オスカー
魔獣が大発生したため、王国騎士団に所属しているオスカーは現場に向かうことになった。
魔獣の多い辺境伯領出身を見込まれて一隊を任された。
場所が洞窟で、規模がわからないのは問題だが、魔獣は魔獣だ。彼らには知性がない。向かってくるものを片っ端から倒せばいいだけ。
領地の北の森で行う定期討伐と同じだ、とオスカーは考えている。
出発の当日、騎士団本部の庭で待機していると、ブルーノがやってきた。
「ステラはどうだ?」
「ジュリエット様の一喝は効きますねー。見事に復活されていますよ。後方支援部隊に志願されたので、一緒に行くことになりました」
「ステラが? 大丈夫なのか?」
「お嬢様が担当されるのは教会で護符を書く仕事なので、できるだけ外に出ないように言ってあります」
「護符?」
オスカーは聞きとがめ、声をひそめた。
「聖女候補だったのが広まらないか?」
「護符の知識は、養子になる前に教会に縁があったってことでごまかしました。あながち間違いではないので」
ブルーノは困ったように笑う。
「何かできることがあったほうが、お嬢様には良いかと」
「そうだな」
初めて会ったときから、ステラは役に立てるかどうかを気にしていた。
今回も自分だけ何もできないことで、もし聖女だったら、と憂いていたようだった。もう何年も経つのに、ステラはいつまでも聖女にとらわれている。
なんとかしてあげたいが、こればかりは本人次第だ。
洞窟は広く、ところどころで枝分かれしていた。作戦開始から二日経ったが、瘴気溜まりはすべて浄化できていない。
洞窟内の道が広くないため、一列になって、ひとりずつ前方の魔獣を倒したら後ろに下がるのを繰り返して先に進んでいる。
オスカーが剣を振ると、二体まとめて魔獣が消えた。魔獣は普通の獣と違って死体が残らないから、楽でいい。間髪入れずに護符を投げると剣の風圧で、さらに前方にいた魔獣まで飛ばす。弱らせたところに一歩で近寄り、切り捨てた。そうすると、目の届く範囲に魔獣はいなくなった。
オスカーが避けると後ろの隊員が前進した。前から三番目の隊員に灯りが渡される。それを見送って、オスカーは最後尾に並ぶ。
戦闘員の後ろには工員がついていて、踏破の証に発光塗料を塗っていく。うすぼんやりとしか光らないが道がわかりやすい。
オスカーは腰にさげていた瓶をとって、剣に聖水をかけ直した。力技で押しても倒せるが、聖水や護符を併用した方が効率がいい。
「パターリアス隊長がやると早いっすね。二体まとめてとか、さすが」
次の魔獣に行き当たらないからか、すぐ前の隊員が軽口を叩いた。余裕があるのはいいことだ。
「あの白い髪の傭兵も隊長並みに強いらしいです」
「ああ、トラヴィスか」
この隊員は平民だから、彼が次期公爵だと知らないのだろう。
トラヴィスはフランクの弟子の中でも筋がいいほうだ。オスカーはフランクが領地に来たときしか教えを請うことができなかったが、彼はフランクと一緒に旅をしたり討伐に出たりなど、一番長い時間を共にすごしている。
「あいつの目の色、知ってますか? 赤いんですよ」
「ああ、知っているぞ。俺はあいつの兄弟子なんだ。いいか? あの色は魔獣とは関係ない。俺が保証する」
「あ、そうなんすね」
隊員は少し拍子抜けしたようにそう言った。とっておきの情報のつもりだったのかもしれない。
「他にも噂しているやつがいたら、注意しておいてくれ。彼は傭兵枠で参加しているが、次期公爵だからな」
「ええっ! 貴族なんすか?」
やべー、と言っている隊員を、「無駄口は終わりだ」と黙らせる。
稼働時間が重ならないため、オスカーは作戦が始まってからトラヴィスと会っていない。一度様子を見てみるか、と考えた。
食事をとりに行ったときにブルーノと会った。
「ステラはどうしている?」
「元気に護符を書いてますよ」
ブルーノはオスカーを人のいない壁際に誘導した。
「食堂で小耳に挟んだんですが、騎士団で、よく効く護符があるって噂になってませんか?」
「ああ、聞いたかもしれん。急ぎの大量生産だから祈祷にムラがあるんじゃないかとか、言われているな」
「それ、たぶんお嬢様なんです」
ブルーノはさらに声を落とすと、
「私はこの国までの道中の馬車の中で聞いたんですが、お嬢様が読んだ教本では、護符に使われる文字は字形の指示が細かくて、点やハネやハライなどの角度や長さまできっちり決まっていたんだそうです。それが、どうもこちらの教会の教えではそこまで指定されていないようで……」
「ステラの知識のほうが高度なのか」
「そうなんです」
と、ブルーノはうなずく。
「お嬢様は気づいておらず、教会関係者も『貴族は字が綺麗ですねー』くらいに捉えているようです」
「……それじゃあ、その件はそのままで」
「承知いたしました」
バレたらそのときだ。今気づきました、という体で乗り切ろう。
オスカーとブルーノはうなずき合った。
しかし、ステラはそのあとも問題を引き起こす。
後方支援部隊にいてなぜ魔獣に襲われるのだ?
