オスカーとの出会い
それから九日かけて、ステラたちはミモザナ王国の王都に着いた。
ミモザナ王国の国土はムスカリラ王国より広い。四角形から南西の角――ムスカリラ王国と接する部分――が欠けたような形をしている。王都はだいたい真ん中あたりにあった。
「王都屋敷に寄って少し休みましょう」
しばらく滞在して、養子縁組の書類を提出したり、ステラの生活に必要なものを買ったりする、とクレアは説明した。
「それから、長男のオスカーも紹介するわね。学院に通っているからオスカーは王都屋敷に住んでいるの」
「あの、私が来ることは伯父様やオスカー様は了承されているのでしょうか」
「ええ。もちろんよ」
にっこりうなずくクレアに、ステラは不安を打ち明ける。
「私を歓迎してくださるでしょうか」
「心配いらないわ。ねぇ、あなたたちもそう思うでしょう?」
「ええ、私も保証いたします」
「そうですよ、お嬢様。暑苦しいくらい歓迎されると思います」
クレアが尋ねると、マーサもブルーノも心強い言葉をくれる。
「辺境伯家は先々代から男しか生まれていないの。しかも武を尊ぶ家柄だから、皆体格が良いし。……女の子の扱いを教えておかないと危険かしら?」
「領地の方では、侍女長がみっちり仕込んでくださるそうですわ」
「まあ、抜かりないわね。さすがだわ」
危険? とステラは首をかしげる。
クレアとマーサのやりとりで違う不安が出てきたのだけれど、屋敷には滞りなく到着したのだった。
「ようこそ、パターリアス家へ!」
ステラの心配は杞憂で、屋敷に着いて馬車から降りるとオスカーが出迎えてくれていた。
もうすぐ十三になるステラより四つ歳上だから十六か七だろうけれど、ずいぶん体格がいい。がっしりしていて、背はブルーノより高い。
「初めまして。ステラと申します」
ステラは緊張しながら、丁寧に挨拶をした。
オスカーは笑顔で応えてくれる。
「初めまして、君の兄になるオスカーだ」
「よろしくお願いいたします、オスカー様」
「もっと別の呼び方にしないかい? 元々従兄なんだから」
「えっと、あの、お兄様……?」
ステラがおそるおそるそう呼ぶと、オスカーは目を瞬いた。
「うわ、かわいいなぁ。小さいだけで十分かわいいけど、なにこの動き。妹ってこんな感じなのか!」
「え……」
戸惑うステラをよそに、オスカーはクレアに、
「母上、俺が触れても壊れないかな? 大丈夫?」
「ステラに聞きながら加減しなさい。いきなり抱きしめたりしないようにね」
「気をつけます」
オスカーはクレアに返事をしてから、ステラに向かって中腰になり両腕を広げた。
「よし、来い!」
「えっ?」
どうすればいいのかわからないステラ。
「オスカー様、獲物を狙う目になってますから。怖いです」
「いや、そんなことない。怖くないだろ、ステラ」
「そう言いながらじりじり近寄ってるじゃないですか!」
ブルーノとオスカーのやりとりの横で、クレアがそっとステラの背中を押す。
「大丈夫よ」
押されるままにそっと近寄ると、オスカーはステラを抱きしめた。軽く腕が触れるだけの抱擁だ。ステラは緊張で動けない。
オスカーは身体を離すと、「いつかステラからも返してくれるとうれしい」と笑った。
「がんばります」
このやりとりはクレアともやった。
オスカーも「いつかで構わないよ」とステラの頭を撫でる。
「ああ、瞳の色も同じなんだな」
ステラの顔を近くて見たオスカーが言うと、クレアが、
「よく気づいたわね。そうなのよ」
「父上だけ仲間はずれで、悔しがるんじゃないですか?」
「ふふふっ、きっとそうね」
オスカーもクレア譲りの茶色の髪に鳶色の瞳で、それはステラも同じなのだった。
::::::::::
王都屋敷にもステラの部屋が用意されていて、恐縮するばかりだ。
かわいらしい小花柄の壁紙や丸みのある家具は少女向けで、ステラのためにわざわざ購入してくれたものだろう。
皆は当たり前だと言うけれど、ステラはなかなか慣れない。聖女認定会の前も、聖女候補だから皆が優しくしてくれると思っていたくらいだ。こんなによくしてもらって、聖女じゃない養子の自分がこの家で役に立てるだろうかと不安になる。
朝、目が覚めたステラは、温まった布団からそっと抜け出し、カーテンをめくる。
