勇者パーティから追放されたからスキル「単肥」で農業改革する
「ミノリ! お前はこのパーティに必要ない!」
そう宣告されたのは案外時間が経ってからだった。
たまたま同時に転移したことで俺をパーティに組み込むという苦行をこなしてきたリーダー勇者・タダヒトが項垂れている。とにかく底抜けに優しい男なのだ。俺を追い出すと判断するまでに、随分時間をかけてしまった。ここまででかなり情もわいているのだろう。
だが、やはり同時期に転移したほかのメンバーは、タダヒトの判断を無条件で支持したらしい。つめたく俺を見詰めるだけで、反論は出てこない。
タダヒトが唸るみたいに云う。
「金を……半分、持っていってくれ」
「断れたらいいんだけど。ああ、そんなには要らない。銀貨二枚だけもらう」
俺は背負っていた荷物を降ろした。
「今まで世話になったな。……タダヒト、あんまり思い詰めるな。ちゃんと寝ろよ」
「ミノリ……」
「あんたに心配される必要はないわよ」
勇者のひとりである、魔法でモンスターを殺しまくってきたウララが居丈高に云った。こいつは俺をきらっていて、まともに名前を呼んできたこともない。「とっとと出て行って、お荷物の荷物持ちさん」
スキルで筋肉ダルマになっているタカツグや、どんな怪我でも治せるサクラコは、ちらっと宿の出入り口方向を見る。こいつらは、ウララほど露骨ではないが、やはり俺をきらっている。勇者ではないが荷物持ちとして雇った現地民・ベノワが、不穏な空気に気まずそうにしていた。
腹がたったものの、実際俺はほとんど役に立っていないし、こいつらになにか云っても無駄だ。だからタダヒトへ向けて頭を下げ、じゃあなと云って、俺は宿をあとにした。
俺は田畠農。十六歳の誕生日の前日、のっていたバスごと異世界へ来てしまった。
転移した先は、この世界・マズダアの、ファッラーフ王国というところの宮殿だった。
俺達は勇者として、そこの王さまに召喚されたのだ。
バスから降ろされ、それぞれが聖職者にスキル鑑定をされた。
俺と同じく乗客で、サラリーマンだというタダヒトのスキルは「不撓不屈」。とにかく死ににくいらしい。
大学生のウララのスキルは「千変万化」で、とにかく魔法を沢山つかえる。
運転手だったタカツグは「国士無双」。肉体を鋼のように強化できる。
高校の同級生で、転移前からの唯一の知り合い、サクラコは「一視同仁」。どんな怪我でも癒せる。
で、俺のスキルだ。「単肥」である。何故か俺だけ四字熟語ではなく、しかも戦闘で役に立たない。
しかし、ファッラーフ王国の決まりで、勇者達は一緒に行動しないといけないそうで、俺達は一緒に行動していたのだ。
王さまが俺達を呼んだのは、モンスターの討伐の為だった。タダヒトやウララによると、この世界はあるゲームに似ているらしい。俺は知らない。
ここまでの道中、散々だった。俺は戦えないし、かといって四人ほど丈夫でもないから盾にもなれない。
そう、四字熟語のスキル持ちの人間は、基本的なパラメータが一般人と比べて桁違いなのだ。だから俺は、大人のチームに乳飲み子がまざっているような情況だったのである。
勿論戦闘では役に立たない。最初の戦闘で、ウララ達には見限られ、俺の目の前でウララがタダヒトに「こいつを追放したほうがいい」と提案したくらいだ。
タダヒトは優しいので、それを退け、自分達が戦っている間に荷物をまもっていてもらおうと云ってくれた。
俺はそれから荷物持ちをしていたのだが、ふたつ前の村でウララが現地人を雇ったので、もうそろそろだなと覚悟はしていた。タダヒトは三人に「あいつを追い出そう」と云われていたのだろう。あいつの胃の為には、これでよかったんだ。
しかし、俺はこれからどうしたらいいんだろうか。
とりあえず、スキルが役に立ちそうなところへ向かった。農村である。
