特訓の成果
盛夏をすぎたころ、オスカーが辺境伯領に帰ってきた。
学院は一月ほど前から夏休みだったけれど、卒業後に王国騎士団に入団を予定しているオスカーは体験入団をしていたそうだ。残りの二週間を領地で過ごして、夏休みが終わる直前にまた王都に戻る予定だ。
「お兄様は次期辺境伯なのに王国騎士団に入るのですか?」
王国騎士団は国立の騎士団だ。大きな領地には独自の騎士団がある。
「ああ、顔つなぎと勉強を兼ねて、十年ほど所属するつもりだ」
晩餐の席で、オスカーはダレルに尋ねる。
「師匠が来てるんですよね?」
「ああ、今は北の砦にいるぞ。オスカーが帰ってきたと知らせたら城に来るんじゃないか」
ダレルの言葉に「俺も砦に行こうかな」とうきうき言うオスカー。
ステラは彼に質問する。
「師匠って大叔父様ですか?」
「そうだ。俺は何番弟子だったかな? そういえば、トラヴィスも来ているんだって? ステラは会ったか?」
「はい。少し仲良くなりました」
「そうかー。やっぱりステラだなー」
やっぱりって? と首をかしげるステラに、オスカーは、
「あいつはいろいろ難しいんだが、仲良くしてやってくれ」
「がんばります!」
それから「特訓の成果を父上に見せてやろう」とデザートのババロアを食べさせられて、ステラたちはダレルを呆れさせたのだった。
翌日、ステラはオスカーと城下町に出かけた。
クレアと一緒に何度も出かけているため、ステラの顔は知られている。オスカーも同じで、城から歩く間に皆から「若様、おかえりなさい」と声をかけられていた。
「ステラもよく城下町に行くのか」
「はい。お母様と一緒に」
王都屋敷では伯母と呼んでいたクレアを母と呼んだからか、オスカーは目を細めてステラの頭を撫でた。
「そうか。今日はどこに行く?」
「お兄様のおすすめを教えてください」
「うーん。俺のおすすめか……」
そうしてオスカーに連れられてきたのは武具店だった。
重々しい木の扉を開けると、埃っぽく薄暗い店内に所せましと武具が置いてある。
剣や斧など、金属製の道具の店のようだ。
「危ないから触らないようにな」
オスカーはそう注意して、店主に剣を見せて何か相談を始めた。
ステラは壁にかけてある長剣などを興味深く見学した。
大ぶりの盾に見慣れた言葉が刻んであり、ステラはそれを指さした。
「教会の護符の聖句よね?」
「古語ですが、お分かりになるのですか?」
武具の説明をしてくれていた護衛騎士が驚く。
「ええ」
ステラは護符を書くこともできるけれど、これは秘密だ。妹セレナの課題を肩代わりした件は、聖女庁からも教会からも怒られた。
「この聖句を刻むと魔獣に対して防御効果が高くなるのですよ」
「そうなのね。もしかして剣にも刻むの?」
「いいえ、強度との兼ね合いか、剣はあまり見ませんね」
護衛騎士が首をひねると、カウンターの方から店主の声が飛んできた。
「聖句の字形が細かくて刻むのが難しいんだわ。盾も小さいものにはできないな」
「剣に聖水をかけるほうが手っ取り早い」
オスカーも教えてくれる。
ひとつ勉強になったステラだった。
武具店を出て、屋台で揚げパンを買って食べたりしながら、街を歩く。
疲れていないか、とオスカーに気遣ってもらったけれど、運動を続けているせいかステラは数時間の街歩きは平気だ。
ステラは辺境伯領に来てからのこと、誕生日会やブランとの出会いなどをオスカーに話す。
オスカーからは学院の様子を聞いた。男爵家以上の貴族は全員、さらに優秀な平民も特待生枠で通うそうだ。
「ステラは王太子殿下と同じ学年だな。婚約者のイストワーズ公爵令嬢も一緒だ」
ミモザナ王国の貴族家については、ステラも家庭教師から習っている。同時期に学院に通うことになる年齢の近い子息令嬢のうち、特に高位の家は覚えさせられた。
本来なら、学院に入学する前に茶会などで交流を持つのだけれど、ステラは今のところ辺境伯領に引きこもっている。
来年はどうするのか、クレアに聞いてみてもいいかもしれない。
「トラヴィスも一学年上だから、学院の在学期間が重なるな」
「え? トラヴィスは貴族なんですか?」
オスカーの言葉にステラは驚く。
トラヴィスの言葉遣いは貴族らしくはなかったし、馬での旅も兵舎に寝泊りするのも慣れているようだった。だから、ステラは勝手に平民だと思っていた。
しかし、よく考えたらフランクだって貴族出身なのだ。トラヴィスが同じでもおかしくない。
「あー、ステラは知らなかったのか……。しまったなぁ。そのうちわかると思うから、教えてくれるまで聞かなかったことにしてくれ」
「わかりました」
