74 美玉町の秋祭り
またしばらくの間、連載することになりました。
不定期の投稿になりますが、お暇なときにでもお読みいただけると嬉しいです。
美穂がレイとヒソヒソ話をしている。
レイはウジェ王国から久しぶりに日本へやって来たところだ。
「ええ? レイさん、日本に来るたびにビジネスホテルに泊まっていたの? もったいない。うちに泊まってよ」
「それはあまりに申し訳ないですよ」
「いいっていいって。お父さんと千代ちゃんだって喜ぶわよ」
「お父さんはともかく、千代ちゃんは存在自体をお父さんに気づかれていないのでは?」
「そうだけど。とにかくレイさんは歓迎されるから。おいでよ」
千代ちゃんは人間の姿にもなれるヤモリだ。控え目な力で自分の住まいでもある美穂の家を守っている。
美穂の勧めで、レイは三日間の日本訪問を美穂の家でお世話になることが決まった。その報告をアキラにしたところ……。
「そっか。残念だけど、今日から僕は少し遠くに出かけるんだ。地方のお祭りの夜にすべきことがあってね」
「東京からわざわざ地方へ? アキラ君の担当地域って、そんなに広いの?」
「その地区はちょっと特別でね、今は守り手の数が足りないんだよ。ほら、僕たちは石像が割れたり片付けられたりして、数が減る一方だから」
道祖神を含めた石像たちは、人間の祈りで形を保っている。祈る人が少なくなっているだけでなく、地域開発や区画整理で片付けられてしまう石仏石像が結構あることはアキラから聞いている。
「私も行きたい。アキラ君にくっついて行っちゃダメかしら」
「うーん。危険があるから僕が行くわけなんだけど。まあ、レイさんなら大丈夫かな」
美穂の家に戻ってその話をすると美穂はがっかりした。
「一緒に行きたいけど、仕事が詰まっているから諦めるわ」とため息をつく。
彼女は相変わらず忙しいらしい。しゃべっている間も、パソコンで何やら操作をしている。
「そうかぁ、レイさんは出かけちゃうのかぁ。私の分まで日本の伝統的なお祭りを楽しんできてね」
美穂がそう言うと、少女の姿で聞いていた千代は「私は行きたいよ。レイさんのバッグの中に入っておとなしくしているから連れて行って」と言う。断る理由もないので、ヤモリの姿になった千代を手提げバッグに入れて、またアキラのところへ向かった。アキラはさすがにスマホを持っていないので、話をしたかったら歩いていかなければならない。
「アキラ君、いる?」
道祖神に手を合わせながら声をかけると、アキラが現れた。
いつも思うのだが、現れる瞬間を見られたことがない。気がつくと近くに立っている。
「どうしたの? あ、千代ちゃんも一緒なんだね」
「千代ちゃんが一緒に行きたいっていうんだけど、いいかしら」
千代がするするとバッグから出て、こちらも瞬きしている間に少女の姿になった。
「道祖神様、私も行きたいです。遠くのお祭りなんて、レイさんがいる時しか行けないもの。私のことが見えて受け入れてくれる人間なんて、この先いつ現れるかわからないでしょう?」
アキラは少し困った顔で考えている。
「うーん。そうだなあ。今回は結構強いのが出てくるんだよ。強いのが出てきたら、千代ちゃんはずっとヤモリの姿でレイさんから離れないって約束できる?」
「できます!」
「まあ、それならいいか。じゃあ、一緒に行ってもいいよ」
「やった! ありがとうございます、道祖神様。レイさんもありがとう」
人間の姿になっているのに、人間離れした速さでキュルキュルと回って喜ぶ千代の姿に、レイは苦笑する。
一度美穂に挨拶をして、待ち合わせをした駅の改札口でアキラと合流した。
人間の姿の千代と三人で電車に乗ると、千代は「遠い町まで電車に乗るのは初めて」と言って、窓の外を眺めて喜んでいる。