身分証はきちんと持ってきたから、農家に雇ってもらおうと思ったのだが、勇者の身分証は特別なものらしい。村の出入り口をまもっていた男性に見せた途端、騒ぎになった。
「勇者さまがどうして、このような貧しい農村へ……?」
「皆さん、騒がないでください」俺は苦笑いで弁明する。「俺、たいしたスキルを持っていないんです。畑仕事に役に立ちそうだったのでここへ来ました。ここに住ませてください」
村のとりまとめ役らしい三人が、困ったふうに顔を見合わせた。
三年後、俺はセンチュウ対策にマーガレットを播種していた。三ヶ月経ったらこれをすき込んで……。
「ミノリ」
弱々しい声に振り返る。やつれたタダヒトが居た。
三年で、王国の食糧事情はかわっていた。それもこれも「単肥」のおかげである。
もともと、遠くはなれた国からじゃがいもが輸入され、その栄養価の高さなどから盛んに作付けもされていたのだが、土が合わないのか量を収穫できなかった。それに、毎年のようにどこかの農地がそうか病やセンチュウで壊滅的な被害をうけていた。この村もそうだ。かといって、小麦はもっと育ちにくい。
地力が足りないし、肥料も足りていない。俺はそう考えて、村の農家達にスキルでつくりだした肥料を配った。村のとりまとめ役達は、俺が勇者だということで、俺の云うことをきくようにと村人を説得してくれた。
これまでも牛糞や鶏糞は投入していて、土には充分チッ素が含まれている筈だ。そこで俺は、まず鉄をつくった。広葉樹の葉と合わせてキレート鉄をつくり、圃場に散布したのだ。
各畑に縦穴暗渠をつくり、堆肥のつくりかたも見直した。畑が四反あったら、そのうちひとつを堆肥をつくる場所にし、次の作で場所をいれかえる。作物と緑肥の畝を交互につくり、次の作でその場所をいれかえる。これによって、安定的な連作が可能になった。
更に、堆肥につかう牛糞や鶏糞の質向上も目指した。酪農家にはアブ対策を徹底させ、白血病を防止。牛にはマメ科の草を飼料として与えるように指示した。タンパク質をきちんととらせることでお産を楽にする為だ。乳の出もよくなる。鶏は過密状態にならないように気を付けてもらった。七面鳥(これも外国から輸入されたばかりだ)と一緒に飼うことも推奨している。
ストレスの少ない環境に置かれた牛や鶏は、いい状態の排泄物を出してくれる。それらをつかって上質な堆肥を作ることができる。
可給態チッ素が働いてくれ、最初の年はそれ以上の資材を投入しなくても小麦もじゃがいももとれた。キャベツの結球もしまりがよくなり、人参は味が濃くなり、たまねぎは掘っても掘っても後から後から大玉が出てくるくらいに収穫があった。
作物ができ、満足に食べられ、しかもそれらを売って金を手にしたことで、村人達は一気に俺を信用した。今では俺が村長になっている。王国一の農村といえばこの村だ。
俺はスキルをつかって硫安などの肥料をつくり、格安で売ってもいた。ほとんど輸送費だけだ。遠くはなれた農村でも、それでじゃがいもや小麦を育てているという。
「勇者を追放したって、王さまを怒らせなかったか?」
タダヒトは力なく頭を振った。
畑の傍につくってもらった、俺の家のテラスだ。歩くのもつらい様子のタダヒトに肩をかしてここまでつれてきて、デッキチェアへ座らせた。勇者で、パラメータは相当高い筈なのに、タダヒトはやつれ、つらそうだ。
時期に刈り取って乾燥させておいたベルガモットの葉を、ティーポットへいれる。お湯を注いで、蓋をした。もうひとつのデッキチェアへ腰掛ける。
タダヒトは目を瞑り、湯気を吸い込んだ。「いい香りだね」
「ああ。はちみつ、いれるか?」
「うん」
タダヒトの声はまったく力がない。
ベルガモットティとはちみつをマグへいれ、渡すと、タダヒトはありがたそうにそれを飲んだ。