パトリシアのところに滞在中に今までのように自分で支度をしたらマーサに注意されたため、彼女が来るまで待機だ。本当は布団から出てもいけない。
マーサとブルーノはそのままステラ専属になった。道中で打ち解けたので、これから先もふたりがついてくれるのはうれしい。
ステラが早起きするとマーサはもっと早く起きないとならないから、もう少し寝ていられたらいいのだけれど、慣れない場所ではどうしても眠りが浅くなってしまう。
カーテンの向こうは屋敷の裏側に面していて、整えられた庭が見える。色彩豊かな花壇が春らしい。奥の高い木は敷地の端だろう。それほど広いわけではなさそうだった。
花壇や芝生に差す朝日を眺めていると、控えめなノックが聞こえた。
ステラは慌ててカーテンを放して、ベッドに駆け戻るともう一度布団に入り返事をした。
「お嬢様、おはようございます」
「マーサ、おはよう」
「起きていらしたなら呼んでくださって良いのですよ」
「え、いえ、今起きたところよ?」
ステラがごまかすとマーサは「肩が冷たくなっておりますよ」と微笑んだ。
今日は仕立て屋が来るという。
旅の間のステラの服は、セレナの持ち物からいくつかもらって直したものだった。タルトン公爵家のメイドが総出でサイズを合わせてくれた。
「当座の服や下着類は王都で既製品でそろえましょう。領地に戻ったらオーダーメイドで仕立てましょうね。女の子を着飾らせることができるなんて、うれしいわ!」
「奥様、腕が鳴りますね!」
「私、令嬢に流行りの髪型を調べておきました! おしゃれする際はぜひ私にやらせてください!」
クレアだけでなく、王都屋敷のメイドも盛り上がっていた。
朝食のあとやってきた仕立て屋は、マダム・ポンパーリーという中年の女性だった。三人の針子の女性を伴っており、彼女たちはたくさんの服を持ち込んだ。
衝立の影でステラは採寸された。
「お嬢様は最近まで療養されていたのですよ」
少しずつ食事の量を増やしてはいるけれどまだステラは痩せている。顔や態度には出さなかったマダム・ポンパーリーにマーサが説明する。
「それでは、少し大きめのサイズでご用意したほうがよろしいでしょうか」
「ええ、そうですわね」
何枚か着せ替えられて、好みを尋ねられる。
ステラは首をかしげてしまった。
今までステラの服はセレナとおそろいだった。アガサやセレナの好みで選ばれた服を、ステラは着るだけだったのだ。
口ごもってしまったステラにマダム・ポンパーリーは二枚ずつ服を見せて、どちらの方が好きか順番に選ばせた。
「淡い色合い、暖色系。柄は小さめで、フリルで飾るよりはギャザーをたっぷりとって膨らませる方がお好み、と」
「そうなのですか?」
あっさりまとめてしまうマダムにステラは自分のことなのに驚く。
セレナはフリルやリボンが多い服を好んでいた。セレナにも、彼女にそっくりなステラにも似合っていたから気にしたことなどなかった。
「似合うと好きは別ですからね」
「好きなものが似合わなかったら、どうするのですか?」
「誰にも会わないときは好きな服、お出かけのときは似合う服、など、いくらでもやりようはございますわ。それに、お好みの意匠で似合うものをお作りするのがわたくしどもの腕の見せ所です」
「素敵なお仕事ですね」
ステラが目を輝かせると、マダムは微笑む。
「お嬢様もいろいろなものをご覧になって、好きなものを増やしていってくださいませ」
「はい! がんばります!」
ステラがそういうと、ソファに座って見守っていたクレアが「ほらまた。もう、何でもかんでもがんばらなくていいのよ」と笑った。
::::::::::
マダム・ポンパーリーは部屋着のワンピースを一着だけその場で直して置いて行ってくれた。残りはできあがり次第順に届けてくれるそうだ。
ベージュの地に黄色い花がちりばめられた丸襟のワンピース。ステラはそれに着替えて、髪結いの得意なメイドに結ってもらった。
ふわふわの髪を緩く巻いて自然な流れを作り、ハーフアップにして前髪もピンで留める。前髪を上げたのは初めてで、鏡の中には見慣れない自分がいた。
「わぁ!」
「お似合いですわ」
「ありがとう!」
眉だけ整えましょう、と何やら施されると、また少し違う自分になった。
