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双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々  作者: 神田柊子
第二章 辺境伯家での生活

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クレアとミモザナ王国の王妃

「以上で養子縁組の手続きは終了です。こちらは控えになります。紛失しても縁組に影響はありませんが、再発行はできませんので大切に保管してください」

 王城の貴族籍管理室。養子縁組の書類は滞りなく受理された。

 担当の文官から控えの書類を二枚渡されて、クレアは首をかしげる。

「いつもは一枚では?」

「ええ、おっしゃる通り、今回特別に二枚発行しております。一枚はお付きの方が隠してお持ちになり、もう一枚は夫人が目立つようにお持ちください。なんならリボンも結びましょう」

 文官はそう言うと、片方をくるくる丸めて真っ赤なリボンを結び、クレアに差し出す。

「何か意味があるのですか?」

「今、珊瑚の庭は花桃が満開だそうです。せっかくなので、鑑賞して行かれてはいかがですか? 噂によると王妃殿下も鑑賞される、とか」

 付け加えられた言葉で、クレアは納得する。文官ににっこりと笑って、書類を受け取った。

「お心遣いに感謝いたしますわ」

「いえいえ。こんなことしかできませんから」

 文官と苦笑を交わして、クレアは部屋を出た。

 それからすぐに一枚を入れた文箱を侍従に持たせて先に馬車に戻らせる。

 クレアは侍女を連れて庭園に出た。

 花桃が満開だというのは嘘ではなく、薄い色から濃いピンクまでの八重咲の花で、木々が膨らんで見える。花桃の他に、花壇にはチューリップやアネモネなども植えられていて、華やかだった。

「確かに綺麗だわ」

「ええ、本当に」

 茶番に付き合うのはうんざりだけれど、滅多に見られない王城の庭を見学できたのは良しとするか、とクレアは考える。

 ミモザナ王国の王妃はとても面倒な人だ。

 浅慮で、自分勝手。意地が悪い。

 だが、本当に面倒なのは国王で、王妃のそんなところがかわいい、とそのまま囲い込んでいる。

 とは言っても、賢王なのだ。

 王妃は味方だと思った人間の言うことはすぐに信じる、ある意味素直な人なので、王は王妃の周りを信頼できる者で固めていた。必ず側近が王妃に付き従い、彼女をひとりにはしない。

 幸い、王妃の親族も忠臣で、王妃をそそのかして利権を貪るようなことはしなかった。――そんなことを考えたら、すぐに王に排除されただろうが。

 王妃の悪行がかわいい我儘の範疇になるように、王妃の側近たちは日々奮闘しているらしい。そして、どうにも回避できずに被害を受けてしまう者には、別のことで便宜を図っていた。

 軽口も許されている王の側近が「陛下が先に亡くなったら王妃殿下の手綱は誰が握るんです?」と聞いたところ、「私が手綱を引いて女神の元まで一緒に行くに決まっている」と言ったとか言わないとか。――尊い方々のお考えはクレアには理解し難い。

 クレアは留学していたとき、王妃と同じ学年だった。

 王妃は婚約が決まっていたのに、見目のいい男子学生はすべからく自分に侍るべき、と宣っていた。パターリアス辺境伯の嫡男だった夫と親しくなったクレアを「この泥棒猫!」と罵り、今でも目の敵にしている。夫は王妃に侍っていたわけではなく、完全に無視していたのに、だ。

 見目のいい令息に婚約者がいないわけもなく、王妃の言う「泥棒猫」は何人もいて、クレアだけに被害が集中しないのは不幸中の幸いだ。

 ただ、今回ステラを養子に迎える件では非常に迷惑を被った。

 実家の元執事から手紙が届いてクレアは弟一家の現状を知った。それから、人をやって事実確認しつつ、親族会議。引き取ると決めてから、外国からの縁組なため国への申請をしたところ、王妃の耳に入ってしまい、散々待たされたのだ。クレアがムスカリラ王国に先行することも代理を立てることもできなかった。あの国王だから、きちんと情報収集してステラの無事は確認したうえで、王妃が満足するギリギリの線を見極めていたのだと思う。しかし、それでも、許せるものではなかった。

