70 イルミネーション
キカワ金属で冬のボーナスが出た。
このところの二十年ぶりという忙しさで、ボーナスが少し上乗せされて社員はみなホクホクだ。
レイも嬉しかったが、心は晴れない。母からの召喚がまだなのだ。
「お母様になにかあったのかしら」
そう心配しても何もできない悔しさで、毎日を悶々と暮らしている。
アパートの部屋の中はいつ召喚されてもいいように片付けられ、引っ越し前夜のように物が片付けられている。
美穂が少しずつ鉢植えを引き取ってくれているので既に鉢植えは最初のひと鉢だけになっていた。
「さて、出かけますか」
今夜は美穂とアキラの三人でクリスマスイルミネーションを楽しみに行く約束をしている。
「今までの五年間はイルミネーションを一人で眺めてた」とレイが何気なく言ったのを聞いて、美穂が計画してくれたのだ。
「嬉しいです。初めて誰かと一緒にあのキラキラを見られます」
と笑顔で語るレイを見て、美穂が「こんな若くて美人なのに。なんて不憫な」と涙ぐみ、レイを慌てさせたのも、今では笑い話だ。
あの美しい夜景を見るのもおそらく最後。しっかりと目に焼き付けて帰ろうとレイは意気込んでいる。
待ち合わせの場所に、もうアキラと美穂が来ていた。
「お待たせしました!」
「私たちもさっき来たところよ」
三人で感動したり笑ったりしながら眺めるイルミネーションは、今まで見た中で一番美しかった。
(楽しい)と何度も思いながら一時間ほど混雑する並木通りを歩き、どこかでお茶でもとなった時だ。
「キーン」という聞き覚えのある音がした。
ハッと頭上を見上げると、レイの真上に白く輝く召喚紋が浮かんでいた。アキラは気づいたが、美穂は気づいていない。
「美穂さん、私、急用を思い出した。帰らなきゃ」
「そうなの?」
「美穂さん、楽しかった。ありがとうございました」
「なに? どうした? なんで泣いてるの?」
「目にゴミが入った」
「もう、びっくりさせないでよ。じゃあ、またね。おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
最後は笑顔で。
そう決めていた。
うっかりこぼしてしまった涙をグイ、と手の甲で拭って、レイはアキラと歩き出した。
「アキラ君、一緒にいてくれる?」
「うん。もちろんだよ」
そのあとは無言で歩いた。
アキラは伏し目がちのまま、隣を歩いている。
レイはいよいよ来たお別れに、泣きそうになるのを堪えている。
アパートに着いて外階段を上がり、自分の部屋の前に進もうとして、レイの足が止まった。
レイの部屋のドアの前にたくさんの小さくて黒いアレが集まっていた。
「うそ。なんで。なんで今よ」
呆然とするレイはどうしようかと固まっていたが、アキラはすぐに呪文を唱えだした。
呪文を唱えながらピッ! ピッ! と指で狙って小さな黒いものを消している。
レイも動揺を抑えて呪文を唱え始めた。二人が呪文を唱えながらドアに向かって進むと、小さく黒いものたちはジリ、と後退して道ができる。
アキラは呪文を唱えながら辺りを見回した。
こんな状況は不自然だから、何者かが黒いものを集めたような気がしたのだ。
「いた」
近くの電柱に、黒いハットをかぶり、黒いコートを着た男が腰を下ろし、足をブラブラさせながらこちらを眺めていた。
「疫だ。なんでこんな時期に。早すぎるだろう」
そうつぶやきつつ目の前の黒いものを消すのに追われた。
レイは呪文を唱えながら足元にいるのをひとつひとつ踏んで消し、少しずつドアに近寄る。
「どうしよう、ドアを開けたら入られそうな気がする」
「お札が貼ってあるから一気に入られることはないと思うんだけど、アイツがいるからなあ。予想がつかない」
「アイツ?」
レイはアキラの視線をたどり、電柱の上にいる男に気がついた。
「うわぁ」
「大丈夫、落ち着いて。口を閉じて。これ、アイツの一部だから。口から入るかもしれないから」
