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聖女はとっくに召喚されている。日本に。【コミカライズ】  作者: 守雨
第三章 秋の日本

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78 お銀の不安

 美穂さんの家に戻り、千代はサササッと庭の草むらに入り込んだ。

 おそらく庭のコオロギでも食べるのだろう。千代が消えると、入れ替わるように五歳ぐらいの少女が姿を現した。お稲荷様の朝霧あさぎりだ。


「ただいま、朝霧ちゃん」

「レイさんおかえりなさい」


 レイの声が聞こえたのか、玄関ドアが開いて美穂がサンダルをつっかけて出てきた。


「レイさんお帰り」

「ただいま美穂さん。美玉町は風情のあるお祭りでした。さすがに徹夜は堪えましたけど」

「お祭りで徹夜? そりゃすごいね。私は仕事の山をひとつ片付けたから、ぜひ聞かせてよ。それとも寝る?」

「美穂さんとおしゃべりしてから眠ります」


 そこでレイが昨夜見たことを話した。お咲ちゃんの話を聞きながら、美穂は「うんうん」とうなずいている。それを見てレイは意外に思う。


「美穂さん、お咲ちゃんの気持ちがわかるんですか? 私はわからなかった。なぜ悪人の魂を消滅させず、成仏するまで待つのかしら。成仏するって、いいことでしょう?」

「そうねえ。私は普段、全く信仰のない生活をしている。だけど、ちょっとわかる。仏様は悪人をも救うっていう考えは、日本人には馴染みがある考えだからかな。きっとお咲ちゃんは、その魂を救いたいのよ」

「悪人をも救う……」

「そもそもそのお侍さんは、心を病んでいたわけでしょう? その人にはその人の苦しみがあったってことじゃない? ま、被害の当事者じゃないからこんな冷静なことを言えるんだけどね」


 治癒魔法に秀でる魔法使いとしては、じっくり考えたい話だ。ウジェ王国で同じ場面に出くわしたら、レイは美穂と同じことを言えそうにない。


「あ、そうだ、お銀さんが私に会いたがっているらしくて明日会いに行くんですけど、美穂さんも行きませんか? 千代ちゃんも行きたいって言っているの」

「お銀さんにはお世話になったし、私も行きたい。朝霧ちゃんも行くかなあ」

「誘ってみますね」


 この段階でもう、集まるのは人間より人間じゃない存在の方が多い。その上レイは異なる世界の人間だ。それに気づいたレイは「くくっ」と笑ってしまう。


 その日はお風呂に入って早々と布団に入った。

 翌朝、庭の隅のお稲荷さんの祠に手を合わせながら声をかけると、朝霧は姿を現さないまま「今日はやめておきます。朝からよくない風が吹いているので、ここで美穂さんの家を見守っています」と言う。

 千代も草むらから出てきて「私もやっぱり今日はやめておきます。おうちを守らなきゃ。風がよくないもん」と言い出した。


「よほど悪いものなのかしら。私と美穂さんは出かけた方がいいかな。家にいた方がいいかな」

「お銀さんと一緒の方がいいと思います」

「わかった。じゃあ朝霧ちゃんと千代ちゃんは、この家をよろしくね。この家は中にも外にも守り手がいて、安全だわね」

「私は稲荷神様の神使しんしですけど、稲荷神様はなんでもござれの神様ですから。家内安全はお任せください」


 レイは(あ、誤解してた)と気がついた。

 お銀さんや朝霧ちゃん自身が神様かと思っていたのだ。「しんし」がどういう字を書くのか調べておこう、と心に刻んだ。

 昨夜熟睡したレイはスッキリしている。美穂に声をかけ、まず行くのはアキラのところだ。


「アキラ君、いる?」

「いるよ」


 いつものごとく背後から声がかかり、振り返るとアキラが笑顔で立っている。


「これからお銀さんに会いに行こうと思うんだけど、どこに行けばいいのかな」

「僕が案内するよ。今日は一緒に行動しよう。ちょっと不穏な風が吹いている」

「ん? 十月だからえきは来ないでしょう? あれは春先に来るんじゃなかったかしら?」


 アキラが少し困った顔で空を見上げる。


「この国にやって来るのは疫だけじゃない。数えきれないほどいろんなものがやってくる。たいていはどうにかなるから話題に上がらないだけ。どれも季節が変わるといなくなるしね」

