トラヴィスの決意
トラヴィスは公爵家の生まれだ。
生まれたときから白髪で赤目だった。
両親はその後生まれた妹と同じようにトラヴィスに接してくれたが、優しい大人ばかりではなかった。
何かしらの強みがないとトラヴィスは貴族社会でやっていけないと考えた両親は、早いうちから勉学と武術を学ばせた。
勉学は人並み以上にはならなかったし、好きにもならなかった。しかし、武術、とくに剣は打ち込めば打ち込むほど上達した。
ずっと家の騎士に習っていたが、十歳になったときにフランクに師事することになった。
彼はパターリアス辺境伯家の出身だ。名家の出なのに、傭兵をやっている変わり者だった。
トラヴィスは彼についていろいろな場所に行った。ただ、魔獣被害が多い場所や魔獣討伐の依頼のときは連れて行ってもらえなかった。
唯一の例外が、ここパターリアス辺境伯領だった。フランクの実家。二度目の訪問だった。
トラヴィスは辺境伯家に着いたときのことを思い出す。
トラヴィスは旅の間はフードを被って髪と瞳を隠していた。辺境伯家でも見せるつもりなんてなかった。
「なんで、フードを取ったんだよ」
兵舎に用意された部屋に入るなり、トラヴィスはフランクに食ってかかった。
「取られるほうが悪い」
フランクはにやりと笑う。
「ステラはどうだった?」
「どうって……」
トラヴィスの赤い目を綺麗だと言った変なやつ。
キラキラした屈託のない笑顔は、お世辞を言っているようには見えなかった。
それに彼女はトラヴィスを平民だと勘違いしているようで、なおさら彼女が余計な気を回すとは思えない。公爵家の子どもだから、本家の嫡男だからと下手に出る者たちとは違う。
「かわいかったな。お前もそう思うだろ?」
「別にっ!」
辺境伯家に着いた翌日から、フランクはトラヴィスを置いて北の砦に行ってしまった。魔獣の状況がわからないから連れていけないと言われてしまえば、従うしかない。
庭でひとり素振りをしていると、ステラがやってきた。
彼女はトラヴィスが邪険にしてもめげない。赤い目も怖くないようで、白いカラスのブランを紹介してくれた。
笑顔を向けられるとむずむずした。ステラを見ていると落ち着かない。彼女に見られていると思うと、もっと落ち着かない。イライラに近い気がしていた。
フランクと一緒に北の砦に行っている間も、ときどきステラのことを思い出してはイライラしていた。
「何を考えてる? 集中していないだろうが」
打ち合いのあとにフランクに聞かれた。
「イライラすんだよ」
「何が?」
「あいつ」
「あいつ? 誰だ? 何かあったのか?」
砦の主のニコラスから通達してもらったが、魔獣対策の最前線でトラヴィスの赤目が手放しで受け入れられるとは、フランクも考えていないはず。砦の騎士といざこざがあったのかと心配されたのがわかり、トラヴィスは慌てて「違う」と首を振る。
「ステラだ」
「はぁ? ステラ? ここにいない人間にどうしてイライラするんだ?」
いないけれど、いるのだ。
北の砦では、意外にもトラヴィスの容姿に嫌悪を向ける者は少なかった。それはステラが助けた白いカラスのせいだった。
カラスの保護はステラの武勇伝として砦の騎士に伝わっていて、トラヴィスの髪が同じ色だと知ると、カラスを目にしなかった者が「あのカラスはこんな色なのか」と何人も確認に来た。
赤目も、ステラが「魔獣とカラスの目の色は全然違う」と言ったのが伝わっていて、やっぱり何人もトラヴィスの目を見に来た。
そして実際に目を見ると、皆「確かに魔獣と違う」と納得するのだ。
トラヴィスはまだ魔獣を見たことがなかった。自分の容姿もあまり見ることがないから、比べたところで違いがわからないかもしれない。
