらずいぶん明るくなった。

 清貧な暮らしをすれば聖女になれるなんて、アガサのいじめの口実だ。でも、ステラはそれを心のよりどころにしているふしがあった。

 ステラが立ち直るきっかけになればと思っても、普通の貴族令嬢の生活とは違いすぎる。

 半年前までそっくりだった双子だけれど、今は明らかにステラの方がやせていて、髪のつやもない。洗濯なんかして手も荒れたら最悪だ。

 晴れているうちに洗濯をしようということで、裏庭に向かったミリーたちだが、夜着や下着を持ってこなかったことに気づきミリーだけ部屋に戻った。

 誰もいないからとノックもせずに扉を開けると、人影があった。

「セレナお嬢様! 失礼いたしました」

 フリルの多い豪華なワンピースを着たセレナがいた。ミリーは慌てて回れ右をしようとしたけれど、セレナは「待ちなさい」と引き留めた。

「これ、どういうこと? ステラが盗んだの?」

 セレナが指さすのはミリーが持ってきたクッキーだ。二枚だけ、しかも残り物だ。

「違います! それは私が下げ渡されたものです」

「メイドのものをステラが取り上げたの?」

「違います! 取り上げるなんて、ステラお嬢様はそんなことしません!」

 セレナは必死に言い募るミリーを見て、「ふぅん」と小さく鼻を鳴らす。嫌な視線に背筋が冷えた。

 彼女はクッキーが載った木皿を手に取ると、それをミリーに向かって投げつけた。

 ミリーは避けずに受け止めたため、皿は額に当たって落ちた。額が痛いけれど、ミリーは深く頭を下げて耐えた。そっと目をやって皿が割れなかったことを確認する。使用人用の食器しか使えなかったことが功を奏した。

 頭を下げていたミリーは、皿が当たると思っていなかったセレナが目を見開いたのには気づかない。

「ふ、ふんっ! 使用人の食べるものを主人に出す無礼なメイドへの罰よ!」

 セレナはそう言うと、ミリーを押しのけて部屋を出て行った。

 後ろでばたんと扉が締まる。

 ミリーはゆっくり振り返ってセレナがいないことを確かめてから、「はぁぁ」と大きな息を吐き、その場に座り込んだ。

 セレナは確かに褒められた性格ではなかったけれど、今ほど歪んでもいなかった。人当たりがきつくなったのは聖女認定会のあとからだ。

 ステラは、子爵家がバラバラになったのは自分が聖女に選ばれなかったせいだと言うけれど、そんなことはない。おそらく、ただのきっかけだ。

 先代のころはうまくいっていた領地経営も少し前の不作以降持ち直せないまま、当代子爵は政府では要職にもつけず、ふたり分の聖女助成金でどうにかなっていた状況だ。それなのに、子爵夫人のアガサはめいっぱい金を使い、聖女の母をかさに着て高慢に振舞い、社交界では遠巻きにされていた。

 遅かれ早かれラージエンド子爵家は破綻していたと思う。

 認定会より前から、見切りをつけた古参の使用人はどんどん辞めていた。そして今度は助成金が半分になったことを理由に、先代の忠臣で当主夫妻に苦言を呈することもできた執事や侍女長が、子爵によって辞めさせられた。

 単純に給料の高い者から辞めさせたせいだろう、現在残った使用人はあまり質が良くない。繰り上がりの侍女長も新しい執事も当主夫妻を適当に持ち上げておき、隙があれば手抜きをするタイプだ。

 今までと同じ給料で上級使用人がやるような仕事もさせられるようになり、ミリーももう紹介状なんて待たずに辞めるべきかと考えていた。けれども、辞めていく侍女長にステラの世話を任されて、直に接したことでステラを置いて辞めることができなくなっていた。――下っ端で給料の安いミリーは最後まで辞めさせられることはないと侍女長は考えたのだろう。ミリーは施設で年下の面倒を見てきたし、間違いない人選だと自分でも思う。

 これからどうなるのだろうか。どうしたらいいだろうか。……どうしたらステラを助けられるだろうか。

 ミリーは不安と焦燥を抱きつつ、裏庭に向かう前に皿とクッキーを片づけに厨房に寄る。急がないとステラが洗濯を始めてしまうけれど、このままだと何があったか心配される。痛む額に濡れたハンカチをあてて冷やしていると、休憩室の使用人たちの話が聞こえてきた。

「助成金が減ったから全員の給料が下がるらしいよ」

「それって、ステラお嬢様が聖女じゃないからでしょ」

「双子の聖女って自慢してたくせに」

「……ねえ、ちょっといじわるしてやらない?」

 不穏な流れを察して、ミリーは休憩室に入った。

 ステラお嬢様のせいじゃないと主張する代わりに、「やめたほうがいいですよ」と忠告する。

「どうして?」

「さっき、ステラお嬢様の部屋に行ったんです。中に人がいたら当然ステラお嬢様だと思いますよね? でも、セレナお嬢様だったんです。おかげで散々な目にあいました」

 詳細は語らずにミリーは額を見せる。切れてはいないけれど、腫れているようで熱を持っている。

 けがを見た使用人たちは、口々に声をあげた。

「わぁ、痛そう」

「それ、セレナお嬢様にやられたの?」

「ステラお嬢様と間違えたから? ひっどー」

「メイドが来るのを待ち構えてたんじゃない? セレナお嬢様ならそのくらいやりそうよ」

「わかる、わかる」

 セレナもさすがにそこまで暇ではないだろう。しかし皆多かれ少なかれセレナやアガサに不満を持っているため、勝手に悪評が増やされていく。

「ステラお嬢様だと思っていじわるしたらセレナお嬢様だったなんてことにならないように注意してくださいね」

 ミリーはそう言って休憩室を出た。

 残された使用人たちの間では、ステラにもセレナにも関わらないほうがいいという結論が出されたようだった。

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