「そうなんだ……」

「今日はよくない風が吹いているから、レイさんは僕と一緒にいたほうがいい。お銀さんもいっしょなら、なお良し。さ、行こう。お銀さんの家は古くから続いている料理屋さんだよ」

 

 赤坂の一本裏に入った通りにお銀が立っていた。今日は緑がかった灰色の無地の着物に大きな白い花の帯だ。


「道祖神様、来てくださってありがとうございます。レイさん、お久しぶりです。あなたは美穂さん、だったかしら? わざわざ来ていただいて申し訳ございません」

「久しぶりだね、お銀さん」

「その節は大変お世話になりました」


 美穂が深々と頭を下げ、レイも「その節はキカワ金属にいいお仕事をありがとうございました」と頭を下げた。

 一行はお銀さんの案内でお蕎麦屋さんに入り、お座敷へと導かれた。


「ここの蕎麦は更科です。道祖神様にもご満足いただけると思いますよ」

「それは楽しみだな」


 お銀、アキラ、レイ、美穂の四人で黙々と蕎麦を食べた。確かにその店の蕎麦は抜群に美味しかった。

 アキラは蕎麦好きらしく、「美味しいねえ」を繰り返しながらざる蕎麦を食べている。

 全員が食べ終わり、蕎麦湯を飲み終えたころにお銀が話を始めた。


「実は、大旦那様が鬼籍に入られまして、若旦那が名実ともに大旦那様になられたのです。その辺りから、どうもお加減が悪いのです。もちろん病院には行っています。でも、これといって異常が見つからないのですよ。なのに食欲が失せ、眠れなくなり、少しずつ弱っていらっしゃる」

「ああ、それでレイさんに?」

「そうなんです。厚かましいお願いなのは重々承知しております。お礼はきっちりいたしますので、一度、診ていただけないでしょうか」

「それなら任せてください。治療は私の専門ですから」


 レイはニッコリ笑って胸を叩いた。

 その三十分後に絶句する羽目になるとは思わずに。


 お銀に再び道案内をされて、お銀のほこらが置いてある料理屋に着いた。


「うわあ、立派な料理屋さんですねえ」

「お店自体は江戸時代から続いているんですが、この前の大空襲で建物は焼けてしまって。いい建物だったんですよ。さ、裏口からで恐縮ですが、どうぞお入りくださいまし」

 

 一歩屋敷の中に足を踏み入れた瞬間にお銀さんの服装が変わった。仲居さんが着るような濃いえんじ色の着物だ。レイも続いて裏戸の敷居を跨いだ。建物に足を踏み入れると、覚えのある感覚がした。全身の皮膚がチリチリするような、何の臭いもしないのに悪臭を嗅いだような不快な感じ。


(あれ? お銀さんにはめられたってことはないよね? 私を罠にはめる理由はないものね?)


 美穂とアキラの様子を素早く探るが、何も気づいている様子はない。

 お銀はスタスタと奥へと足を進める。とある部屋の前で足を止め、お銀が振り返った。真っ白な障子のすき間から、見覚えのある黒いものが漏れ出している。


(美穂さんを守らなきゃ。攻撃魔法は不得意だけど、美穂さんだけは絶対に守る!)


 レイはいつでも攻撃できるよう、体内で魔力を練った。お銀が床に正座をして声をかけた。


「旦那様、銀でございます。失礼いたしますよ」

「入りなさい」


 弱弱しい声がして、お銀が両手でスッと障子を開けた。とたんにブワッと真っ黒な瘴気があふれ出てくる。瘴気に負けるものかとレイは足を踏ん張り、それを見た。


「魔獣? なんでここに!」



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