「っ!」
気持ち悪い!と叫びたいのを我慢して唇をしっかりと閉じ、レイはじりじりと進む。
そして思い出した。
腰のベルトをシュルッと抜き取り、瞬間接着剤で貼り付けた魔核に「剥離」と魔法をかける。六個の『大型魔獣用魔力吸収具』が通路に剥がれ落ちた。
それを拾い集め、たっぷり自分の魔力を注いで、ポーン、ポーンとドアから離れた場所に放ると、黒いものはそれに群がった。
「今よ、アキラ君」
鍵を取り出す時間も惜しくて、「開錠」と呪文を唱え、素早くドアを開けて二人で部屋に飛び込んだ。
「ふぅぅ」
「無事に入れたね」
「ええ。入れてよかった。それに、美穂さんに姿が消えるところは見せたくなかったの。良かった」
「まさかこんな時期に疫が戻って来るとは思わなかった。よほどレイさんの匂いを忘れられなかったんだね」
「こういう時に使うんだっけ? 有難迷惑って」
「ん-、多分そうかな?」
頭上の白い召喚紋はますます輝きを増している。
「アキラ君、いよいよお別れみたい」
「楽しかったよ」
「私も。最後は笑顔でお別れしたい」
「うん。今度は吸い込まれないよう、ちょっと離れてるね」
「アキラ君、美穂さんと由紀子ママに私が国に帰ったって、伝えてくれる?」
「いいよ。笑顔で帰ったって、言っておくね」
「うん」
笑顔のまま涙をぽろりとこぼして、アキラの前からレイが消えた。
※・・・※・・・※
スナック由紀子は賑わっている。
レイの占いがなくなっても、占い客だった面々は由紀子ママの手料理を楽しみに通っている。
美穂も月に一度くらいは顔を出す。
美穂は由紀子ママや常連客とレイの思い出を話すのが楽しい。
「あれからもう三年ね。レイちゃん、お国に戻っても元気でやってるかしら」
「きっと元気ですよ」
美穂はレイに頼まれた通り、管理会社にレイの手紙と必要経費を渡し、部屋の荷物の処分をした。レイが残したお金は経費を払ってもまだ残っていて、それは封筒に入れて取ってある。
「人生初の女友達、いなくなっちゃったなぁ」
そう独り言を言ってビールを飲んだ。
スナックのドアが勢いよく開いて、由紀子ママが「いらっしゃ……」と言いかけ、途中で言葉を止めて目を丸くしている。
「やだ! 久しぶり!」
由紀子ママがカウンターの中から出てきてドアに向かって小走りになった。
美穂がカウンター席から振り返ると、そこに夏川レイが立っていた。
「お久しぶりです! 三日間だけ遊びに来ました!」
「レイさん! なによ、連絡くれたら成田まで迎えに行ったのに!」
「レイちゃん! 久しぶりね。おなか空いてる? 炊き込みご飯、急いで炊こうか?」
「美穂さん、由紀子ママ、会いたかった!」
レイが駆け寄って、二人に抱きついた。するとレイの後ろから「僕もいまーす」とアキラが顔を出した。
※・・・※・・・※
その年からずっと、スナック由紀子には、年に二度、夏川レイがやって来る。
そして三日間だけ東京に滞在して、またいなくなる。
今夜はスナック由紀子で美穂と、たまたま来店したアキラが会話をしている。
「アキラ君、そろそろレイさんが来る頃よね」
「そうだね」
「楽しみね。千代ちゃんが会いたがってるの」
「じゃあ、今度千代ちゃんも誘って、どこかに遊びに行きますか」
「いいわね。どこがいいかしらね」
「水辺と山じゃなければ、どこでもいいと思うよ」
「なにそれ」
「レイさんは人気者だからね。水辺と山はやめたほうがいいんだよ」
最後までお読みいただきありがとうございました。
初めて書いた現代物ファンタジー、楽しかったです。
この小説がいずれコミックとして登場しますので、その時はぜひ、漫画家の先生とコミックを応援したいと思っています。
コミカライズの情報等はツイッター(@shuu_narou)または活動報告でお知らせします。
お楽しみに。
たくさんの応援をありがとうございました。
守雨





