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双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々  作者: 神田柊子
第二章 辺境伯家での生活

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特訓の成果

 盛夏をすぎたころ、オスカーが辺境伯領に帰ってきた。

 学院は一月ほど前から夏休みだったけれど、卒業後に王国騎士団に入団を予定しているオスカーは体験入団をしていたそうだ。残りの二週間を領地で過ごして、夏休みが終わる直前にまた王都に戻る予定だ。

「お兄様は次期辺境伯なのに王国騎士団に入るのですか?」

 王国騎士団は国立の騎士団だ。大きな領地には独自の騎士団がある。

「ああ、顔つなぎと勉強を兼ねて、十年ほど所属するつもりだ」

 晩餐の席で、オスカーはダレルに尋ねる。

「師匠が来てるんですよね?」

「ああ、今は北の砦にいるぞ。オスカーが帰ってきたと知らせたら城に来るんじゃないか」

 ダレルの言葉に「俺も砦に行こうかな」とうきうき言うオスカー。

 ステラは彼に質問する。

「師匠って大叔父様ですか?」

「そうだ。俺は何番弟子だったかな? そういえば、トラヴィスも来ているんだって? ステラは会ったか?」

「はい。少し仲良くなりました」

「そうかー。やっぱりステラだなー」

 やっぱりって? と首をかしげるステラに、オスカーは、

「あいつはいろいろ難しいんだが、仲良くしてやってくれ」

「がんばります!」

 それから「特訓の成果を父上に見せてやろう」とデザートのババロアを食べさせられて、ステラたちはダレルを呆れさせたのだった。


 翌日、ステラはオスカーと城下町に出かけた。

 クレアと一緒に何度も出かけているため、ステラの顔は知られている。オスカーも同じで、城から歩く間に皆から「若様、おかえりなさい」と声をかけられていた。

「ステラもよく城下町に行くのか」

「はい。お母様と一緒に」

 王都屋敷では伯母と呼んでいたクレアを母と呼んだからか、オスカーは目を細めてステラの頭を撫でた。

「そうか。今日はどこに行く?」

「お兄様のおすすめを教えてください」

「うーん。俺のおすすめか……」

 そうしてオスカーに連れられてきたのは武具店だった。

 重々しい木の扉を開けると、埃っぽく薄暗い店内に所せましと武具が置いてある。

 剣や斧など、金属製の道具の店のようだ。

「危ないから触らないようにな」

 オスカーはそう注意して、店主に剣を見せて何か相談を始めた。

 ステラは壁にかけてある長剣などを興味深く見学した。

 大ぶりの盾に見慣れた言葉が刻んであり、ステラはそれを指さした。

「教会の護符の聖句よね?」

「古語ですが、お分かりになるのですか?」

 武具の説明をしてくれていた護衛騎士が驚く。

「ええ」

 ステラは護符を書くこともできるけれど、これは秘密だ。妹セレナの課題を肩代わりした件は、聖女庁からも教会からも怒られた。

「この聖句を刻むと魔獣に対して防御効果が高くなるのですよ」

「そうなのね。もしかして剣にも刻むの?」

「いいえ、強度との兼ね合いか、剣はあまり見ませんね」

 護衛騎士が首をひねると、カウンターの方から店主の声が飛んできた。

「聖句の字形が細かくて刻むのが難しいんだわ。盾も小さいものにはできないな」

「剣に聖水をかけるほうが手っ取り早い」

 オスカーも教えてくれる。

 ひとつ勉強になったステラだった。

 武具店を出て、屋台で揚げパンを買って食べたりしながら、街を歩く。

 疲れていないか、とオスカーに気遣ってもらったけれど、運動を続けているせいかステラは数時間の街歩きは平気だ。

 ステラは辺境伯領に来てからのこと、誕生日会やブランとの出会いなどをオスカーに話す。

 オスカーからは学院の様子を聞いた。男爵家以上の貴族は全員、さらに優秀な平民も特待生枠で通うそうだ。

「ステラは王太子殿下と同じ学年だな。婚約者のイストワーズ公爵令嬢も一緒だ」

 ミモザナ王国の貴族家については、ステラも家庭教師から習っている。同時期に学院に通うことになる年齢の近い子息令嬢のうち、特に高位の家は覚えさせられた。

 本来なら、学院に入学する前に茶会などで交流を持つのだけれど、ステラは今のところ辺境伯領に引きこもっている。

 来年はどうするのか、クレアに聞いてみてもいいかもしれない。

「トラヴィスも一学年上だから、学院の在学期間が重なるな」

「え? トラヴィスは貴族なんですか?」

 オスカーの言葉にステラは驚く。

 トラヴィスの言葉遣いは貴族らしくはなかったし、馬での旅も兵舎に寝泊りするのも慣れているようだった。だから、ステラは勝手に平民だと思っていた。

 しかし、よく考えたらフランクだって貴族出身なのだ。トラヴィスが同じでもおかしくない。

「あー、ステラは知らなかったのか……。しまったなぁ。そのうちわかると思うから、教えてくれるまで聞かなかったことにしてくれ」

