トラヴィスとアレクシス
出かけようとしたトラヴィスは、ちょうど帰って来た妹のジュリエットと玄関ホールで出くわした。
「あら、お兄様。お出かけなさるの?」
「ああ、殿下に呼ばれている」
トラヴィスがそう答えるとジュリエットの表情が固くなる。
「それでしたら、殿下に婚約者の交代はいつでも受け付けておりますわ、とお伝えくださいませ」
ジュリエットは王太子アレクシスのことをよく思っていないらしい。アレクシスがそっけない態度で彼女に接するから、当然と言えば当然だ。
「殿下はお前のことを好いているぞ」
トラヴィスは断言できる。今日の呼び出しだって、十中八九ジュリエットのことだ。
「下手な慰めはやめてください」
ジュリエットはため息をつく。
「お兄様を蹴落とした上で、私の婿になって公爵家を乗っ取るという策略を阻止するために、私に早々から婚約者が必要で、それが殿下なら誰も文句がつけられない。――そういう意図でお父様が私の婚約を決めたのは理解しています。もうお兄様の立場は盤石なのですから、私の婚約が白紙になったって構わないと思いません?」
ジュリエットの婚約がトラヴィスを守るためであったのは事実なので否定できない。しかし、
「最初に打診してきたのは殿下だぞ? 王家から、じゃなくて、殿下から、だからな?」
「あら、婚約の顔合わせ以前に殿下にお会いした記憶なんてございませんけれど?」
トラヴィスが何を言ったところでジュリエットには響かないだろう。アレクシスの自業自得だ。
「殿下には忠言しておく」
トラヴィスが話を終わらせて出かけようとすると、ジュリエットが引き留めた。
「お兄様、聞いてくださいませ。私、ステラ様とお友だちになりましたのよ!」
「ステラと? 会ったのか?」
「家格から同じクラスになるのは当然じゃございませんか。ああ、でも仲良くなったのはそのあとお話したときですわね」
ジュリエットは眉を寄せて、
「それより、お兄様。ステラ様に婚約の打診はなさっていないの?」
「なっ! 婚約なんて、まだ! 俺には早い!」
トラヴィスは慌てて、首を振る。
結婚するならステラしかいないと思っているが、パターリアス辺境伯を納得させるだけの力を得てからでないと打診もできない。
そう言うと、ジュリエットは凄みのある笑みを浮かべた。
「そんな悠長なことをおっしゃっていると、すぐに他の誰かにとられてしまいますわよ。今日の自己紹介のときも、ステラ様を気にしていた方が何人もいましたし。そうでなくても、パターリアス家と縁を繋ぎたい家なんていくらでもあるでしょう? 辺境伯より前にステラ様を落としておいたほうが良いのではありません?」
「令嬢が落とすとか言うな」
「言いますわよ。私、ステラ様じゃないと認めなくてよ?」
「お前の許可なんていらん」
トラヴィスが手を振ると、ジュリエットは片頬に手を当てて首を傾げる。
「そんなことをおっしゃって良いのかしら。私、ステラ様とお友だちになったと言いましたよね。少なくとも学院在学中は、お兄様よりも私とすごす時間のほうが多いはず。私を味方につけておいたほうが得策ですわよ」
「全く」
トラヴィスはジュリエットの頭を小突く。ジュリエットも「もうっ!」と抗議しながら、顔は笑っている。
妹とこんなやりとりができるようになったのも、パターリアス辺境伯領から帰ってきてからだ。
「とにかく、明日にでも一年生の教室に顔を出してくださいな。それで、いつものようにその髪と瞳で有象無象を威圧して、誰が一番ステラ様と親しいのか見せつけてさしあげればよろしいですわ」
言うことがいちいち過激な妹にトラヴィスは苦笑する。
「助言感謝する」
トラヴィスは片手を振って、ジュリエットと別れた。
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登城したトラヴィスを前にして、王太子アレクシスはため息をついた。
