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双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々  作者: 神田柊子
第三章 学院の生活

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魔獣の大発生

 ステラは王都の教会の礼拝室にいた。

 ――女神様、どうか皆をお守りください。

 聖女認定のときのように女神像の足元ではなく、一番前の席に座っていた。

 ステラがここに座ってから、ひっきりなしに市民が訪れ祈りを捧げていく。

 皆、魔獣のことを聞いたのだろう。

 隣町の古い物見塔を建て替える工事をしていたとき、塔の下から洞窟が見つかった。天然のもののようで、塔を建てたときの記録にはないため、気づかずに建てたのだと思われる。

 その洞窟の調査に入るために、塔を完全に撤去して入口を大きく開けたところ、瘴気が噴き出した。

 瘴気が多いところでは魔獣が自然発生する。なんとかもう一度入口を塞いで、急をしのいだところだそうだ。

 完全に解決するには、魔獣を倒しながら洞窟に入り、発生源となっている瘴気溜まりを聖水で浄化する――大きな討伐作戦になるという。体制を整えて、決行日時は五日ほどあとになる。

 今日は、アレクシスから話を聞いた翌日。

 王国騎士団が赴くことになったため、オスカーは朝早くに会議に出て行った。魔獣の多い辺境の出身だから重要な役割を任されるらしい。

 後方に設置される司令部にはアレクシスが出向き、統括をするそうだ。

 そして、トラヴィスも討伐に参加するらしい。騎士団や近衛ではなく、傭兵ギルド経由でだ。

 二年前は魔獣の出る危険な場所には連れて行ってもらえないと言っていたトラヴィスだが、その後、フランクに頼んで魔獣討伐の依頼も連れて行ってもらったらしい。それを聞いたときには、次期公爵に決まったあとに何をやっているのかと心配したけれど、「パターリアス辺境伯家の人たちに認めてもらうには魔獣の一匹や二匹倒してからでないと」とトラヴィスは笑っていた。

 ――女神様。どうして私は聖女じゃないのですか。

 また聖女じゃないと嘆くことになるとは思っていなかった。

 マーガレットに指摘されたことは、魔獣大発生の一報でうやむやになっていた。

 トラヴィスとはまだ話していない。聖女じゃないことが婚約に影響するとは正直思えないけれど、ステラが黙っていたことを彼がどう考えているか、それがわからない。

 しかし、今、ステラの心を占めているのは別のことだった。

 なぜ自分は聖女ではないのか。

 皆が危険な場所に行くのにステラは何もできない。

 ミモザナ王国には聖女の結界はない。だから、聖女の一番の役割である結界の維持はしようと思ってもできない。

 でも、聖女の護符は有効だ。

 ステラが聖女だったら祈りを込めた護符を作れるのに。

「ステラ。ここにいたの?」

 声をかけられて振り返るとジュリエットだった。

「ステラ、あなた何をやっているの?」

 ジュリエットは少し声をひそめると、「聖女の件は殿下からうかがったわ」と言った。

「あなたは聖女じゃないんでしょ?」

「ええ、そう。聖女じゃない……」

「だったら、こんなところで祈っていても何にもならないじゃない? もっとやるべきこと、できることがあるでしょ? 聖女じゃなかったら誰も助けられないなんて、そんなおかしなことがある? あなたはお兄様を助けてくれたわ」

 ステラは目が覚めた気分でジュリエットを見上げた。

「いいから、さっさと行くわよ。ムスカリラ王国に聖女の護符を緊急で売ってもらえないか打診するんですって。あなたも妹やお友だちに手紙を書いてちょうだい。兄や婚約者が討伐に行くんですって、同情誘ってできるだけ多くの護符をできるだけ早く送ってもらえるように、ね」

 ジュリエットに腕を引かれてステラは立ち上がる。

 ずっとついてくれていたマーサとブルーノがやっと表情を緩めた。心配をかけていたことにも気づかなかった。

「それに、何のために衛生学や看護なんかを履修したと思っているの? 今、活用しないでいつ活用するのよ。現場の街の教会を救護所にするんですって。護符や聖水もその教会で作るみたい。そこまでは私たちも行けるわよ」

