双子の聖女候補
ムスカリラ王国の初代王妃は「聖女」だ。
ムスカリラ王国は大陸の西岸に突き出したこぶのような大きな半島にある。
この一帯はかつて魔の森だった。瘴気が立ち込め魔獣が跋扈し、人が暮らすどころか近づくことさえできなかった。そんな土地に建国できたのは初代王妃のおかげだった。彼女が女神に祈ると次第に瘴気が消え、魔獣も追いやられていった。魔の森から普通の森になった土地を切り拓き、人々は生活の場を広げていった。魔の森は半島の先端に残ったけれど、聖女の祈りは結界となって魔獣からムスカリラ王国を守った。
偉大な聖女の母もまた偉大な人であった。唯人ではなしえない奇跡を起こす幼い娘を疎むことなく心から慈しんだ。聖女が国民を愛せたのは母から愛されたからだと、聖女自身が語っている。
建国から三百年。今でもムスカリラ王国には聖女が生まれる。初代王妃のような力の強い者はいないが、常に十人ほどの聖女が国を守っていた。
そして、聖女が存在するなら当然「聖女の母」も存在する。
初代王妃の母への思いが影響しているのか、子どもが「聖女」と認定される前に「聖女の母」は判明する。
妊娠がわかった妊婦は聖女庁や役所で判定を受ける。ほとんどの人は「聖女の母」ではないため、安産のお守りを記念にもらって帰宅するのみだ。しかし、ごくまれに現れる「聖女の母」には助成金が与えられた。
というのも、聖女は身分や貧富に関係なく生まれるからだ。聖女をみごもっても無事に出産できなかったり、聖女認定を受けられる十二歳まで育てられなかったりしては困る。そのため国から援助されるのだ。
助成金が、平民の判定への参加増加の一助になっているのも事実。
そんなわけで、ムスカリラ王国では「聖女」と同じくらい「聖女の母」も注目される存在だった。
あるとき、王都の聖女庁でひとりの子爵夫人が「聖女の母」と判定された。
貴族では前年の公爵夫人以来だ。
連年「聖女の母」が現れるのも貴族が続くのも珍しかったが、それよりも大きな珍事は生まれた子どもが双子だったことだ。
過去の記録を紐解いても、双子の聖女はいない。
聖女庁では何かの啓示かもしれないと、その親子をことさら注意深く見守ることになったのだった。
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「私は史上初めての『双子の聖女の母』ですから」
そう言って自慢げに胸を張る母アガサを見て、ステラ・ラージエンドは首をすくめた。
茶会の席についている女性たちはアガサに愛想笑いを返す。それならばまだいい方で、中には呆れたように扇の陰でため息をつく人もいた。
王妃をのぞけばこの場で最上位のハミルトン公爵夫人が、アガサの発言を聞き流して話題を変える。
「そういえば、ローズ様は引退されて半年でしたか。いかがお過ごしですか? ゆっくりお休みできまして?」
「あ、はい。引退してすぐの春には、兄や姉の家族とクロッカルス領に旅行いたしました」
元聖女の四十代くらいの女性が緊張気味にそう答える。
「まあ、素敵ですね。私は夏にしか行ったことがないのですけれど、春も良さそうですわね」
「冷たくて海には入れないでしょう?」
「船に乗れるのではなかったからしら。ねえ、ローズ様」
「はい。私は湾内を一周する観光船に乗りましたけれど、釣り船もあるみたいです。夏ほど混雑しないそうで、市場や露店もゆっくり見れました」
社交慣れしている貴族女性が話題を広げ、ローズは先ほどよりにこやかに話を繋げる。
思ったような賞賛が得られなかったアガサが膝の上で拳を握ったのがステラには見えた。さすがに顔には出さずに笑顔を浮かべているけれど、家に帰れば不機嫌になるのが想像できて、ステラは内心ため息をついた。