オスカーが困り顔で頼んでくるから、ステラは受け入れた。トラヴィスには、髪や瞳の件で何度も自分の要求を押し付けてしまっている。今度は気を付けようと思った。
そんなトラヴィスを見つけたのは、城下町の西を流れる川の近くだった。川向こうは堤防と防風林。その先は畑が広がる。
トラヴィスは河原から堤防に馬を引いて上がってくるところだ。
馬に水をやっていたのだろうか。寄り道しないで城に帰ってくれば、いくらでも世話してくれる係がいるのに。
「お兄様、あそこにいるのはトラヴィスですよね?」
「ああ、そうだな。師匠は一緒じゃないのか」
オスカーも気づき、皆でそちらに向かう。
トラヴィスのあとから、少年が数人堤防を上がってきた。
なにやら険悪な雰囲気だった。言い争っているようで、少年のひとりがトラヴィスの腕を引き、彼が被っていたフードが外れた。
白い髪が見えた。
「赤目! 魔獣か!」
誰かが叫ぶ。
「やめろっ!」
ステラたちの護衛についていた騎士のふたりが走っていく。ステラはすぐさまブルーノに腕をつかまれた。ブランのときの前科があるので、ステラはおとなしくする。
「魔獣だと思うなら射かけてみろよ!」
トラヴィスが言う。少年のひとりが持っていた弓を構えようとした。
護衛騎士はすぐに弓をとりあげ、少年とトラヴィスを引き離す。
「トラヴィス、何をやってるんだ」
追いついたオスカーに声をかけられたトラヴィスはこちらを振り返って、ステラにも気づいたようだ。
少年全員から武器を取り上げたことを確認してから、やっとブルーノは「行きましょうか」と腕を離してくれた。
「何があったんだ?」
少年たちはオスカーの顔を知っているようで、「若様、聞いてください」と言い募る。
「こいつが、俺たちが仕掛けた罠を壊したんです」
「もう少しで鳥がかかりそうだったのに」
オスカーはトラヴィスに顔を向ける。
「気づかなかったんだよ。バルが倒しちまって」
「それで謝ったのか?」
「…………」
「全く」
オスカーはため息をついて、トラヴィスの背中を「ほら」と押した。
「悪かった。罠を壊したのと、無視して逃げたこと」
頭を下げるトラヴィスに、少年たちは顔を見合わせた。
「トラヴィスの赤目は魔獣とは関係ない」
オスカーが宣言する。
ふたりの隣に追いついたステラは、トラヴィスの顔を見上げて、その向こうで何かがきらりと光ったことに気づいた。
ステラはトラヴィスに飛びつくと、勢いで押し倒す。
ひゅっと風を切る音。
「何をっ!」
トラヴィスが身じろぎするけれど、ステラは倒れたまま衝撃で動けない。
二の腕が痛い。
「矢だ!」
「伏せろっ!」
少年の弓を取り上げた騎士が対岸に向けて矢を放つ。
「当たったか?」
「確認しました!」
「状況確認! 警戒!」
ブルーノがステラに駆け寄り、トラヴィスの上からどかす。
「お嬢様っ! 意識がありますか?」
「う……あるわ……」
「毒の有無がわかりませんから、念のため縛ります」
そう断ってステラの肩口をきつく縛った。
それから彼はステラを横抱きに抱える。
「城まで走れるか」
「お嬢様なら軽いですよ」
オスカーにうなずくブルーノ。オスカーは呆然としているトラヴィスの頬を軽く叩いて、「しっかりしろ」と正気付かせた。
「お前らも来い」
騎士のひとりが少年たちを立たせる。
「射手は落としたようだが、他にもいるかもしれん。気をつけろ」
ステラは怪我しなかったほうの右手でブルーノにしがみつく。
痛いけれど意識はある。抱えられて移動しながら、ステラは周りに目を向けていた。街中に戻ると変わらずに平穏そのもので、すれ違う領民がぎょっとした顔で一行を避けた。
裏門から入り、ステラは兵舎の医務室に運ばれた。
幸い矢じりに毒は塗られていなかったし、傷もかすった程度で深くない。
傷跡も残らないだろうと言われたときには、ステラよりもブルーノのほうがほっとしていた。
オスカーや他の人たちは、会議室で話し合っているそうだ。
「対岸の木の上から矢で狙われたのよね?」
「そうですね」
「トラヴィスを? それともお兄様を?」
ステラが聞くと、ブルーノのほうが逆に首を傾げた。
「お嬢様はトラヴィス様が狙われていると思ったから、押し倒したんじゃないんですか?」
「……うーん? よくわからないわ。トラヴィスが目の前にいたから?」
誰が狙われているとか、何も考えていなかった。
「お嬢様は矢が飛んでくるのが見えたんですか?」
「矢なんて見えないわ。でも、何か光ったのはわかったから。ほら、危険回避の特訓で覚えたじゃない?」
「あ、あー。……そうですね……そうでした……」
裏目に出たか、とつぶやくブルーノに首を傾げたのはステラのほうだった。