「あ……護符? 私、護符が書けるわ!」

「まあ! あなたいろいろできることあるじゃない? 女神様に祈るのは全部の手を尽くしてからよ」

 ジュリエットの頼もしい言葉に、ステラは大きくうなずいた。


 聖女になったセレナとシャーロット、ムスカリラ王国の王妃に宛ててステラが書いた手紙は、正式な書状とともに早馬で届けられ、ムスカリラ王国からも早馬で護符が届いた。

 大陸西岸の諸国でも近年まれにみる規模の魔獣発生ということで、救援物資として譲ってもらえることになったらしい。

 その聖女の護符が届くのを待って、作戦は決行された。

 前線基地に出ているオスカーやトラヴィスとは連絡がとれないが、アレクシスが気をまわして、後方支援部隊の補佐に入っているジュリエット経由でときどき情報をくれた。たまたま領地にいたフランクがパターリアス騎士団を一部隊引き連れて合流したらしい。

 洞窟の規模がわからないため、作戦は数日を見込んでいる。

 浄化の手を止めないように、交代しながら昼夜連続討伐を行う。

 ステラは教会の一室で、王都から一緒にやってきた修道女たちとともに護符を書いていた。

 聖水も護符もあってもあっても足りない。

「ステラ様、交代しましょう。ブルーノさんが迎えにいらしてますよ」

 休憩から戻ってきた修道女に声をかけられて、席を代わる。

「お嬢様、お疲れ様です」

 外に出ると、室内は女性ばかりのため入口で待っていたブルーノと合流した。護衛をつれていくわけにはいかないが、ステラ一人では絶対に行かせられないということで、ステラが作業室の外に出るときだけブルーノがつくことで妥協してもらった。ステラが作業室にいる間ブルーノは食堂で調理補助の役割についている。

「裏から回りましょうか」

「ええ、そうね」

 教会の庭はテントが張られて、騎士団や傭兵の仮眠に使われていた。

 それを避けてステラたちは裏手に回る。教会併設の養護施設――一般市民は別の街に避難済みだ――の食堂で炊き出しが行われ、行けばいつも何かしらの食べ物が用意されていた。

 ふと顔を上げると、マーガレットがいた。

 救護所や食堂にはステラのように志願して手伝いにきている学生が何人かいた。マーガレットもそうだった。

 あの舞踏会の夜以来、マーガレットとは話していない。

 ステラが聖女候補だったことは、ダレルが広めないように関係者に申し入れていた。学院入学前に説明されたが、教会の本拠地であるマルヒヤシンス聖国の次代争いにステラが巻き込まれる懸念もあって、政府もダレルの申し入れを了承している。

 だから、あの場でステラが聖女じゃないと発言したマーガレットは、厳しく怒られただろうと思う。

 彼女の情報源は王妃だそうだ。偶然王妃が話しているところを聞いてしまったのが不幸で、直接目の前で話されたり聞いていたのを王妃の側近に見られていれば、当然、口止めされたはず。

 マーガレットは建物の脇でぼーっと立っていた。

 話しかけてもお互い気まずいだろう。

 どうしようかと思ったとき、反対側から「ステラお嬢様」と声をかけられた。そちらを見ると、パターリアス騎士団の騎士たちで見知った顔ばかりだ。彼らも食事に来たのだろう。