今日は王妃主催の茶会だ。会場は王城の一室。さわやかな淡いグリーンの壁、柄のない絨毯。飾られた花は可憐なコデマリで、茶器もシンプルな白いもの。絵画などはない代わりに、庭に面した側は一面の窓で、春の日差しが輝いている。参加者が気おくれしないように配慮されているのか、豪華すぎない上品な部屋だ。
しかし、よく見れば壁には同色で細かい幾何学模様が施されており、コデマリは王都ではまだ早いため南部から取り寄せたもの。その花瓶も茶器も輸入品。ステラにはわからなかったが、わかる者にはきちんと金がかけられているのがわかる部屋だった。
参加者は、聖女の母や元聖女、聖女候補や見習い聖女など、聖女に関わりのある女性だ。現職の聖女は教会で暮らしているため、王妃の交流会も教会で行われるらしく今日は呼ばれていない。
貴族出身の聖女は常時ひとりかふたりだ。十数人の聖女のうち、ほとんどの聖女が平民出身だった。
平民出身の聖女は引退せずに一生を教会で終える人が多いことや、王城への招待を辞退する人が多いことから、今この場は貴族と平民と半々くらい。ローズも平民出身だ。
王妃やハミルトン公爵夫人は彼女たちが答えやすい話題を振り、緊張がほぐれるように気遣っているのがステラにもわかった。結婚で早期引退した元聖女の貴族夫人たちもそつがない。
どんなときでも自分の話を押し込むアガサとは違う。自分の母の言動があまり一般的でないことに、ステラは前々から気づいていた。
ラージエンド子爵夫人アガサは「聖女の母」だ。その双子の娘ステラとセレナは「聖女候補」だった。
建国以来、「聖女の母」が双子を産んだのは初めてだった。ステラたちが生まれたときは、大変な騒ぎになったらしい。――その年の王城の夜会では今まで縁のなかった上位貴族からたくさん声をかけられた、とステラは母から何度も聞いた。
十歳になり茶会に出られるようになってから、アガサは娘たちを頻繁に連れていくようになった。ステラとセレナを並べて、「この子たちが双子の聖女。そして私が双子の聖女の母」と自慢する。ステラも最初のうちは誇らしく思った。周りの大人も珍しがってちやほやしてくれる。しかし、それが何度も続けば皆辟易するのは当然の流れだ。
アガサの自慢を聞かされる人たちの反応に気づくにつれ、ステラは恥ずかしく思えてきた。
十二歳で聖女の認定を受けるまでは「聖女候補」だ。それから見習い期間を経て、正式に教会に入るのは十五歳。今のところステラたちは聖女の仕事は何もしてしない。「聖女の母」が貴族だったときの慣例で、聖女庁が運営している養護施設や病院などに慰問に行くくらいだ。
むしろステラには、助成金をもらっている分だけ借りがあると思える。
聖女庁の担当職員が生活に問題がないか気遣ってくれ、慰問先でも丁重に扱ってくれる。たいして身分の高くない子爵家なのに、アガサやセレナの言動で呆れられることはあっても、茶会であからさまに意地悪されることはない。
皆が親切にしてくれるのはステラたちが聖女候補だからだ。
そうやって与えられてきたものは、聖女になってやっと返すことができる。そうして初めて聖女だと胸を張れるのではないだろうか。
ステラは一度アガサにやめてほしいと言ったことがあるけれど、彼女は取り合ってくれなかった。
「今までひとりもいなかった『双子の聖女の母』なのだから、それだけで誇らしいことでしょう?」
妹のセレナも母と同じで、双子の聖女だと見せびらかすために茶会の場でステラをひっぱり回した。
ふんわりした茶髪は同じ形に結い、フリルの多いワンピースはまったく同じもの。ステラとセレナはそっくりだった。貴族の娘としては平均的な容姿だけれど、同じ顔がふたり並ぶことで人形のようなかわいさがあり、大人たちの歓心を得た。
しかし、それも最初のうちだけだ。セレナが「史上初めての双子の聖女」と繰り返すたびに、苦笑されたり、聞き流されるようになった。