「わかりました」

 オスカーが困り顔で頼んでくるから、ステラは受け入れた。トラヴィスには、髪や瞳の件で何度も自分の要求を押し付けてしまっている。今度は気を付けようと思った。

 そんなトラヴィスを見つけたのは、城下町の西を流れる川の近くだった。川向こうは堤防と防風林。その先は畑が広がる。

 トラヴィスは河原から堤防に馬を引いて上がってくるところだ。

 馬に水をやっていたのだろうか。寄り道しないで城に帰ってくれば、いくらでも世話してくれる係がいるのに。

「お兄様、あそこにいるのはトラヴィスですよね?」

「ああ、そうだな。師匠は一緒じゃないのか」

 オスカーも気づき、皆でそちらに向かう。

 トラヴィスのあとから、少年が数人堤防を上がってきた。

 なにやら険悪な雰囲気だった。言い争っているようで、少年のひとりがトラヴィスの腕を引き、彼が被っていたフードが外れた。

 白い髪が見えた。

「赤目! 魔獣か!」

 誰かが叫ぶ。

「やめろっ!」

 ステラたちの護衛についていた騎士のふたりが走っていく。ステラはすぐさまブルーノに腕をつかまれた。ブランのときの前科があるので、ステラはおとなしくする。

「魔獣だと思うなら射かけてみろよ!」

 トラヴィスが言う。少年のひとりが持っていた弓を構えようとした。

 護衛騎士はすぐに弓をとりあげ、少年とトラヴィスを引き離す。

「トラヴィス、何をやってるんだ」

 追いついたオスカーに声をかけられたトラヴィスはこちらを振り返って、ステラにも気づいたようだ。

 少年全員から武器を取り上げたことを確認してから、やっとブルーノは「行きましょうか」と腕を離してくれた。

「何があったんだ?」

 少年たちはオスカーの顔を知っているようで、「若様、聞いてください」と言い募る。

「こいつが、俺たちが仕掛けた罠を壊したんです」

「もう少しで鳥がかかりそうだったのに」

 オスカーはトラヴィスに顔を向ける。

「気づかなかったんだよ。バルが倒しちまって」

「それで謝ったのか?」

「…………」

「全く」

 オスカーはため息をついて、トラヴィスの背中を「ほら」と押した。

「悪かった。罠を壊したのと、無視して逃げたこと」

 頭を下げるトラヴィスに、少年たちは顔を見合わせた。

「トラヴィスの赤目は魔獣とは関係ない」

 オスカーが宣言する。

 ふたりの隣に追いついたステラは、トラヴィスの顔を見上げて、その向こうで何かがきらりと光ったことに気づいた。

 ステラはトラヴィスに飛びつくと、勢いで押し倒す。

 ひゅっと風を切る音。

「何をっ!」

 トラヴィスが身じろぎするけれど、ステラは倒れたまま衝撃で動けない。

 二の腕が痛い。

「矢だ!」

「伏せろっ!」

 少年の弓を取り上げた騎士が対岸に向けて矢を放つ。

「当たったか?」

「確認しました!」

「状況確認! 警戒!」

 ブルーノがステラに駆け寄り、トラヴィスの上からどかす。

「お嬢様っ! 意識がありますか?」

「う……あるわ……」

「毒の有無がわかりませんから、念のため縛ります」

 そう断ってステラの肩口をきつく縛った。

 それから彼はステラを横抱きに抱える。

「城まで走れるか」

「お嬢様なら軽いですよ」

 オスカーにうなずくブルーノ。オスカーは呆然としているトラヴィスの頬を軽く叩いて、「しっかりしろ」と正気付かせた。

「お前らも来い」

 騎士のひとりが少年たちを立たせる。

「射手は落としたようだが、他にもいるかもしれん。気をつけろ」

 ステラは怪我しなかったほうの右手でブルーノにしがみつく。

 痛いけれど意識はある。抱えられて移動しながら、ステラは周りに目を向けていた。街中に戻ると変わらずに平穏そのもので、すれ違う領民がぎょっとした顔で一行を避けた。

 裏門から入り、ステラは兵舎の医務室に運ばれた。

 幸い矢じりに毒は塗られていなかったし、傷もかすった程度で深くない。

 傷跡も残らないだろうと言われたときには、ステラよりもブルーノのほうがほっとしていた。

 オスカーや他の人たちは、会議室で話し合っているそうだ。

「対岸の木の上から矢で狙われたのよね?」

「そうですね」

「トラヴィスを? それともお兄様を?」

 ステラが聞くと、ブルーノのほうが逆に首を傾げた。

「お嬢様はトラヴィス様が狙われていると思ったから、押し倒したんじゃないんですか?」

「……うーん? よくわからないわ。トラヴィスが目の前にいたから?」

 誰が狙われているとか、何も考えていなかった。

「お嬢様は矢が飛んでくるのが見えたんですか?」

「矢なんて見えないわ。でも、何か光ったのはわかったから。ほら、危険回避の特訓で覚えたじゃない?」

「あ、あー。……そうですね……そうでした……」

 裏目に出たか、とつぶやくブルーノに首を傾げたのはステラのほうだった。


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