 あ、と思って視線を戻すと、騎士団の声でステラに気づいたマーガレットは慌てて身をひるがえした。

 その向こう。井戸の陰。

 ステラはとっさに走り、飛びつくようにしてマーガレットの手を引く。

 反動でステラの方が前に出た。

 そこに濁った灰色の毛の塊がつっこんできた。赤黒い双眸。

 ――魔獣だ。

 遭遇するのは二度目。

 一度目と同じように、魔獣がぶつかる前に、ステラのお守りの聖女の護符が発動した。

 強い光が出るのがわかっていたから、ステラは直前に目を閉じた。

「きゃあ!」

 少し遅れて、マーガレットの悲鳴。

 目を開くと、魔獣は跡形もない。

 ステラは片手を地面について身を起こすと、声を張った。

「パターリアス騎士団! 状況確認! 警戒!」

 特訓の成果だ。

 その場にいた騎士たちが魔獣がやってきた方向に走る。

「本部とテントにも知らせて!」

 そう付け加えると、一人が回れ右をした。

「お嬢様!」

 駆け寄ってきたブルーノがステラの肩をつかんで退避させようとしたけれど、ステラは地面に倒れたままのマーガレットを抱き起こそうとする。

 ブルーノはそんなステラを阻止して、「誰か、そのご令嬢を食堂に」と騎士に指示した。

 彼の冷たい目線で、マーガレットがステラに何を言ったのかブルーノは知っているのだと思った。だからステラはおとなしく従った。

 食堂に入ると、マーガレットを連れてきた騎士が気を失ってしまった彼女を床に横たわらせ、近くにいた王国騎士団の騎士に魔獣の件を伝えた。食堂にも緊張が走る。

「ステラお嬢様。無事ですか?」

 ブルーノに聞かれて、ステラは大きくうなずく。

「大丈夫。二度目だもの」

「お嬢様……。三度目はないですからね。もう護符はないでしょ?」

「わかっています」

 ブルーノはステラの両腕を握ったまま、その場にひざまずいた。うなだれた後頭部をステラは見つめた。

 彼の手は震えていた。でも、ステラの手も震えていた。

「本当に。本当にもうやめてくださいね」

「ごめんなさい」

 そこに王国騎士団の騎士がやってきた。

 事情を説明するブルーノの横でステラは補足する。礼を言って立ち去ろうとした騎士の装備をなんとなく見て、ステラは気づく。

「あの、それは騎士団の盾でしょうか?」

「はい。そうですが?」

「全員その盾なのですか?」

「いいえ、これは小さい型で大きいものもあります」

 突然何を聞いてくるんだという顔で、騎士は答えてくれた。

「ありがとうございます」

 ステラは騎士が出て行ってから、ブルーノを振り返る。

「金属に書ける絵具があったわよね? 雨に濡れても落ちないやつ。あれで盾に護符の文言を書いたらどうかしら? ほら、領地の武具店で見たような感じに」

「あ、あー、見ましたね。そういうの」

「ね? いいと思わない?」

「お嬢様、絶好調ですね……。教会で打ちひしがれて祈っていたのは幻ですか」

「それはもう忘れてちょうだい」

 ステラは口をとがらせる。ブルーノはため息をついた。

「わかりました。絵具を探してもらいましょう」

「ありがとう!」

 ステラを襲った魔獣は、大発生の余波で現れたはぐれ魔獣だとわかった。洞窟以外でも警戒を強めることになり、後方部隊は別の街に移動させる案も出てきたが、それより前に瘴気溜まりの浄化が終わった。


「お兄様!」

 現場から戻ってきた騎士の中にオスカーを見つけて、ステラは手を振った。

「ステラ!」

「お兄様、ご無事でなによりです!」

「ありがとう、ステラ。でも、それよりも、ほら」

 オスカーはそう言って、肩越しに後ろに視線をやった。

 その先に白い髪を見つけて、ステラは駆け寄った。

「トラヴィス!」

 飛びつくと彼はステラを受け止めてくれた。

「ステラ、離れてくれ。汚れてるんだ」

「トラヴィス、無事? 怪我はしていない?」

「大丈夫だ」

「無事で良かった」

 ステラの目から涙がこぼれる。

 泣いたのはずいぶん久しぶりな気がする。

 ぎゅっと抱きつくと、トラヴィスは慌てたようだった。

 それでもステラが離さないでいると、彼もそっとステラを抱きしめてくれた。

「私、トラヴィスを幸せにしたいの」

「ああ、してくれ」

「私は聖女じゃないんだけれど、あなたを幸せにできる?」

「もちろん。ステラなら聖女関係なく、俺を幸せにできる」

 トラヴィスが断言してくれるから、ステラはほっと力が抜けた。

「トラヴィス。あなたの求婚を謹んでお受けいたします」

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