セレナにもやめようと言ったけれど、彼女も取り合ってくれなかった。
「ステラが私みたいにかわいく振舞わないから皆の反応が悪いのよ」
などと笑顔の指導をされる始末だった。
今はもう、母やセレナの話を表面上だけでも好意的に聞いてくれるのは、ラージエンド子爵家より下位の家の夫人や子どもくらいだ。上位の家からの誘いはほとんどなくなった。
ハミルトン公爵夫人はアガサの前年に判定を受けた「聖女の母」で、その縁で一度だけ公爵家の茶会に呼ばれたことがある。――二度目の招きがなかったのは、今思えば一度で見限られたのだろう。今日も公爵夫人はアガサに社交辞令以上の言葉をかけない。
母の隣で小さくなっていたステラはふと視線を感じて顔を上げた。
すると、向かいに座っているハミルトン公爵令嬢シャーロットの綺麗な青い瞳と目が合う。金髪の豪奢な巻き髪が一級の装飾品のように、小さな白い顔を縁取っている。ステラたちのようにフリルやリボンが多くないドレスはシンプルだけれど布の光沢が違う。一つ年上のシャーロットは聖女認定を受け、すでに見習い聖女になっていた。
見つめられている理由がわからずに首を傾げると、シャーロットは口を開いた。
「ステラ様は聖女の仕事をどう思っていて?」
「え……聖女の仕事ですか……?」
名指しで尋ねられたことに驚き、前置きのない曖昧な質問に戸惑う。
そんなステラを押しのけるように、アガサの向こうに座っていたセレナが声を張った。
「私にしかできない特別なお仕事だと思っています」
シャーロットはセレナに「そうですか」と軽くうなずいてから、もう一度ステラを見た。
「ステラ様は? そうですね……答えにくいのでしたら、聖女になったらしたいことなどは?」
「それなら、皆の幸せを女神様に祈りたいです。聖女候補だから皆が私に親切にしてくれます。今までの分とこれからの分も、恩返しや幸せのおすそ分けがしたいです」
「幸せのおすそ分け……」
いつのまにか周りの大人も口を閉じてステラたちを見つめていた。
ステラははっと気づいて、シャーロットに聞き返す。
「シャーロット様は?」
「私は、国を守る力を得たのならそれを存分に発揮するようにと教えられてきました」
「そうよ、聖女は特別な力を持っているのよ。ステラ、あなたももっと自分が特別だという自覚を持たなきゃだめよ」
「私たちは初めての双子の聖女なんだから」
「お母様! セレナも!」
シャーロットは「教えられてきた」と言ったのだから、彼女の話はまだ途中だったのではないだろうか。それなのに割り込んだふたりにステラは慌てる。
「私はステラ様のお考えは素敵だと思います」
ステラの慌てた様子を注意されたせいだと思ったのか、肩を持ってくれたのはローズだった。
「教会で女神様に祈りを捧げていると、時折暖かな空気に包まれるような感覚がありました。女神様がいらっしゃるのだなと自然と思えてくるような……」
「ああ、わかりますわ。私も感じたことがございます」
「私もありましたわ」
元聖女の何人かがうなずいた。全員ではないようだ。
「あの幸せな心地を皆と共有できたらすばらしいと、私も思います」
「ええ、そうですわね。ステラ様、応援しておりますわ」
「ありがとうございます!」
ローズをはじめとした元聖女から励まされ、ステラは感激した。王妃や公爵夫人、他の大人も温かい目を向けてくれている。隣の母がまた膝の上で拳を握ったのは目に入らなかった。
そのまま話題は元聖女たちの体験談に移っていく。
あっと思ったステラがシャーロットに目を向けると、彼女は気にしないでと言うように首を振って微笑んだ。
きっとまた話す機会があるだろう。そのときは彼女の考えを教えてもらおう。
そう思ったステラだったけれど、シャーロットと話す機会が訪れたのはずっとあとになってからだった。