 当然、辺境伯家から抗議し、今後オスカーに世代交代するときには迅速な対応をすると確約させた。

 心の中はどうであれ、庭園は美しい。

 クレアは侍女とゆっくり鑑賞した。もう王妃が現れないなら帰ってしまおうか、と思い始めたころ、前方が騒がしくなった。

「あーら、誰かと思えば、クレアじゃない!」

 クレアをここによこすように文官に根回ししていたのだから、白々しい。

 豪華な扇を手に見下ろす王妃に、クレアは腰を落として礼をした。

「王妃殿下にご挨拶申し上げます」

「けっこうよ」

 クレアは顔を上げると、わざと目立つように書類を胸の前で抱えた。

 さて。軽微な意地悪で王妃が満足して帰るようにしなくてはならない。ちらりと王妃が連れてきた側近の面子を確かめる。

「あら、それはなぁに?」

「ただの書類でございます」

 大切なものに見えるように王妃から遠ざけると、斜め後ろに控える侍女も「奥様、こちらへ」と参戦する。

 そこで王妃が書類を取り上げ、雑にリボンを引っ張って解く。

「ふぅん、養子縁組」

「王妃殿下、それは大切な書類でございます。確認されたのでしたら、お返しいただけませんか?」

「い、や」

 王妃はビリーッと書類を縦に割く。豪快な音を立てて気持ちいいくらいに綺麗に割けたため、これ専用の紙かと疑いたくなる。

 王妃が書類から手を離すと、ぱらりとその場に落ちた。クレアと侍女は慌てて拾う。

「聖女になれなかった娘なんですってね。どうせなら聖女の方をもらってくれば良かったのに。ハズレ令嬢なんて、クレアにぴったりだわ」

「ハズレですって?」

 聞き捨てならない。

 クレアの様子を察した最側近が、王妃に耳打ち――クレアにも聞こえる声量で――する。

「辺境伯家にいらした令嬢の妹君は聖女です。それに、令嬢は筆頭公爵家出身の聖女とも親しいそうです。懐柔しておくべき駒ですよ」

 方便だとわかっているが、嫌らしい言い方だ。

 王妃も少しは考えたようで、

「私は寛大ですから、取るに足らない娘であっても歓迎するわ。デビュタントのときは直々に言葉をかけてあげましょう」

「王妃殿下のご厚情に感謝いたします」

 クレアは苦々しい表情が見えないように礼をとった。

 王妃が去ったあと、ひとりだけ残った側近が「ご協力感謝いたします」と頭を下げた。

「ステラが利用されるのは許しません。そんなことがあれば辺境伯家が敵に回るとお考えください」

 クレアは冷たい声で宣言した。

 側近はさらに深く頭を下げる。

「重々承知しております」

 彼は、ただ、と続ける。

「ご令嬢は王太子殿下や婚約者様と同学年でいらっしゃいますので、全く無関係ではいられないかと」

「ああ、そうですわね」

 王太子の婚約者が決まっていて良かったと心底思う。ステラは次代の聖女たちと親交が深く、ムスカリラ王国の王妃も後ろ盾になり得るし、クレアの繋がりではパトリシアやハリエットも引き出せる。政略結婚の相手としてこの上ない。夫はおそらく気づいていただろうが、クレアは全く失念していた。

 在学中に子爵家のクレアが王妹のパトリシアと仲良くなれたのだから、辺境伯家のステラが王太子や婚約者の公爵令嬢と親しくなってもおかしくない。

「ステラが選んだ結果なら何も申し上げませんわ。それでは失礼いたします」

 クレアは踵を返す。

 何年も先のことを心配してもどうにもならない。

 クレアが気にしなくてはならないのは、今のステラだ。

 とりあえず、帰宅したらお祝いだ。

 クレアは気持ちを切り替えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわぁ。王妃が勝手に書類破棄しても許されるとか・・・しかもそれが我儘とか
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