風の便りで、タダヒトが竜王を討伐したと聴いた。王国の北で、モンスターを操って暴れていたやつだ。それ以外にもタダヒトは多くのモンスターを倒している。いつか王女さまと結婚するのではないかと云われているそうだ。ウララ達の話は聴かない。
「ひとりか?」
「ああ」タダヒトは俺の疑問がわかったみたいだ。苦笑いになる。「ウララ達に、追放されたんだよ。体を壊して、まともに戦えなくなったから」
唖然とする。
「お前、竜王を倒したんだろ?」
「ああ、それはね……でも体が限界だった。なにを食べても吐くようになってしまって。体が受け付けないんだ」
「ああ……」
そうか。もともとこいつは、底抜けに気が優しい。自分に牙をむくモンスターであっても、傷付けるのに躊躇していた。
上位のモンスターには人間の言葉を話す者も居るらしい。そういう相手と戦うのがつらかったのだろう。
身を乗り出す。「最後に飯をくったのはいつだ?」
「おとといかな」
タダヒトは客用のベッドで寝ている。三年で伸びた髪はばさついて、まともに櫛をいれた様子はなかった。寝ていいぞ、と云ったら、あいつはすぐに眠ってしまった。
俺はかまどの前に立ち、りんごを煮ている。竜王を退治して、ほかにも沢山のモンスターを倒して、あいつは頑張ってるのに、ウララ達はなにを考えているんだ。
「おはよう」
「おはよう……ごめん、ベッドを借りて」
「そのつもりできたんだろ」
翌朝、まだ眠たそうなタダヒトのベッドまで、りんごのはちみつ煮を運んでいった。匙で崩して食べさせる。
「ごめん。ミノリしかたよれなかった」
「王さまは?」
「離宮での静養をすすめられたけど……ウララ達に、居場所を知られていると思うと、こわくて」
タダヒトは茶碗に一杯程度も食べることができず、追加でつくったうすいオートミール粥も三口くらい食べてもういいよとぎこちなく微笑んだ。それから、また眠ってしまった。ウララ達によほど、意地の悪いことを云われてきたらしい。
その次の日も、次の日も、タダヒトは少し食べては寝た。転移直後、戦闘で役に立たないスキルだったのに庇ってもらったこと、物理的に庇ってもらって怪我をまぬかれていたことを思い出すと、放り出すことはできない。
そんなふうに、農作業の合間にタダヒトを看病して、瞬く間に一ヶ月経った。
タダヒトは段々と食欲をとりもどし、表に出てもつらそうにしなくなった。二ヶ月経つ頃には、一緒に畑に出るようになった。
もともと、タダヒトのパラメータは高い。重たいものでも簡単に運んでくれるし、収穫の速度も段違いだった。まるでトラクタを導入したようだ。
骨惜しみせず作業するタダヒトに、村人達も好感を抱いたようだった。村一番のうるさ型のおかみさんの「散髪してあげるよ」を断らなかったのもよかった。彼女がタダヒトのことを、ミノリ村長の友人で、凄くいいひとだ、と触れ回ってくれたのだ。
その上タダヒトは、随分手先が器用で、教わればあみものでもぬいものでも簡単にこなした。胃痛がぶり返して外に出られない時には、村の老婆達と一緒に糸紡ぎや刺繍をしている。どうやらタダヒトは、それらのことを楽しいと思っているらしかった。
「ミノリ、おかえり。お疲れさま」
「お疲れ」
畑仕事を終えて戻ると、買いものをしたいと云って出かけていたタダヒトが、やけににこにこして迎えてくれた。俺は流しで手を洗いながらそれを見る。タダヒトが水汲みをしてくれるので、水がめはいつでも清潔な水をたたえている。「なんだよ、いいもんあったの?」
「まあね。すごくいいものが手にはいった」
タダヒトはいたずらっぽく笑い、アーチの向こうの居間を示した。「助けてくれて、ありがとう。お礼だよ」
「え? なんだよ」
「これくらいしかできないけど、もっと工夫するから」
ふっと鼻先を、いい香りが掠めた。……これは!