でも、ステラが見せてくれたブランの目は覚えている。ステラが綺麗だと繰り返すからトラヴィスもそんな気がした。自分も同じ色なら、悪くないかもしれない。
ステラは砦にいないのに、なぜか彼女のことを考えてしまっている。それに気づくと、何か叫んで頭を掻きむしりたい気持ちになるのだ。イライラに近いと思う。
たどたどしくトラヴィスが説明すると、フランクは腹を抱えて笑った。
「お前、それっ! なんでわからないんだ?」
「は? 何がだよ。全然わかんねぇよ!」
舌打ちすると、フランクは表情を改める。
「お前は態度を取り繕うことを覚えろ。来年は学院に入学するんだろ」
俺が連れ回したせいもあるんだがな、とフランクは腕を組んだ。
「言葉遣いを変えるだけで避けられる摩擦もあるんだ」
「めんどくせぇ。学院は行かなきゃだめか?」
「だめだろ。俺だって卒業してんだぞ。……そもそも、お前は将来どうするつもりなんだ? 公爵家を継ぐんじゃないのか?」
両親はそれを期待しているが、親族の中にはトラヴィスはふさわしくないと考えている者もいた。
自分はどうしたいか。
考えるのも面倒だった。
トラヴィスを庇ってステラが怪我を負った。
暗殺されそうになったのは、トラヴィスも初めてだった。
その日の夜は眠れなかった。
痛みを堪えてうめくステラの顔が脳裏に浮かぶ。傷は浅かったと聞いた。
もし、毒矢だったら?
受けた場所が悪かったら?
その想像は、自分が死ぬ想像より恐ろしい。
翌日の午後、パターリアス辺境伯に呼び出され、トラヴィスはフランクと一緒に執務室に赴いた。
ソファに座らされる。
辺境伯ダレルのほか、騎士団の副団長とステラの侍従ブルーノもいた。
「ステラの容体は?」
トラヴィスが一番聞きたいことをまず最初にフランクが聞いてくれた。
「熱が出ることもなく、落ち着いていますよ。痛み止めももう必要ないようです」
ダレルの言葉にトラヴィスはほっとする。
「さて。襲撃者ですが、身分証の照会が済みました」
ダレルはフランクに向けて話す。当事者なのに無視されているのは、彼の怒りの表れだろうか。
「暗殺はギルド経由の依頼ではなかったようなので、依頼者ははっきりしません。ただ、彼はナッティ男爵家の縁者のようです」
「ナッティ男爵家……。うちの遠縁か……」
トラヴィスがつぶやくと、初めてダレルはこちらを見た。
存在を認めてもらえた気がした。
ダレルを特段尊敬していたわけではない。顔を合わせたのは数回で、交わしたのも挨拶程度だ。
それなのに、彼から公爵家の嫡男として認識されたことがうれしかった。
両親から「跡継ぎはお前だ」と言われたときよりも。
トラヴィスが将来を決めたのは今この瞬間だった。
「わかっているなら話は早い」
そう言うダレルの視線は厳しい。
「君の家の後継争いに巻き込まれるのは御免被る。申し訳ないが、可能な限り早く辺境伯家から出て行ってもらいたい」
「それはもちろん、そうします」
先にトラヴィスから申し出るべきだった。
「公爵家と対立したいわけではないので、表立って抗議するつもりはない。道中の安全は守られるように、パターリアス騎士団から何人か護衛をつけよう」
「そこまでは……」
「受け取っておきなさい」
断りかけたトラヴィスをフランクが制する。
「私は君を気に入っているから、辺境伯領で匿うのもやぶさかではない。だが、君はそれを望まないだろう?」
「はい」
「後ろ盾になってもいいが、わざわざうちが出張らなくても、君の両親は君の味方だし、もっと大きな盾もある」
少し表情を緩ませてダレルが指摘する。
王太子のことだ。
彼はなぜかトラヴィスを気に入ってくれていた。髪や瞳については、好意的というよりはおもしろがっている感じだが、忌避感は抱いていないようだった。
公爵を継がないなら近衛騎士になればいい、と誘われたこともある。
