49 宮司と対面
アキラは浅水神社の境内で、杉のご神木に向かって小声で話かけている。
しばらくすると、ご神木から滲み出るようにして老人が姿を現した。
「小物たちがざわざわしているな、道祖神よ」
「はい。高校に棲みついていた小物が多数合体して、レイさんを目指して西からこちらへと進んで来ているのです」
「大きいのか」
「はい。小山のようでした。他の道祖神たちが食い止めようとしていますが、あまり……」
「此度の休校続きで飢えていたところに、あの匂いを嗅いだ、というところかの」
「さすがはおじいさん。全くそのとおりです」
杉の木の老人は、いったん腕組みをして考え込んだが、ゆっくりと顔を上げた。
「そこまで多数では、あの娘は干からびるまで精を吸い尽くされるな。六百年ほど前に一度だけ見たことがある。寄り集まって暴走し始めたら、アレらは満腹するまで止まらないようだ。普段なら少しの精で我慢できるのに、我を忘れてしまうのだ」
「何か良い方法はありませんか。どこへ逃げても追ってくるでしょうし、人間は家と食べ物がなければすぐに死んでしまいます。食べ物を手に入れるには働かねばなりません。会社まで追いかけられたら、あの人はおそらく、いろんな意味で終わりです」
「そうよなぁ」
再び老人が考え込む。
「宮司にお札を書いてもらえ。小さい物の寄り集まりならば、できるだけ多く。あの娘の魔力は、そのままでは力を発揮しないだろうが、お札を経由すれば使えるようになる、かもしれない。だめかもしれないがな」
「僕、宮司さんに姿を見せて、言葉を交わしてもいいのかな。やったことないけど」
「仕方あるまい。アレがあの娘の匂いに釣られて動いたものの、お札やお守り、ワシの枝に阻まれて近づけぬ、とわかった途端に手近な人間を襲い始めるかもしれんぞ」
すこし時間をおいてアキラが声を絞り出す。
「おじいさん、六百年前は、どうなって終わりになったの?」
「集落が丸々ひとつ滅んだ。人間は悪い疫病が流行ったと思って、村ごと焼いて終わりにした」
いつも優しい顔つきのアキラがはっきりと顔をしかめた。
「あんなのに襲われて精を吸われたら、普通の人間なら間違いなく干からびるものね。疫の害悪どころの話じゃない。わかった。宮司さんに声をかけてくる」
「ああ。余計なことは言わないよう、気をつけるんだぞ」
「……それ、無理じゃない?最初から最後までその手の話しかできそうにないよ」
「ま、そりゃそうだな」
「もう。おじいさんはいい加減だなあ」
「年寄りだから。仕方ない」
アキラは「こんな時ばっかり年寄りって言うんだから」とぼやきながら宮司の住居へと進んだ。
今まで散々通った浅水神社だが、宮司と直で会話するのは初めてである。あれだけ力が強い人間をアキラは見たことがなく、(どうなることやら)と思いながら玄関にあるチャイムを押した。
「はい」
「夜分に大変失礼いたします。近所に住んでいる者ですが、宮司さんにお願いがあります」
「ええと、どのようなご用件でしょうか」
声はこの神社で禰宜を務める孫の青年と思われた。
青年は真面目に禰宜を務めているが、力はあてにならない。あれは生まれ持った資質と修行の結果なのだ。
「お札をたくさん書いていただきたく、無理を承知でお願いに参りました。黒いアレの件、とお伝えくだされば、ご理解いただけるかと思います」
「はぁ。少々お待ちください」
(僕の言ったこと、完全な不審者だよなあ。警察を呼ばれたら困るなぁ。ま、その時は消えればいいのか)
アキラが眉を下げた顔で立っていると、インターホン越しではなく、いきなり玄関引き戸が開いた。
「私にご用なのは、あなたですか」
「はい。夜分申し訳ございません」
「ふむ。黒いアレの件、とは?」
「小さな黒いアレが寄り集まって、こちらの方角を目指して進んでいます。なんとか止めようと僕の仲間が頑張ってますが、いずれこちらまで来ると思うのです。宮司さんは力がお強いので、お札をできるだけたくさん書いていただきたく、お願いにあがりました」
宮司は突然ハッとしてアキラを見る目に力を入れる。そのまま、アキラの全身を上から下まで射抜くような視線で二往復した。
「あなたは」
「はい、お世話になっております。四つ辻で役目をはたしております」
「こんなことが生きてるうちに起きるとは。立ち話で失礼いたしました。さ、どうぞ中へ。お札が必要ならばなおさらです」
「いえ、急いでおります。お札を書いていただけますか。できるだけたくさんです」
「もちろんですが、相手はどれほどの大きさです? ある程度の大きさなら私がそいつのところまで出向きますが」
アキラは眉を下げた顔で小さく首を振った。
「小ぶりな家一軒分ほどの大きさです。アレに飲み込まれたら、人間ではあっという間に……」
「家一軒分……。どうも今日の夕方辺りから、外がざわざわしていると思っておりました。そうですか。家一軒分ですか。わかりました。今から書き続けましょう。どこにお届けすればよいのです?」
「ではこれから申し上げる住所まで届けていただけますか」
アキラがレイのアパートの住所を告げる。
「承知いたしました。それから、道祖神様、いつもわたしどものためにご尽力くださいまして、ありがとうございます。心より御礼申し上げます」
「いえいえ。どういたしまして。宮司様、お身体を大切にして長生きしてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
そこまで話をしてからアキラはぺこりと頭を下げ、下げた状態で姿を消した。
宮司は目を何度も瞬かせ、誰もいなくなったコンクリートを眺めてから一礼した。そして背後で用心棒の役目をしていた孫に声をかける。
「おい!健一、今すぐ身を清めるぞ。え? お前もだよ。急げ!」