居間へ駈け込む。「おお!!」
テーブルの上の大皿に、たっぷりの千切りキャベツと、湯気のたつコロッケがのっていた。
「村のひとにパンをもらってきて、衣にしたんだ」
タダヒトはベルガモットティをおいしそうに飲んでいる。「それから、アニェスさんのとこで牛を潰すって聴いたから、この間の刺繍のハンカチと交換してもらった。牛脂もくれたから、それで揚げたんだ。野菜はミノリがつくったものがあるから……キャベツだけは、アンリさんのつくったやわらかいやつだけど。おいしいかな」
口いっぱいに頬張っていたので、俺は頷くだけだった。タダヒトはにっこりする。
「ソースはトマトとりんご、たまねぎ、はちみつ、塩、酢、あとはハーブや香辛料を適当にいれて。それに、市場でこしょうを買ってきて、追加した」
「……昨日からいい匂いがすると思ってた」
「うん。昨日からつくってたから。ごめん、こわかったからマヨネーズはつくってない」
「いいよ、俺、コロッケは中濃ソースだけでくいたい」
コロッケを手掴みし、たっぷりの中濃ソースへ漬けこむみたいにしてから口へ運ぶ。衣がさくっと音をたてた。ちょっと大きめのパン粉がしっかり立ち上がっていて、さっくりする。潰しすぎていないじゃがいもに、おそらく炒めていないしゃきしゃきしたたまねぎ、こちらはじっくり炒めたらしい甘い人参、ごろっと存在感のある牛肉……すべてが渾然一体となって口のなかで暴れている。おいしい。中濃ソースも最高においしい。
材料はあった。あったけれど、俺には料理の腕がなかった。度々、コロッケを食べたい、オムライスを食べたい、ハンバーグを食べたい、と云ってはいたが、なにかする訳ではなかった。
タダヒトはそれに対して毎回、そうだね、と云うだけだった。胃痛持ちだし未だに食は細いし、もともとくいものに頓着しないから、興味がないのだと思っていた。
でも、今俺の目の前には、脂できらきらかがやくコロッケがある。
タダヒトはマグを置いて、自分はトマトのサラダをつつく。
「今度はオムライス、つくろうかなと思ってるんだけど」
「絶対、つくって。くうから」
タダヒトはくすくす笑った。
コロッケは村人にも好評だったし、タダヒトは惜しみなくレシピを教えた。そういうものを独占しておけるような人間じゃないのだ。
じゃがいもとその安定した栽培法は、村から国中にひろまった。俺がつくっている硫安なんかもな。それに、タダヒトのコロッケも加わった。
ウララ達は今日もどこかでモンスター退治をしているそうだ。助かる話だが、俺達には関係ない。
この間、村に下級のモンスターが来たけれど、だいぶ元気をとりもどしたタダヒトが片付けてくれた。あいつの株はうなぎ登りだ。
「ちょっと皮が厚い」
「こんなもんだろ」
「ミノリって農作業には凄くこだわるのに、料理は大雑把だよなあ」
俺はタダヒトの指導の下、餃子の皮をのばしている。タダヒトは器用に、大体同じ厚さで同じサイズの円形にできるのに、俺はどうしても円にならない。
「ワンタンにする? あれなら、のばして切ればいいから」
「やだ」
「もー、強情なんだから……」
タダヒトは笑いながら、数秒で一枚、餃子の皮をつくっていった。自然に笑えるようになってよかったと心から思う。
俺達はその晩、おいしい水餃子と、麦の穂が揺れる音と、虹色にきらめく異世界の月を堪能した。俺がつくった皮は粉っぽくて、タダヒトの餃子のほうが百倍おいしかった。