列車は西へと走り続け、目的地の海辺の町に到着した。
駅の改札を出ると、風が潮の香りを運んできた。駅前商店街には提灯をぶら下げた縄があちこちに張り渡されている。
祭り見物の人を目当てに、あちこちの店の前に折り畳み式の長机が置かれている。たくさんの旗が立てられていて、それぞれの旗にはかき氷、タコ焼き、焼きそば、ビール、ラムネの文字。レイのおなかがグウと音を立てた。
おなかを押さえて、レイがアキラに照れ笑いをした。
「わくわくする。日本のお祭りは何回見ても素敵」
「十月のお祭りは豊穣を感謝するお祭りが多いんだけど、ここのお祭りはちょっと特殊なんだ」
「特殊、とは?」
「十月の新月の日に、この辺りに住む人々を集めて海から遠ざけるのが目的なんだよ」
(怖いものは海から来るのか)と、レイは南の方角に広がる海に目を向けた。
「いいなあ。私も見たいです。今だけここから出ちゃダメですか? 強いのが出てくるときは、バッグの中に入っていますから」
アキラは案外あっさり「いいよ」と言う。
「ただし、陽が沈んだらその中に入って、絶対に出て来てはいけないよ」
「はい。お約束します、道祖神様」
「これから町を見て歩こうか。守り手たちに挨拶をしたいんだ。僕の出番は夜だから」
守り手の説明がないまま、そこからは三人で美玉町を見て回った。この町は漁業が中心で、釣り客を相手にした民宿や旅館も結構多い。磯料理の店からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。
アキラの言う守り手とは、石仏だった。
町のあちこちに石仏があり、アキラはそれらを巡りながら町を歩く。全部の石仏の前で膝を折り、何かを話しかける。声が小さいのでレイには聞き取れない。
アキラの挨拶が終わるのを待って、レイは「こんにちは。アキラ君に連れてきてもらいました。レイと申します。どうぞよろしくお願いします」と話しかけた。千代は無言で手を合わせている。
二人の背後で、アキラが説明をしてくれる。
「この町は、理由があって石仏が多いんだよ」
「アキラ君とは違う像ですよね。お顔が怒っているような」
「うん。今日回って声をかけたのは全部、馬頭観音。無智や煩悩を排除し、諸悪を打ち破る神だ。僕は道祖神で、悪しきものが侵入しないように守るのが役目」
「馬の頭というわけではないんですね」
「馬頭と言うのは『馬が草や水のことだけを意識するように人々の煩悩を喰らい尽くす』という意味」
「煩悩……」
「僕も彼らも、人々の幸せを願う存在という意味では同じだけどね」
怒った顔で煩悩を喰らいつくす神がたくさんいるこの町。
この地に今夜現れるという「強い相手」とはどんなものなのだろう。
(少し怖い。でもアキラ君がいれば、きっと大丈夫よね。大丈夫だからこそ、アキラ君は何百年も存在しているんだもの)
自分の不安に自分で答えを出しながら、レイは馬頭観音に手を合わせた。
途中の店でイカ焼きを買い、お店の人とおしゃべりをした。エプロンをつけたお店の女性が指をさす方を見ると、神社に続く石段にはたくさんの男たちが集まっていた。
「お日様が沈んだら、あの山の上の神社からお神輿が出発するんです。主な通りを一周して邪を祓ってくれるんですよ。見応えがあります。お祭りを楽しんでくださいね」
お神輿の担ぎ手らしい男たちは、腹にさらしを巻いて半ズボンのような白い半股引きを履いている。足元は全員白足袋に藁草履だ。
紺色の法被と頭に巻いた藁縄が勇ましい。
「さて、そろそろ僕らの出番だ」
そう言ってアキラが海に目を向けた。
アキラの視線の先、低い家並みの向こうを見ると、太陽は西の空を赤く染めている。
もう少しで太陽が海に沈む。