「まあ、そんな最終手段なんて出さなくても、君がやる気になりさえすれば、誰も文句は言わないだろう」
さっさと帰って黙らせろ。もしくは、襲撃されるまで態度をはっきりさせておかなかったお前の怠慢だ、だろうか。
うっすら微笑んだダレルの目は笑っていない。
「面倒事が片付いたらまた遊びにくるといい」
「ありがとうございます」
トラヴィスは深く礼をする。
「最後にステラに会えますか?」
「許可しよう。会わずに君を帰らせたとステラが知ったら、私を嫌いになるかもしれないからね」
ダレルはそう言って、今度は本当に微笑んだ。
面会したステラは、ベッドの上で起き上がっていた。
包帯なども見えないため、怪我しているとはわからない。
「安静にしていなくていいのか?」
と聞くと、「静かに座ってるんだから安静でしょ?」と笑う。
ガウンを羽織っているけれど、くつろいだ姿のステラに落ち着かない。彼女の髪はこんなにふわふわしていただろうか、いつもは結っていた? などと、取り留めないことが頭をよぎる。
「トラヴィスは大丈夫?」
「俺はなんともない」
トラヴィスははっとして答えた。呆けている場合ではなかった。
「痛みは?」
「もう治ってきてるわ」
トラヴィスはほっとした。
ベッドの脇に用意された椅子に座る。
「助けてくれて感謝する。怪我させて申し訳なかった」
トラヴィスは頭を下げた。
ステラは「大丈夫だから、気にしないで」と手を振る。
「トラヴィスが無事で良かった」
その微笑みに背中を押されて、トラヴィスは口を開いた。
「……俺は本当は公爵家の人間なんだ」
「公爵家……」
「直系の男子は俺だけだし、両親も跡継ぎは俺だと言ってくれていたけれど、髪と瞳のせいで反対する者もいたんだ。それが今回の襲撃者の正体だ」
「そうなの、ですか」
ステラが丁寧に言い直したことで、自分の方が高位の貴族家だったと思い出す。
「今までと同じ態度で接してほしい」
「はい。あ、うん」
「巻き込んですまない」
「ううん。トラヴィスのせいじゃないでしょ?」
「いや、俺がはっきりしなかったからだ。誰からも認められるようにしないとならない。準備ができたら、王都に帰るつもりだ」
「そうなのね」
応援しているわ、とステラは言った。
ステラの応援は王太子の後ろ盾よりも心強く感じた。
イライラが晴れていき、核のような気持ちが見える。
――なんだ。そういうことだったのか。
フランクが大笑いした理由がわかった。
「お前は俺が怖いか?」
「え? 怖くないわ」
「この目は?」
「綺麗だと思う」
「髪は?」
「髪も綺麗よ」
ステラは少し迷うようにしたあと、
「髪、触ってみてもいい?」
「は?」
「あ、嫌ならいいの。ごめんなさい。さらさらしてそうだなって思って」
「いや、いいけど?」
トラヴィスがそう言うと、ステラは「いいの?」と身を乗り出す。
危ないから、とトラヴィスのほうが頭を下げて、頭頂部が届くように差し出した。
ステラはそっとトラヴィスの頭を撫でた。当たり前だがフランクとは全然違う。
「つやがあるなって思っていたんだけれど、貴族なら納得だわ」
下を向いたせいでステラの顔が見れない。しかし、この距離で彼女の顔を見たら、また落ち着かなくなるのでは?
「やっぱり、あなたの髪は綺麗だと思うわ」
ふふふっ、とステラは笑って、今度はトラヴィスの髪をぐるぐるとかき混ぜた。フランクの真似かもしれない。
「トラヴィスが幸せになりますように」
ステラの声が降ってくる。
自分が幸せになるにはステラが必要だと、トラヴィスは理解した。
彼女が自分を怖がらないなら、何も怖くない。
使えるものは何でも使うべきだ。
ずっと弱みだったこの容姿は武器にもなるはず。
この夏、パターリアス辺境伯領でトラヴィスが手に入れたものは多く、また大きかった。