「さあ、オスカー様からお茶のお誘いが届いていますよ。お兄様に見せて差し上げてくださいませ」
マーサに促されて、ステラはサロンに向かった。
庭に面しているサロンは、掃き出し窓から外に出られる。そのテラスにテーブルセットが用意されていた。
オスカーは室内で迎えてくれ、「服も髪もよく似合っているぞ」と大げさなくらいほめながらテラスまでエスコートしてくれた。
女性ばかりの茶会にしか出たことがなく、忙しい父とも関わりが薄かったステラは、初めてエスコートされてどぎまぎしながら椅子に座った。
クレアは午後から王城に養子縁組の書類を提出に行くと言っていた。
ミモザナ王国には事前に申請済みのうえ、さらにムスカリラ王国の王妃の書状付きだ。「すぐに受理されるわ」とクレアはステラを安心させてくれた。
ステラには紅茶と小さめのシフォンケーキ。オスカーはコーヒーとほとんど丸ごとのシフォンケーキ――欠けている部分がステラの皿に乗っている部分だろう。
「甘いものがお好きなのですか?」
ステラがそう聞くと、オスカーは「シフォンケーキはパンみたいなものだろ?」と本当にパンのように手でちぎって食べている。
ステラはきちんとナイフとフォークを使って小さく切って、添えられているクリームを乗せて口に入れた。
ケーキは甘さ控えめでふわりと柔らかく、甘いクリームが合わさってとろけるようだ。
「おいしい」
うっとりとこぼすと、オスカーが打ち震えた。それから「ステラ、これも食べるか」と小さめにちぎったケーキでクリームをすくってステラの口元に差し出した。
「え……ぐっ!」
驚いてぽかんと開けた口にケーキを押し込まれて、ステラは目を白黒させる。
給仕についていたブルーノが慌てて、
「お嬢様! 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫」
「ほら」
と、さらにケーキを食べさせようとするオスカーに、ブルーノが「若様は下手すぎます」と制止する。
「なんだと。俺はあーんが下手なのか……。仕方ない、ブルーノ、今夜は特訓だ!」
「絶対、嫌ですよ」
軽口のやりとりにステラは口をはさむ。
「あの、お兄様。私はたくさんは食べられないので。自分の分だけで十分です」
オスカーは非常に残念そうに自分の口に押し込んでいた。
「部屋はどうだ? 気に入った?」
「はい! とっても素敵です」
「それなら良かった。なにか不自由はしていないかい? 何でも言ってほしい」
「いえ。不自由なんてありません。皆良くしてくれて、快適で……。私、この家でお役に立てることがあるでしょうか。伯母様に助けていただいたからには、何かしたいんです」
ステラがそう言うと、オスカーは首を振る。
「母上は、役に立つかどうかで君を保護したわけじゃないよ。ステラが何もできなくても、俺たちは君を放り出したりしない」
「でも……、聖女候補だから助成金が貰えて、皆が親切にしてくれて……。今はもう聖女じゃないから……」
ステラがまとまりなく口にすると、オスカーは「うーん」と腕を組み。
「聖女は施設や病院なんかに慰問に行くんだって?」
「はい……?」
「聖女じゃなかったら、ステラは行かないのか?」
「行きます。貴族の義務なので」
「義務や制度の話じゃなくて、君の気持ちを聞いているんだ、ステラ」
「行きます。行きたいです。認定会のあとも行きたかった」
オスカーはステラの頭に手を伸ばし、ぽんぽんと撫でる。
「その助けたいって気持ちは、相手が役に立つからじゃないだろ?」
「はい」
同じことだ、とオスカーはうなずく。
「聖女じゃないステラをパターリアス辺境伯家は受け入れるよ。君が何もできなくても大丈夫」
「あぁ……」
――聖女じゃなくても愛して欲しかった。
オスカーに言われて、ステラはやっとわかった。
本当は両親から言われたかったけれど、それは無理だった。
でも、受け入れてくれる人がいる。
クレアが何日もかけてステラを迎えにきてくれたことが、今さらながらに奇跡のように思えてきた。
「ありがとうございます」
泣きそうになるのを堪えて礼を言うと、オスカーはにかっと笑う。
「あーんの特訓に付き合ってくれたら、俺の役に立てるが?」
そう言ってまたシフォンケーキを口元に出してくるから、ステラは素直に口を開けたのだった。