しかも聞けばまた誰かを庇って自分から前に出て行ったと言う。
オスカーはブルーノを呼び出して、騎士団から支給された自分の分の聖女の護符を渡そうとした。
ムスカリラ王国から餞別に賜ったのは旅の全員分だが、ブルーノやマーサがもらった分は辺境伯一家に振り分け済みらしく、ブルーノの手元にはない。
支援物資は後方に渡せるほどの数はなかったため、オスカーの分を秘密裡に持たせる以外ない。
「お嬢様に持たせるとまた突っ込んで行きかねないんで、そのまま若様が持っていてください」
「しかし、ステラは何も持っていなくても突っ込んで行くんじゃないか?」
「嫌なこと言わないでくださいよー。お嬢様ならやりかねないって、私も思ってるんですから……」
ブルーノは頭を抱えてから、
「戦局はどうなんですか?」
「瘴気溜まりを見つけるのに手こずっているだけで、魔獣討伐自体は大したことはないな」
北の森では、前後左右を警戒しないとならないが、ここは基本的に前方に注力すればよい。視界は暗いは暗いが森と違って木々で遮られないし、意外に足場も悪くはない。
はぐれ魔獣が出て緊張が走ったが、長期化で気が緩みそうになったところによい刺激になった部分もある。洞窟ばかりで嫌気がさしていたため、外回りの警戒は気分転換にもなる。
「こうなったらですね、とにかく早く帰れるように、若様とフランク様でガンガン攻めちゃってください! お嬢様は外に出さないようにしておくんで!」
「わかった!」
オスカーが承ると、ブルーノはまた声をひそめた。
彼がこうするときはステラが何かやったときだ。
「護符と同じ聖句を刻んだ盾がありますよね。小さい盾には彫れないから聖句が入ってないとか」
「ああ、そうだな」
騎士団でも武器や盾は自分に合ったものを選ぶから、聖句なしの盾を使っている者も多い。
「お嬢様が何もない盾を見て、そこに直接絵の具で聖句を書けばいいんじゃないか、と提案なさいました」
「すぐに消えないか?」
「消えない絵の具を探しましたよ」
「ん? もう書いたのか」
「司令部に許可が取れたんで、今さっそく書いているところです」
休憩に入った騎士の盾を集めて、ステラが聖句を書いているそうだ。
「おそらく、また、護符のように効果の高い盾になると思います」
「なるか? なるのか……」
「なりますねー」
「まあ、何か言われたらそのときだな。考えてもどうにもならん」
オスカーができるのは、さっさと討伐を終わらせることだけだ。
それから、さらに二日。やっと洞窟内の瘴気溜まりを全て浄化し終えた。
念のため、数日はこのまま待機するが、交代の部隊が来たら帰ることができる。
埋められる規模ではないため、今後は騎士が常駐し、洞窟内部で瘴気が発生していないか定期確認する流れになるだろう。
一部隊は警戒に残し、オスカーたちは後方のテントまで下がった。
「お兄様!」
向こうからステラが手を振って走ってきた。
「ステラ!」
「お兄様、ご無事でなによりです!」
「ありがとう、ステラ。でも、それよりも」
ステラが一番に自分を見つけてくれたことを喜びつつ、オスカーは後ろを見やる。
「ほら」
視線の先にはトラヴィスがいた。彼とは何度か話したが、「自分は問題ない」となかなか頑なだった。周りを威圧して舐められないようにしておくほうが効果的な場合もあるから、オスカーも強くは言えない。フランクの旧友でトラヴィスと面識のある傭兵が同じ班に振り分けられていたから、フランク経由で気にかけてもらっていた。
ステラは疲れた顔のトラヴィスを見つけて、オスカーの元から駆けて行った。
「トラヴィス!」
ステラの声に、トラヴィスの顔が驚きに染まる。
それから、一瞬で破顔した。
飛びつくステラを抱きとめ、慌てて顔を赤くする。
ふたりをほほえましく見ていると、フランクがやってきた。
「お疲れ様」
「師匠も。ご無事で」
「ああ」
軽く拳をぶつけ合ってから、フランクもトラヴィスのほうに目を向けた。
フードを被って、だいたい不機嫌にしていた昔のトラヴィスを思い出す。
「トラヴィスがステラに出会えて良かったよ」
「俺もそう思います」
しんみりしていたふたりのところに、トラヴィスの様子を見てもらっていた傭兵の男がやってきた。
「よう、フランク」
「よう。そうだ! あいつのこと、ありがとうな」
フランクはトラヴィスに顎をしゃくる。
「いや、かまわんよ」
そして、彼はオスカーに、
「なあ、騎士さん。あの女の子は誰だい?」
「俺の妹で、あいつの婚約者だが?」
多少警戒しつつそう教えると、男は納得したように何度もうなずく。
「なるほどなぁ。あいつ、あの見た目であの強さだから、洞窟みたいな暗いとこだとちょっと怖ぇのよ。ほとんど笑わんし、貴族だっちゅうと雑談すんのも気ぃ使うし」
「ああー、愛想悪くてすまんな」
「それが、あれ。あの締まりのない顔! 恋人の前だとあんな顔になるのなー。あれ見たら、普通のガキとおんなじだな」
そう言われて周りを見ると、ステラを前にしたトラヴィスの変わりようにぎょっとしたり、笑いをこらえたりニヤニヤしたりしている者も多い。
「いっちょからかってやるかー!」
と、傭兵の男はフランクを誘ってトラヴィスに向かって行った。
「ステラのおかげだな!」
オスカーは大きく伸びをして、清々しい空気を腹一杯吸い込んだ。