婚約者ジュリエットの伝言を聞いたからだ。
「自業自得だろ」
返す言葉もない。
「今日もアテナリスク公爵令嬢に難癖をつけられていた」
「調べたのか?」
「見てたんだ」
「前から思ってたんだが、お前、ちょっと気持ち悪ぃな」
トラヴィスが呆れるのに、「ちょっとだけなんだ?」とアレクシスは返す。
こんなことをアレクシスに言うのはトラヴィスだけだし、アレクシスがこんな話をできるのもトラヴィスだけだ。
「ジュリエットのこと、好きなんだろ? 普通に表現しろよ。なんで外では隠してるんだ?」
「私の父はあの陛下だよ? 気持ちを表に出さないなど、何かしら制限をかけないと、私もああなりそうで怖いんだ」
「制限かけてそれかよ。あんまり意味ないんじゃねぇ? それよりジュリエットに悪印象を与えてるほうが問題だろ」
「まあ、そうだね」
それは認める。
だが、程よいところがわからないのだ。
ジュリエットの件は長期課題だ。今答えが出るものではない。
「それより、パターリアス辺境伯令嬢がジュリエットに接触したよ」
「逆だろ。ジュリエットがステラと友だちになったと言ってた」
「あ、もう聞いたんだ? いいな、ジュリエットが家にいる生活」
「それで? ステラがジュリエットと仲良くなると何か問題があるのか?」
「問題はないかな」
パターリアス辺境伯から注進があり、マルヒヤシンス聖国の世代交代の動向は政府でも探っている。まだ次代争いを水面下で行っている段階らしい。
ステラが外交の駒になることがあれば、辺境伯もムスカリラ王国も敵に回すことになる。
ステラとジュリエットが仲良くしていたほうが、ステラを守りやすい。
「トラヴィスもパターリアス辺境伯令嬢のことを知りたいでしょ? だから教えてあげようと思ってさ。ほら、彼女は君の命の恩人で、君が心に決めた人だろ?」
「お前に話してないよな。……見てたのか?」
「まさか、調べたんだよ」
「さっきも言ったけど、お前やっぱりちょっと気持ち悪ぃな」
「これでもちょっとなんだ?」
アレクシスは苦笑する。
アレクシスはジュリエットが好きだが、トラヴィスも気に入っている。ジュリエットと種類は違うが、好きだと思う。
好きな相手のことなら何でも知りたい。
嫌いな相手のことも全て把握しておきたい。
結果、アレクシスは側近たちからは情報収集を重視していると認識されていた。
度が過ぎているのを知っているのはトラヴィスくらいだ。
「陛下が許されてるんだから、お前の性癖だって許されるんじゃねぇの?」
「どうかな。陛下は統治の実績があるからね。それよりジュリエットに許されるかどうかのほうが重要」
肩をすくめると、トラヴィスは「めんどくせぇやつ」と顔をしかめた。
「ジュリエットから聞いたなら、パターリアス辺境伯令嬢が令息の注目を集めていたのも聞いた?」
「まぁな」
「明日の朝は、君が私を教室まで送ってほしいな」
「ジュリエットにも言われたな。さっさと威圧しろってさ」
トラヴィスがステラを捕まえていてくれたほうが、より一層守りやすい。婚約を通り越して一気に結婚してしまえ、とすら思う。
そんな打算もあるけれど、トラヴィスの幸せが一番だ。
「君のさ、この髪この瞳を見ろ、恐れ慄け! って感じ、私は好きなんだよね」
トラヴィスが自分の容姿をそんな風に武器にするようになったのは、ステラと出会ってからだ。
アレクシスがどれだけ褒めても全く相手にしてくれなかったのに。
「あーそりゃどうも。ジュリエットの助言もあるし、期待に応えられるよう、ぜいぜいがんばらせてもらうわ」
トラヴィスはそう言って不敵に笑った。
そこで初めて、アレクシスは疑問に思った。
――トラヴィスはステラが元聖女候補だったって知ってるんだっけ?




